マリアンヌ in 狭間の地   作:自分を友達だと思い込む一般ブリガンド

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死の感覚

 

 

 

 

 黄金の騎士。

 そう形容するべきそれは、大層な黄金鎧を身に纏った大柄の聖騎士だ。金で作られた立派なハルバードを握り締め、木の根が絡みつくさまを模した大盾で身を守る。

 まさに黄金の城壁と呼ぶが相応しいだろう。

 

 …そして、マリアンヌは圧倒的な威圧感を醸し出すそれに対峙しなくてはならなかった。

 彼女の頬を、尋常ではない量の冷や汗が伝う。

 すっかり擦り切れそうな皮のグローブに汗が染み込み、ブロードソードをしっかりと握り込んでいても取り落としそうだった。

 

 それまでの敵とは間違いなく違う圧力に、息をするにも苦しく感じる。黄金の騎馬に跨って敵対者を圧倒する様は、まだ冒険が始まって間もないマリアンヌには酷というものだろう。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 騎士と言えばどのような姿を思い浮かべるだろうか。例えば、騎馬に跨り槍を振るう形式ばった姿。それは正しい姿だろう。

 例えば、乗馬に精通し弓を射て剣を縦横に振るう姿。それもまた騎士だろう。

 例えば、立派な甲冑と紋章を掲げる姿。権力と義務の象徴、それも騎士として正しい認識である。

 あるいは、徒歩で旅をする者も立場によっては騎士かもしれない。

 

 実は、マリアンヌにも騎士だった時がある。とは言っても、正確には立場や勲章の上に成り立つものではなく、騎馬に跨る士としての騎士であるが。

 しかしそれでも騎士であるはずだ。

 

 経験がものを言うこの狭間の地では、そのような知識ひとつ取っても貴重な糧となる。

 そうでなくともマリアンヌは彼女の先生の方針により、一点特化ではなく様々な兵種を経験した器用万能を目指して精力的な指導、もとい薫陶を受けていたのだから。

 

 少なくとも彼女は、当時こそ自分に構わないで別の人間に熱意を注いだ方が良いと考えていたが、今ほど先生に感謝するべきだと感じていた。剣士、戦士、修道士、傭兵、兵士、ブリガンド、アーチャー…それらの兵科は、彼女の先生が全てマリアンヌにマスターさせたものであり、とにかくマリアンヌの持つ余力全てを教育と授業に注いだ先生の熱意の賜物なのである。

 

 どのような武器を相手が持っていれば、どう動いてくるか。敵の配置を見て、どこに待ち伏せすれば効果的か。撃たれたクロスボウの軌道はどのように逸らしてやればよいか。

 

 先生の指導はマリアンヌを戦士として育て、しかし精神までは戦士然とさせてはやれなかった。

 臆病で、胸の奥底は心優しい、それこそ生まれて17年しか経っていないような少女が、どうして人を率先して殺せようか。

 戦いなど避けるに越したことはない。

 

 褪せ人は皆戦士である。だが、マリアンヌは祝福に見出された人間でありながら、戦士ではなかった。

 

 

 

 

 初めて出会った人間は、無愛想ながらも優しさが垣間見える壮年の商人だった。次出会う人もきっと、さほど悪い人では無い……この狭間の地でそう考えること自体が間違いだということを、マリアンヌは思い知らされることになる。

 

 

 

 浜辺を歩く。海岸の中でも崖際などはは大岩が埋まっていたりで危ない場所もあるが、砂浜側は特にそういったものもなく、稀に中身のくり抜かれた倒木が流れ着いているくらいだ。

 平和な印象で、天気も良く、あの商人…カールの言っていたような正気を失った人々などというものは存在しないか、僻地にしかいないようなものなのではないだろうか?

 そう楽観してしまっていた。

 

 だが、彼は確かに言ったのだ。リムグレイブには破片の主、接ぎ木の君主が治め、兵士が跋扈しているのだと。

 

 

 

 

 ふと視線を上げると、向こう側に松明が掲げられているのが見える。火はすなわち人の営みの証。つまりあの火の近くには人がいるはず。マリアンヌはそこに近づいた。きっと誰かがいるのだ。

 

 だが、そこには彼女の目を疑うような光景があった。

 

 目に入ったのはおびただしい量の血飛沫。横に倒れた人に、何かが得物を振り下ろしていたのだ。人でいて、人ではない。間違いなく人間では無い何かが。

 

「ひっ」

 

 遠くから見ていたはずだが、その何かは彼女の小さく短い悲鳴を聞き分けられる程度の聴力は持っていたらしい。

 不運な事にマリアンヌは何かに捕捉されてしまった。

 

 死んだ人間より生きた人間の方が楽しめる。そうとでも思ったのだろうか、その何かは持っていたファルシオンを振りかざし、一目散にマリアンヌへと向かってくる。

 武器を掲げて襲いかかってくるその何かは、肩当てのような簡単な防具を纏っただけのようだが、彼女の目に何よりも奇妙に映ったのは、その全体像だった。

 

 本当に遠間からならば、一見して人間にも見える。しかし小柄で、乱暴に武器を振り回している。

 士官学校で見かけたダスカー人の青年や、大司教様の付き人の少年とも違う肌色。まるで灰を被ったような濃い灰色のそれは、マリアンヌへと躊躇うことなく剣を振る。

 

「いや…っ!」

 

 咄嗟に身を捩る事で刀身の軌道から逸れるが、二度目の攻撃は避け切れそうには無い。咄嗟に抜剣して二段目を迎え討つ。

 金属と金属がぶつかり合う、甲高い嫌な音が響く。腕が痺れる感覚が襲ってくるが、躊躇わずにブロードソードを振り抜いた。

 

 敵が装甲を纏っていない部位、腹を切りつけたものの傷は浅いようで、少し怯んだだけですぐに殴りかかってきた。

 だが、少し時間を稼いだことでマリアンヌにも体勢を立て直す隙が生まれた。足を地に着け立ち上がり、剣を構えて防御の姿勢を取る。

 

 敵はこちらへ駆けて来る。すっと構え直し、マリアンヌはそれを迎え討つ形だ。

 しかし、刃まで迎えるつもりは彼女には毛頭なかった。訓練で、何より実戦を重ねた今のマリアンヌには、様々な兵種の技巧が詰まっていると言ってよい。その中には、剣を用いた舞踊に着想を得た踊り子としての能力もある。

 

 ファルシオンにブロードソードの刀身を合わせるように構え、身体をひねり、力を受け流すように回避する。そのまま返す刃で背中を切りつける。

 

 今度はかすり傷ではない。斬った手応えがあった。

 灰色の肌の、亜人とでも形容すべきそれは、悲鳴を上げて倒れる。からん、とファルシオンや壊れかけの木盾を取り落とし、地面に突っ伏して二度と起き上がることは無い。

 

 ほぼ無意識下で動いていたマリアンヌも、戦闘が終わったと理解した瞬間に地面にへたり込んだ。

 死の匂いを間近で鋭敏に感じ取ってしまって、思わず脱力してしまった。

 しかし、その瞬間に心の内に暖かいものをも感じた。それはきっとルーンで、この亜人でも持っているものなのだろう。

 だが、殺して奪っては賊と変わりないのではないか?

 

 …今まで戦ってきた相手は、何れも盗賊や兵士のように複雑な意図を持ち合わせる人間だった。

 

 でも、今しがた襲ってきたのは意思疎通など到底出来そうにない、人とは思えない存在。亜人だった。ひとたび傷付けば取り囲まれるだろうし、そうなってしまえばどうなるかなど想像に容易い。

 ぶるりと身震いし、同時にあれが単騎で迫ってきてくれたことにマリアンヌは心から感謝した。

 

 それと同時に、人を殺めておきながら感謝する自分に嫌悪感をも抱いた。あるいは人でないのだから許されるだろうか?

 マリアンヌの心の中に住む神は、何と言うだろう。彼女にはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 坂道の巨人に戦々恐々としながら草むらに隠れて移動し、何匹か鹿のような動物とふれあいながらも、草原や岩場を越えてどうにか辿り着いた廃墟には、人がいた。

 

 その人物の姿は、カールのような行商人に見える。篝火を焚いていて、風に冷える前に暖を取ろうとしているようだった。

 その隣には、立ちのぼる黄金があった。

 

 祝福。きっとこれがそうなのだろう。近くに寄ってみれば、暖かさを感じる。そしてその祝福の指す先に、髪を引かれるようにも感じた。

 

 さて何れにせよ、まずはその行商人である。カールにも似て、しかしその衣服は汚れつつも美しい赤色で装飾されている。

 マリアンヌが声をかければ、行商は初めこそまるで敵でも見るかのような目で彼女を見定めていたが…。

 やがて敵対者ではないと理解すると警戒を解いた。

 

「…褪せ人だが、襲ってくるような気配も無いか。 …いや、悪かった。俺はカーレ。こう見えても放浪しつつ物を売る商人なんだが…今は表にツリーガードが出張ってきてやがるからな」

 

 暫くここで商いをする事にしたよ、そう言ってカーレは品物を広げてみせる。投げナイフやひび割れた手乗りの壺なんかが目につくが、それ以上に興味を引いたのが何枚かの羊皮紙の束だ。

 

「あの…これは…?」

 

 マリアンヌが指を指してみると、カーレはそれを手に取って、彼女の目の前に小さいカバンと一緒に置いた。

 

「そいつは旅に便利な物をクラフトをする為のレシピだ。で、このツール鞄がクラフトをするのに必要な道具が一式揃ってる」

 

 すり鉢や小さいナイフ、火打石など様々な道具が詰まっているのが見える。ツール鞄は確かに旅をするにあたって必需品のように思えた。買うのに必要なルーンが足りそうか聞いてみれば、カーレはマリアンヌの目をじっと見つめて見定めた。

 

「…細かくは分からねえが、多分足りないな。兵士でも倒してルーンを得てくれば、譲ってやっていいが…」

 

「そう、ですか…。 わかりました…」

 

 あの鞄があればきっと、これからの旅路で困る事が減るのだろう。しかし、ルーンが足りない。ルーンは他者が持っている。その人達は正気を失っており、こちらを襲ってくる。

 なら、身を守らないといけない。そのついでにきっと、ルーンも手に入る。

 

 …仕方のない事だ。

 自分にそう言い聞かせなければ、気が狂いそうだった。少なくとも無条件に人を襲うような、あの亜人のようにはならずとも。

 

 

 

 

 

 

 

 ……そうして、冒頭に戻る。

 

 今にして思えば、カーレはしっかりと警告してくれていたのだ。表にツリーガードが出張ってきている、彼はそう言っていた。

 ツリーガードとは、黄金樹の守り人。

 生半の実力では、そのような大役など務まらないだろう。即ちツリーガードの能力は騎士として申し分のないものか、或いはその中でも上澄みの部類なのだろう。

 

 大仰なハルバードを掲げ、騎馬の前脚を叩きつけようと後ろ脚のみで立ち上がる。咄嗟に右側へ体を投げ出す事でその場は凌いだが、ツリーガードが左腕に持つ大盾を翳し、そしてそれで叩き潰そうとしてくる。

 そんなのをまともに受ければ即死は免れ得ないだろう。攻撃などする暇もなく、回避に集中して急場を凌ぎ続けるしかなかった。

 

 そして、その時は不意に訪れる。

 

「あっ」

 

 若干の疲労、それだけだった。

 ただ、それだけでも致命打を受けてしまう程度には判断が鈍っていた。

 

 呆気ない、気の抜けたような声。

 目の前に斧槍が迫ってきていた彼女にできた事など、何も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 起き上がった時、心の中を寒さが包んだ。身震いし、目の前の祝福から離れたくない思いでずっと屈んだままでいた。

 

 そうして気付くが、今いる場所はあの廃墟の中、祝福の立ちのぼる黄金を見つけた場所だった。脇にはカーレが焚き火を突っついていて、彼の荷馬は草を食んでいる。

 

 

(私は、死んだのでしょうか…?)

 

 

 マリアンヌとて、それなりの場数を踏んできた。人を手にかけてもきた。魔法で相手の命を奪ったことも、白魔法の腕が未熟だったが故に、味方の騎士を目の前で看取ったこともある。

 

 けれど、自身が死ぬというのは初めての経験だった。

 当たり前だろう、人は一度死ねばおしまいだ。

 

 …だが、大いなる意思が褪せ人と化した彼女に課す使命とは、遥かなるものであり、同時に徒人でしかなかった彼女に不死性をもたらす、残酷なものでもあったのだ。

 

(…寒い……)

 

 マリアンヌは、しばらくの間祝福の光にあたって己の内側の冷たさを凌いだのであった。

 






 
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