見せてもらいましょう、借り物の翼で、ルウムのそらをどこまで飛べるか
機動戦士ガンダム、誰もが一度は耳にした事があるだろう、日本が生み出したロボットアニメの金字塔。
1979年の放送以降、続編の映像作品のみならず、漫画や小説等、"ガンダム"という名を冠した数多もの作品が世に送り出され、今なお根強い人気を誇る。
同シリーズの魅力と言えば、何と言っても主役の巨大人型ロボット、モビルスーツ。
作品毎に様々な形状や性能を有したモビルスーツが登場し、迫力のある戦闘を繰り広げる様は、まさにシリーズの醍醐味の一つだ。
勿論、そんなモビルスーツを操るパイロット達や、その周囲を取り巻くキャラクター達の人間模様もまた、魅力の一つと言える。
もしも、そんなガンダムシリーズの世界を実体験できるとしたら、どう感じるだろう?
過去にはガンダムの世界を実体験できるアトラクションも存在していたが、残念ながらそれらは既に作られたストーリーを追体験するものでしかなかった。
また、アトラクションという性質上、大規模な設備の整備が必要不可欠で、誰でも気軽に体験できるものでもなかった。
だが、テクノロジーの進歩と共に今回新たに誕生したのは、そのような事前に決められたレールの上を走るだけのアトラクションとは一線を画す品物。
大規模な設備も不要で、必要なものを揃えれば、誰でも簡単に体験できる品物。
プレイヤーの選択が、プレイヤーの行動が世界に反映され、まだ見ぬ
無限の可能性を秘めた新たなるガンダム世界の名は、『機動戦士ガンダム 俺の野望』、通称"俺の野望"。
昨今一般的となった
家庭用VR機器であるサイバー・ギアを使用し同ゲームをプレイする事のできるプレイヤーは、仮想空間上に造られた宇宙世紀の世界の一員となり、自由に行動する事が出来る。
更には、オンライン環境により同時に参加している多くのプレイヤー達と同じ陣営、或いは敵対する陣営に分かれ、モビルスーツをはじめとした兵器群を用いて、プレイヤーやNPC達との大規模な戦闘を繰り広げる事もできる。
また、実装されている兵器群にプレイヤー独自の強化や改造を施せるのは勿論の事、スキャニング装置を用いて制作したガンダムのプラモデル、通称ガンプラを読み込むことで、未実装の機体はもとよりプレイヤーだけのオリジナルモビルスーツを使用する、と言った醍醐味も味わえる。
そんな次世代のガンダムゲーム、俺の野望。
日本国内最大のゲームイベントにおいて正式発表されるや、往年のガンダムファンを中心に大きな話題となり、SNSでは瞬く間にトレンド入りを果たした。
その後も、続報が発表されるごとに盛り上がりを見せ。最初の発表から数か月後のこの日、その盛り上がりは最高潮に達した。
その要因となったのが、同ゲームのベータテスター募集の発表。
この発表がなされるや否や、募集のページにはアクセスが集中し、その数は、後に運営側が応募は想定の三倍も集まったと言わしめるほどであった。
何処までも、星々のきらめきが無限に広がる
だが、謎と神秘に満ちたその
そう、ここは、俺の野望の中の宇宙。
そんな宇宙の一角を、一人の人間……、否、人間というには巨大な人型の何かが飛び回っていた。
赤と白を基調とした全高18メートルの巨人、シンプルな外観に凸型のメインカメラが印象的なその巨人の名は、ジム。
ガンダムの世界においてザクと双璧を成す、量産型モビルスーツの代名詞とも言うべき機体だ。
「くそ、この野郎、墜ちろよ!」
そんなジムを操るのは、同機を開発した地球連邦軍製の宇宙服、ノーマルスーツを着込んだ20代と思しき男性。
この男性こそ、高い倍率を勝ち抜き、見事ベータテスターという栄誉を賜ったプレイヤーの一人である。
「くそ、しつこい!」
そんな彼が、先ほどから薄暗いコクピット内で悪態をついている理由。
それは、正面モニターに映し出されている宇宙を飛び交う一筋の光。
その正体は、緑を基調とした全高17メートルを誇る一つ目の巨人。
同機は、その手に装備した105ミリマシンガンを発砲しながら、ジムからの攻撃をスラスターやAMBACを駆使し躱し続ける。
「いい加減に墜ちろよ!」
一方のジムも、装備している六角形のシールドでザクIからの攻撃を防ぎつつ、同機に対して得物であるビーム・スプレーガンを発砲する。
暫く応戦が続いた後、ビーム・スプレーガンから放たれた一筋の光が|ザクIの胴体を貫き、直後、同機は火球と化した。
「はぁ、はぁ……、よし!」
漸く鬱陶しさから解放され一息ついた、その時である。
「よぉ、ザクI相手に随分と手こずってたな」
不意に、コクピット内に別の男性の声が響き渡った。
その声に反応するように男性プレイヤーが視線を向ければ、自身が操るジムに近づく別のジムの姿が、右側モニターに映し出されていた。
因みに、近づいてきたジムは、ビーム・スプレーガンではなくハイパーバズーカを得物としていた。
「格下相手だからって、手抜き過ぎたか?」
「ちげぇよ! 機体こそ初期配布機だったし派手な改造とかもしてなかったが、操ってたのはNPCでも、まして俺らみたいな"社会人プレイヤー"でもなかった。あれは紛れもなく"ガチ勢"だ!」
どうやら別のジムのパイロットもベータテスターの一人で、しかも男性プレイヤーと同じチームのチームメイトの様だ。
因みに、先ほど男性プレイヤーが口にした社会人プレイヤーとは、その名の通り社会人でありながら今回のベータテストに参加しているプレイヤーの事である。
彼らは社会人であるから、当然ながらそれぞれの仕事がある。当然、仕事中はゲームなど出来ないので、仕事以外の時間でゲームをプレイするしかない。
睡眠を減らしたり、残業を減らしたり、貴重な休日をゲームに捧げる等々。彼らは何とか時間を捻出してこのベータテストに参加していた。
だが、実施期間の限られているベータテストでは、捻出した時間でプレイしても、自身のレベルアップや機体の強化等は、時間に余裕のある学生やプロゲーマーに比べると劣っていると言わざるを得ない。
「ガチ勢の癖にザクIねぇ……。ガチ勢の連中ってもうゲルググとかガンダムとか使ってるってイメージだし、最近じゃサンボル版やGジェネオリジナル、ウェルテクスを自作して使ってる奴もいるって噂も聞いたぜ」
「ウェルテクスって、ゲルググ・ウェルテクスか!? おいおい、そいつが登場するのは一年戦争どころかグリプス戦役も終わってる頃じゃねぇか……」
そんな中でも、一際熱心に俺の野望をプレイしているプレイヤー達をガチ勢という。
彼らは、所謂エンジョイ勢やライト層と呼ばれるプレイヤー達を遥かに上回る速度で開拓を行い、ベータテストの最終日となる今日では、先述したプレイヤー達よりも数段強力な機体を使用している。
「本当にガチ勢だったのか?」
「あの動きは間違いない。多分、正史に準じた機体で戦う……。なんて、縛りプレイでもしてたんじゃないか」
「成程な、それなら納得だ。確かに、"ルウム戦役"なのにリック・ドムやゲルググが出てくるなんておかしいよな」
話の中に登場したルウム戦役。
宇宙世紀を代表する戦乱の一つである"一年戦争"、別名ジオン独立戦争とも呼ばれるこの戦争の緒戦において行われた地球連邦軍とジオン公国軍との宇宙艦隊決戦。それが、戦域となったスペース・コロニー群の一つである
そんなルウム戦役の名を冠したイベントこそ、現在男性プレイヤー達が参加しているイベントであり、ベータテストのトリを飾るイベントとして開催されている。
ただ、俺の野望は作品の設定にある程度忠実ではあるものの、やはりゲーム性という観点から、本来登場しない筈の地球連邦軍側モビルスーツが登場している。
因みに、イベントの開催日は作品の設定に忠実で、作中同様に1月の15日から16日に開催されている。
閑話休題。
「けど、今回はそんなこだわりのお陰で、いい経験値稼ぎをさせてもらったよ」
正規サービスが開始した暁には、ベータテスターはテスト時のデータを一部引き継ぐ事が可能となる。
その為、少しでも稼いでおきたいと思うのは言うまでもなかった。
「なら、このままもう一戦行くか?」
「いや、ザクIとの戦闘で思った以上に推進剤と弾薬を消耗したから、一度母艦に戻ろうと思う」
「了解だ。……そうだ、この辺りのエリアの戦闘も大分落ち着いてきたし、母艦に戻ったら、そのまま母艦で別のエリアに移動するか。その方が推進剤の節約にもなるだろ」
「そうだな、そうするか」
文字通り、生死をかけた煌びやかな光のイルミネーションは、戦闘の凄まじさを物語っていた。
そんな激戦区を遠くに望む二人のいるエリアでは、話の通り、戦闘は下火になりつつあった。
「時間的にももう一戦して終了だな」
「っと、なら急いで母艦に戻らねぇと」
コクピット内のモニターの一つ、そこには、現実世界の現在時刻が表示されている。
そしてそれは、同時にイベントの終了時刻が迫っている事も意味していた。
刹那、まるで操縦者の意思を反映したかのように、二機のジムがバーニアを噴かせ加速を始めた、その時。
「外縁哨戒中のリレントレスより周辺の友軍部隊へ、月方面より本宙域に向けて接近する機影あり。繰り返す、月方面より本宙域に向けて接近する機影あり」
友軍艦からの通信に、二人はコンソールを操作し始める。
「母艦の長距離レーダーでも捉えたみたいだ。機影は……、一つ?」
「戦闘艦……じゃねぇな、この速度は」
「モビルアーマーはベータテストじゃ使用できないし。となると、突撃艇か?」
「いや、改造機かも知れねぇぞ。ま、何れにせよ、相手は単機だ」
「にしても、動きと言い、参戦のタイミングと言い、おそらく俺達と同じプレイヤーだろうが。随分な重役出勤だな」
「海外勢かも知れないぜ?」
「にしたって、遅すぎる気がするけどな……」
「ま、誰だっていいさ。すぐに俺達の経験値の養分になるんだからな!」
そして、二人は操縦桿を握り直すと、接近する機影目掛けて機首を向けた。
「こちらパープルリーダー。これより迎撃に向かう」
そんな二人が操るジムの上方を、複数の機影が通過していく。
「くそ、戦闘機部隊の連中か……」
「足の速さじゃ向こうの方が上だ。最悪、喰われるかもな」
その正体は、地球連邦軍が運用している多用途戦闘機、セイバーフィッシュの編隊であった。
二人はモニター越しに編隊の航跡を目にしつつ、自分達の獲物が横取りされないように祈るのであった。
すると程なく、二人の願いが通じたかのような情報がモニターに表示された。
「っ! パープル小隊、全機ロスト!?」
「おいおい、セイバーフィッシュ四機を一瞬で墜としたって言うのか!?」
先に迎撃に向かった友軍部隊全滅の報に、二人は狼狽えずにはいられない。
だが次の瞬間、コクピット内に鳴り響く警戒音が、二人に再び緊張感をもたらした。
「……なんにせよ、墜とし甲斐のある相手だってことは分かったな」
「だな、いくぞ!」
そして程なく、ジムのメインカメラが、友軍部隊を全滅させた下手人の姿を捉える。
「黒いザクII……」
「やっぱり改造機か! だが何だ、あの脚部の改造は!?」
黒い塗装が施されたザクII。
同機はザクの代名詞というべきF型の改造機ながら、その上半身部分についてはほぼF型と同じであった。
しかしその反面、下半身部分に目を向けると、脚部をすっぽりと覆うかのように大型のブースターユニットが装着されていた。
「高機動型のデザインを更に昇華させたみたいなもんか?」
「確かに推進力は相当なものだろうが、あれじゃ細かい動きはできない筈だ。……射程に捉え次第、一斉射で墜とすぞ!」
「おう!」
改造された姿からおおよその弱点を割り出した二人は、接近する黒いザクIIF型に各々の得物を向ける。
そして、黒いザクIIF型を射程内に捉えた刹那、それぞれの得物が火を噴く。
「な!?」
「嘘だろ!」
次の瞬間、二人が目にしたのは、飛来するビームや弾頭を軽やかに躱していく黒いザクIIF型の姿であった。
「あ、あぁ!」
刹那、黒いザクIIF型がお返しとばかりに、右手に装備しているドラムマガジン式の大型機関銃の引き金を引く。
放たれた弾丸は一目散に、ビーム・スプレーガンを装備するジムに襲い掛かった。
「馬鹿、止まるな!」
チームメイトの忠告も空しく、相方のジムは、その場にとどまりシールドで攻撃を防ぐので手一杯。
程なく攻撃が止み、男性プレイヤーが正面モニターを見れば、そこには黒いザクIIF型の姿は見えなくなっていた。
「ど、何処に……」
「上だ!」
「え? う──」
刹那、ジムの頭上から無数の弾丸が降り注ぎ、程なくジムは新たなデブリの一つと化した。
「くそ、くそぉぉ!!」
相方が墜とされ、残ったジムは、弔いとばかりにハイパーバズーカを撃ち続ける。
だが、弾頭は黒いザクIIF型を捉える事無く、虚しく
(あれだけの推進力なのに振り回される事なく曲芸みたいな動きをしやがる……。ほ、本当に、同じ
対峙する相手の技量に背筋が凍った、次の瞬間。
彼は気がつく、正面及び左右のモニターに黒いザクIIF型の姿が見えない事を。
「っ! しま! ど、何処だ!?」
血眼になって黒いザクIIF型の姿を探す男性プレイヤー。
程なく、彼は下方からの殺気に気がつく。
「し、下か!」
慌ててハイパーバズーカの砲口を向けるも、照準が定まる前に、黒いザクIIF型はその推進力であっと言う間に距離を詰める。
「うわぁぁっ!!」
刹那、黒いザクIIF型は左手に装備した逆L字型のシールドを使い、アッパーを打ち出した。
まさに弾丸の如く強力なアッパーを受けたジムは、頭部を破壊されると共に、衝撃により無防備な姿を晒した。
「黒い……、鳥……」
無防備なジムに死の宣告を告げるかのように、ゆっくりと大型機関銃の銃口を向ける黒いザクIIF型。
その肩に描かれた、黒い鳥のエンブレム。
それが、死が訪れる寸前、彼がひび割れたモニター越しに目にした最後の光景であった。
セイバーフィッシュを四機、ジムを二機撃破した黒いザクIIF型は、その後更にジムを二機。加えて、手追いながらも単独航行していたマゼラン級戦艦一隻を撃沈せしめた。
こうして一通りの狩りを終えた同機は宙域を離脱、安全圏に待機している母艦へとコースを取った。
やがて、無事に母艦へと帰還した黒いザクIIF型。
同機のパイロットを務めたプレイヤーは、格納庫で修理と補給を受ける愛機を背に、艦橋へと舞い戻る。
「ただいま」
「おー、我らがヒーロー、おつかれさん!! 無事の帰還だな」
すると、艦橋に足を踏み入れるや否や、早速歓迎を受けた。
「で、どうだった? 名アーキテクトである俺が設計・改造したザクの感想は?」
「推力や火力の高さは申し分なかったけど、できれば、稼働時間はもう少し長い方がいいかな」
「むぅ、やっぱりか……。省エネ型に変えるか? いやでもそれだと出力が、となるとプロペラントタンクを追加するのがいいが、如何せんそうなると機体のバランスがなぁ……」
艦橋に設けられた司令席に腰を下ろした青年は、感想を聞くや否や、ぶつぶつと呟きながら考えに耽る。
だが程なく、考えるのを止めると、再びチームメイトとの会話に興じ始める。
「ま、正規サービスの開始までにいい解決策が思いつくだろ」
「相変わらずポジティブだね」
「ふふふ、それが俺の取り柄の一つだからな」
「もしかして、残りの取り柄の中には"寝坊"も含まれてたり?」
「あーー、その……。いや、本当に悪かったって! そうだ、今度何か奢るから許して、な?」
どうやら、今回黒いザクIIF型のイベント参戦が遅れたのは、青年の寝坊が原因の様だ。
手を合わせて謝る青年を目にしつつ、チームメイトは暫し考えに耽ると、やがて妙案を思いついたかのように口角を上げた。
「なら、今度再版されるHGUC 1/144 デルフィニウムを買ってもらおっかな」
「ちょ!! そ、それは、ちょっと……」
チームメイトの口から飛び出したガンプラの名前を聞き、青年の顔から血の気が引いていく。
すると、そんな青年の様子を目にしたチームメイトが小さく笑い始めた。
「冗談だよ、冗談」
「はーー、何だよ、冗談かよ」
「食堂で奢ってもらうよ。丁度、来月から北海道フェアだしね」
「りょーかい、奢らせていただきます」
こうして寝坊の一件に決着がついた所で、再び青年が口を開く。
「あと数分で、この世界とも一旦お別れか」
「だね」
「あっという間だったな……」
「だね」
「けど、数か月後には、いよいよ正規サービスの開始だ!」
刹那、青年はチームメイトに向かって拳を突き出した。
「正規サービスでも、頼むぜ、"レイヴン"」
「こちらこそ」
そして、二人は拳と拳を突き合わせた。