Re:アライズ
大盛況のうちに幕を閉じた俺の野望のベータテスト。
それから数か月、最高潮と思われていた盛り上がりは更なる高みを見せ、正規サービス開始の日が近づく毎に、SNS等を中心に盛り上がりを見せ続けた。
「いよいよ今日だな!」
「聞いてくれよ。俺なんて昨日、楽しみ過ぎて眠れなかったよ」
「おいおい、途中で寝落ちなんてするなよ」
「絶対しねぇ!」
「それフラグだろ!」
「所で、連邦とジオン、どっちにする?」
「そうだな、俺は──」
そして、正規サービス開始のこの日。
同じように信号待ちをしていた学生グループの会話を小耳に挟みつつ、とある青年は、ふと自身のスマホを取り出すと現在の時刻を確認する。
程なく、信号が青になると同時に青年はスマホをポケットに入れると、横断歩道を渡り始めた。
歩き慣れた道、見慣れた街の風景。
淡々と歩みを進める青年の耳に、ふと、聞き慣れた音楽やナレーションが聞こえてくる。
──戦場を駆ける圧倒的臨場感!! 次世代型AI採用で、血の通った人間と遜色のないNPC達!
──広大な地球、更には宇宙を舞台に、モビルスーツに乗り込んで或いは指揮して名を揚げるもよし! 自由な生活を送るもよし! 孤高に、或いは仲間達と、その選択肢は無限大!! 宇宙世紀に新たなる
──機動戦士ガンダム 俺の野望、……君は生き延びることができるか?
その正体は、ゲームショップの店頭にある大型モニターに流れる俺の野望のPV。
締めの台詞と共に一旦再生を終了したPVは、程なく、最初から再生を始める。
正式発表から間もない頃、動画サイトの公式チャンネルにあるPVを数えきれないほど見たな。と、青年はPVを目にし懐かしさにふける。
だが程なく、自身の本来の目的を思い出した彼は、足早にその場を後にするのであった。
「ただいま」
それから数分後、青年の姿は、住まいであるアパートの一室にあった。
帰宅の挨拶に返事が返ってこない事などお構いなし、彼は玄関から洗面台へと足を運ぶと手洗いとうがいを済ませる。
その後、キッチンに移動し食事の用意を済ませ、メインとなる洋室に置かれた愛用の机で食事を済ませる。
そして、食器を洗い終え、一連の行動を手際よくこなした彼は、漸く一息つく。
「あと少しで、宇宙世紀に……」
ベッドに腰を下ろし、壁にかけられた時計の時刻を確認しながら、彼は独り言ちる。
その言葉の中にあった宇宙世紀の四文字。そう彼もまた、俺の野望の正規サービス開始の時を待ちわびている一人であった。
彼の期待感の高さを物語るかのように、洋室に置かれた棚には、幾つものガンプラが飾られていた。
更に別の棚には、ガンダム関連の書籍やDVD等が収納されている。
因みに、洋服や小物等、室内には他にも様々なものが置かれているが、その中でもガンプラは一番目立つ場所に飾られている。
「3、2、1……。よし!」
時計の針が正規サービス開始の時刻を過ぎたのを確認すると、優は、机の上に用意していたカードを手に取り、サイバー・ギアの本体に挿入した。
このカードはサイバー・ギア等のVR機器を使用する際には必須のアイテムで、その中にはプレイヤーとなる優の個人情報等が記憶されている、所謂IDカードと呼ばれるものだ。
この仕様も、仮想空間にフルダイブして遊ぶという旧来のゲームとは一線を画すゲーム機故の特徴と言えた。
因みに、このIDカードの存在意義は何かと言えば。
プレイヤーの性別や年齢の偽造を防ぎ、また、サブアカウントと呼ばれる不正の温床になり得るアカウントの取得を防ぐ目的がある。
たかが遊戯にしては少々セキュリティが厳重過ぎるのではと思われるだろうが、これは10年ほど前、フルダイブ式のVR機器が一般に発売された当初に世界中で起こった様々な事件等からの教訓を生かした故の結果である。
IDカードを取得するには、病院に行って医師の診断書を貰い、最寄りの役所にある担当窓口に提出する事で発行してもらえる。
因みに、現在ではサイバー・ギア等のVR機器を購入する際にはIDカードの提出が必須となっている為、VR機器を使用するには上記は必須の手順となっている。
ついでながら、IDカードを偽造すれば、当然お巡りさんのご厄介となる。
「準備完了」
手間を惜しむことなく、正規の手順を踏んで手に入れたIDカードを挿入し終え、更には俺の野望のゲームディスクをセットした所で、準備は整った。
あとは、ヘルメット型ヘッドマウントディスプレイを頭に装着するのみ。
「いざ、宇宙世紀へ!」
意気込みを零すと、優はヘルメット型ヘッドマウントディスプレイを頭に装着し、ベッドに寝転ぶ。
刹那、リンクスタートのボタンを押すと、優の意識は仮想現実へと誘われた。
自身の意識が現実世界から仮想現実へと無事にダイブした事を告げるアナウンスが流れる中、優は、ゆっくりと閉じていた瞳を開く。
刹那、優が目にしたのは、何もない、真っ白な空間であった。
方向感覚が狂ってしまいそうな、360度真っ白な空間。
だが程なく、優の目の前の空間に変化が生じ始める。
歪みから始まったそれは、やがて緑の丸い物体へと変化する。
球体の体につぶらな目を持つそれは、ガンダムシリーズのマスコット的存在の"ハロ"であった。
「機動戦士ガンダム 俺の野望にヨウコソ! ヨウコソ! ここはプレイヤーの外見、所属勢力の選択、並びにパイロット或いはコマンダーどちらかのプレイスタイルを選択する場所となります」
その外観に似つかわしい愛らしい声の説明が終わると、次の瞬間、優の周囲に幾つもの姿見が出現する。
先述した通り、俺の野望の世界内では性別や年齢の変更はできないが、ゲーム内でのトラブルを現実世界へと持ち込まない予防策として、脳へのダメージや日常生活への影響を及ぼさない範囲ではあるが、ある程度の外見の変更が可能となっている。
因みに、ゲームのジャンルによっては、人間という種を超えた外見へと変更もできるが、俺の野望はファンタジー色の強いゲームではない為、変更できる内容は限定的だ。
しかし、限定的とは言え、その変更可能なパーツの種類は何千種類となる為、自分好みの瞳や髪色等々、こだわると完成までに数時間は要する事もある。
「プレイヤー情報を確認しました、ベータテストの参加者ですね。以前のデータをロードいたしますか?」
「はい」
だが、優が外見の変更に要した時間は、ほんの僅かであった。
何故ならば、彼もまた、高い倍率を勝ち抜きベータテスターという栄誉を賜ったプレイヤーの一人であったからだ。
刹那、優の体が一瞬光に包まれると、次の瞬間には、彼の外見は別人の如く姿に変化していた。
白銀の短髪に透き通るような青い瞳。
安館 優改め、プレイヤーネーム、ユーリアン・ルクである。
「続きまして、所属する勢力をお選びください。ただし、所属する勢力は一度選択いたしますと再度の変更はできませんので慎重にご検討ください」
刹那、ユーリアンの目の前に、選択肢である両勢力のシンボルマークが出現する。
一つは、星十字と三日月が組み合わさったマーク。機動戦士ガンダムに登場する二大勢力の一つ、地球連邦軍、通称"連邦"のシンボルマークである。
もう一つは、気品溢れるマーク。機動戦士ガンダムにおいて主人公たちの敵として描かれる、ジオン公国、通称"ジオン"のシンボルマークである。
因みに、所属を選択した勢力によって、プレイヤーが手に入れられるモビルスーツは異なる。
例えばジオンを選択すると、初期配布機としてジオンの代名詞とも言うべきザクシリーズの『ザクI』や、その後継機種でありF型の前身でもある『ザクIIC型』。更には、機動戦士ガンダムをベースに独自のアレンジを加え再構築した機動戦士ガンダム THE ORIGINという作品に登場する『ブグ』という機体も手に入る。
また、これら機体の派生型や後継機等も手に入れる事が出来る。
一方の連邦側はと言えば、作品の設定を忠実に再現してしまうと、ゲーム開始時点でモビルスーツを保有していない為、戦うには戦車や戦闘機など搭乗する事になる。
これではゲームバランス的に偏りが著しくなる為、俺の野望では初期配布機として、初期配布機モビルスーツノウハウ蓄積用モビルスーツである『ザニー』の他、THE ORIGINに登場する『ガンキャノン最初期型』と『ガンタンク初期型』という機体も手に入るようになっている。
また連邦では、作品のタイトルにもなっているガンダムや、その派生型等を手に入れる事が出来る。
こうしたモビルスーツの好みも、所属勢力選択時に頭を悩ませる要因だろう。
「ジオン公国でお願いします!」
しかし、ユーリアンは一切の迷いなくジオンを選択する。
何故か、その理由は単純明白、彼がジオン好きであったからだ。
因みに、現実世界の彼の部屋に飾られていたガンプラ。連邦系やアナザー系の物もあったが、多くはジオン系のガンプラであった。
閑話休題。
「やっぱりこうでなくちゃ」
所属勢力の選択と同時に身に付けられたジオン公国軍の軍服、姿見に映る自身の姿を目にしながら、ユーリアンは独り言ちる。
「では続きまして、初期のスタート地点をご選択ください」
刹那、連邦とジオンのシンボルマークが消えると、次いでユーリアンの目の前に、地球や月、そしてコロニーや宇宙要塞などが点在する巨大な地図が現れる。
この地図は各勢力の初期スタート地点の選択肢を表しており、ジオンの場合、現時点では地球上にジオンの領土がない為、保有する"宇宙要塞ア・バオア・クー"と"ソロモン"。そして、月面都市の"グラナダ"の三か所が選択肢となっている。
因みに連邦の場合、地球と宇宙の二枚の地図が現れ、宇宙では"宇宙要塞ルナツー"、地球上では"ジャブロー"や"トリントン"、それに"キャリフォルニア"や"オデッサ"の計五か所が選択肢となっている。
ただし、上記は現段階での選択肢の為、今後のゲーム内展開によってはその数が上下する等、変更も行われていく。
「宇宙要塞ソロモンでお願いします」
「承知いたしました。……それでは最後に、"パイロット"及び"コマンダー"、どちらのプレイスタイルでゲームをプレイなさいますか?」
ハロの口から飛び出した最後の質問は、本ゲームの仕様を変更させる事を意味していた。
パイロットでのプレイスタイルは、その名の通りモビルスーツのパイロットとして地球或いは宇宙の戦場を駆ける事が出来る。
加えて、小隊システムと呼ばれるシステムにより、所謂クランと呼ばれるチームプレイも可能となっている。
その反面、パイロットでのプレイスタイルは、コマンダーと比較しゲーム全体の自由度という点で劣っている。
その理由として、チーム人数の上限が、他のプレイヤーやNPC、更には原作登場のキャラクターである所謂ネームドを合わせて、小隊システムの名の通り三名に設定されている他。
保有する事のできるモビルスーツの上限も、最大三機となっている。
更に、各プレイヤーは所属する勢力から一定期間ごとに"ゴールド"と呼ばれるゲーム内通貨を支給されるのだが、その支給の額も、パイロットはコマンダーに比べ少なくなっている。
これらの特徴から、パイロットでのプレイスタイルは、アクション性を高めた仕様と言えた。
一方、コマンダーでのプレイスタイルの特徴はと言えば。
モビルスーツのパイロットとして戦場に出撃もできるが、基本的にはその名の通り指揮官として、隷下のプレイヤーやNPC、或いはネームドで編成した部隊を指揮して戦う事になる。
このシステムは軍団システムと呼ばれ、パイロットと比べ登録可能上限も多く、所謂ギルドとも呼ばれている。
また保有する事のできるモビルスーツの上限も、パイロット同様の個人枠である三機の他、別にコマンダー枠と呼ばれるものが設けられており、パイロットよりも多く保有する事が可能だ。
因みに、コマンダーのみの特典として、レベルアップ毎に、登録可能上限や保有可能上限が引き上げられるようになっている他。
独自の開発レベルと言うものが存在し、このレベルを上げる事によって、所属する勢力が開発を完了する前に、強力な機種を開発し購入する事が可能となる。
なお、この恩恵はコマンダープレイヤーの隷下となっているパイロットプレイヤーも受けられる為、開発レベルの高いコマンダーの隷下にいれば、他のパイロットよりも一足早く強力な機体で戦う事だって可能なのだ。
この様に、自由度の高さが特徴のコマンダーでのプレイスタイル。しかしながら、当然難点も存在している。それが、ゴールドの管理だ。
部隊を編成するために発生する人件費、運用するモビルスーツや艦艇等の兵器の維持費、更に開発レベルを上げる為にも費用は掛かる。
この事から、計画的な運用を行わなければ、あっという間にゴールドが底をつき行き詰ってしまう。
これらの特徴から、コマンダーでのプレイスタイルは、シミュレーション性を高めた仕様と言えた。
因みに、両プレイスタイルは、各々に偏りが生じないように人数に上限が設けられている。
上限はそれぞれ、パイロットが7割、コマンダーが3割である。
当然ながら、人数が上限に達した場合、それ以降のプレイヤーは上限に達したプレイスタイルを選択する事が出来なくなる。
しかし、正規サービスの開始直後である現在はまだまだ余裕もある為、気にする必要はない。
ついでながら、ゲーム内通貨であるゴールドを増やす方法は、ゲーム内だけに限定されている訳ではない。
即ち、
ただし、使い過ぎればゲーム内は快適だが、現実世界は快適ではなくなる可能性もあるので注意が必要である。
「パイロットでお願いします!」
「承知いたしました。……これで、プレイヤーメイクを終了いたします。……ユーリアン・ルク"軍曹"、俺の野望を、どうぞ心行くまでお楽しみくださいませ」
他のゲームにおけるレベルの概念、俺の野望では、軍隊の階級という形で表現されている。
新規のゲームプレイヤーの場合、所属する勢力に関係なく、パイロットならば"二等兵"から始まる。ユーリアンが軍曹の階級なのは、彼がベータテスターである為だ。
因みに、コマンダーの場合であれば、新規やベータテスターに関係なく"少佐"の階級から始まる。
当然ながら、一般的なレベルの概念同様、レベルアップこと昇進には必要な経験値数が設定されており、階級が高くなればなるほど簡単には昇進できないようになっている。
「それでは、ゲームを開始します。──貴方の未来に、金色の王の微笑みが共にあらんことを」
ハロが最後の言葉を口にした頃には、ユーリアンの体は光となり空間から消えていた。