それは、ユーリアン達本隊が大気圏突入を開始する数刻前の頃。
高度500キロメートル、所謂外気圏に分類される地球周回低軌道にその機影群は存在していた。
外部カメラが捉えた薄暗い地球を頭上に眺めながら、棺桶に収まった鋼鉄の巨人、の中に更に納まったパイロット達は、その時を待ち続けていた。
薄暗いコクピット内、呼吸音とハムノイズのみが満ちたその空間で、彼は何度も、操縦桿を小指から握り直していた。
まるで、そうやって誤魔化していないと、ひょっとこりと恐怖心が顔をのぞかせるかのように。
「ったくよ、
自嘲めいた自分自身に言い聞かせるように、彼は独り言ちる。
これでも彼は、ベータテスト時から常に戦火に身を置いている古参兵だ。
「……我ら選ばれし三銃士、
とはいえ、ベータテストはコロニー内の戦闘を除き、基本的に宇宙空間のみの戦いであった。
その為、今回の様な軌道降下戦術を使用できるようになったのは、正規サービス開始以降。
このような経緯から、今回が三度目のお披露目となる。
そして彼は、自嘲気味な独り言からも分かる通り、初回から参加している軌道降下戦術、その三度目に今まさに挑もうとしていた。
「ふぅ……」
機体が待機状態とは言え、コクピット内の温度は一定に保たれている。
それ故に不愉快な事はない筈だが、彼は、辛気臭いと言わんばかりに息を吐いた。
これは、彼と彼が操る鋼鉄の巨人が収まる
再突入殻、別名『
この名の由来は、再突入殻の信頼性がトータルで91%しか担保されていない為である。
「それに比べて、俺達を背負ってくださる駆逐艦の、なんと優美な事か」
外部カメラが捉えた、再突入殻を背負う艦艇群の姿を目にし、彼はまた独り言ちる。
大きく反り返ったスペースシャトルの如く外観の艦艇。再突入型駆逐艦と呼ばれる、こちらも第六六六軌道降下兵団がガンプラを使い自作した専用艦艇だ。
全長60メートルで非武装だが、再離脱もフライバイもできない再突入殻と比べれば、まさに羨望の的であった。
「あぁ、流され落ちるは突入回廊どん詰まり。濃厚なミノフスキー粒子の下、待っているは素敵な
刹那、彼は首を振るう。
(チッ、いい加減にしねぇかこの野郎、妙な事ばかり考えてないで、今は目の前の作戦に集中しろ!)
自分をどやしつけると、彼は先ほどまでの辛気臭い発想を頭から振り払う。
そして、気分転換と言わんばかりに、彼は機体の状態などをチェックし始める。
再突入殻を含めて機体の状態は何れも正常、再突入型駆逐艦の軌道も安定しており、太陽風の心配もない。
まさに
(ま、今の俺らに出来るのは、こんなものぐらいか……)
チェックを終え、彼は再び思考の渦に飲み込まれていく。
程なく、まるで嫌な汗が湧いたかのように、彼は額の汗を拭うかのような仕草を行う。
続けて、彼は深呼吸を行った。
「初出撃の
呟き終えた時、彼はふと、サブモニターに映り込んだ自分自身の顔を目にする。
緊張と恐怖で強張ったその顔は、まるで敗残兵の死に顔のようであった。
「……」
静かな時間の流れ、奏でる電子機器のハムノイズ。
モニターに映る青い地球を眺めるは、彼だけの
これを一言で言い表せば、それはまさに、孤独。
これこそまさに、巨大な軍団の只中にありながら、地獄の釜の蓋に手をかけるまで続く
しかし、そんな孤独を認識する事で、愚痴愚痴としていた彼の気持ちが不思議と治まっていくのであった。
「そろそろ、頃合いか……」
再突入地点までの距離を確認し、彼は身構える。
何故なら、軍団長がもう一周するか、あるいは飛び込むか、その宣言を行うのに最適なタイミングだからだ。
(っ! 来た!)
刹那、通信受信を知らせるサインが点滅する。
スイッチを入れようとした時、彼はふと、サブモニターに映り込んだ自分自身の顔を目にした。
そこにはもう死人の顔はなく、薄く笑みを浮かべ軍団長の台詞を待つ、
「総員、傾注!! 待たせたなチキン共、お待ちかねのダイブの時間だ……」
軍団長の台詞を聞くや、彼の笑みは凶暴なものへと変化していく。
同時に、彼の脳内にあった雑音は消え失せ、
「マザーバードよりアクイラス、聞いての通りよ、
「こちらアクイラ1、
「こちらアクイラ2、こっちも
「マンマよりアクイラ2、なら後で蹴り飛ばしてあげるわ、潰れたら、もう心配しなくていいでしょ」
軍団長の台詞が終わるや、コクピット内を会話が充満させる。
気安いやり取りが、彼ことアクイラ1の気分をほぐしていく。
アクイラ2と呼ばれた男性は、アクイラ1と同じく今回が三度目のダイブとなる
その言動の通り、お調子者な性格ではあるが、その操作技術は僚機を務めるアクイラ1の太鼓判つきだ。
そして、そんなアクイラ2の下ネタを軽くあしらった女性。
彼女はアクイラ1と2を背負った再突入型駆逐艦、コールサイン"マザーバード1"のオペレーターを務めるNPCだ。
「はぁ……。本当に、最近のAIはすげぇよ、すっかり下ネタも通じなくなっちまって、本当に生の人間とやり取りしてるみたいだ。あぁ、オレは初々しい反応をしてたあの頃が懐かしいよ」
そんな二人との会話を楽しんでいたアクイラ1だが、いつまでもこの時間を満喫している訳にはいかない。
「はいはい、この話はここまで! ──再確認するわよ、降下後の再集結地点はバイコヌール宇宙基地の南30キロメートルの位置にあるバイコヌール市内。と言っても、連邦軍の重要拠点という事もあってバイコヌール宇宙基地の対空能力はかなりのものだから、ベテランらしいピンポイント降下を期待してるわ」
「軽く言ってくれるな」
「あら、アクイラ1。貴方たちに無理なら、後ろのヒヨッコは文字通りフライドチキンになるだけよ? 軽くやって頂戴」
彼女の言う通り、敵の対空砲火を掻い潜り降下に成功したとしても、素早く再集結できなければ、敵地で孤立し各個撃破される確率が高い。
「へいへいマザー、御下命とあらば軽ーくやってみせやしょう」
「そうそう、ふんわりカラッと、フライドチキンはお任せあれってね」
「もう……、本気で頼んだわよ」
こうして気心の知れたもの同士軽口を交わし終えた所で、再び軍団長からの通信が入る。
「第六六六軌道降下兵団、全機所定通りの再突入を開始せよ! ──鳥になってこい! 幸運を祈る!」
刹那、
「再突入許可確認、本艦の軌道離脱噴射まで300。姿勢制御開始。パイロット各員は全系統切り替え状況を確認せよ」
マザーの指示に従いアクイラ1は素早く状況の確認を行う。
「アクイラ1よりマザーバード1、全系統切り替え確認、再突入カーゴの操縦受領準備良し」
「了解。アクイラ1、
「アクイラ1、
アクイラ1と2、二つの装甲カプセルを組み込んだ再突入カーゴ。
今まさに、そのカーゴ全体の操縦権が、マザーバード1からアクイラ1に移譲されたのだ。
「制御切り替えの完了確認。コネクタパージします」
刹那、再突入型駆逐艦からカーゴへと電源や通信等を伝えていたコネクタが外れる。
「アクイラ1、パージ確認。
「アクイラ2、こちらもパージ確認。
それは即ち、その時が目前に迫っている事を意味していた。
「本艦の軌道離脱噴射まで120。……頼んだわよ、アクイラス」
「了解、軌道離脱噴射スタンバイ。言われなくても、マザー」
「同じく、軌道離脱噴射スタンバイ。マザー、マトリョーシカとかコニャックとか、兎に角土産をたくさん持って帰るから待っててくれよ!」
程なく、彼女からの返信をかき消すかのように、カーゴが轟音と共に揺れ始める。
そして、カウントダウンの如く軌道制御システムの電子信号が、再突入型駆逐艦とカーゴとを繋ぐ最後のロックボトルを解き放つ時を告げた。
「分離確認、カーゴ姿勢安定。……相変わらずいい腕してるぜマザー」
「ったりめぇよ! なんたってオレたちのマザーだからな!」
宇宙から地上へ、煮えくり返る地獄の釜への旅路が、今まさに幕を開けた。
無数とも思える巨大な火箭が、轟音と共に地球の大気を切り裂いていく。
流星群にも似た火箭の名は第六六六軌道降下兵団。
「減速度0.5、対地速度マッハ15を維持! カーゴの姿勢制御は許容範囲内!」
大気減速の勢いを相殺するべく、再突入カーゴに搭載されたロケットモーターが火を噴き、行われるのは命知らずのロケットコースター。
まさに
だが、これはまだほんの一部に過ぎない。
「高度四万! 装甲カプセルの開放に備えろ!」
「了解だ! それじゃアクイラ1、次のお喋りは青空の下でな!」
刹那、二つの装甲カプセルとカーゴ本体とを繋いでいたロックボトルが次々と爆砕。
大気に引きづられるように、カーゴと二つの装甲カプセルを引き離した。
同じような光景は他のカーゴでも見られ、あっという間に流星群はその規模を拡大させる。
(アツアツのお届け、頼んだぜ……)
モニターに映る再突入カーゴ。彼らには、最後の役目が残っている。
再突入カーゴはこのまま全力加速を続け、その巨大な落下質量をもって、
一方、そんなカーゴを見送る
「くるぜ、8G減速ッ!!」
地上からの迎撃の危険性を最小限にするべく、高度40キロメートル付近まで減速は行われない。
故に、高度40キロメートルから高度2000メートルへと降下する僅か1分強の間に、最大減速速度8.2Gの大減速をもって、搭載機開放可能な速度まで落とすのだ。
指一本動かせない重圧と激しい振動の中、
「ヒィヤッハーーーッ!!」
己を包んでいた再突入殻が弾け飛んだ瞬間、アクイラ1は快哉を叫んだ。
(主機再起動、各種系統異常なし……。お前も嬉しいよな相棒!!)
パイロット本人と同じように、待機状態から戦闘出力へと移行した愛機、青色に塗装されたザクIIF2型の力強い唸りを聞き、アクイラ1は口角を上げた。
「アクイラ1よりアクイラ2、その辺にいるか!?」
周囲には、アクイラ1と同様に、分解した再突入殻から次々と吐き出されるザクIIF2型の姿が見られる。
「アクイラ2よりアクイラ1、あんたの雄叫び、バッチリ聞こえてたぜ! そっちの後方200にいる」
「その無駄口、確かに貴様に違いないな! ……よし、最終降下ポイントをB4に設定、接近合流しつつ最終降下だ」
「アクイラ2了解!」
互いの位置を確認し、狙い通りの降下位置につけられた力量を確かめ合う。
同時に、再突入殻開放からミノフスキー粒子戦闘濃度散布域までの僅か数十秒足らずの間に、僚機との最後の位置合わせを済ませる。
「やっぱりプレゼントの数が足りなかったか……、すこぶるご機嫌斜めな事で」
再突入カーゴに加え、分解した再突入殻もまた、再加速と共に質量兵器として地上に届けられていた。
しかし地上からは、まるで二度もプレゼントを贈ったとは思えない程、激しい対空砲火が火を噴き続けている。
そして、数機のザクIIF2型が、そんな対空砲火の餌食となる。
だが、それでも
「タッチダウン! オールアクイラス、コールイン!」
「アクイラ2、背中は任せな」
「アクイラ3、いつでもどうぞ」
「アクイラ4、こちらも準備よし」
「アクイラ5、待ちかねましたよ隊長」
次々と地獄に降り立つは、見慣れた機影と馴染みの声。
第六六六軌道降下兵団アクイラ中隊、全十二機の勇姿。
「いくぜ大鷲ども! 突撃開始ぃ!!」
機体の補助推進用に取り付けられたロケット・ブースター、ラケーテン・ガルデンが火を噴き、十二機の大鷲を羽ばたかせる。
例えその先に希望がなくとも、彼らは進み続ける。
後に続く本隊が、必ずや、成し遂げてくれると信じて。
「マーコック大佐、第六六六軌道降下兵団より入電。"宣告は下った"以上です」
「……そうか」
オペレーターからの報告に短く答えるマーコック。
一拍置くと、彼はゆっくりとしかし力強く言葉を紡ぎ始める。
「彼らの想い、確かに受け取った。今度は、我々が応える番だ!! ゆくぞ、一足先に自由になった
そして、託された彼らの、戦いの幕が切って落とされた。