濃紺のそらを切り裂き、側面にジオンのマークが描かれたHLVが、轟音と共に早春の空を進む。
巨大な流星群が目指すのは、バイコヌールの大地。
だが、そんなHLV群を着陸させまいと、地上からは激しい対空砲火が絶え間なく咆哮をあげ続けている。
早春の空を彩る対空砲火の黒煙。
やがて、不幸にも対空砲火の直撃を受けた一台のHLVが火を噴き、周囲の他のHLVにぶつかるなど不安定な軌道を描くと、程なく空中で爆発、内部のモビルスーツ共々空に散った。
(この命中精度……、プレイヤー操作だな)
激しい振動の中、搭乗HLVの外部カメラの映像をモニターに表示し眺めていたユーリアンは、心の中で感想を零す。
NPCの操作による兵器の命中精度は、レベルに応じた差は多少あれど、基本的に高い訳ではない。
しかし、今回迎撃の為に火を噴き続けている対空砲火の命中精度は、NPCが操作するものよりも高い。
プレイヤーはモビルスーツや母艦などの艦艇の他、拠点に設けられている対空砲火等の各種兵器も操作する事が可能となっている。
故に、今回のような侵攻進路が限定されている場面では、拠点の兵器を操作し戦うのも、プレイヤーにとっては立派な戦術の一つであると言えた。
「クソッ、話が違うぜ!! 先に降下した第六──、なんとか兵団って連中が基地の対空能力を潰したんじゃなかったのかよ!!」
(第六六六軌道降下兵団の方々は良く働いてくれたよ……。彼らの働きがなければ、今頃僕達も、本物の流星群になってた所だ)
同乗者のプレイヤーが文句を垂れるのを他所に、ユーリアンは心の中で感謝を述べる。
堅牢なバイコヌール宇宙基地を守護する様に設けられた周囲の防衛用陣地、その幾つかは既に黒煙を上げその機能を停止させている。
また、基地周辺の地面には、相当の質量が激突してできたと思しきクレーターが形成されており、基地の一部には、その際の衝撃の影響と思われる跡が見られた。
ユーリアンの言う通り、第六六六軌道降下兵団は完全に無効化させるには至らなかったが、バイコヌール宇宙基地の対空能力を低下させる事には成功していた。
「うわぁぁぁっ!?」
刹那、対空砲弾が近くで炸裂したのだろう、ユーリアン達の乗るHLVを一際大きな振動が襲う。
「こ、こんないつ墜とされるとも分からねぇ所で待っていられるかぁ!! 俺はもう降りるぞ!!」
すると、遂に耐え切れなくなったのだろう、先ほど文句を垂れたプレイヤーがHLVのハッチを操作し始める。
程なく、操縦する機体を、開いたハッチの縁へと移動させる。
「やっはぁーっ!!」
彼の乗るザクIは、威勢のいい声と共に、ハッチから飛び降り地上目掛けて降下を開始した。
「おぃ、マジかよ、夢なら覚め──」
だがその直後、地上から放たれた一発の対空ミサイルが、回避行動を取る間もなくザクIに直撃した。
ただの鉄塊と化したザクIは、黒煙を上げ錐揉みしながら地上へとその姿を消すのであった。
「焦る気持ちは分かるけど……」
事の顛末を見届けたユーリアンは、小さく独り言ちる。
しかし、そんなユーリアンの考えとは裏腹に、周囲のHLVからはまるで端を切ったかのように次々とモビルスーツが飛び降りていく。
HLV共々撃墜されるかもしれない、そんな恐怖が勝っているのだろう。
「ヒィャッッッホォォォォォォォォォッッウ!! エントリィィィーーーーーーーッ!!」
中には、恐怖をかき消すかのように、機体の外部スピーカーがハウリングする程の大声で叫びながら飛び降りるプレイヤーの姿もあった。
「HLVの耐久は……、まだ大丈夫だな」
既に同乗していた他のプレイヤー達は、全員HLVから飛び降りてしまった。
そんな中、ユーリアンはモニター端に表示されたHLVの耐久値と現在の高度を目にしながら、飛び降りるタイミングを見定めていた。
振動と共に内から湧き上がる衝動を抑えながらも、その時を待つユーリアン。
やがて、HLVの耐久値が危険水域に寸前にまで達した所で、遂に動き出す。
HLVのハッチの縁へと乗機のザクIIF型へと移動させると、あとは、対空砲火の隙を見て飛び降りるだけだ。
「そこのF型さん、……肩に黒い鳥のエンブレムを描いてるそこのF型さん!」
「ん?」
「ここだよ、こっちこっち!」
その時、不意に音声通信が入り、聞き慣れない男性プレイヤーの声がコクピット内に響く。
レーダーを頼りにメインカメラのモノアイを動かし声の主を探すと、程なく、近くを降下中のHLVのハッチに立ち、こちらに向かって手を振るザクIの姿を捉えた。
「お、見えたな! 俺だよ俺。なぁF型さん、今から飛び降りるんだろ? なら、俺がコイツで援護してやるぜ」
「MS用対艦ライフル ASR-78……」
そう言いながら、特段目立った改造も塗装も施されていないザクIが見せびらかしたのは、機体の身の丈以上を誇る長大なライフル。
MS用対艦ライフル ASR-78という名のこのライフルは、THE ORIGINにてザクの武装の一つとして新たに設定された武装である。
「だからさ、安心して飛び降りな!」
「ありがとうございます。……けど、いいんですか?」
「安心しなって、後で援護料金なんて請求しないさ。俺は見ての通りの後衛型だろ、だから、一人でも多く前衛に出て、安全を確保してほしいだけさ。──という訳で、遠慮せずに飛び降りてくれよな」
「そう言う事なら、分かりました」
幾らリアルに描かれていても、これは本物の戦争ではなくゲーム、遊びである。
故に、気心知れた間柄なら兎も角、初対面の赤の他人同士、突然協力すると言われれば躊躇いが生まれるのも当然であった。
だが、その協力が互いにとって利益になると判れば、躊躇いも消える。
「俺がカウントダウンする。合図したら飛び降りてくれよ、F型さん?」
「了解です」
「じゃ、カウントいくぞ。スリー、ツー、ワン──、ゴーゴー!!」
合図と共に、地上に向けられていたMS用対艦ライフルの銃口が火を噴き、同時に、ユーリアンのザクIIF型が地上目掛けて飛び降りる。
「縁があったらまた会おうぜ、……"レイヴン"さん」
既に通信が切れたコクピット内、小さくなるザクIIF型の背中を見つめながら、ザクIのパイロットは、再会を楽しむかのように独り言ちるのであった。
援護を受けて飛び降りたユーリアンは、自機の高度を確認しつつ、メインカメラが捉えた着地点付近の様子を確認する。
「っち」
刹那、ユーリアンは軽く舌打ちした。
その原因は、着地点付近にその姿を晒している、一機のモビルスーツの存在であった。
ジムを思わせる頭部、ザクを思わせる胴体部に足回りの動力パイプ、実戦での運用を考慮していない、前面以外駆動部が丸見えな肩や腰。
いかにもちぐはぐで未完成な見た目をしたこのモビルスーツ、その名はザニー。
連邦軍が試作した最初期のモビルスーツの内の一機だ。
同機は降下してくるユーリアンのザクIIF型に気がついた様で、三本指のマニピュレータで保持した120ミリ低反動キャノン砲を構え直すと、その砲口をザクIIF型に向ける。
「っ! の!」
自身が狙われていると判断した瞬間、ユーリアンは120ミリ低反動キャノン砲が火を噴くよりもコンマ数秒早く、乗機を左へ避けるべくスラスターを噴かせる。
次の瞬間、120ミリ低反動キャノン砲が火を噴き、放たれた砲弾が、ザクIIF型を仕留めるべく飛来する。
しかし、ユーリアンの素早い判断が功を奏し、砲弾はザクIIF型の脇をかすめると、何処かへと飛んで消えた。
「ぐっ!」
回避のためのスラスター噴射により着地の姿勢が崩れた為、振動がコクピットを襲う。
体ごと脳味噌がシェイクされる中、ユーリアンは奥歯を食いしばりそれに耐えると、すかさず操縦桿を操作し、ザニーに対して渾身のショルダータックルをお見舞いする。
まさかあの攻撃が躱されるとは思ってもいなかったのか、ザニーは反応が遅れ、ショルダータックルを食らいバイコヌールの乾いた大地にその巨体を倒れさせた。
倒れた拍子に120ミリ低反動キャノン砲を手放し、最早万事休すのザニー。
そんなザニーにトドメを刺すべく、ザクIIF型がザクマシンガンの銃口を向けた、その時。
「──ま、待ってくれ! 降参だ!!」
突如コクピット内に中年男性の声が響き渡る。
その声の主は、目の前のザニーのパイロットであった。
「いやー、あんた強い。本当に、お強い! 俺なんて、もう手も足も出ねぇ」
「……」
「なぁ、今回の事は水に流しちゃくれねぇか。あんたはまだ生きてる、ノーカウントだ、ノーカウント!!」
「……」
「な、分かるだろ? 同じプレイヤーじゃないか」
ザニーのパイロットの命乞いを一頻り聞いた所で、ユーリアンが最終的な判断を下す。
刹那、乾いた大地に乾いた銃声が響き渡った。
「糞が……、さいあく、だ……ぜ。ついてねぇ……、ついてねぇよ!」
ザニーの最期を見届けると、ユーリアンは周囲の索敵を開始する。
レーダー・カメラ共に敵機の機影などが見られない事が確認されるや、ユーリアンは徐にヘルメットを脱ぎ、続いてパイロットスーツも上半身を脱ぐとアンダーウェアのみの状態となる。
それはまるで、息苦しさや熱さから解放されたように見えた。
「……ふぅ」
深い息を吐きだすと、ユーリアンはモニターに映し出された周囲の光景を目にする。
そこに映し出されていたのは、地平線の彼方まで広がるバイコヌールの雄大な大地であった。
現実世界と瓜二つとも思える再現度の高さに、ユーリアンは暫し見惚れる。
(っと、いけないいけない!)
だが程なく、ユーリアンは自身が観光を楽しむためにこの地に足を運んだのではない事を思い出す。
ジオン公国のパイロットプレイヤーの一人として、ジオンプレイヤーならば誰しもは考えている、歴史のIFを目指す為にここにいるのだ。
気持ちを新たに操縦桿を握り直すと、ザクIIF型を別の場所へと移動させるのであった。