月曜日。それは一週間の内で最も憂鬱な始まりの日。きっと大多数の人が、これからの一週間に溜息を吐き、前日までの天国を想ってしまう。
だが、それは南雲ハジメにとっては例外だった。ハジメの場合は早朝から日課であるトレーニングを時間ギリギリまでこなすためいつもと変わりがなかった。
ハジメは、いつものように始業チャイムがなるギリギリに登校し、疲労でふらつく体でなんとか踏ん張り教室の扉を開けた。
その瞬間、教室の男子生徒の大半から舌打ちやら睨み、
「ハジメくん、おはよう!今日もギリギリだったね?もっと早く来ようよ」
「おはよう香織………全くその通りなんだけど、早朝からやらないと時間に全然間に合わない日課があるんだよ」
「夜叉さんとの特訓だっけ?」
席に着くとニコニコと微笑みながら一人の女子生徒がハジメのもとに歩み寄った。
名を白崎香織という。学校で二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇る途轍とてつもない美少女だ。腰まで届く長く艶やかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳はひどく優しげだ。スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。
いつも微笑の絶えない香織は、非常に面倒見がよく責任感も強いため学年を問わずよく頼られる。それを嫌な顔一つせず真摯に受け止めるのだから高校生とは思えない懐の深さだ。
そしてあまり知られていないが香織はハジメの彼女だ。だが日課のせいで居眠りの多いハジメは不真面目な生徒と思われており(成績は平均以上を取っている)、生来の面倒見のよさから香織が気に掛けていると思われている。
そんなハジメと香織の元へ三人の男女が近寄って来た。
「南雲君おはよう。毎日大変ね」
「香織、また彼の世話を焼いているのか?全く、本当に香織は優しいな」
「オッス南雲!日課のトレーニングの調子はどうだ?何なら俺もそのトレーニングに付き合うが」
三人の中で朝の挨拶をした女子生徒の名前は八重樫雫。香織の親友だ。ポニーテールにした長い黒髪がトレードマークである。切れ長の目は鋭く、しかしその奥には柔らかさも感じられるため、冷たいというよりカッコイイという印象を与える。
百七十二センチメートルという女子にしては高い身長と引き締まった体、凛とした雰囲気は侍を彷彿とさせる。
事実、彼女の実家は八重樫流という剣術道場を営んでおり、雫自身、小学生の頃から剣道の大会で負けなしという猛者である。現代に現れた美少女剣士として雑誌の取材を受けることもしばしばあり、熱狂的なファンがいるらしい。後輩の女子生徒から熱を孕んだ瞳で〝お姉さま〟と慕われて頬を引き攣らせている光景はよく目撃されている。
次に、キザなセリフで香織に声を掛けたのが天之河光輝。いかにも勇者っぽいキラキラネームの彼は、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人だ。
サラサラの茶髪と優しげな瞳、百八十センチメートル近い高身長に細身ながら引き締まった体。誰にでも優しく、正義感も強い(思い込みが激しい)。
小学生の頃から八重樫道場に通う門下生で、雫と同じく全国クラスの猛者だ。雫とは幼馴染である。ダース単位で惚れている女子生徒がいるそうだが、いつも一緒にいる雫や香織に気後れして告白に至っていない子は多いらしい。それでも月二回以上は学校に関係なく告白を受けるというのだから筋金入りのモテ男だ。
最後にハジメに提案を投げた男子生徒は坂上龍太郎といい、光輝の親友だ。短く刈り上げた髪に鋭さと陽気さを合わせたような瞳、百九十センチメートルの身長に熊の如き大柄な体格、見た目に反さず細かいことは気にしない脳筋タイプである。
龍太郎は努力とか熱血とか根性とかそういうのが大好きな人間で、最初はハジメのように学校に来ても寝てばかりのやる気がなさそうな人間は嫌いなタイプだが、ハジメが早朝からトレーニングをしていると知りハジメへの態度や考えを改めた。
「おはよう八重樫さん、天之河くん、坂上くん。まぁ、自業自得とも言えるから仕方ないよ」
雫達に挨拶を返し、苦笑いするハジメ。「てめぇ、なに勝手に八重樫さんと話してんだ?アァ⁉︎」という言葉より明瞭な視線が男子からグサグサ刺さる。雫も二大女神の内の一人で香織に負けないくらい人気が高い。
「それが分かっているなら直すべきじゃないか?いつまでも香織の優しさに甘えるのはどうかと思うよ。香織だって君に構ってばかりはいられないんだから」
光輝がハジメに忠告する。光輝の目には、ハジメは香織の厚意を無下にする不真面目な生徒として映っているようだ。
それ故に、ハジメは愛想笑いでやり過ごそうとする。が、今日も変わらず女神は爆弾を落とす。
「?光輝くん、なに言ってるの?私はハジメくんと話したいから話してるだけだよ?」
ざわっと教室が騒がしくなる。男子達はギリッと歯を鳴らし呪い殺さんばかりにハジメを睨んでいる。
「え?……ああ、ホント、香織は優しいよな」
どうやら光輝の中で香織の発言はハジメに気を遣ったと解釈されたようだ。完璧超人なのだが、そのせいか少々自分の正しさを疑わなさ過ぎるという欠点があり、そこが厄介だとハジメは現実逃避気味に教室の窓から青空を眺めた。
「……ごめんなさいね?二人共悪気はないのだけど……」
この場で最も人間関係や各人の心情を把握している雫が、こっそりハジメに謝罪する。ハジメはやはり「仕方ない」と肩を竦めて苦笑いするのだった。
そうこうしている内に始業のチャイムが鳴り教師が教室に入ってきた。
それを機に香織や雫達は自身らの席に戻って行った。
「朝から大変だよねー義兄さん?」
「………明日から夜叉の爺さんの特訓に付き合うか?」
「遠慮しとくよ」
ハジメが座る席の前から振り返り笑って話しかけてきたのは南雲恵里。ハジメの義妹で、恵里の父親が事故で死んだ後母親が蒸発し、児童相談所へと送られる前にハジメの父親が養子として引き受け、ハジメの義妹となった。
「夜宵ちゃん達は今頃一つ目かな?」
「いや、まだ着いてないと思う」
「最初は何処だと思う?ボクは国道1号戦」
「………じゃあ、Aダムで」
「……『弑逆桔梗』作戦成功するといいね」
「………大丈夫だよ。夜宵ちゃんと螢多郎さん、詠子さんは無事に愛依ちゃんと帰ってくるよ」
「………うん」
そして、恵里と話し終えいつものようにハジメは夢の世界に旅立ち、授業が開始された────
──────それから数時間後、教室にはさっきまで生活を送っていたと思われる物だけを残し誰もいなくなった………