構成員125番の足跡 作:No.125
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日本で過ごしていた頃の俺は、なんの面白みもない、ホントに普通の高校生だった。
高校に登校して、なんの役に立つかも知らない勉強をして。
友達と愚痴を言い合って、馬鹿騒ぎをして。
ほどほどに部活に励んで、家に帰ったら課題をこなして、ゲームをしてアニメを見て。
毎日それを繰り返すだけ。
将来の夢、と胸を張って言えるものもなかった。
子供の頃は警察官とか、ヒーローに憧れていたこともあった気がするけど。それを無邪気に追いかけられない程度には大人になってしまった。
かといって、具体的に将来設計をできるほど成長できたわけでもない。
このまま大学に進学して、4年通って、就職したりするんだろう。その程度のふわふわとした未来像を抱いて過ごしていた。
……結論を言ってしまえば、そんな未来は訪れることはなかったのだが。
◆◆◆
気付いた時、俺は転生していた。
意識が途切れる前の最後の光景は、ヘッドライトに白く染められた世界。
横断歩道を渡っている最中に、信号無視のトラックに突っ込まれたのだ。
状況から察するに、あそこで俺は死んでしまったらしい。
まだまだ人生これから、というところで死んでしまったのは悲しいし、当然前世への未練もある。父さんや母さんを悲しませてしまっただろうことを思うと、胸が痛くもなる。
けどその一方で、この状況に心躍ってしまったのも事実だ。
退屈な日常を抜け出して、刺激たっぷりな異世界生活を満喫する。誰でも一度くらいは夢に見るだろう。
転生したのは、いわゆる中世ヨーロッパ風異世界だった。
魔獣やらドラゴンやらが実在し、エルフや獣人が人間として暮らす、現代よりかなり技術が進歩していない世界。
なんともテンプレ通りだが、一度きりの異世界生活、こういう王道な方がむしろ良いというものだ。
ただ、ちょっと特徴的なことがあって、"魔力"という不思議パワーはあっても、"魔法"がないこと。
その代わり、魔力で身体を強化して戦う"魔剣士"という騎士がいた。
ちなみに俺が転生した家はいわゆる貴族であり、その魔剣士を代々輩出しているとのこと。俺も将来的にはその道を進むことになりそうだ。
……この時点でちょっと嫌な予感はしていたのだ。だが、あくまで似た単語・設定の世界観なんだろう、そう考えていた。というか、そうであって欲しいと願っていた。
でも、現実は非情なもので……。
「ねぇ、おかーさま。これって……」
「あら興味あるの?これはね、魔人ディアボロスを打ち倒した英雄たちのお伽噺で――」
転生から3年。
そこそこ自由に動き回れるようになった俺は、書庫を探索していた時に見つけた、見つけてしまった絵本を今世の母――お母さまに手渡す。
まだ字を読めない俺に内容を読み聞かせてくれたが……確定してしまった情報に動転した俺は、途中からそれどころでなかった。
――やっぱりこの異世界、陰実の世界じゃねぇかッ!!
◆◆◆
『陰の実力者になりたくて』通称、陰実。
俺が転生する直前に無事2期が放送終了したアニメで、俺が直近で一番推していた作品だった。
2期が終わってしまい、いわゆる陰実ロスのような状態に陥っていたものだが、まさかその世界に転生するとは思ってもみなかった。
ただ、ね。
好きな作品だからと言って、そこに転生して嬉しいかは、必ずしもイコールではない。
そして陰実に関しては、間違いなく嬉しくない作品に入る。
なにせ、この世界は人の命がすごぶる軽い。
運が悪ければ移動中に盗賊に襲われて死に、不用意に人里を離れれば魔獣に襲われて死に、場合によっては世界を裏から支配する教団が起こす企みに巻き込まれて死ぬ。
有力な貴族の家に転生できたのは、正直言ってかなり幸運だった。一般市民に比べれば、各段に死ににくいから。それでも心の底から安心、とはならないのがホントに怖いけど。
◆◆◆
「はあああぁっ!」
「おおっ」
魔力を込めた剣撃が身の丈もある岩を細切れに崩し、指導役である父親やお抱えの魔剣士たちから拍手が上がる。
陰実の世界と知って意気消沈したのも束の間。
転生してしまったからには精一杯生きないと、と一念発起し、それからは貴族としての勉強や魔剣士としての修練に身を入れるようになった。
特に力を注いだのは修練の方だ。
半端な力があったところで、超人たちに出会ってしまえば蹴散らされるのはアニメを見ていればよく分かることだが、それはそれとしてこれだけ脅威にあふれた世界だ。半端であろうと力があるに越したことはない。
そんな人一倍抱いた危機感のおかげか、魔剣士としての腕前はメキメキと上達し、俺はいまや期待の跡取りだ。
両親は優しいし、3歳下の妹も俺によく懐いてくれてる。
生活水準もこの世界において間違いなく上位だし、将来も安泰。
幸運と努力の甲斐あって築き上げた、不満が挟まる余地もない完璧な生活だ。
――いや、強いて不満を上げるというなら。
「お姉さま~!」
「お、っと、見てたんだ、シィナ」
「はい!お姉さまが剣を振るう姿、大好きですから!」
「ははは、ありがとな」
勢いよく抱き着いてきたシィナを受け止め、頭を撫でてやると、心地よさそうに目を細める。
前世では一人っ子だったこともあり、どうにもよく甘やかしてしまう。
シィナもシィナでいつも俺に尊敬の眼差しを向けてくれるし、俺たち2人は、はたから見たらまさに仲睦まじい
……そう、今世の俺は女性として生を受けていた。
それに気付いた時の衝撃は、この世界が陰実の世界だと知った時に勝るとも劣らないものだった。
そういうジャンルもあるのは知ってたけど、俺が見てたのは基本的に男のまま転生するものだったし……。
衝撃は長引いたが、これまたさっきと同じ結論、「なってしまったものは仕方ない。切り替えていこう!」の精神でなんとか乗り越えた。
今となっては、女としての生活にもだいぶ慣れたものだ。
「励んでるわね、スール」
「あ、お母さまも来てたんだ」
「シィナがどうしても、と言うので付き添いでね。
……それにしても、もうここまで成長して。このままいけば、昔の私など目にはないほどの魔剣士になるわ。メィスオチ家の将来は明るいわね~」
岩の残骸を見て感慨に耽るお母様。
なんとこのお母さま、若かりし頃にブシン祭を準優勝しているのである。
そしてお父さまはその年の優勝者であり、優勝の舞台で覇を競ったのが縁で恋が芽生え、身分差やらなんやらですったもんだした挙句、メィスオチ家に婿入りしたとかいう、大衆小説もビックリのラブロマンスが繰り広げられてたんだとか。
「あとはこれで、もう少しだけでも女の子らしくしてくれれば安心なんだけどね」
「あはは……」
俺の口調や仕草は前世のままだ。
ジト目のお母さまには悪いが、こればっかりは譲れない。
確かに今の体は女性だが、今でも心は男のまま、だと自分では思ってる。
もし表面上であろうと、男の口調を捨て、女として振る舞い始めてしまったら……俺のアイデンティティが消え去ってしまうような、そんな恐怖が捨てられなかった。
「わ、私も!私もお姉さまみたいな魔剣士になりますから!」
「お、嬉しいこと言ってくれるじゃん。今度一緒に修行するか?」
「いいんですか!?やる!やります!」
「おーい、そういうことは父さんに話を通してからにしなさい。というか、父さんをのけ者にして盛り上がらないで欲しいなぁ!?」
「まったくもう、あなたったら」
シィナどころか、ずっと蚊帳の外だったお父さままで割り込んできて、修練場は賑やかな空気に包まれた。
◆◆◆
こうして、日常は穏やかに過ぎていく。
「……」
"貴族""魔剣士""女性"。
それらキーワードから浮かび上がる、ある不安をずっと胸の内に抱えながら。