構成員125番の足跡   作:No.125

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後編

◆◆◆

 

 連行された俺は、一旦聖教の教会に連れていかれた後、檻に入れられ輸送されていた。

 やはり処刑はされず、研究材料にされるようだな。

 これで「ディアボロス教団なんてありません!ただ処刑します!」とかされていたら、死んでも死にきれないところだった。

 

 シャドウガーデンはまだ来ない。

 まだ俺の情報を掴んでいないのか、計画を立てている段階なのか。

 どちらかは分からないが、まぁ、気長に待つとしよう。

 

 

◆◆◆

 

 連行されてから1週間が経った。

 今のところ特に変わったことはない。

 檻に入れられ、馬車に揺られているだけだ。

 〈悪魔憑き〉の病状がかなり進行して、揺られるだけでも辛くなってきたのが唯一の変化か?

 連行された時点で右腕はほとんどダメになってたが、今では右足も似たようなモノだ。

 まだマシな他の部位も、はたしていつまで持つのやら……。

 

 当然と言えば当然だが、檻の中にはマットレスどころか毛布の一枚もない。

 それが痛みに拍車をかけている。

 ……本格的に、自室のふかふかなベッドが恋しくなってきた。

 ベッドだけじゃなくて、ちゃんとした食事とか、清潔な服とか……家族の温かみ、とか。

 これまでの人生では当たり前で、今は望むべくもない物が、頭に浮かんでは消えていく。

 恵まれた環境というのはなくなってからありがたみが分かると言うが、その言葉が今の俺にはよく実感できる。

 

「――ッ、ダメだ、泣くな。泣くな……!」

 

 湧き上がってきた涙を必死に押し留める。

 絶え間のない激痛にさらされ、思っていた以上に心は弱っていたようだ。

 けど、泣くことだけは我慢しなければ。

 俺はそれまで強い人間じゃないから、一度泣いて弱気になってしまえば、多分あっという間に心が折れてしまう。

 そうなればきっと、意識を保つこともできなくなる。

 

 ……大丈夫。俺は、他の〈悪魔憑き〉たちに比べれば、恵まれている方だ。

 少しの間さえ耐えてしまえば、助けが来るという()()が見えているのだから。

 そんな希望のないどん底の中でも、折れなかった者たちがいる。彼女たちにできて、俺にできないはずがない。

 もう少しの辛抱だ……。

 

 

◆◆◆

 

「あ、がぁァァア……ッ!」

 

 連行されてから、多分、2週間くらいが経った。

 "多分"なのは、たびたび意識が途絶えて、時間感覚が分からなくなる瞬間があるから。

 

 1週間前は右腕と右足の症状が特に酷かったが、今となっては全身が同じようなものだ。

 動かすだけで、揺らすだけで、激痛が走る。

 痛みに耐えきれず叫んで、その行為がまた痛みを生んで、叫んで――。

 

 そうやって悶え苦しむ自分がいる一方で、それを俯瞰しながら、こうやって妙に冷静に思考する自分がいる。

 あまりの苦痛に、意識が解離してしまったのかもしれない。

 

「うっせぇぞ!黙りやがれ!」

「ふぐぅッ!?」

 

 運搬役の1人が檻を蹴り飛ばす。

 これまでとは少し違った痛みの響き方にまた悲鳴を上げる。

 ……そのおかげと言っていいのかなんのか。ここ最近で一番五感がはっきりし、薄ぼんやりとしか分からなかった周囲のことを感じ取れるようになった。

 

「おい。あんま乱暴すんじゃねぇぞ」

「でもよぉ。足止めされてもう3日だぜ?

 運搬経路に支障が出ただかなんかは知らねえけど、こんな山奥に閉じ込められてずっっと悲鳴なんて聞いてたら、気が滅入っちまうよ」

「だからって荷に当たるんじゃねぇよ。死んじまったら俺らの責任になるんだぞ」

「へいへい……」

 

 冷静な方の意識が、漏れてきた会話を捉える。

 ……なるほど。このところ、馬車の揺れを感じなくなったと思っていたが、そういう訳があったのか。

 ただ、この情報を知ったからといって、なにか変わるかといえばそんなことはない。

 今まで通り、助けが来るのを待つことしかできないのだから。

 

「ぁ、がァ、ぁぁ……」

 

 ………………。

 叫び続け、喉が枯れ果ててもなお、悲鳴を上げ続ける自分。

 解離した意識が、それをずっと眺めていた。

 

 

◆◆◆

 

「…………ぁ……」

 

 ……連行されてから、どれくらいたった?

 わからない。わかんないくらい痛みがヒドくて。

 もう、意識がはっきりすることはなくて。もう悲鳴すらアげられなくて。

 なのに。なのに……。

 

 ――なんで、なんで助けに来てくれない!?

 ちゃんと調べた!領地は近くにあって、時期も合ってて!

 これなら、連れてかれてもダイジョブだって。

 みんなとは離ればなれになっちゃうけど、別れた先で、それぞれ幸せになれるからって。

 だから、勇気を出せたのに……。

 なのに、どうして、どうして……!

 

 どうして、誰も助けてくれないんだよぉ……。

 

 

◆◆◆

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 

◆◆◆

 

 …………分かってた。

 全ての〈悪魔憑き〉が救われるわけじゃないってことぐらい。

 シャドウガーデンは――彼女たちは、神様でも救世主でもない。だから、どうしても取りこぼしは起きてしまう。

 俺がその内の1人になってしまう可能性というのは、ずっと頭の片隅にあって。分かってた上で、無視して、自分の都合の良い未来だけを描き続けていた。

 ……そう思わないと、潰されそうだったから。家族のために聖教に身を明け渡すなんて、できっこなかったから。

 でもそうやって自分を騙すのも、そろそろ終わりらしい。

 

「……」

 

 喚き散らすことはもうない。そんなことができるほど体力は残ってない。

 痛みは引くことを知らず、ずっと全身を苛んでいるけど……それすらも、最早思考を乱すことはなかった。

 この不自然に凪いだ思考こそが、人生の終わりを俺に知らせていた。

 

 ……前世では事故で。今世では呪いで。

 結局人生を満喫することはできなかったな。転生直後に考えていた、異世界スローライフなんて、夢のまた夢だ。

 不満も未練もタラタラで、上げ続ければキリがない。

 ……でも、結局、最期に浮かんだのは。

 

「だレカ……助けテ……」

 

 この期に及んで、みっともなく生に縋りつく言葉だった。

 けれども当然ながら、腐り堕ちた頬を流れる一筋の涙と共に、誰に届くことも、見られることもなく。

 俺は意識と共に、命の手綱を手放した――

 

 

◆◆◆

 

「なん……て……ぇ!……っ!?」

「おい……!?どう……!」

 

 ――ハズだったのに。

 

「……ぇ?」

 

 鈍った五感ごしにでも薄っすらと伝わる、怒号と風切り音。

 間違えようのない、争いの気配。

 それが、意識を寸でのところで引き止めていた。

 

 戦いの音はすぐに止んだ。

 ……馬車の荷台が開けられる。

 重く閉ざされたまぶたを、残された力をかき集め、必死に持ち上げて――

 

「!」

 

 目に映った姿に、思わず息を飲んだ。

 漆黒のフードを目深に被った、黒髪の少年。

 俺の勘違いでなければ。思い違いでなければ。この少年は……っ!

 

「――――」

 

 少年の右手がかざされ、青紫の魔力が降り注ぐ。

 瞬く間に傷は癒え、腐り堕ちた肉は健康的な肌色に戻り、奥深くに染み込むように、肉体に魔力が馴染んでいく。

 

「う、そ……ゆめじゃない、よな……?」

 

 どこも腐っていない、どれだけ動かしても痛むことのない身体。

 〈悪魔憑き〉になる前は当たり前だったのに、今となっては現実味を感じられないほど恋焦がれた自分の姿。

 それを与えてくれたのは――。

 

「……我が名はシャドウ」

 

 ハッ、と自分の手に落としていた視線を上げる。

 月光を背に堂々と立つ姿に、目を奪われた。

 

「陰に潜み、影を狩る者だ」

「あ……あぁ……っ!」

 

 前世では、画面越しに何度も聞いた言葉。

 なのに、感じ方はこんなにも違う。

 これほどまでに心を揺さぶられたことが、これまでにあっただろうか?いや、ある訳がない。

 

 苦痛と絶望の中で、ずっと求め続けてきた救いに。救世主の姿に。

 俺はただひたすらに、涙を流し続けていた。

 

 

◆◆◆

 

「お見事です、シャドウ様」

 

 シャドウの後ろに、銀髪のエルフ――ベータが姿を現す。

 彼がいるんだから、世話係として七陰が傍にいるのはなんら不自然ではないのだが……なぜだか心の片隅が、彼と二人きりじゃなかったことに反感を覚えていた。

 

「しかし、〈悪魔憑き〉の運搬情報にこのようなルートを通るモノはなかったはずです……まさか、教団が運搬を邪魔する存在に感づき、対策を立てて……?

 シャドウ様はそれを一早く察知したからこそ、このような場所まで足を運ばれたのですね!流石です、シャドウ様!」

「……あぁ」

 

 あ、これ絶対分かってなかったやつだ!

 アニメで何度も見たアンジャッシュの場面に遭遇し、感動や懐かしさはもちろん、笑いも浮かんでくる。

 ただ、ここで笑ってしまうのは、なにも知らない2人からすれば不自然極まりないので、頑張って顔に出さないよう我慢だ。

 そのおかげか、ようやく涙も止まってくれた。

 

「至急、アレクサンドリアに戻りこのことを伝えなければ……。すみません、シャドウ様。少しの間、補佐から外れる許可を頂ければ……」

「うん、全然いいよ」

「ありがとうございます!」

 

 お、アレクサンドリアに行くのか。

 それなら俺も連れていって欲しい。

 当初の予想とはかけ離れた展開だが、ここからでも最初の目的である『シャドウガーデンによる保護』は達成できるはず。

 

「あ、あの――って、あっ……」

 

 声をかけようとして……ついでに立ち上がろうとしたのがまずかった。

 身体は治っても、数週間以上まともに歩いてもいなかったのだ。そんなすぐに動けるはずもない。

 バランスを崩し、顔から床に倒れ込む――

 

「おっと」

 

 その前に抱きかかえられていた。

 よかったぁ……治してもらったそばからまた怪我するところだった。

 そう安堵したのも束の間。俺の頭に疑問が浮かぶ。

 ……あれ?俺、まだ檻の中にいたよな?鍵もかかってたはず……。

 

 肩越しに目を向けると、そこには綺麗に寸断された鍵が。

 どうやら、あの一瞬のうちに鍵を壊し、檻の中に滑り込んでいたらしい。

 ……やっぱり、画面越しと、実際に自分の肌で感じるのでは全然違う。彼の実力を、このたった一幕だけで察してしまう。

 

「まだ動かない方がいいよ。治したとはいえ、あれだけ重症だったんだし。

 ……というか、あれだけ進行してても意識保っていられたんだ?すごいじゃん、根性あるね」

「……ふぇ?」

 

 何気なく呟かれた言葉を、一拍置いて理解する。

 え。……もしかして。俺、今、誉められた……?

 

 ドクンっ。

 

 !?

 な、なんだこれ?急に心臓が跳ねてっ。身体がポカポカしてっ。

 ……まさか。誉められただけで、こ、こんな……!?

 

「シャドウ様。その子も一緒にアレクサンドリアに運びますので、こちらに」

「んー、いやいいよ。折角だし、このまま僕が運んでいく」

 

 身体の変調に戸惑っていると、ふわりと、浮遊感に包まれた。

 

「これっ、て」

「――ええぇぇえ!?お、お姫様抱っこぉ~!?」

 

 お姫様抱っこ。

 ……誰が?シャドウが。……誰に?俺に。

 そこまで考えて、やっと状況を把握して――

 

「~~~っ!?」

 

 声にならない悲鳴が上がった。

 さっきなんかとは比べ物にならないほどに心臓が脈打って、火照って。

 顔が真っ赤になっているのが自分でも分かってしまう。

 

 ……というか、今の俺、真っ裸じゃん!?

 さっきまでは全然気にならなかったのに、シャドウに裸を見られていると思った途端、急に恥ずかしさが込み上げてきた。

 お、俺は男なんだから、別に全然、恥ずかしがることなんてないはずなのにっ!

 

「ず、ズルい……!私だってしてもらったことないのに……!」

 

 ベータから突き刺さる嫉妬の視線がとても痛い。

 ……でもまぁ。

 今の俺は、病み上がりなわけだし?俺からさせたんじゃなくて、シャドウが自分から取った行動だし?

 ちょっとくらい甘えても……いいよな?

 

 強張ってた身体から力を抜いて、シャドウに身を預ける。

 スライムスーツ越しに伝わる人の温もりは、檻に入られられてからずっと求め続けていたもので。

 久しぶりの安らぎのなかで、俺は意識を手放していた。

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