バイト先の可愛すぎるアラサー店長について 作:社畜マークII
「虹夏とはどうなんだよ、最近」
「ぼちぼちっすね、この前学校帰り一緒にクレープ食いに行きました」
ふーん、とさして興味もなさそうに言う。彼女の名前は伊地知星歌。最近になって働き始めたライブハウス「STARRY」の店長だ。
あと、幼馴染で僕をバイトに誘ってくれた伊地知虹夏の姉でもある。その星歌さんなのだが、なんだか俺を見る目がおかしい気がしてならない。
「まぁ、お前らは心配するようなこともないか…」
「僕と虹夏ちゃん、付き合ってるわけでも無いっすからね」
「それは知ってんだよ、けどなんか最近距離が近い気がする」
ジト…っと擬音がつきそうな目で、こちらを見てくる星歌さん。本当に虹夏ちゃんとは何にもないというのに、何がそんなに心配なのだろうか。
確かに、虹夏ちゃんとはお互いのクレープ分け合ったりしてるし、普通の幼馴染というには距離は近いかもしれないけど。
まぁでも、虹夏ちゃんは無意識に期待させて「そ、そんなつもりじゃなくて…」みたいに振ってくるタイプなので、こちらとしては始めからそういう対象として見ないようにしている。期待値が高ければ高いほど、現実との落差から来る絶望に押しつぶされるのだ。
「お前は年の割に落ち着いてるしよく見れば顔も良いから、さぞモテるんじゃないか?」
「虹夏ちゃんと山田以外の女子と喋る機会が無いので、その手のイベントは皆無です」
「ほーん…そりゃ気の毒だな!」
嬉しそうに背中をバシバシとしてくる星歌さん。別に痛くは無いけどなんかむず痒いな。僕はそう思いながら、STARRYの掃除をノロノロと行う。
基本的に繁忙期やライブの多い日などは忙しくなるが、それ以外であればドリンクチケットを渡すかライブハウスの掃除くらいしかやる事はない。シンプルに言うと暇なのだ。虹夏ちゃんも山田も今日はシフトが入ってないし。
「あっ、そういえばお前今日バイトの後暇か?」
「まぁ、予定は無いですね。残業ですか?」
「ちげーよ、暇なら飯でも行かないかなと思って」
これも最近星歌さんに対して疑問に思うところの一つでもある。虹夏ちゃんや山田とシフトに入っている時は全くこういうことは言ってこないし、ここまで干渉してくることもないのだが、僕が1人でシフトに入ってる時は毎回と言ってもいいほどに、ご飯やお出かけの誘いをしてくる。
別に嫌なわけではないし、むしろ美人とご飯に行けるのはとても嬉しいことだ。しかし、何故誘ってくれるのかもあまりわからないし、気を遣わせているのでは無いかとちょっと心配な部分もある。
「いいんですか?いつも連れて行ってもらってますけど」
「いいんだよ、虹夏が世話になってるしな」
「むしろ、お世話されてるとこありますけどね」
情けねー、と笑いながら返してくる星歌さん。やっぱり、笑うと可愛いなと思う。普段がクールな美人という感じなので、不意打ち気味に出る笑顔が魅力的に感じてしまう。
そうだ、僕は現在進行形でこの伊地知星歌さんに恋をしている。
巧妙に隠しているのでこの事を知っている人間は僕以外には居ないだろう。実際、わりと他人行儀に接してしまっていると自覚しているし、幼馴染の姉として見るなら適切な距離感だと周りも思っているはずだ。
「若いんだからもっとガツガツ行かなきゃ、他の男に取られちまうぞ?」
「僕は虹夏ちゃんをそういう目で見たことないっすからね〜」
「んだよ、私的にはお前が義弟なら安心できるんだけど?」
「…僕、好きな子いるんで
と言うと、口を開けてポカンとする星歌さん。ちょっと仕返しをしてみたいと思ってそう言ったが、みるみるうちに顔が青ざめていく星歌さん。どうしたんだろう、なんか言っちゃいけないこと言ってしまったのだろうか。
「お前、山田か!?アイツだけはやめとけ!!色んな意味で!」
「ちげーよ!!ふざけんな!」
おっと、思わず昔の口調が。昔は幼さに甘えて、タメ口で「せーちゃん」とか呼んでたっけ。
今思い返してみると、クソガキだったな僕は。星歌さんにも煙たがられていた記憶しかない。まぁ大学生くらいの星歌さんにとっては、妹の幼馴染のクソガキ(男)とかめんどくさいことこの上なかっただろう。
「はははっ…まぁ、山田じゃないならいいや。他の女なら特に興味も無いしな」
星歌さんはそう言って笑って、タバコを吸い始める。心なしか僕の話を聞くのが楽しそうだ。
まぁその話は置いておくとして、今日は何を食べに行くんだろうか。星歌さんとご飯行くのは嬉しいんだけど、この人いつもお酒飲むからたまに絡んでくるのが困るんだよな。抱きつかれたり頭撫でられたりとか、勘違いしてしまいそうになる。
「私は青春を全部バンドとSTARRYに捧げたからな。お前らにはちゃんと、高校生らしく生きてほしいんだよ」
後悔はしてないけど、と締めくくると締め作業に没頭しだす星歌さん。何この人、カッコよすぎだろ…。もう本当に好きだ、愛してる。
けど、この想いは伝えない。俺はこの人の近くで、この人が幸せになるところを見られたらそれで良いんだ。星歌さんの夢を潰してしまった俺に、この人と一緒になる資格はないはずなのだから。
「おぁ、飲みすぎた…気持ち悪ぃ…ぅぅ」
「もう、なんであんなに飲んだんですか!そりゃそうなりますよ!」
「だってぇ…」
星歌さんが珍しく弱ってる、だいたいほろ酔いくらいでいつも終わってるので、今日もそうだと思い油断した。
止める暇もなく、気づいたらこうなってしまったというわけだ。今は、伊地知家まで肩を貸しながら歩いている。今日食べに行ったお店が下北沢の範囲で助かったよほんと。
「だってもなにも無いです、虹夏ちゃんも心配してるのでさっさと帰りますよ」
「だってお前が、好きなやついるって言うから」
ボソッと呟くように星歌さんは言った。あまりにも小さくて聞き取れなかったが、どうやら俺のせいらしい。何かしてしまったのだろうか、あんまり思いつかないけど、この前山田に貰った『星歌さんがぬいぐるみ抱いて寝てる写真』を待ち受けにしてるのがバレたのかな。
「なんかよくわかりませんけど、僕のせいだとしても虹夏ちゃんに心配をかけるのはダメっすよ。あんなに良い子なんだから」
「ゔゔ〜…虹夏虹夏って、やっぱりお前らデキてるなぁ!?」
認めんぞ!と、昼とは真逆のことを言い始める星歌さん。この人酔うとわりと面倒くさいところがあるな。きくりさんを見てきてるので、この程度ではもはや動じないが。
「りょうくん、お酒は百薬の長だよ!嫌な事も人生も全て水の泡になるし一石二鳥だねー!」とかいう幻聴が聞こえてきたが、無視した。
「はいはい、あと5分くらいで着くのでもう少し大人しくしててくださいね〜」
「涼介ぇ〜」
「なんですか、星歌さん」
「
うわごとのように言ったそれを聞いて、僕は足を止めかけた。おそらく、星歌さんは本気で言ってるんだと思うし、僕も後悔はしていない。けど、どうしても楔のように残っている
「お前が、あのときに本気で怒ってくれなかったら、私は、大切なものを無くしてしまうとこだった、だからほんとに感謝してる。虹夏と、今みたいな関係になれたのもお前のおかげだ…」
「…僕がいなくてもなんとかなってましたよ、星歌さんなら」
コックリ、コックリとほとんど寝かけていた星歌さんだが、その言葉を聞いていきなりパッと顔を上げた。なんだ、どうしたんだこの人。
「…こっち向け」
「は?」
「こっち向け、って言ってんだよ!」
そう言うといきなり僕の顔を掴んでくる星歌さん。
次の瞬間、頬に柔らかい感触が触れた。
「へへ、やってやった」
「え、ちょ、待っ」
「ふざけたこと言った罰だ」
ふふん、と言って満足げな顔をして、目を瞑って意識を落とそうとする星歌さん。いや、ふふんじゃないんですが?
「いや、起きてください星歌さん!説明を!説明をしてくれ!」
「そうだね。私もお姉ちゃんに聞きたいことと、言いたいことがいっぱいあるし」
「あっ」
聞きなれた声に顔を上げると、青筋を顔に浮かべた
「涼介くん」
「は、はい!」
「こんな遅くまでごめんね?その
すごく申し訳なさそうな顔をして、星歌さんの首根っこを掴みズルズルと引きずっていく虹夏ちゃん。星歌さんは「ゔぅ…」とか言ってるが、僕にはもうどうする事もできない。
僕はひたすら心中で「アーメン」と言い、十字を切るのだった。
「本当にすまん」
次の日バイトに行くと、いきなり星歌さんに頭を下げられた。いやまぁ、なんで謝られてるかは全然理解できるんだけど、律儀だなぁ。
僕的には役得だったし、別に不快な思いも無かったので全然良いんだが、今後星歌さんに意中の相手ができたとき困るだろうし、ちょっと釘を刺しとくか。
「まぁ反省してるだろうし、小言はいいません。けど、ああいうのはできるだけ控えてくださいね、勘違いする人も出てきちゃいますよ」
「いや、えっと、お前以外には…」
「お姉ちゃん、本当に反省してるの?」
背後からぬっ…と現れた虹夏ちゃんに少しびっくりしたが、星歌さんはそれ以上にビビっていた。昨日、僕が帰った後どんな説教くらったんだよ…。
「反省はしてる」
「…ならいいけど」
「後悔はしてないけど」
「なんか言った?」
「何も言ってないです」
ピキピキ…と昨日の状態に変化しかける虹夏ちゃん。おそらく星歌さんが何か小声で言ったのだろう。懲りないなぁ、と呆れつつも想い人の珍しくしょぼんとしている姿に萌える僕であった。
「今日はリョウも来るからライブの合わせもしたいんだけど、喜多ちゃんが頑なに合わせ練習に来ないんだよね〜。なんか忙しいみたいで」
「喜多ちゃんっていうと、あの言ってたギター担当の子?」
「そそ!歌上手いらしいから、ボーカルもやってもらおうかなって」
「そっか、初ライブ応援してるよ。ほら、うちわも作ってきたし」
『虹夏ちゃんマジ天使!』『山田金返せ!』と書かれたうちわを見せると、虹夏ちゃんは可愛い顔を真っ赤にして引き攣らせた。星歌さんは腹抱えて笑ってる、楽しそうでなによりだ。
「もっと普通のにしてよ!あと、またリョウは涼介くんにお金借りてるの!?」
「この前お金無いからって道端の草食べてて、そんな状態の山田ほっとくのも可哀想だし、しょうがないから貸したよ」
「あいつめ…」
ぐぎぎ…と歯噛みするような顔をしながら虹夏ちゃんはここにはいない山田に対しての怒りを募らせていく。
いつものことだから僕は特に思うところは無い、山田はなんだかんだで金は返してくれるしな。こちらがキレない程度のタイミングを把握して返してるあたり、そういうのを図るのが上手なんだと思う。
「涼介くんも甘やかさない!たまにはガツンと言わないと!」
「ガツンと、か…。ちょっと試してみようかな」
「うんうん!ちゃんと言わないとリョウも懲りずに借りにくるよ!」
「おはよう」
ガタっとドアが開いたと思えば、見知った顔が姿を現した。ふてぶてしくも顔が良い、中性的なスタイルとクールな出で立ちは他学年でも噂されているほどだ。相変わらず、ベーシストの具現化みたいな女だな。
来て早々だがガツンと言えと指示が降ったので、ちょっと仕掛けてみるか。山田、ご覚悟を。そう思いながら、スタスタと近づいて行く。
「山田、貸してた3000円今日は返せそうか?」
「っ!?いや、あの、もう少しでバイト代が出るからご勘弁を…」
僕がそう言うと途端にアタフタとし始める山田。おい、クールな面はどこいった。僕はそんな焦っている顔を見て、もう少し待ってやるかと思いチラリと虹夏ちゃんを見ると、『もっと言え』と口パクしてきたので攻めてみることにした。
「ふぅん、返せないのか。まぁ返せないなら返せないで、返済には別の方法もあるけどね」
「なら、そっちでお願いしたい」
シュバっ!っと僕の両手を掴んで懇願してくる山田。プライドのかけらもないなコイツ。
「じゃあ、今日と明日は僕の言うことなんでも聞いてもらおうかな」
「「え」」
「…涼介はケダモノ、新たな発見」
頬を赤らめてそう言う山田。おい、お前そんなキャラじゃないだろ。
「嫌でしょ?これに懲りたら「良いよ」…え?」
「涼介なら、良いよ」
「「ちょ」」
グイッとこっちに近づいてくる山田に呆気に取られる僕。…こいつ、さては虹夏ちゃんと星歌さんをからかってるな。
まぁ、この手のことは山田には通用しなさそうだし、最初から僕達の思惑に気づいてたんだろう。僕はそう結論づけ、山田から離れて手をヒラヒラとさせる。
「はいはい、こっちの負け。ちゃんとお金は給料日に返してね」
「む、別に冗談じゃ「はい!そこまでー!」」
「ドッキリ大成功だね!じゃーバイト始めよっか!お姉ちゃんもボーッとしてないで、働かないと!」
「あ、あぁ…」
ん、なんか星歌さんがシワシワになった電気鼠みたいな顔してる。どうしたんだろ、二日酔いかな。後でポカリとか差し入れしてあげるか。二日酔いに何が効くとかはよくわからないけど、少なくとも脱水はお肌の天敵とか言うしな。間違いではないはずだ。
「涼介が幸せだったらそれで良いって、決めたはずだったんだけどなぁ」
星歌さんが呟くように言ったその言葉は、ライブハウスの音にかき消されて、泡のように消えていった。
星歌さんが好きな同士は全員評価して❤️