「き、喜多さん、ドリンクはこのボタンを押してもらって…」
「わかったわ、後藤さん!あ、あとお酒とかは…」
おお、なかなか良い感じに教えられてるようだ。
僕は傍で2人が働いてる様子を見守りながら、安心したように息をつく。
後藤さんの普段の様子から少しテンパってしまうかと思ったが、自分からなんとかドリンクの作り方を教えようとしてる。
最初の頃から考えると大きな進歩だ、コソッと褒めておこう。
「後藤さん後藤さん」
「へぁっ!?な、なんですか!?何か、ミスとかしてしまいましたか…?」
「違う違う、上手く教えられてるからその調子でお願いって言いたかっただけだよ。安心して!」
そう言うと、百面相していた後藤さんの表情がピタッと止まり、だらしなく笑い出した。今にもデヘヘとか言い出しそうだ。
褒められ慣れてないのか、後藤さんを褒めるといつもこんな感じになる。最初の頃はビクッとしてしまっていたが、もう随分と慣れたものだ。
「デヘヘ…ま、まぁ私は先輩ですからね…。頼られてる私…もう前までの私ではありませんよ…!」
「おお、その調子だよ。でも、怪我とかには気をつけてね」
「い、今の私は最強ですからそんなことは…」
フラグにしか思えない発言をしながら後藤さんはホットコーヒーを淹れようとする。マジで大丈夫か…、って、後藤さん手元見てない!!
「後藤さん、危ない!」
「へ?」
喜多さんがそう叫んだ瞬間、僕は咄嗟に後藤さんの手を掴み、身体を自分の方に引き込んだ。いきなりのことだったため、後ろから抱き寄せるような形になってしまったが、こればかりは致し方ない。大火傷になるよりマシだ。
「あ、あわわ。あわわわ」
「ふー、間一髪。後藤さん、火傷してない?」
「きゃー!ふ、2人とも大丈夫ですか!?これ、ハンカチ使ってください!」
喜多さんがそう言いながらハンカチを差し出してくる。僕は特に何も無いが後藤さんはどうかわからない。
速やかに手を離し、後藤さんを自由にする。まだあわあわとなっているが、とりあえず、大きな火傷は見当たらないので大丈夫そうかな。
「は、ハンカチありがとうございます…でも、大丈夫です…。調子乗ってすいませんでした…」
「こらこら、卑屈にならない。途中まで上手く教えられてたんだから、落ち着いていこう」
「そうよ!あっ、裾にコーヒーついてるわ!」
ひ、光属性…と後藤さんがボソッと呟いたのが聞こえたがあまり反応せず、とりあえず頼まれていたドリンクをすぐ作り、お待たせしましたの言葉と共にお客さんに出す。
後ろで喜多さんに裾を拭かれている後藤さんが申し訳なさそうにしているので、少し声をかける。
「この程度ミスにも入らないし、怪我が無くて良かったよほんとに」
「す、すいません…ありがとうございます…」
誰しもが最初から仕事できるわけでも無いし、後藤さんは反省できる子なので大丈夫だろう。調子に乗りやすいところは玉に瑕だが。
「き、喜多さんハンカチ洗ってお返しします…」
「良いわよ、そんなの!火傷とかなくて良かった!」
そう言って後藤さんからハンカチを貰う喜多さんを見ていると、後藤さんが少し怪訝な顔をしているのに気づく。どうしたのだろうか。
「おい、涼介。こっち来て音源確認一緒にしてくれ。量が多くてどれが良いかわからなくなってきた」
「あ、はい星歌さん。今行きます」
少し考えていると星歌さんに呼ばれてしまったので、考えを破棄して星歌さんのもとに向かう。まぁ、あの2人なら拗れたりはしないだろう、なんだかんだ、世話焼きの喜多さんと受け身体質の後藤さんは相性が良いように感じるし。
「おいおい、今度はぼっちちゃんまでたぶらかすつもりかぁ?」
「何言ってんですか…音源確認するんでしょ、早く聞かせてください」
僕はそう言いながら星歌さんの隣に座る。少しこちらをジッと見つめた後に、視線をパソコンに移す星歌さん。
何曲か聞かせてもらったが、概ね僕と星歌さんが良いと思うものは一致していたため安心する。
なんだかんだでしっかりと店長してるんだなぁ、なんて失礼なことを考えながら僕は星歌さんにふと湧いた疑問をぶつける。
「そういえば」
「ん?」
「喜多さんは
僕が曖昧な質問をぶつけると、星歌さんは少し眉間に皺を寄せながら息を吐く。心なしか機嫌が少し悪くなったように見える。
「お前はいつも女の話ばかりだな」
「いや、別にそういう…」
「どうするもこうするもねぇよ」
「と、いうと?」
要領を得ないような返答だが、僕は星歌さんが言わんとすることはだいたいわかってる。僕のこれは一種の相槌のようなものだ、そこまで意味は無い。
「ここからは喜多ちゃんが、そして結束バンドが決めること。私は大人として落とし所を提供してやったにすぎない。そんだけだよ、喜多ちゃんが結束バンドに入るならそれはそれでいいんじゃない?」
「ふーん」
「なんなんだお前、聞いといてその態度は」
「いや、星歌さんはやっぱり優しいなと」
うるせぇ、と少しそっぽ向いてしまう星歌さん。
照れてるようだが僕は空気が読めるのでそれ以上は言及しなかった。
しかし、ほんとにどうするのだろうか彼女等は、僕が結束バンドの立場ならその行為を許しこそすれ、バンドに戻ることを許可するかはちょっとわからないな。
「涼介はさ」
「はい?」
「…やっぱいいや、ぼっちちゃんと喜多ちゃんのところ戻っていいぞ」
「え、なんですかめっちゃ気になるんですけど」
いいから行け、と突っぱねる星歌さんを尻目に僕は元の持ち場に戻る。なんなんだ一体…、言いたいことあるなら言ってくれればいいのに。
「まだ
伊地知星歌は、誰に聞かせるでもなくそうひとりごちる。そのつぶやきはパソコンにつけっぱなしのイヤホンから出た音漏れと共に掻き消えるのだった。
「今日はありがとうございました、これからもバンド活動頑張ってください。影ながら応援しています」
そう言って深々と頭を下げる喜多さん。
終盤のお客さんの捌き方は流石の一言だった。このまま永久就職してくれたらとても助かるんだけどなぁ。
流石にそれはわがままだろう、僕はあくまで部外者でしかない。
あとは彼女達がどうするかを見守ることしかできない、してはいけないのだ。
「それじゃ」
「きっ喜多さん!!」
後藤さんが今まで上げたことないほど大声で叫んだ。虹夏ちゃんがビクッとしていたところを見ると、これは後藤さんの独断で動いてるようだ。
「あっちょ、まっ、待って帰らな…」
後藤さん、いつもはそんなに動かないからか、つんのめって派手に転んでしまった。
助けてあげなきゃという気持ちと、ここは見守らないとという気持ちがせめぎ合うが、喜多さんが困ったような顔で立ち止まったので、僕も動きを止める。
「待ってあげるから落ち着きなさい!」
さっきまで申し訳無さそうにしていた喜多さんも、流石に後藤さんのそんな奇行の前ではそう言わざるをえなかったようだ。
そこから、ある程度落ち着いた後藤さんに喜多さんは、自分の罪状を話すかのように話し始めたのだった。
「…ごめんね、もしかしたら後藤さんは私を結束バンドに戻そうとしてくれてるのかもしれないけど、流石にそれはダメだと思うの」
喜多さんを今日一日見てたからわかる、これは「拒絶」じゃなくて「諦観」に近い。
おそらく、結束バンドに戻ること自体は嫌じゃないのだろう、しかし自らのしてしまったことを正しく認識し、「私にはそんな資格はない」と思っている。
「私、ギター弾けないし。一度逃げ出した人間だから…」
ああ、わかった。僕が思わず星歌さんに曖昧な質問をしてしまった理由が。
似てるのだ、喜多さんは、僕に。
「わ、わわ、私もだいぶ前に逃げ出して、お店のゴミ箱に隠れたりして」
「ぼっちちゃん、起こすよー」
虹夏ちゃんと山田がフォローに入る。山田もなんだかんだこういう場面ではちゃんと動くあたり、悪い奴では無いんだよな。
「き、喜多さんの左手!指の先の皮が固くて…そ、それは!」
「かなりギターを練習してないとならない」
あ…、と虹夏ちゃんが声を漏らし、その後少し笑う。僕も少しびっくりしてしまった。
あのとき、後藤さんが怪訝な顔してたのはこういうことだったのか。全く気づかなかった。流石、昔からギターを弾いているだけある。
「喜多ちゃんも、これから結束バンド一緒に盛り上げていってほしいな!」
「何で…私に、そんな…」
虹夏ちゃんが明るくそう言うと、喜多さんが疑問と後悔を顔に浮かべつつ
声を出す。やっぱり虹夏ちゃんは優しいな、ほんとに。
「だって、虹夏ちゃんが逃げ出してなかったら、ぼっちちゃんにも会えてなかったよ?」
「うん!うん!」
後藤さんが虹夏ちゃんの言葉に首がちぎれんばかりにうなづく。大丈夫かそれは、高速赤べこみたいになってるけど。
「私もずっとバンドやりたかったからさ、引け目感じちゃうのも、でもまだ憧れちゃうのも気持ちわかるんだよね」
「私もです!!!」
「うぉっ…!」
びっくりした、いきなり後藤さんが大きな声で同意したから声が出てしまった。虹夏ちゃんが驚いた俺を見ると、ニコニコしながら近づいてくる。
「涼くんも、喜多ちゃんが結束バンドに入るのに賛成してくれる?」
「何で僕に聞くかはあれだけど、良いんじゃ無いかな?喜多さんいい子だし」
「リョウも戻ってきてくれたら嬉しいよね?」
「スタジオ代もノルマも四分割」
もー!素直な言い方しなよ!と、虹夏ちゃんは怒るが、あれは山田なりの照れ隠しなんだろう、照れ隠しだよな…?
「はっ…!先輩分のノルマ、貢ぎたい!」
「爛れた関係が爆誕しそうなんだけど…」
その後、後藤さんが喜多さんのギターの先生をすることになったり、喜多さんがギターだと思ってたものが多弦ベースだったりするのだが、何はともあれ、結束バンドは無事にギターボーカルをゲットすることができたのであった。
「で?あんたが推してる結束バンドとやらは、その後どうなのよ?」
「まぁ今のところ平和だよ、フルメンバー揃ったわけだし」
喜多さん結束バンド加入事件があってから少し経った頃、ヨヨコにも報告がてら会ったのだが、ちょっと不機嫌そうだ。
なんかこの子、別のバンドの話すると急に機嫌悪くなるんだよな。やっぱり、これくらいの向上心と野心があるバンドマンの方が売れるんだろうけど。
「まあ、私達にはまだまだ敵わないだろうけど、名前だけ覚えといてあげるわ」
「おー、ありがと。またどっかのタイミングで見にきてよ」
「…タイミングが合えばね」
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽむくヨヨコだが、すぐに機嫌を直すかのように一枚の紙を取り出す。そして机にバンっと叩きつけるかのように置く。
「そんなことより、今日は姐さんのバンドのライブの日でしょ!気合い入れていくわよ!」
「そうだね、てか他のライブハウスでライブ見るの久々かも」
「えー、勿体無いわよそれ。ライブハウスによって雰囲気とかバンドの特色とかも違ってくるんだから」
そう言うと色々なライブハウスの紹介をしてくれるヨヨコ。
ほうほうと言いながら相槌を打ちつつ聞く僕に機嫌をよくしたのか、今度連れて行ってあげるわ!と得意げに言う。
まあ、それは素直に嬉しいな、僕は友達が少ないからこうやって気軽に遊びに誘ってくれるヨヨコの存在に助けられてる。
「あ、あと今日、私のバンドメンバーも来るらしいから、あんたのこと紹介するわ」
「え、全員女の子だよな」
「そうだけど、あんたがそれ言うの今更じゃない…?」
たしかに僕の周り女の子しかいないけど。それでも初対面の異性は緊張するものだ。僕がそう思っていると、ヨヨコが照れ臭そうにこちらを見て口を開く。
「と、
「お、おう…」
そんなに照れられると、こっちまで恥ずかしくなってしまう。僕らの間に生温い空気が充満する。何だこの空間は、どうしたら良いんだ。
「は、早いけどそろそろFOLTに向かいましょうか」
「そ、そうだな…」
僕らは早々と会計を済まし、カフェを後にするのだった。
まさか、この後「FOLT」で僕の人生を変えるような出来事に出会うとはこの時は全く予期していなかった。
「あ!またヨヨコちゃんとりょうくんが同伴出勤してきてるー!」
「きくりさん…同伴って言い方、人聞き悪いですよ」
「えー?だって2人ともすっごい仲良いし。嫉妬しちゃうぞ、このこの!」
FOLTに着いたら、いつも通りのきくりさんが居た。だが顔の赤みは無く、肌の血色も良くなっているように感じる。
節酒はちゃんと続けているようで安心した。肘でボスボスと脇腹を叩かれているが、地味に痛い。
「ね、姐さん、前も言いましたけど涼介とは別にそんな…」
「知ってるけど、私も気軽に2人と遊びたいんだよー!」
だからまた遊ぶ時は誘ってねぇ、ときくりさんは僕達に言う。ここでジタバタと暴れなくなったあたり、ちゃんと大人になったんだなと改めて実感する。
「あっ!志麻ー?この子がこの前言ってた星歌さんとこの子!」
「きくり、お前いきなり声かけてくるなよ…」
きくりさんが後ろの方に向かって手を振ると、イケメン系美女が現れた。なんかちょっと気まずそうな顔してるのは何でだろうか、人見知りなのかな?
「あの、永岡涼介といいます。今日はよろしくお願いします」
「あ、ああ。これはご丁寧に、私は岩下志麻。こいつと一緒にバンドやってる、ドラム担当だよ」
「志麻、キョドッてるー!」
「廣井うるさい!」
この人がドラム担当なのか、めちゃくちゃかっこいいな。
女の人にあまりかっこいいと言うのは失礼になるかもしれないので、口には出さないが、絶対にこの人に女性ファンが多いのは言うまでもないだろう。
「前々からSICK HACKのライブには来てみたかったので、今日はめちゃくちゃ楽しみです!」
「くっ…良い子だ…!」
志麻さんは何か眩しいものを見るような目をこちらに向けてくるが、どうしたのだろうか。あっ、もしかしたら星歌さん経由で俺のこと知っていたのかもしれないな。
「伊地知先輩から度々話は聞いていたよ、可愛い弟分がいるって」
「お、弟分ですか…」
やはりそうだったか。
ま、まあ弟分なのは否定しないが、改めて星歌さんからはその印象なのだと痛感する。
いや別に良いんだけどね、むしろそんだけ可愛がってもらってるのがありがたい話だ。
「?まあ、今日は楽しんで行ってくれ。廣井のやつが更生してきてるのも君のおかげなんだろ?飲み物とかも何でも頼みなよ、私出すから」
「いやいや!それは流石に悪いですよ!」
「良いんだよ、感謝の証ってやつだから」
志麻さんはそう言うと、じゃあまた後でとリハーサルに行ってしまった。イケメンだなぁ、少し星歌さんと被る部分もあるように感じる。
「りょうくん、志麻みたいなタイプはどうなの?」
「どう、とは?」
「わかるでしょー?りょうくんが鈍感じゃないの知ってるし」
グイグイ来るなきくりさん、いやまぁ色々わかってるけど。僕はこんな明け透けな好意や意図をわからないほど、愚かでは無いつもりだ。
「…大人として好感が持てる方だとは思いますよ」
「へぇー?じゃあ女の人としては?」
「ノーコメントで」
「またそれ〜?」
まぁ別に良いけどね〜、と僕に絡んでくるきくりさん。ライブのリハ行かなくて良いのかなこの人。
「おい!廣井!お前もリハ来るんだよ!」
「あと5分だけ!あと5分だけ!」
あっ、やっぱりダメだったんだな。僕は志麻さんに引きづられていくきくりさんを見ながら、そう思うのであった。
きくりさんが酔い覚めたら、真面目で暗くなるのでは?っていう疑問は、惚れた男の前ではかっこよく可愛くいたいからという答えが返ってくるわけですね。