ケルディックの騒動、その背景に蠢く貴族派の策謀。
レイル達の活躍――それに、革新派の精鋭部隊である鉄道憲兵隊の介入により、貴族派の動きは大きく制限されることになった。根本的な解決には至ることはないが、暫くは大市への圧力も解け、ケルディックは平穏を取り戻すことになるだろう。
だが、問題は他にもある。
自然公園でレイル達に襲い掛かってきた魔獣の群れだ。
あれだけの群れを操っていたのだとすると、もしかしなくても……
――入学早々、きな臭いことになってきたな。
トリスタに戻ったら、すぐさまミヒュトに情報を集めて貰おうと決め、直近で対処しなければならない問題へと思考を切り替える。
「情報局の連中が動いているとは踏んでいたけど……まさか、あんたまで動いているとは、ねぇ?」
ジトッ、と蛇が獲物を睨むかの様な視線を向けてくるサラ。
その機嫌はすこぶる悪く、レイルはやれやれと肩を竦めた。
「流石に士官学院生だけじゃ手に余ると判断したから、根回ししたんだけど……それが気に入らなかった?」
先程の問いに対して、レイルは苦笑を浮かべながら返答する。
するとサラはイライラした様子で言葉を返してきた。
「別に。使えるカードは有効に使う――そういう意味では今回のことは許容範囲だと思うわ」
だがそれ以外のことで苛立ちを覚えている。言外にそう言っている様に感じられ、現にそれは、クレアとの遭遇を指しているのだとレイルは理解していた。
――けど、なぁ……
もしかしたら、という懸念がないわけではなかった。しかし、レイルが想定した以上にサラとクレアの関係性は拗れてしまっていたのだった。
3年前の出会い――この時は立場の違いから決して良好な関係とは呼べないものだった。しかし、時間は掛かったかもしれないが、いつしか2人は親友――あるいは仲睦まじい姉妹みたいに見える様になったのだ。少なくとも、その様子を傍で見ていたレイルには、そう感じられたのだ。
それが――
「……どうしてそこまで険悪になってるのさ?」
苛立ちを隠そうともしないサラに、レイルは疑問を投げ掛ける。幸いにして、2人のいる車両には他に乗客はいないし、リィン達は別の車両で待つ様にサラが指示を出しているので多少声を出しても誰かに聞かれることはなかった。
サラもそれが分かっているので、声に険を含ませて声を荒げてくる。
「どうして、ですって? あんた、本気で言ってるの!?」
「本気だよ」
レイルはサラの問いに端的に返した。それを受けてサラが言葉を詰まらせた。
次の言葉が発せられるまでの合間に、レイルは先程の2人の様子を思い返した。
今にも爆発しそうな怒りを隠そうともせず、鋭い眼光でクレアを睨み付けるサラ。
それに対して、どう声を掛けて良いか分からず、結局サラから視線を逸らすことしか出来なかったクレア。
結局、導力列車の時間が迫っていたこともあり2人が言葉を交わすことはなかったが、そのただならぬ雰囲気はその場にいた誰もが感じ取れたであろう。
「…………どう、接していいか分からないのよ」
ようやくポツリと言葉を溢すサラ。そこには先程までの怒りはなく、表情には困惑の色しかなかった。
「2年前のあの一件にクレアが関わっていないのは分かってる――それどころか、あたし達のために色々手を回してくれていたのも知っている。けど、あの子の兄弟筋と親玉がしたことを許すことは出来ない。そしてあの子が《
「…………」
サラが吐露した言葉を聞いて、レイルはやはりという思いを抱いた。
やはり――2年前の出来事が2人の関係にひびを入れてしまっていたのだ。
「ねぇ、レイル……あんたはどうなの? あんたは何も感じないの?」
「そんなわけないだろ……正直、あの時帝国にいなかったことを歯痒く思ってるさ。けど、クレアさんとのことは別問題だろ」
「それは……」
「サラ姐だって分かっているはずだ。《鉄血の子供達》であろうと、クレアさんはクレアさんだって」
「…………」
「今度時間を作って、クレアさんと話してみなよ。そうすれば、きっと蟠りもなくなるはずだし」
押し黙ってしまったサラに告げると、レイルは腰を上げてリィン達が待つ車両へと向かう。
「流石は《絆を紡ぐ者》、ね」
背後から小さな声を掛けられ、レイルは静かに振り向く。
「それ、皮肉だって知ってて言ってる?」
「あたしは素直に尊敬しているわよ?」
そこにいたのは、先程までの路頭に迷う子供の様な存在ではなく、大胆不敵に笑みを浮かべるいつものサラの姿だった。
「あんたみたいに割り切れるほど出来た大人じゃないけど、それでもあの子と向き合ってみるわ…………ありがと」
そして、レイルは自分を追い抜き先に行ってしまった彼女を見送り、やれやれと息を吐いた。
「切り替えが早いというか何というか……」
けど、きっと彼女のことだ。あの日から今まで誰かに弱音を吐いたことはなかったはずだ。散り散りになってしまった仲間達とまた集う日のため戦ってきたのだろう。それが今日、クレアと鉢合わせたことをきっかけに、迷いやごちゃ混ぜになってしまった感情を吐き出してもらえたのだとすれば、
「後輩として、役に立てているなら良いんだがな」
◆
「随分と盛り上がってるみたいね」
「サラ教官、ようやく戻られたか」
別車両から戻ってきたサラに気付いたラウラが声を上げる。すると少し遅れてレイルも戻ってきた。
「遅かったね、お兄ちゃん」
「まぁ、色々とな……それで? 何を話していたんだ?」
リューネの詰問を飄々と受け流して、レイルが問い掛けてくる。
それに対してリィンが、レイル達が不在だった間に話し合っていたことについて説明を始めた。
今回の特別実習を通して、特別実習の目的がARCUSのテストだけでなく、自分達に様々な経験をさせようと感じられたということだ。
知識上でしかない帝国各地やそこで生きる人々の実情を知り、あらゆる問題に対処できるだけの判断力や決断力を養わせようとしているのではないか、ということである。
「半分くらいは当たりね」
リィンの話を聞き終えたサラが彼らの推測に評価を付ける。
「――君達の指摘通り、現地の生の情報を知っておくは軍の士官にとっても非常に有益よ。そして、いざ問題が起こった時に、命令がなくても動ける判断力と決断力、問題解決能力――そうしたものを養わせるために特別実習は計画されているわ」
サラの説明を受けて、アリサ達が感嘆や更なる疑問の声を挙げる中、リィンは黙って今の話を吟味していた。
「どうかしたのか?」
その様子を見たレイルが呼び掛けると、リィンは頭を振ってから、自分の中にある考えを言葉にした。
「いや、そういった理念や実習内容を考えると、それって何だか――《遊撃士》に似ているなと思って」
「言われてみれば確かに……最近じゃあんまり見かけなくなったけど」
遊撃士協会。
《支える篭手》を紋章と掲げ、大陸各地に支部を持つ地域平和と民間人の保護を目的とする民間の組織であり、その担い手達を人々はこう呼ぶ――遊撃士、と。
そして実習内容と先程のサラの話を合わせて考えると、特別実習とは遊撃士の活動を模倣したものの様に感じられたのである。
その真偽を確認するために、リィン達はサラへと視線を向ける。
「てへ――バレたか」
サラがウインクすると、わざとらしい寝息を立てて寝入ってしまった。
「あ、あはは……」
「はあ……どこまで本気なのかしらね」
「遊撃士か……何か関係はありそうだけど」
「まあ、いずれその辺りも明かされる可能性は高そうだ」
「俺達は俺達で、次の実習に備えれば良いんじゃないか」
「そうだな……」
各々が話す中、リィンだけが浮かない顔で何かを逡巡しているようであった。
「まだ何か気になることでもあるの?」
エリオットが問い掛けるが、リィンは首を横に振った。
「考えれば、皆にはずっと不義理をしていたと思ってさ」
「不義理?」
「それは、八葉一刀流のことではないようだな?」
皆の質問に、リィンは静かに頷いた。
「ああ、それとは別に1つ黙っていたことがあるんだ――俺の“身分”についてだ」
その一言だけで、誰もがリィンの言わんとすることを察していた。
「もしかして、リィンさんの家は……」
「ああ、マキアスの問いにははぐらかす形で答えたけど……俺の身分は一応貴族になる。帝国北部の山岳地ユミル――そこを治めているシュバルツァー男爵家が俺の実家なんだが……俺は養子だから、貴族の血を引いていないんだ」
「え……」
「……ふむ」
「それで、あの答えなんだね」
エリオットが指したのは、特別オリエンテーリングの際にマキアスから問われた身分への答えである。あの問いにリィンは『少なくとも高貴な血は流れていない』と答えているのだが、その濁した答えの理由がそこにあった。
「貴方も……色々事情があるみたいね?」
「はは、そんな大層な事情じゃないけど……それでも、皆には黙っていられなくなったんだ。共に今回の試練を潜り抜けた仲間として……これからも同じ時を過ごす、Ⅶ組のメンバーとして」
「……まったく。生真面目過ぎる性格ね。その話、帰ったら他の人にもちゃんと伝えなさいよ?」
アリサがやれやれといった様子で、リィンを促すと彼も素直に聞き入れていた。
「ああ――そのつもりさ」
「ってなると、俺達も話しておくべき、なんだがな……」
「リィンさんだけ、というのもアンフェアですよね」
そこで、レイルとリューネから声が挙がる。すると、リィン達の視線が一斉にレイルとリューネへと注がれる。
「やっぱり、気になりますよね……」
リューネが居心地悪そうに身体を捩じらせる。その様子を見て我に返ったリィン達が謝罪する。
「いや、すまない……誰にだって話せない事情はあるだろうし、俺に付き合って無理に話さなくても」
「そう言ってくれると助かる……その代わり、1つだけ宣言はしておこうと思うんだ」
「宣言?」
エリオットが首を傾げるのを見て、レイルがはにかみながら頷く。
「ああ。詳しい事情はまだ話すことは出来ないけど、俺とリューネ、そしてこの場にいないけどエミナとフィーの4人は、これから先何があろうとも、Ⅶ組の為にその力を振るうことを誓おう」
◆
大陸横断鉄道を見下ろせる小高い丘の上。
西から東へと過ぎ去っていく導力列車を見送りながら、黒尽くめの仮面の男が声を挙げる。その声は機械的で、仮面の下の存在がどのような人間なのかを不明瞭にしていた。
『やれやれ、あのタイミングで《氷の乙女》が現れるとは。少々、段取りを狂わされたな』
それを受けて、彼の隣に立つ目付きの鋭い眼鏡を掛けた男が反応を返した。
「……想定の範囲内だ。今後の計画の障害となりえる鉄道憲兵隊と情報局……その連携パターンが見えただけでも大きな成果と言えるだろうし、それにこの笛の真の力を試すことが出来たのも僥倖というものだろう」
『フフ、確かに。彼らには感謝しなくてはな――それではこのまま《計画》を進めるとしようか?』
仮面の男が踵を返して去っていこうとする。その背中に眼鏡を掛けた男が振り返らずに、声を送った。
「ああ――もちろんだ。全てはあの男に無慈悲なる鉄槌を下すために」
仮面の男が立ち止まり、言葉を返す。
『全てはあの男の野望を完膚なきまで打ち砕かんがために』
「ふぅ、ようやく帰ってきたな」
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「たった2日のことなのに、なんだか半年以上も特別実習していた気分だよ」
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「エリオット、それは流石に言い過ぎではないだろうか?」
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「それだけ充実していたってことだろ?」
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「そういうこと。それに最後に凄いのが聞けたし」
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「そうよねぇ……『Ⅶ組の為にその力を振るうことを誓おう』」
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「ぷっ、似てる似てる」
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「おぉい、あんま年上からかうなよ~」
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「そうだぞ。事情が話せないレイルなりに精一杯のフフッ」
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「ラウラさんも笑って、いま、すよ」
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「そう言うリューネもな! ったく、そんなに変だったか?」
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「良いじゃない、あんたらしいと思うわよ~?」
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「そんなニヤついた顔で言われましても……」
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「さてと、あんた達は早く寮に戻って今日のレポートを纏めておきなさいよ」
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「サラ教官はどうされるんですか?」
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「あたし? あたしはこれからB班の方に向かうわよ」
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「お、お気をつけて」
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「ありがと。それじゃあね~」
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「行ってしまわれたか……我々は寮に戻るとしようか」
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「そうね。レポートもさっさと終わらせてゆっくり寝たいわね」
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「夕ご飯はどうします?」
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「今から用意するのも大変だしキルシェで済ますか?」
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「ん? なんなら俺が作るぞ? レポートももう終わってるし」
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「はやっ!?」
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「寮に戻ったら買出しに行くから10秒以内に食べたいの決めてくれよ」
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「え、ちょっと待ってよ!」
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「ほら、3…………2…………1…………零」
――――ミンナヲタスケテ――――
ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーープツンッ