◆◆◆おにいちゃん   作:叶斗

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[病院]

 白い天井。

 数瞬の逡巡の後、ここが病院なんだということを理解する。

 

「そういえば……」

 

 記憶を辿ると……あるところから欠落していて、きっと倒れたんだなと理解する。

 

「……起きた?」

 

 わたしの声に反応したのか……ベッドの側に座っていた◆◆◆おにいちゃんが声をかけてくれる。

 

 最後の記憶……◆◆◆おにいちゃんの前で、なんかくらくらしていた記憶。

 

「……迷惑かけてごめんなさい」

「いいよ……それより、急に倒れて心配だったんだからさ」

 

 ◆◆◆おにいちゃんは話す。曰く、わたしがふらふらしていて、そのまま倒れて、声をかけても返事もなくて、只事ではないと救急車を呼んだそう。

 ありがとうございます。

 

「ありがとう……」

「お医者さん曰く、頑張りすぎだってさ、長期入院とかにはならないけど、検査とかが必要なんだと。びっくりしたけど……大事ではなくてよかったよ……本当に」

「あはは、ごめん」

 

 思い当たるふしがある。例えば……寝不足とかは自覚していたし、治そうともしてはいたけれど……何かをこじらせてしまったみたい。

 

「本当にびっくりしたんだから。本当に」

 

 何回も何回も、心配してくれたことを言う。

 

 本当に……申し訳ないというか、なんというか。

 でも、理由は言えない。寝不足とか、こじらせてしまった根本の理由はなんとなくわかっているけど……◆◆◆おにいちゃんには言えない。

 

「ごめんなさい……◆◆◆おにいちゃん」

「……その呼び方、久しぶりに聞いたよ。しおらしくなって……普段はもっと勢いがあるのに…………ちゃんと休んでよ」

 

 いつも、◆◆◆おにいちゃんの前では、おしとやかにしようとはしているけれど、やっぱり嬉しいから、はしゃいでしまう。でも……そんな元気も今はない。

 

「心配してくれてありがとう」

 

 本当に、本当に、◆◆◆おにいちゃんには感謝している。

 

「まぁ、病院ではおとなしくしときなさんな」

「うん」

「それにしたって、何をそんなに頑張ったりしたの?」

 

 訊かれる。

 

「何か、悩みごととか、手伝えることがあったら、本当に言ってよ?」

 

 悩みごと……一番◆◆◆おにいちゃんには言えないかもしれない。だって、◆◆◆おにいちゃんのことがほとんどだし……。

 

「んー、まぁ、ないよ」

「本当かなぁ……? まぁ、言えなくても、解決できるようにしてよ」

 

 見透かされている。

 でも、本当に言えない。

 

「まぁ……すぐ病院から出られると思うから、退院したら★★★の好きなもの作ってあげるよ」

「え、本当? やったぁ、倒れた甲斐があったね」

「倒れなくても作ってあげるから、倒れるのは勘弁して……」

 

 呆れたようなその顔が好き。

 

「じゃあ、わたしの要望も聞いてくれない?」

「……まぁ、たくさん言ってよ」

「そうもすんなり言われると思いつかない」

「考えてから言ってほしかったなぁ」

 

 でも、わたしのおねだりを聞いてくれるんだ……。

 

「ゲームしよ!」

「いつもしてるよね……?」

「お勉強教えて!」

「しばらく日本にいなかったし、自信ないなぁー」

「はぐして!」

「いつもしてるよ」

「して!」

「はいはい」

 

 童心を思い出して……というか、普通にいつも通り子供っぽくおねだり。

 でも嬉しい。好き。

 

「違う、今はぐして!」

「だめだめ。今はおとなしく寝ていなさいな。後でね」

「はーい」

 

 まぁ、倒れたのはわたしなので仕方がない。

 

「それと……どこか、行きたいところとかある?」

 

 それって、デートのお誘い?

 確かに、あんまり一緒に出かけたことは少ないし、なんなら、三年は会えなかったから、行きたい!

 

「行きたいところと言ったら……すぐには思いつかないけど、でも一緒にお出かけしたい!」

「はいはい。じゃあ、考えておいてよ行きたいところ」

「難しいなぁ……頑張る」

 

 よし、良いデートスポットとか調べておこう!

 

 

 ……………

 

 

 ◆◆◆おにいちゃんが帰った病室の中で、物思いにふける。

 

 最近……すごく悩んでいることがあった。悩み、深刻な悩み。倒れてしまうほどに深刻な悩み。

 わたしは……◆◆◆おにいちゃんのことが好きだ。でも、告白なんて到底できない。だって、◆◆◆おにいちゃんと呼んでる間は、わたしは懐いているだけの年下の子。

 だから、「◆◆◆さん」とは、呼んでいるが……はっきり言って、他人行儀がすぎる。

 好きな人にこんな呼び方をするのは、良くはないけれど、でも、なんでこうなっちゃったんだろうとか、でも、もっとちゃんと、対等に仲良くなりたいとか、色々な悩みがあった。

 相談できる悩みでもないし……段々とだめな方にこじらせてしまっていっていたことは自覚していたけど……ついにやらかしてしまった。

 

 恋の悩みは延々と。もしかしたら、どうでもいいと思う人もいるかもしれないけれど、昔からいつもいつも私の側にいてくれた◆◆◆おにいちゃんとの距離を、関係性を変えていこうとするのは、そのことだけは、本当に本当に未知の世界だった。

 だって、いつもいつも◆◆◆おにいちゃんがいて、◆◆◆おにいちゃんを目標にすることができたから、迷っても、元の道に帰れなくなることはなかった。でも今は、例えるなら、そもそも元の道が道なのかすら分からない状態。

 

「どうしてかなぁ」

 

 わたしはどうしたいんだろうと考えてみる。

 

「◆◆◆おにいちゃんと、対等に仲良くなりたい」

 

 上も下もない、仲の良さ。

 

「そして、◆◆◆おにいちゃんと恋人になりたい」

 

 「好きだ」を伝えたい。恋人になりたい。

 

 じゃあ、そのためには、何をしたらいんだろう?

 問題が一つ、呼び方。

 

「『◆◆◆さん』はだめ……だと思う。あだ名? 『君』?」

 

 難しい……本当に難しい。

 泣きそうだ。

 

「何をしたらいいのか分かんないよぉ」

 

 気づけば涙が溜まって……ぽろぽろこぼれていく。

 

「仲良くなりたいだけなのにぃ……っ!」

 

 あぁ……一人で何をやってるんだろう。

 

 

  ……………

 

 

「はぁ……」

 

 とりあえず、泣きやんで、どうしようか考える。

 

「とりあえず、デートのことを考えようかな」

 

 デートだ。誰がなんと言おうと。

 

 それにしても、ここは家ではなくて、動きが制限されていて、調べる時間ではなかろうか。

 

 「デートスポット」とかで検索してみる。

 

 出てくるのは、ごはん屋さんとか、ショッピングとか、イルミネーションとか、色々。

 それがたくさんあるだけのところ。

 

「そんな綺麗とかロマンとか、おしゃれとか分からないって、そういう関係でもないしさ……」

 

 なんというか、ピンとこない。

 

「映画って、◆◆◆おにいちゃんの顔見れないし、無言でいなきゃじゃん、そんなに見たいものはないし」

 

 一人だったとして、見に行かない。

 

「一人、一人か……そもそも一人で楽しんだり、行きたいところじゃないとダメかな〜」

 

 なんとなく、方向性が定まる。

 

「一人で行ってみたいところ……◆◆◆おにいちゃんのお家、それ以外だと、カラオケ……誰かに聴かせたくはないかなぁ、ヴァイオリン弾くにも、微妙」

 

 今思えば、単にお買いものとかのお出かけはできる。だったら、せっかくの機会に行けるところがいいかな……。

 

「遊園地……遊園地だ! いいじゃん遊園地」

 

 遊園地……なんだかんだ行く機会が少なかったところ。

 

 遊園地に行きたい! そう決めると、色々な考えがとめどなく出てくる。

 

「まずどこの遊園地に行こう」

 

 乗りがメインの遊園地だって楽しそう、テーマパークなところも、まぁでも、きっと行くなら、テーマパークなところだよね……。

 調べてみる……家の近くにはないけれど、電車を使えば行けそうな距離にちらほらとありそうなことが分かった。

 

「この遊園地が一番楽しそう、かも?」

 

 一つ決めるとすんなり進む。

 ある一つの遊園地について、調べていこう。

 

「このキャラクター見たことある! ◆◆◆おにいちゃんが好きそうなのもあるし、楽しそう……。この乗り物……アトラクションかな? ゆったりとしてて楽しそうかな〜、でも、激しいのもちゃんとあるし、そもそも、遊園地の中すごい広いなぁ……一日楽しめるじゃん!」

 

 調べれば調べるほど出てくる楽しげな情報、心の中ではすでに、ここに行きたい! いや、行く! と決めていた。

 

「計画を立てないと」

 

 行く、そう決めたら、計画を立てる。

 きっと遊園地を一日で回りきることは難しそうで、無計画に行ってしまったら、なんとなく後悔をしてしまうと思う。

 

 ◆◆◆おにいちゃんと相談して立てなきゃとも思うけど、先に私の行きたいところや、見たいもの……ショーとかを列挙していく。

 

「アトラクション……メリーゴーランドみたいなの、体験型の映画館みたいなアトラクション、すごく怖そうなジェットコースター、車のアトラクション、色々な景色を見られるボート、手漕ぎのボートもある、びしょ濡れになりそうな絶叫系ボートまでもが……」

 

 気になったもの一つ一つをメモしていく。

 

「ショー……あ、このキャラクター可愛い! このキャラクターが見られるのは、これだ!」

 

 ショー自体はよく分からないので、可愛い! とか、見たい! と思ったキャラクターを探してから、そのキャラクターを見れるショーの時間や、パレードの場所を探していく。

 お気に入りの子は……きつねさんのキャラクター。

 

「きつねさんのキャラクターの名前で調べたら、グッズとかたくさん出てきたよ?! すごい、たくさんお招きしようかな!」

 

 ◆◆◆おにいちゃんと一緒に行く、と心で勝手に決めているということもあって、気分上々で書き出す作業を進めていく。

 

 気が付けば、何時間か経っていて、ここでようやく思う。

 

「一人だけで盛り上がり過ぎた……そもそも、◆◆◆おにいちゃんの希望とかもあるわけだし、流石に連絡を一本もしないのは良くないよね……」

 

 そうして、やっと、◆◆◆おにいちゃん宛にチャットを送る。

 

[ここの遊園地に行きたい!]

 

 画像とか地図とかを添えて、◆◆◆おにいちゃんに。

 ……そもそも、薄々は気づいてはいたけれど、◆◆◆おにいちゃんの予定とかを知らないことには、いつ行けるかが相談して決まらないことには、特にショーとかの時間を検索したって、あんまり意味はない。本当に先走りすぎた、と反省。

 そして、追記。

 

[いつ空いてるか、いつ行くか相談して決めよう! ◆◆◆さんも、行きたいアトラクションとか、見たいショーとか、調べておいて、たくさん書いておいて!]

 

 しばらく経って……返信がきた。

 

[ここの遊園地に行きたいの? それはいいけど、体調が整ってからだから、日にちはすぐには決められないからね? すぐには行けないよ?]

 

 あはは、そういえば、救急車呼ばれたすぐ後なんだった……。

 ここが病院だってことも忘れかけてたかも……。

 

[大丈夫大丈夫分かってるから]

 

 ドヤ顔の絵文字を貼り付けて、送り返す。

 

 すると、ジト目の絵文字が返ってきた。

 

「◆◆◆おにいちゃんには、わたしの全てがお見通しかぁ〜」

 

[まあまあまあ、とにかくとにかく、楽しみにしておいてよ!]

[大丈夫、それはすっごく楽しみに待ってるから]

 

 ◆◆◆おにいちゃんも楽しみに待ってくれている。

 だから、早く体も、悩みごとも治さないとね。

 

 

  ……………

 

 

 色々な検査が終わって、◆◆◆おにいちゃんの料理とか、自分が作るものに比べて全然味のしない病院食を食べて、退院することになった。

 

 お医者さんに言われた色々なことをしっかりと思い出す。

 「睡眠はしっかりしましょう」「悩みごとは一人で抱え込まない方がいいですよ」などなど。

 もちろん、言われたこと全てにぎくりとしたわたしは、それらを心に刻んで、今後の生き方を考えさせられたわけです。

 記憶にはないけれど、救急車に乗るほどだったので、当然。

 

 自分だけが思いつめて、それで◆◆◆おにいちゃんが大変な思いをするとか……それはそれは本当に避けたい。

 ◆◆◆おにいちゃんはやっぱり「おにいちゃん」で、対等とは程遠いなと、強く感じさせられて悔しい。もし、◆◆◆おにいちゃんが風邪とかひいたら全力で看病してやる。

 

 ともあれ、居た病室を離れ、◆◆◆おにいちゃんの元へ向かう。一緒に帰る。

 

「退院しました。この度はとんだご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした。お詫びとして、遊園地デートに行くことになりましたので、お許しを」

「お詫び……?」

 

 申し訳ないと思っているのは本心なので、それはしっかり謝る。お詫びは……まぁ、きっとお詫び。

 

「とにかく、帰ろう」

「うん」

 

 そう返事をすると、◆◆◆おにいちゃんから手を繋いでくれる。

 あんまり、◆◆◆おにいちゃんから手を繋いでくれることは少ないので、嬉しい。

 でも減点要素は、恋人繋ぎじゃないこと。何も言わずに繋ぎ直す。

 

「……帰ったら、今日は◆◆◆おにいちゃんがご飯作ってほしいな」

「いいよ、病み上がり――それも、救急車に乗って、病院に入院しちゃった人にそれを頼むわけにもいかないし」

「わたしは単純に、久しぶりに◆◆◆さんのお料理が食べたいと思っただけだよ」

「呼び方が統一されないな」

 

 病院で考えたことは一つ。無理に呼び方を「さん」にしないこと。「さん」呼びになるべくはしたいけれど、無理をして倒れたくはないし、心の中では……「◆◆◆おにいちゃん」なのだ。心から変わらないと、表面だけを変えても、変わらないというのは学んだこと。

 

「まぁ、いいじゃん。帰ろう」

「はいはい」

 

 同じ家へと帰る。

 ◆◆◆おにいちゃんにも家はあるけれどねと、少しおかしくも思って。

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