「
この私を」
身体が動いた。
私は今、確かに自らの意思で目を見開き、呼吸をして、ここで起きている奇妙な状況に直面している。
「謀る?
それは君の方だ
君はこの僕、ヴォルケン=ジーク・ミィラ・オルベルーシに謀反を起こし、囚われの身となる運命にある!
長男の僕を差し置いて数々の功績を挙げるような出来の良い妹を野放しに出来るはずもない!」
そして、私の隣に居る、艶のある長いプラチナブラウンの髪に燃え盛る焔のような紅蓮の瞳、端正な顔立ちですらりとした長身。
胸当てと両腕の
黒い革製のバトルスーツを着込み、組み合う
この方が──
「アリシア=ドラコ・ヒルデ・オルベルーシ、貴女は我が夫がこの国の公王として君臨するに当たって最も御し難い障害……
些か行儀の良い言葉ではありませんが、貴女には歴史の表舞台から消えて貰わねばなりません」
「ふっ、御配慮痛み入るよヴィクトリア嬢
それとも、
「うふふふ……
そんな学生時代の悪名など
尤も、貴女は民に語れるような立場では無くなりますが」
王太子と王女、そして私の姉が言い合いを重ねる最中、私は周囲の状況に目を凝らし、少しでも自分の身に起きている事柄を把握しておく。
まず、ここはオルベルーシ公国の王城、その玉座の間だ。
玉座の前には礼服で身なりを整えた金髪碧眼の男、ヴォルケン王太子、その隣にヴィクトリア姉様。
私とアリシア王女殿下は2人と相対する形──
いや、私は姉様からの言い付けで王女殿下の背後に回って、私諸共、錬金魔術で編み上げた鉄の牢で王女殿下を捕らえたのだが。
そして、周囲には衛兵が少なくとも10人。
表情を伺うに、動揺もなく槍をこちらに向けている辺り、王太子が抱えている兵と見て間違いない。
或いは、姉様が最も得意な
大きな溜め息を吐いた王女殿下は左腰に備えた剣の鯉口を鳴らしながら何かを考えている様子。
計画通りならば、私が王女殿下を拘束し、2人に引き渡すだけ。
──だが、
あの姉が、傍若無人な姉様が事を終えた私の身柄の保障などする筈もないのだから。
突然
今まで
でも、今この瞬間、
そう、今、この身が
風の魔術、言葉を特定の相手に届けるそれを使った私は、王女殿下へ向けてそよ風を投げた。
『王女殿下、私が檻を壊し、衛兵を退ければ
貴女は逃げ出せますか?』
一瞬だけ視線をこちらへ向けた王女殿下は、1つ大きく鯉口を鳴らして剣に手を掛けた。
「ヴィクトリア
どうやら、私の敬愛する民は君を赦せないらしい」
「何を──」
笑みを浮かべた王女殿下、訝しげに目を細めた姉様と私の視線がぶつかり、姉様が目を見開いた。
「──
私の詠唱と共に鉄の檻が砕け、その破片が周囲へと飛び散る。
身構えた衛兵達に弾けて飛んだ檻の破片が直撃して吹き飛んだ。
そして、檻の破片の1つが姉様の手を掠め、真っ白な手袋を赤く染めた。
「貴っ様ァ……!
貴様が、
私の手をッ!」
顔を真っ赤に染めて激昂する姉上を余所に、小さく嘲笑した王女殿下が剣を引き抜くと、踵を返して私にそっと耳打ちをする。
「君のことは私が攫っていく、良いね?」
私の返事を待つことなく私を左腕1本で小脇に抱えた王女殿下は、誰も彼も、私もお構いなしに走り出した。
立ち塞がる3人の衛兵を一太刀でなぎ倒した彼女はまさに剛力無双。
そのまま、風の如き速さで玉座の間を駆け抜けた彼女は、正面の
「王女殿下のやることですか!?」
「逃げる為ならばな!」
「だからって窓を蹴破って!」
「君を攫うとも言った!」
高さにして20パース──
私の知る単位にして20mほどの高さから落下している最中、王女殿下が不敵な笑みを浮かべた。
「着地は任せる!」
「──
地面まで残り5パースの所で落下する私達に急減速を掛け、緩やかに着地した王女殿下は軽やかに走り出す。
着地地点のすぐ側は森になっていて、目隠しにはちょうどいい。
数分そのまま走り続けた彼女は、装飾の施された兜を着けた男のドワーフ兵を見付けると立ち止まって私を降ろし、剣を納めた。
「おぉ、姫様!
ご無事でしたか」
「手筈通りだな、グウェン卿
だがしかし、事は思った以上に厄介だ
思わぬ協力者が増えたことだけは僥倖ではあるが」
王女殿下が話している兵の後ろには小柄な馬竜に乗った数十人規模のドワーフ兵達が揃っていて、私に視線を向けている。
「──貴女は
ピステイル家の御令嬢、妹君でございますな?」
「えぇ、エリーゼ=ユゥラ・ケレス・ピステイルと申します
この度は姉様が──」
「謝罪はいい
彼女の協力で城からの脱出が容易に出来た
王女殿下は襟に指を入れてそれを整え、大きく深呼吸する。
そして、ドワーフ兵の1人が大柄な馬竜を連れて来ると、王女殿下がそれにひょいと跨り、私へと手を伸ばした。
「改めて、君には私に攫われてもらう
エリーゼ嬢、君は我々にとって予定の外の存在だが、あの場で謀反を起こせるならばこちら側だろうな」
「──はい
このままあの姉に良いようにされていては、
なんなりとお使いください」
「良い返事だ、期待している
だが、私は君の姉と違って人は使い潰さん
あまり卑下してくれるなよ」
「姫様、
私が王女殿下の後ろに跨ると、王女殿下はふっと笑った。
ふと、私はグウェン卿と目が合った。
猜疑の目だ。
当然か。
「グウェン卿
今、貴様の目の前に居るのは間違いなく
そうだな?」
「無論、
「うむ
我々には時間がない、目的を果たせ、グウェン卿
私も3日後の正午までに国境付近の駐屯地へ向かう
そこでまた貴殿らと合間見えよう」
小さく返事をしたグウェン卿はドワーフ兵達を指揮し、立ち所に森の中へ消えていった。
それを見届けた王女殿下は1つ溜め息を吐いて手網を握る。
「──君のような用心深い家臣には感謝しているよ、グウェン卿
それでいて、こんな私の側に着いてくれることも」
手網を引き、竜を走らせた王女殿下は振り返ることなく真っ直ぐに進路を取る。
「王女殿下、我々は何処へ向かうのです?」
「このまま南へ向かう
南端の国境付近、レイル家の領地だ」
「南の国境……」
「このまま走れば、コイツの脚なら明朝までには領地に入れる
そこから東に少し行けば目的地だ」
「それってまさか──」
──城を囲む森、広大な平原と、2つの丘を越えて日の出と共に南部国境付近の領地、レイル家の治めるスウェード地方へと私達は辿り着いた。
時間にしておよそ6時間程度。
ここから東、登っていく太陽へ向かって進路を取れば目的地。
そこは、レイル家の第二子、テイタニア=リオン・ククルトリア・レイルが住まう屋敷。
いや、彼女を
そんな場所へ王女殿下はどうして向かうのだろう。
「不思議か?」
竜を走らせる彼女は私の心を見透かしたように声を掛けた。
「……彼女はこのオルベルーシに数多くの革新的な制度をもたらしました
民からの支持もあり、その活躍は今までの歴史を見ても類を見ません
ですが、彼女は国の乗っ取りを画策しているとしてこの地に軟禁されたと聞いています」
「その通りだ
彼女には随分苦労させられた
だからこそ、その借りをそろそろ返してもらおうと思ってな」
「借り、ですか」
「彼女を軟禁するよう手筈を整えたのは、他ならぬ私だからな
そうでなければ、彼女は今頃地獄で大暴れしているだろう」
昔を懐かしむように笑いながら語る王女殿下。
そんな彼女の手網を握る手に力が入る。
「私も直接会うのは久々だ
手紙での交流はしばしばしているがな」
「仲がよろしいんですね」
「あぁ、彼女は私の──」
──あぁ、いと慈悲深き地母神様。
もし祈りが届いているのであれば、この背筋の凍るような状況にどうか手を差し伸べてください──
「──かつて自分が
煌めく金と美しい水色に染めあげたインナーカラーの巻き髪をツインテールにしてまとめ、輝くサファイアのように澄んだ蒼い瞳に、真珠のような真っ白な肌。
素朴ながら上等な生地で織られた空色のエプロンドレスを召した令嬢、テイタニアが王女殿下の胸ぐらを掴んで微笑んでいる。
「ただいま、ターニャ」
「えぇ、おかえりなさい
受け身の準備はよろしくって?」
胸ぐらを掴んだ手をパッと離したかと思うと、王女殿下の後ろへと稲妻の如き素早さで回り込んだエプロンドレスの流星。
そして、王女殿下の腰へ両腕を回し、両手を組んでガッチリと王女殿下をホールドし──
天を裂き、地を穿つような衝撃。
刹那、王女殿下はテイタニアと共に後方へ宙一回転、サマーソルトスープレックスで床へと叩き付けられていた。