その令嬢、悪党につき   作:あかつきマリア

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エリーゼのために

 

 

跳ね起きたテイタニアさんは、白目を向いて天を仰ぐ王女殿下を余所に両手を払い、こちらへ視線を向ける。

 

 

「さて、(ワタクシ)のフィアンセが連れてきた小娘は……

 

一体何用でここにいらっしゃるのかしら?」

 

 

腰に手を当て、彼女は鋭く私を睨んだ。

 

 

「──貴女に、姉を止めてもらう策を授かる為に参りました

 

エリーゼ、エリーゼ=ユゥラ・ケレス・ピステイルと申します」

 

 

「ピステイル……

 

七光りの虎(フォクシー・ティガー)の妹君ですわね

 

直接貴女が乗り込んで来るなんて、あの女狐、今度は何をしでかしたんですの?」

 

 

事のあらましと、昨晩起きた出来事をつらつら伝えると、彼女は盛大な溜め息を吐く。

 

 

「……堕ちる所まで堕ちましたわね

 

学友時代の蔑称(べっしょう)程度では済まないことだと解ってやっているのであれば、まだ救いようもあるでしょうに」

 

 

「蔑称……

 

七光りの虎(フォクシー・ティガー)と、王女殿下も姉様をそう呼んでいましたが……」

 

 

「えぇ、貴女には知って欲しくもないことでしょうから、隠していても不思議ではありませんわね」

 

 

テイタニアさんが近くにあった椅子を2つ窓辺に引き寄せ、その一つに座ると、私にも椅子に座るように促した。

 

 

「あのバカの妹と聞いて身構えましたけれど、存外聞き分けは良さそうですし

 

王女殿下様が目を覚ますまで昔話をしてさしあげましょう」

 

 

私が椅子に座ると、僅かに王女殿下へと視線を送ったテイタニアが小さく鼻を鳴らし、安堵したように微笑んで口を開く。

 

 

「もう5年以上前になりますわね

 

(ワタクシ)も含めて、アリシアとヴィクトリアの3人で罵り合っていた日々は」

 

 

窓の(さん)に肘を置いて頬杖を突いたテイタニアは脚を組んでこちらへ視線を向けた。

 

 

「貴女の姉、ヴィクトリアはその類稀(たぐいまれ)なる美貌で学園中の誰も彼もが虜にされておりましてね

 

本人は隠していたようですが、魔術の才覚も魅了(チャーム)以外は二流、勉学や体術の成績もパッとせず

 

それでいながら家柄をダシに周囲に威張り散らす姿は、まさに親の七光りに頼る女狐──」

 

 

テイタニアさんが口元を緩めて目を伏せる。

 

 

「東大陸の極東にある島国に”虎の威を借る狐”という言葉があります

 

そこから、彼女の素行や評判にピッタリな女狐(フォクシー)という大昔のスラングと彼女のセカンドネームを組み合わせて

 

七光りの虎(フォクシー・ティガー)とあだ名で呼んでいた訳です」

 

 

「それじゃあ、王女殿下の頭勝ちの竜(ホーキッシュ・ドラコ)というのも……」

 

 

「えぇ、ホーキッシュもタカ派──

 

強権主義や頭でっかちなどの意味を持つ大昔のスラングですわ

 

それと、王女殿下のセカンドネームを組み合わせたあだ名になりますわね」

 

 

とても楽しそうに話してくれるテイタニアさんだが、その顔にはどこか影が差している。

 

 

「全く、どこで足を踏み外したのだか」

 

 

呆れた様子で窓の外を眺めながら、テイタニアさんは小さく溜め息を吐いていた。

 

 

「……姉様が変わったのは、王太子殿下と関わりを持ってからでしょうか」

 

 

「あのボンクラと?」

 

 

「ボンクラ?」

 

 

「いえ、話を続けてくださる?」

 

 

「──姉様は領主の地位を継ぐべく父に着いて領内の各地を回り、実務経験を積んでいました

 

それがひと月前、視察に訪れた王太子殿下と言の葉を交わしたのがきっかけで、姉様は王太子殿下に傾倒していくようになったのです」

 

 

早くもこの段階で既に呆れ果てた様子のテイタニアさんだったが、王女殿下の方へ視線を移した。

 

 

「そんな姉様が王太子殿下と頻繁にやり取りをするようになったのが2週間程前のこと

 

姉様はこの頃から王太子殿下に取り入って城へ入り込み、魅了(チャーム)の魔術を用いて衛兵を手懐けていきました

 

王女殿下も北東部への遠征で城を空けていましたから、衛兵を掌握するのは差程難しいことではありません」

 

 

「そこに貴女も1枚噛んでいた訳ですわね?」

 

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

姉が王家に嫁げばピステイル家も王家の恩寵を得られる

 

それはピステイル家の総意でもあります

 

姉の魅了(チャーム)が効率的に効くよう、私は学生の試作した滋養強壮剤を治験するという名目で、城の兵達に少量の精力剤を混ぜた炭酸入りの飲料を配りました」

 

 

「貴女の評判はヴィクトリアの成績を通じて高評価でしたし

 

なおかつ貴女が勤勉であることは学友達にも周知されていましたし、同世代の王家の兵からも信用が取れていた訳ですわね

 

貴女自身にとっては自分の成果を盗られていたことに他なりませんが……

 

近年の貴族達の腐敗具合を見ればそのような事情は不思議でもなかったでしょう」

 

 

思わず笑みが零れる。

 

 

彼女はエリーゼの在り方を(わか)っていたからだ。

 

 

「──(アレ)はコトが上手く進めば進むほど、どんどん頭が回るようになります

 

用意の周到さはもちろん、人心掌握の手際も良く、父や母もその口車に乗せられ、誰も止める者は居らず、とうとう、昨日の惨事は起きてしまいました

 

そこまでは彼女の、(アイツ)の計画通り」

 

 

「──それで?」

 

 

「彼女らにとって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

私はそんなエリーゼの在り方に賛同しない」

 

 

テイタニアは眉間に皺を寄せて目を細め、訝しげに私を睨んだ。

 

 

「私は気に入らないヤツの足元を(すく)いたかっただけで、後も先もない

 

ただ、やれることをやった

 

()()()()をこれ以上穢されるのは、何よりも嫌でしたから」

 

 

私は小さく一つ、溜め息を吐く。

 

 

「それはそれとして、王女殿下が城から私を連れて逃げ出し、貴女に助けを求めたのはまたとない機会でした

 

このままではどうあれ、(アイツ)と王太子なら己が望む形に国を変えることが出来るでしょう

 

それは、これまで貴女方が綿密に整えてきた国の形を崩され、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことと同意義

 

そうですね?」

 

 

「──貴女、馬鹿の妹(エリーゼ)()()()()()()()()()?」

 

 

「察しが良くて助かります

 

私も身の振りは慎重にしたいところではありますが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのが私の意志です

 

しかし、今は主の身体を借りる身ですので、彼女が目覚めるまでの付き合いでしょうが」

 

 

立ち上がった私は、エリーゼのように微笑んだ。

 

 

「私のことはフューア、とでもお呼びください」

 

 

「ですってよ、アリシア」

 

 

目を伏せたテイタニアが腕を組んで、口角を吊り上げる。

 

 

それと同時に、目にも止まらぬ速さで私の襟首を捉えて床へ叩き付けながら、王女殿下が私の喉元へと剣の(きっさき)を突き付けた。

 

 

「──全く、恐ろしい方々です」

 

 

絞り出すような私の言葉の向こうに見えた王女殿下は獣のように鋭い眼光を私に見せる。

 

 

「力関係は早い内にハッキリとさせて置かなければならないでしょう?

 

私とアリシアは目を瞑って居ようと、口を塞がれようと、考えることも互いの手足も同じようなもの

 

馬鹿の妹(エリーゼ)はともかく、今のフューア(あなた)の所有権がヴィクトリアから我々に移っただけであることは承知しておいてくださるかしら?」

 

 

「拾った命は、大事にする主義ですので」

 

 

「宜しい」

 

 

私から手を離して剣を収めた王女殿下は私を一瞥してテイタニアへと視線を移す。

 

 

「使えそうか?」

 

 

「えぇ、良い手土産ですわ」

 

 

よろめきながら上体を起こした私にテイタニアが手を差し伸べ、実に清々しい笑みを浮かべた。

 

 

「もし、我々が気に入らなければ先程の続きを致しましょう?

 

(ワタクシ)も貴女を上手に使って見せますので、そんなつまらないことにはならないとは思いますが」

 

 

()()()は、以上でも以下でもなくエリーゼの肉親(かぞく)ですよ」

 

 

「ならば、これで禊は十分か

 

どうあれお前はヴィクトリアとの手を切った()()()()だ、こちらも懸念は拭っておきたい

 

わかるな?」

 

 

「もちろん、エリーゼのために必要ならば」

 

 

私の手を引いたテイタニア、私の背を支えたアリシアによって私は再び立ち上がった。

 

 

「では、改めて今後のお話をしたいところではありますが

 

そろそろ良い時間ですので、朝食に致しましょう」

 

 

「全く、起き抜けで動くのは堪えるな」

 

 

「アレでこんなにも早く動けるようになるのは、貴女が規格外なだけでしてよ」

 

 

少なくとも、私は幸運だ。

 

 

このイカれた2人ならば、必ずエリーゼを救う足掛かりに出来る。

 

 

そんな確信に私の身体は震えていた。

 

 

こちらへ振り向き、私の顔をまじまじと見た2人。

 

 

そしてテイタニアがほくそ笑んだ。

 

 

「ようこそフィーア

 

貴女もこれで悪党の仲間入りですわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

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