二人の最後の旅路。
その一幕。
めぐまれた人生ではなかったのだと思う。
わたしにとって普通とはテレビの向こうにしかないものだった。
いつだって、わたしの人生は普通以下だった。
帆奈ちゃんと会うまでは。
「瀬奈、聞いてる?」
帆奈ちゃんの声に引っ張られる形で、過去に向いていた意識が戻ってくる。
「ごめん、聞いてなかった。
なんの話だっけ?」
わたしが聞き返すと、帆奈ちゃんは「はぁーっ」と溜息を吐いて言った。
「しっかりしてよ?
アイツらに追いつかれる前に対策を取っておきたいんだよ。
そのために瀬奈が知ってるアイツらの情報を教えてっていう話」
そうだった。
いまは帆奈ちゃんと二人きりの世界に行こうとしている道中。
そして追いつかれた場合の作戦会議の真っ最中だった。
わたしはもう一度、過去に意識を向ける。
今度はすこし浅く。
帆奈ちゃんがソウルジェムを砕いて以降。
それも環いろはが神浜に来て以降の過去。
環いろは。
果てなしのミラーズ。
七海やちよ。
常磐ななか。
マギウス。
マギウスの翼。
アリナ・グレイ。
神浜マギアユニオン。
プロミストブラッド。
キュウべえ。
時女一族。
もともと頭の出来がよくないせいなのか。
雑多な情報や考えが次々に思い浮かんでは消えていく。
そんな中、ふと浮かんできた疑問がとても気になった。
“アイツら”はどうしてわたしたちを追ってくるのだろうという疑問だ。
考えてみれば、おかしな話に思えた。
柊ねむやマギアレコードからの魔力供給は途絶えているし、魔法少女でないわたしたちはグリーフシードも使えない。
そうである以上、もうわたしたちは放っておいても自滅する存在でしかない。
そんなことは環いろはも柊ねむもわかっているだろうに。
わたしはその疑問を帆奈ちゃんに聞いてみることにした。
「ねえ、帆奈ちゃん」
「なに? なんかいい情報を思い出せた?」
「ううん、そうじゃないんだけど……アイツらって、どうしてわたしたちを追ってくるんだろうと思って」
帆奈ちゃんはチラッと私の様子を窺うように視線を送ってきた。
そして言った。
「……未来とか希望ってやつを信じてるからじゃない?」
「未来とか希望?」
それを信じていると、どうして追いかけてくることになるんだろう。
オウム返しに聞き返すと、帆奈ちゃんはわたしの疑問を察して詳しく教えてくれる。
「つまり未来と希望を信じてるアイツらからしたら、私たちの絶望終末旅行が間違ったことに見えるってわけ」
「ああ、そういうことなんだ」
やっと腑に落ちた。
環いろはたちのことは長らく見ている。
そのわたしから見ても、たしかに環いろはたちは未来と希望を信じている。
逆に言うと、絶望を嫌っていた。
なら、わたしたちの今回の行動は気に入らないだろう。
なにしろ、わたしたちはこの旅の果てに間違いなく最後を迎えるのだから。
これは希望を絶ち、未来を閉ざすための旅なのだから。
絶望終末旅行は気に入らないに決まってる。
でも、そう考えると、ちょっと可笑しな気分になってくる。
「うふっ……うふふっ♪」
「……どうしたの?」
未来って、なに?
希望って、なに?
そんなもの、いま帆奈ちゃんといることよりも価値があるの?
ない。
絶対にない。
環いろはと過去のいろんな魔法少女を見てきたから分かる。
いまのわたしより幸せな魔法少女なんて、一人もいなかった。
いや、魔法少女以外のすべての人間を含めても、いまのわたしは誰よりも幸せだ。
「帆奈ちゃんっ♪」
帆奈ちゃんの胸に飛び込む。
帆奈ちゃんは一瞬慌てるけど、しっかりと受け止めてくれる。
そのあと柔らかく笑って、まるでペットの猫にでもするように
「よしよし」
と頭を撫でてくれる。
見なくてもわかる。
帆奈ちゃんのことは全部わかってる。
帆奈ちゃんもわたしのことは全部わかってくれている。
だから、わたしは幸せだ。
それに比べてアイツらはどうだ。
アイツらには帆奈ちゃんがいない。
わたしがどこにいたって見つけてくれる帆奈ちゃん。
わたしが変なことを言っても優しく受け入れてくれる帆奈ちゃん。
わたしが辛いとき、いつだって助けに来てくれる帆奈ちゃん。
どんなときでもわたしの味方でいてくれる帆奈ちゃん。
わたしの誕生日を祝ってくれた帆奈ちゃん。
他のことではあんなに恵まれているアイツらが、誰一人として、そんな帆奈ちゃんの特別じゃない。友達ですらない。
帆奈ちゃんの特別なのは世界で一人。
わたしだけ。
「帆奈ちゃん。いまわたし、すごく幸せなの」
帆奈ちゃんの手がわたしの頭を優しく撫でる。
子供にするような撫で方なのがすこしだけ不満。
だけど、これはこれで帆奈ちゃんの優しさが感じられて好き。
「帆奈ちゃんは? 帆奈ちゃんは幸せ?」
こう聞くと、帆奈ちゃんは顔を赤くしてそっぽを向く。
本当は聞かなくてもわかってる。
帆奈ちゃんが幸せだったらわたしは幸せ。
わたしが幸せなら帆奈ちゃんだって幸せでいてくれる。
そんなこと、疑うのもバカらしいほど当然のこと。
それでも聞いたのは、こういうときの帆奈ちゃんは反応が可愛いから。
本当に誰よりも可愛い。
アニメの中のヒロインより。
テレビに出ているアイドルより。
何百倍も、何千倍も、何兆倍も可愛い。
大好き。
「……」
「なに? 帆奈ちゃん……痛ゃっ」
しばらくすると、帆奈ちゃんは無言でわたしの頬をつねってきた。
明らかな照れ隠し。
可愛い。
わたしも手を伸ばして、仕返しに帆奈ちゃんの頬を摘まむ。
指がプニプニとした気持ちの良い感触を伝えてくる。
痛くない程度に引っ張ってあげると、帆奈ちゃんのカッコいい顔がすこしだけ不細工になる。
面白くて、とても可愛い。
帆奈ちゃんもわたしの顔を見て同じことを考えていたのだろう。
いつも作っているカッコつけた仏頂面が崩れて、自然な笑顔が漏れる。
それだけでわたしの幸せは膨れ上がって、世界一の幸せ記録が更新される。
これで満足しなければ罰が当たってしまうほど幸せだ。
けれど、いまのわたしは悪い子だ。
もっと幸せになりたくて、帆奈ちゃんに話しかける。
「はんにゃひゃん(帆奈ちゃん)」
「にゃに、しぇにゃ?(なに、瀬名?)」
「でゃいしゅき。はんにゃひゃんは?」
そう言ってからわたしは帆奈ちゃんの頬から手を離す。
ここから先を聞くのに、頬をつねったままにしておくのはもったいない。
「……」
やっぱり帆奈ちゃんはすぐには答えてくれなかった。
顔を赤くして、またそっぽを向いてしまった。
けれど、わたしにはわかる。
帆奈ちゃんは、今回は絶対に答えてくれる。
それは理想の答えではないだろうけど、絶対にわたしを幸せにしてくれる言葉を返してくれる。
わたしは帆奈ちゃんの顔をジッと見つめて待っていればいい。
5分でも、10分でも、30分でも、1時間でも。
「……っ」
5分経った。
帆奈ちゃんは落ち着かない様子で視線を彷徨わせている。
けれど、今日のわたしは許してあげない。
「……っ/// あっ、えと……っ/// んんっ……// ゴホンっ///」
10分経った。
帆奈ちゃんはわたしの顔を見ながら、しきりに咳払いをする。
たぶん、もうそろそろ言ってくれる。
「……わ、わたしも、だよ……っ///////」
12分経ったころ、やっと帆奈ちゃんは言ってくれた。
顔をタコさんのように真っ赤にして。
けれど、しっかりとわたしの眼を見ながら。
わたしは堪らなくなって、再び帆奈ちゃんの胸に飛び込む。
「帆奈ちゃんっ!」
「ぅわっ……と」
やっぱり帆奈ちゃんは一瞬だけ慌てるけど、しっかりと受け止めてくれる。
そう、これがわたしのヒーロー。
どんなときでもわたしを受け止めてくれるヒーロー。
わたしが一番言って欲しい言葉がわかってるくせに、それを言葉にできない不器用なヒーロー。
けれど、絶対にわたしを幸せにしてくれるヒーロー。
どんなときでもわたしを助けてくれるヒーロー。
世界で一番カッコいい、わたしだけのヒーロー。
「帆奈ちゃん」
「なに、瀬奈?」
帆奈ちゃんの手がわたしの頭を優しく撫でる。
子供にするような撫で方なのがすこしだけ不満。
だけどこの撫で方は帆奈ちゃんの優しさが感じられて好き。
「わたし、もう明日なんかいらない」
明日なんかなくたって、世界で一番幸せなのはわたしだから。