結城友奈は勇者である、でおなじみ「勇者である」シリーズの「乃木若葉は勇者である」の短編です。
『若葉ちゃんの良さをもっと広めなければ!』
それは、突然の衝動だった。
滝垢離の最中であったから、もしや神託かと錯覚するほどの強烈な使命感。
「これはまさか、私の魂の声……? そうです、若葉ちゃんの魅力をもっと深く理解してもらわないと」
「上里ちゃんがなんか怖いこと言い出したぞ……?」
隣から慄く声が聞こえたが、ひなたは聞かなかったことにする。
そもそも幼馴染の魅力を広めることの何が怖いというのだろう、正直心外だった。
四国勇者のリーダー、乃木若葉。
凛々しく、使命と責任を負って戦う、容姿端麗な少女。四国で人気がないかと言えば──全くもってそんなことはない。むしろ、市井ではファンクラブまで設立されていて、大社も(ひたなはあまり快く思っていないが)広告塔として積極的に広報活動に邁進している。
勇者の中で一番、知名度も人気もあると言っても過言ではない。
ただ、それは『理想の勇者像』としての乃木若葉でもある。
「……うーん、既に固まっているイメージを覆すのは、容易ではないですね」
滝垢離で冷えた身体を湯船でほぐしている間も、ひなたの思考はアイディアの実現にフル回転していた。
普段は思い悩む姿を意識して見せないようにしている彼女のレアな姿は、浴場の関心を集めるのには十分だった。他の巫女たちも遠巻きに眺めながら、思い思いの推測話に花を咲かせる。
──大社から何かお役目を任されたのかな?
──上里さんのことだから、きっと勇者様のことよ。
──きっと疲れてるのよ。大社の人、色んな仕事みんな上里さんに任せてるし。
「……それで、どれか正解はあると思いますか?」
「まあ、当たらずとも遠からずのものならあるけど……ねぇ」
唯一、正解を聞いていた真鈴は処置なしと首を振る。あれはアタシにどうにかできる話じゃない、と端から傍観と決めていた。
訝しげに眉根を寄せる美佳は──意気投合できそうだが、誘爆しそうという判断の下、はぐらかされた。
「もっと広めるといっても、若葉ちゃんのプライバシーもありますし……思ったより難題ですね、これは」
結局、少々のぼせるほどの時間を使っても、欲求が解消されるような妙案が浮かぶことはなかった。
大社の巫女のやることは大きく2つ。
義務教育範囲の勉学に励むことと、巫女として必要な知識・技能を習得すること。
基本的に巫女は大社の宿舎で共同生活を送ることになっているが、ひなただけは勇者のお目付役として丸亀城で勇者と共に生活をしつつ、時折巫女たちの宿舎を訪れて交流をしている。勇者や巫女たちから意見や要望を拾い上げ、大社との橋渡しをするためだ。
今日も他の巫女と話をしつつ、不平不満を聞いたり、意見を出し合ったりしていたのだが、
「思ったよりも、皆さん勇者への関心が薄いのですね」
「そう? まあ、アタシたちと違って接点がそもそも無い訳だしね」
「そうなんですけれど、今日は少し意識してしまって。丸亀城での話を聞いてくれたのは花本さんだけでしたし、ちょっと残念というか」
それは今日のひなたの『語りたい』オーラのせいでは? と真鈴は思ったが、確かに普段から勇者のことが巫女の会話で話題に上がることは少ない。上がったとしても、ひなた関連で少し触れる程度。
「……私も思うところがあります。勇者様のことを皆、もっと知るべきです」
しまった、誘爆した!
そう思ったときには既に、美佳のギアはトップに入っていた。
「巫女の皆も大社も、勇者様への敬意が足りません。巫女は大社の広報が流す以上のことを知りませんし、そもそもテレビもない宿舎暮らしで『乃木様の名前以外知らない』という子も少なくありません。大社も、勇者様に関連する情報の偏りが酷い。戦果報告も曖昧で、あれでは勇者様の功績がどれほどのものなのか一般の人たちに伝わりません。早急に改善してもらわないと」
流れるように言い切って、紙コップのお茶をコクコクと飲み干す。
「確かに、花本さんの言うことも分かります」ひなたの口調は落ち着いていた。
「ただ、大社も把握した情報を全部公開できない事情があったのだと思います。例えば、襲来したバーテックスの数は勇者システムに記録されていますが、具体的な数の報道は天空恐怖症の方があの日を想起しないように避けているのではないでしょうか。大社も、何かしら考えがあるはずです」
PTSDの一種である天空恐怖症。進行すれば命に関わる以上、当然ともいえる対応だ。
「それにしても、情報が伏せられ過ぎています。士気向上の為なのだとしても、リスクが大きすぎる」
美佳が内心、大社への不満と不審を抱えていることは真鈴も知っていた。
それでもこれまで、直接的な批判をすることがあっただろうか。
聞き手がひなただから? それとも、同じ思いを共有できるかもしれないから?
戸惑う間にも、美佳の危惧は続く。
「戦いがあった実感もないまま、勇者様が勝利した報告を聞くのが当たり前になりつつある。私たち巫女も、神託のあった襲来がいつ終わったのか知らないまま、日々を過ごしている。勇者様が『勝って何事もない』ことが当たり前になれば、何かあった際の批判は誰に集まるでしょう」
「大社、でしょうか」美佳は首を横に振る。「私は、勇者様に向きかねないと思っています」
「まさかそんな、」あり得ない、と否定しかけた言葉が止まる。
「……ちょっと花本ちゃん、どういう流れであの子達が批判されることになるの?」
「勝つことだけを報道することは、それを聞く人々を安心させるでしょう。でもその勝利が当たり前でないと分かったなら、安心は大きな不安に変わります。そして不平不満の標的になるのは、『当たり前』ができなかった、失敗したものを対象にするでしょう。勇者様も、その対象になりかねない、という話です」
そして、それは巫女も同じだろう。いや、事前に襲撃があると知らされるからこそ、勇者の勝利が絶対ではないと実感したなら、恐怖に耐えられない者が出てきてもおかしくはない。
「今の話は、私から烏丸先生に伝えておきます」
中学生の少女の杞憂かもしれない。だが、行動を起こして損は無いはずだ。
思ったより大事になってしまった、とくったりしていたひなたに、美佳がグッと身を近づけてきた。
「大社の方針は、私たち巫女の意見で簡単に変わるようなものではないですが、巫女の意識改革は私たちで取り組めます。上里さん、協力しませんか? 私にできることなら、何でもやります」
「そうですか? では──やりましょう、私たちにできることを」
固く交わされる握手。
それを見ていた真鈴は思わず両手で顔を覆って天を仰いだ。
ひなたも美佳も、2人の勇者への想いの強さは良く知っている。その2人が互いに危機感を煽り合った上で手を組んだのだ、使える手段は何でも使って事を成すに違いない。
果たしてどんな結末になるのか想像も付かない。間違いなく、この宿舎が開かれて以来の大騒動になるに違いない。それならば、
「2人だけで決めないの! アタシも居るんだから、その企みに混ぜなさーい!」
いっそ、渦中に飛び込んでしまおう。
大切なものを守るために、球子と杏の為に何かできることがあるのなら。
こうして、3人の巫女による『勇者布教同盟』が立ち上がった。
同盟結成から3ヶ月。
その間に複数回の襲撃があり、その内の1回では勇者の1人──高嶋友奈が入院を強いられる程の怪我を負わされるほどの苦戦もあった。
それでも、報道は全て『勇者の活躍により撃退に成功』の一報に終始した。
ひなたの伝えた懸念を、烏丸は『上に提案しておく』と請け負ってくれたが、結局通らなかったらしい。巫女としての力がどれだけあっても、子どもの意見は優先されない、ということだろうか。
残念だが、ひなたはそれほど落胆していなかった。元より、自分の発言ひとつで大社を動かせるとは思っていない。1人で難しいなら数に頼れば良い。そして、その足がかりになる企画が今まさに始まっていた。
そこは宿舎の食堂だった。
集められた巫女が見つめる先にあるのは、稼働しているプロジェクターとスクリーン。左右にあるスピーカーは、大社が新年のイベント等に使っている高性能のものを貸し出してもらっている。
『……あー、初めまして、巫女の皆さん。勇者の乃木若葉です』
スピーカーから響くのは丸亀城にいる若葉の声。
スクリーンに映し出された映像には、ウェブカメラ越しに5人の勇者を写していた。
【丸亀城交流会】と銘打たれたこのイベントは、ひなたと真鈴、美佳に加え、烏丸の連名で出した企画だ。
勇者と巫女が互いに質問し合うだけの交流だが、質問内容に制限は無く、丸亀城での生活や普段の訓練、樹海の様子やバーテックスとの戦いなど、巫女側からの質問は多岐にわたった。
趣味の話題では、球子のアウトドア趣味や杏の読書遍歴の話題で盛り上がった。球子は同じ趣味を持つ巫女とキャンプにいく約束まで交わしていた。同席した大社職員は止めに入らなかったので、多分許可は出るのだろう。
最後の質問者は真鈴だった。
「球子、杏ちゃん、元気にしてるみたいで安心したよ! 球子、突っ込み過ぎて危ない目に遭ってない? 杏ちゃんや他の勇者の注意、ちゃんと聞けてる?」
『だ、大丈夫だって! ますずに会ったときよりずっと強くなってるし、この前なんかあんずと協力して敵を倒したりしてるんだからな!』
『うん、タマっち先輩と一緒に頑張ってるよ』
仲睦まじい2人の様子に、真鈴は満足げに笑った。
「そっか、それなら安心かな。──それじゃあ質問ですが、そちらに【モンスターハント】っていうゲームをプレイしている方はいますか? ルームメイトがやっているんですが、アタシはゲームを持っていなくて、協力プレイとかできなくて」
「……え……は?」
隣で硬直する美佳に反応せず、にこやかに質問する真鈴。
画面の向こうでは、杏から手渡されたマイクを手に郡千景がセンターへと移動していた。
『えっと……一応、私が持っているわ。今ちょうど攻略しているところだけど、そのルームメイトのレベル次第でキャリーもできると思う』
「……だってさ、はい!」
ひょい、とマイクを渡されて、美佳が慌てて立ち上がる。
「あ、あの、私が質問で出ていた、ルームメイトです」
ガチガチに緊張した震える声。
『あなたは、もしかして──花本さん? 名前、もし違っていたらごめんなさい」
「────!!」
声にならない歓声はマイクに拾われなかったようだ。
『知っている相手で良かった……私で良ければ、協力できると思うから。コードは上里さんに送るから、お願いできるかしら……?』
「ええ、大丈夫ですよ」
「あぁ────ありがとうございます、郡様……!!」
『………………様?』
歓喜に打ち震える美佳と、疑問符を浮かべた千景を最後に、初めての交流会は盛況の中幕を下ろした。
「あー、企画と準備お疲れ様。無事に終わって何よりだ」
交流会の後、丸亀城へ戻るひなたに労いの声がかけられた。
振り返ると、いつもの白衣が視界に映る。
「はい、烏丸先生も協力ありがとうございました」
「……私は何もしていない。面白いと思ったから、そこに乗っただけだ」
定期開催しても良いかもな。そう言いながら取り出した煙草が、火を付ける前に取り上げられる。
「禁煙です」「……すまない」
返してもらった煙草が白衣のポケットにしまわれる。
大きく肩をすくめた後、烏丸はふと表情を緩めた。
「それで上里、目的は果たせたのか?」
「……うーん、そうですねぇ」
しばらく目をつむり、考え込むそぶりを見せるひなた。
目を開けて、いつものような穏やかな笑顔を浮かべて答えを返す。
「いいえ、まだまだです。もっと若葉ちゃんの魅力を、勇者の皆さんの素晴らしさを知ってもらいたいですから♪」
C103 土曜東地区"L" 02bで勇者であるシリーズの短編集を頒布する予定です。
この話を含めて4話が集録された本になります。
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