ゆゆゆ短編集   作:サークル・草刈や

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わすゆの『あったかもしれない前の話』です。
 


短編:山辺香織は勇者『であった』

 

 透き通った鈴の音が響く。

 さっきまでの喧騒は途絶え、わたしたちを除いた世界の全てが静止する。

 合図だ。海の方を向けば、水平線から無数の光が殺到してくるのが見えた。

 ──呑まれる。

「…………ッ!」

 反射で閉じた瞼を開けると、そこはもう私の知る世界ではなかった。

 彩とりどりの樹木が複雑に絡み合い、視界すべてを覆いつくしている。『樹海化』と呼ばれるこの現象の中で動けるのはわたしたちと──人外の来訪者のみ。

「来たぞ、香織。ボクたちも覚悟を決めよう」

 わかっている、わたしたちが頑張るしかないことは。

 わかっている、失敗すれば何もかもお終いだってことは。

 わかっている、……だからこそ、怖い。

「父さん、母さん、ごめん。失敗したら、ごめんね……!」

 震える手に握った端末がわたしたちの生命線。

 その中にある専用のアプリを起動させれば、ただの女子中学生でも戦うことができる。

 抗える。いや、違う。抗わないといけない。

 わたしは──山辺香織は、神樹様に選ばれた『勇者』なのだから。

 

「香織──お役目だ」

 神世紀296年、七月末。

 その年も、いつもと変わらない夏だった。

蝉の鳴き声はうるさいし、中学3年生になっても相変わらず宿題は多いままだし、受験勉強もしなきゃいけないしで、わたしもいつもより少し忙しい夏休みを過ごす予定だった。

「えっと、つまり……何?」

「お役目だ。大赦から連絡がきた」

 父の口からは同じ言葉が繰り返された。

 割といい加減な所のある父が、その日は人が変わったように真面目な雰囲気をまとっていた。

 父の手にある封筒には、大きく印刷された神樹様のマーク。それで、大赦から郵便物なのだと分かった。

「詳細は明日、大赦の施設で説明があるそうだ。大事なお役目なんだと、俺は思う」

「明日って、わたし友達と出かける予定があるんだけど……」

 不満げに漏らした反論は嘘ではない。イネスでジェラートでも食べながら宿題をする約束。

絶対に外せないような用事ではないけれど、大人の都合で反故にさせられるのは納得がいかなかった。

「──ダメだ、我慢しなさい。大赦の用事と言えば、友達も分かってくれるだろう」

 だが、父の態度は揺るがない。らしくもなく、厳しい表情で首を横に振った。

 反論の余地はなさそうだ。仕方なく、私は渋々ながら頷いた。

 その時のわたしは、どうせボランティア活動か何かだろうと思って、うんざりした気分だった。

 

 

 翌日、わたしは大赦の管理する建物の中にいた。

 そこは木造の平屋で、どこか学校のような建物だった。

 室内には勉強机が横並びに3つ。

 そして、わたしの他に同年代の少女が2人いた。というか、それだけしか他にいなかった。

「……さて、では君たちが集められた訳を説明しようと思う」

 教師のように教壇に立つのは、烏丸恭子と名乗った大赦の職員だ。

 気だるげな雰囲気に反して、資料を配り説明を進行していく手際は良い。

 そして、資料と共に語られた内容は、正直信じがたいものだった。

 わたしたちは、神樹様に選ばれた『勇者』であること。

 お役目は神の力を宿す勇者として、神樹様を狙ってやってくる外敵を撃退すること。

 対抗できるのは、勇者に選ばれたわたしたちだけだということ。

 そしてこれは、たいへん名誉で誇れる『お役目』であるということ。

「……た、戦うって、私たちが、ですかぁ?」

「そうです。えっとあなたは……巽友奈さんね」

 一番遠くの席の少女が、涙目でムリですぅ……! と情けない声をあげている。

 黒髪の、前髪で目元が完全に隠れている、いかにもインドア派な感じの少女。

 分かる。今は現実味がないだけで、わたしだって何かと戦うなんてできる気がしない。

「わたしも、何かと戦うなんて無理です。武道なんてやってないし、運動神経も良くないし」

「ボクだって……辞退とかできないんですか? もっと適任がいると思うんですけど」

 ショートカットの少女もキレ気味に追従する。

当たり前だ、急にこんなことを言われて納得なんてできるはずがない。

 ピリッと空気が張り詰める。

 ……このまま、ここでごねてたら断れないかな。

そんな甘い考え通りに現実は進まない。烏丸さんは顔色ひとつ変えず、わたしたちから資料へ目を落とした。

「まだ説明は済んでいない。質問や意見は最後に聞くから、巽友奈さんも、山辺香織さんも、それから鬼灯詩さんも落ち着いて欲しい」

「……ちッ、ボクは絶対にやらないですからね!」

 確かに資料はまだ数ページを残している。

 一番、食いかかろうとしていたショートカットの少女──鬼灯詩が引き下がるのを見て、わたしもひとまずは話を聞くことにする。

 そしてすぐ、その判断を後悔することになった。

「資料の通り、外敵の目的は神樹様の破壊だ。全員知っての通り、神樹様の護りのおかげで四国は人が生きていられる環境になっている。外敵によって神樹様が喪われれば、四国は外部の環境に汚染され、滅ぶしかない」

 ただの脅し文句としては、ぞっとしない話だ。

 映画のワンシーンに参加しているような、現実感の湧かない情報が次々に流れ込んでくる。

 そして、烏丸さんの淡々とした無機質な説明が、これは冗談でなく事実なのだと雄弁に物語っていた。

「抗えるのは勇者だけで、勇者のお役目を果たせる人間は神樹様が選ばれている。勇者がお役目を辞退した場合、神樹様が新たに勇者を選ばれるまでどれだけの期間が必要になるか、大赦でも分かっていない」

 この時点で、ここにいる誰もが悟っていたに違いない。

「お役目は、義務ではない。だから辞退は叶うが、もし仮に辞退者が出た場合、新たな勇者が生まれるまではお役目を果たす者がいなくなる、ということになる。その結果、もし外敵に撃退に失敗したなら、四国の命運はそこで尽きると思って欲しい」

 自分たちの肩には既に、四国全ての人間の命が載せられている、と。

「……さて、質問を受け付ける前に一度、意思確認をしなければならないんだが。お役目を退きたいってやつはいるか? いるなら今、ここで教えてくれ」

 言える訳がない!

 言外の非難を知ってか知らずか、押し黙ったままの少女たちに烏丸さんは初めて表情を崩して見せた。

「そうか、それじゃあ──よろしく頼む」

 心の底から安堵した、力の抜けた笑み。

 他人の笑顔を見て嫌な気分になるのは、産まれて初めての体験だった。

 

 

 勇者に選ばれて最初の一週間が過ぎた。

 大赦からの通達で、お役目に関する情報は一切外に話すことができなかった。家族には『重要かつ名誉なお役目を務めることになった』と連絡があったらしく、父からは「しっかりな」と励まされた。

……そりゃそうだ。しっかり務めなければ、わたしもみんなも消えてしまうかもしれないんだから。

 一週間の間に分かったことはたくさんあった。

 まず、勇者は戦うために武器と服を支給される。

『勇者システム』というものを使って、神樹様からの力を使いこなして戦う、らしい。戦う訓練で何度か使用したけれど、携帯端末をタップするだけで使えるそれは、まるでアニメの変身アイテムみたいでちょっとテンションが上がったのを覚えてる。

 武器は、勇者ごとに適性にあったものが支給される。

 わたしは盾。円形の、片腕につけられる程度の大きさのもの。

 昔読んだ『トロイの戦争』という本で兵士が付けていたものが丁度同じデザインだったと思う。縁はカミソリのように薄くて、絶対触るなと注意された。

気弱な巽友奈はちょっとゴツいグローブ、男勝りな気質の鬼灯詩は野太刀と呼ぶらしい無骨な刃物が支給された。分厚く、頑丈そうなそれらは『変身』していれば羽のように軽く、自在に扱えた。

 そして、戦う相手のことも詳しく教えられた。

 バーテックス。神樹様を狙う化け物。

 大きさは小さな者でも軽自動車程度あり、大きなものでは学校の校舎ほどもあるらしい。普通の武器は刃が立たないが、唯一神樹様の力を宿した勇者の攻撃は通る。

 通るのだが、どうも倒すことは難しいらしい。だからわたしたちのお役目は、神樹様が四国の外に追い出せるようになるまで消耗させること。そのための連携の訓練を、これからお役目が終わるまで行うらしい。

烏丸さんから『あと1ヶ月以内に敵が来る』と伝えられたが、正直まだ現実感はない。

 現実感がないまま夏休み最初の登校日になった。

 訓練は明日から。学校のある日は学業に集中させる、という方針らしい。

 お役目のことは秘密で、勇者であっても学校生活はいつも通りに送らなければいけないから。

 当然、宿題も減らされたり期限の延長はない。あんまりな話に不満も出たが一切の譲歩もなく、おかげで出校日の提出物を消化するために、昨日は友達に頭を下げて回る羽目になった。

「それもこれも、全部お役目のせいだ……」

「おー、意見合うんだね、カオリ」

 思わず零れた愚痴に、すぐ隣から共感の声。

 ギョッとして目を向けるとショートカットの勇者、詩がいた。

「……何びっくりしてるんだよ。ボク、同じ中学校だって言っただろ?」

「聞いていたけど、急に声をかけられて驚くのは別の話でしょ」

 ふーん、と気のない返事。一応、こちらの言い分に納得してくれたようだった。

 詩は香織と同じ、讃州中学の2年。

 この一週間は丸々勉強会だったから、授業(?)の合間にお互いの情報を交換した。もう1人の勇者、友奈は別の中学だったけれど、向こうも今頃はわたしたちのように登校している頃だろうか。

「あーあ、まだ信じらんない気分だよ。ボク、八月の大会出られるのかな」

「わたしも。演劇の発表会が秋にあるけど、先週全部お休みしちゃった」

「えぇ、大丈夫なのかよ、それ」

 最後の発表会なのに。まあ、小道具担当だから任された分だけ頑張れば迷惑もかけないんだけど。

 だいじょうぶ大丈夫。と返しながら、同じ部活の友達に会ったときを考えてモヤモヤが湧いてくる。

 どう言い訳すればいいんだろうか。

 連絡で全部、大赦の呼び出しと正直に理由を言ったのがマズった。間違いなく、今日は根掘り葉掘り聞かれることになる。うっかり喋ってしまって、長く説教をされるのは避けたい。

「どうしようかなぁ」

 うーん、と悩んでいたら、後ろから「カオー! おーっす!」と友達の声がした。

 さあ、腹を決めろ。取りあえず奉仕活動で誤魔化すか。

「おはー、朝から元気だね……、あれ?」

 振り返った視界で、全てが静止していた。

 響く鈴の音。それが何なのかは、先週詳しく説明されていた。

 お役目──敵が、バーテックスの来襲。

 1ヶ月後なんて予測を裏切って、初めての戦いが始まった。

 

 

「──香織。ボクたちも覚悟を決めよう」

 後輩に促されるまま、わたしは大赦支給の端末を取り出した。

 開いてすぐ分かる所に目当てのアプリはあった。わたしたち、勇者に選ばれた少女にしか配信されていないアプリ──『勇者システム』。

「そうだ、友奈ちゃんは? 全員そろってからの方がいいんだっけ!?」

「それはそうかもだけどさ、ボクらはともかくあいつはユウナが来るまで待ってくれるのかな?」

 詩の視線は動かない。その先に何がいるのかは、聞くまでもない。

 バーテックス。

神樹様を攻撃しに来た怪物は、外界へ延びる大橋から侵入する。教わった通りにやって来ているのだろう。そして、わたしたちが迎え撃って撃退しなければ四国が滅ぶという予想も、多分教わった通りになるのだ。

「まだ渡り始めって感じだけど、ぐずぐずしてたら渡り切っちゃうぞ。どうする? 待つのか!?」

 その時、ポコンと気の抜けた音が鳴った。着信だ。

『橋に向かいます』

 そのメッセージで方針は決まった。

「変身して橋で合流。先に着いたときは」

「ボクらで足止めだな」

 変身は一瞬だった。光に包まれたと思ったら、服装は変わり武器も顕現していた。

 水色を基調とした勇者の服。腕の銀盾との組み合わせは、悪くない。

 詩の勇者服は黒。

腰に吊られた無骨な野太刀と相まって、だいぶヒロイックな見た目だ。

「よし、行くぞ!」

 すぐさま跳躍。数十メートルを一気に跳んで移動するのは、練習で体感したけどまだ慣れない。

遠いはずの大橋まで一瞬だ。

到着してそのまま橋を進んでいくと、正面に浮遊するナニカが大きくなってきた。

 十メートルは優に超える巨体を隠すことなく、悠然と侵攻する異形の怪物が目の前にいる。

「…………これが、バーテックス」

 思わず足が竦んでしまったわたしを置いて、漆黒の勇者は勢いのままに距離を縮めていった。

「さっさと、帰れぇぇぇぇええええ!!」

 ドゴン! と衝突音が轟く。

 抜き放った野太刀が叩き付けられた直後、バーテックスの身体から紫の煙が吹き出した。

「うわっぷ! やばやばやば!!」

「わたしの後ろに、早く!」

 反動で跳ね跳んでくる仲間をかばって、迫る煙にわたしは盾を構えた。

 足はまだ竦んだまま動かないけど、

「よし──展開!」

 わたしの武器は動かなくても使えるのが利点だ。

 円盾から光の壁が拡がって、煙を漏らさず受け止める。

 この煙が無害かどうかは分からない。けど、これで吸ってしまうことはないはずだ。

「……どうする、これ。攻撃するたびに後退してたんじゃ、いつまで経ってもお役目果たせないよ」

「わたしに言わないでよ、防御専門なんだから」

 言って手詰まりだと気づく。というか、分かっていたことだった。

 盾に野太刀、そして友奈のパンチグローブ。

 そう。このメンバーには遠距離担当が1人もいない……!

「遅く、なりました……えっと、もう倒した後、ですかぁ……?」

「いーや、どうしようもないって頭抱えてるところ」

 2人で悩んでいる間に、おっかなびっくりな様子で友奈が現着した。

 深緋の装束は黒髪の彼女に似合わないかと思ったが、装束と一緒に何やら髪色も少し赤めに変化していた。

 わたしや詩には無い変化。烏丸さんによると、彼女と神樹様の相性が特段に良いせいらしい。

「あ……じゃ、じゃあ、衝撃を受けると煙を出す? っていう感じですか」

 叩くと煙が出る、と簡潔にバーテックスの特徴を伝えると、友奈はホッと頬を緩ませた。

「じゃあ、息を止めて叩けば……なんとかなりそう、ですね」

「ならないよ」

 意外と強引な発案に詩の突っ込みが刺さる。

 もしこの煙が猛毒だったとして、呼吸しなければ良いという問題じゃない。身体に触れた時点で命に関わることを考えると無茶な避けるべきだ。

「うぇえ……じゃあ、どうするんですか? このまま煙を塞いでいても帰ってくれませんよぉ」

「それはそうだけど、誰かが欠けたらそれこそ絶望的になるでしょ」

「ずっとにらめっこしてたら、もしかして帰ってくれたりしないかな。煙も晴れる気配ないし」

 実際、紫の煙は濃く漂っていて、向こうの景色も見えない状態だ。

 もし、相手の攻撃手段が煙を吐くだけなら、この状態で時間は稼げる。その間に何か案を考えられれば!

 そんな甘い考えがよぎった罰なのか、

「やべッ、カオリ足踏ん張れ!」

「へ? うわぁ!?!」

「うひゃああああ!!」

 煙の向こうから突進するバーテックスに気づくのが遅れてしまった。

 2人が全力で支えてくれたおかげで吹き飛ばされるのは防げた、けれど衝撃で大きく後ろに後退させられてしまった。受け止めた身体が酷く軋む──今のを繰り返されたら絶対にどこかで耐えられない。

 バーテックスの巨体が後ろに傾いていく。

 それが突進の予備動作なのは明らかだ。

「やるしか、ないですぅぅぅうう!!!」

「だな! っしゃあああああああ!!!」

 友奈が、そして間髪入れずに詩が力を溜める巨体に飛びかかった。

 2人の意図は明白──やられる前にやる、決死の突撃。

 その姿を見て、気づけばわたしも駆けだしていた。あれだけ言うことを聞かず震えるだけだった足で、あっという間にバーテックスの目の前まで到達した。

 その勢いのままジャンプする。

 目の前で2人の武器がバーテックスにたたき込まれて、巨体の側面から煙が吹き出す。

 その煙に呑まれる前に、わたしの盾が起動した。

「おー! ははは! なんだ、すごいなその盾!!」

「しゃ、喋るより叩いて下さい!!」

 盾から放たれた光が球場にわたしたちを包み込み、毒ガスだけが侵入できない空間を作り出す。

 イメージ通りにいったのは良かったけれど……そのイメージを少しでも崩したら、光の壁が崩れる確信があった。敵の上で動けなくなったわたしを挟むように、友奈と詩がその手の武器を力任せにバーテックスへと叩き付けていく。

 太鼓を耳の横で鳴らされてるような轟音の嵐に翻弄されながら耐えること──どれくらい経ったのだろう。

 不意に足下の巨体がグラリと揺れ、勇者を振り下ろすと元来た道を戻りはじめた。

「あ…………え、終わり?」

「ああ、結構派手に砕けたよ。ボクたちの勝利だ」

 詩の勝利宣言を聞いても、実感が湧かなかった。

 小さくなっていく巨体を呆然と眺めて──視界から完全に消えて初めて、撃退したという事実を確信した。

「つ、疲れましたぁぁぁ。もう今日は学校休んで帰りますぅぅ」

 へばる友奈の気持ちもよく分かる。

 わたしはヘトヘトだったし、誰もが滝のような汗をぬぐうこともできないくらいに消耗していた。

「…………まあ、ぶっつけ本番だったけど、お役目果たせたから結果オーライよね? 良かった、みんな無事に終わって」

「ボクもひと安心だよ。二度とごめんだけど、貴重な経験だったね」

「私も、もう一回はやりたくないです……」

 愚痴は出るけど、それでも達成感の方が大きかった。

 任されたお役目を果たせた。家族を守れた。四国を、人々を守り切れた。

 その事実だけで、怖かった想いも身体中の疲労も痛みも無視できる! と、その時のわたしは確かに考えていた。けどそれは、もうお役目は終わったのだと思っていたからで、

 

 帰宅後、神樹様からのお役目は、『バーテックスの撃退』はこれからも続くのだと知らされて、

 わたしは朝まで、何もすることができなかった。

 

 

 

 バーテックスの襲来は不定期に発生した。

 決まって日中、早いときには登校前の時間に、遅いときには下校寸前に世界が止まる。

 バーテックスの姿はその時々で違い、能力も異なっていた。

 襲来に対応するため、そして生き残るためにわたしたちは訓練に励んだ。わたしは時々、所属していた演劇部に参加していたが、他の2人はほとんどの時間を訓練に使っていたように思う。

 戦術は、最初の戦いから殆ど変わっていない。

 つまりは速攻──やられる前に倒すだけ。

「カオリの盾があればどんな相手にも突っ込めるからな」とは詩の談。

 そう、わたしの円盾が、わたしの想像以上に優れものだったのだ。

 イメージさえできれば防御範囲は自在で、通すものと通さないものも自由に決めることができる。地面を揺らすバーテックスとの戦闘では、地面の揺れを『通さない』空間を作ることもできた。その空間の中から前衛の2人が一方的に攻撃するのが、わたしたちの戦術だった。

 それでも、勇者のお役目に生傷は絶えない。

 今、頬を覆うでっかい絆創膏の下も4針縫った傷が隠れている。跡が残るかもしれないと言われて、気分はこれまでで最悪だった。

 他の2人も腕や足に怪我をしていたが、今頃下校して訓練している頃だろう。

 わたしは演劇部があったので、訓練はお休みだ。もう1ヶ月ほどで最後の発表が控えている。小道具担当とはいえ、何かあった時は上級生が代役になるルールもある。唯一裏方の3年であるわたしも、緊急時には助っ人として入らなくてはならない。劇の詳細はできる限り知っておかないとまずかった。

「…………なーんて、世界の危機より優先することじゃないんだけどね」

 舞台袖で道具の修理をしながら呟いた、本音。

 結局、あれから何度戦っても、わたしの足は竦んだままだ。

 仲間の勢いに引っ張られてなんとか役に立ててるけれど、叶うなら勇者なんて役、誰かに押しつけてしまいたい。世界を背負う重圧なんかより、あの怪物と戦う恐怖は薄れず、強くなっていくばかりだ。

 なんで、あの2人は迷わず戦えるんだろう。

 分からないまま、ただ死にたくないから戦ってきたけれど──このままだといずれ失敗するだろうなと、根拠の分からない確信だけはあった。その原因は間違いなくわたしで、失敗とはつまり──この四国がなくなること。

「…………憂鬱そうですね、大丈夫です?」

「大丈夫。受験生だから悩みが多いのよ、2年と違ってさ」

 後輩相手に強がって見せても、大根役者のわたしは誤魔化すことさえできないらしい。

 仕方なく、受験勉強関係の不安を理由にあげた。実際まったく勉強はできていないし、未来がよく分からなくなってしまったせいで手もつかないのは事実だから嘘ではないのだけれど、心配性な後輩は真剣な顔で嘘の愚痴を聞いてくれていた。

「俺は2年なんで先輩の大変さが分かるのは来年だけど、来年のために使えそうな対策ちょっと考えますよ。今度共有するんで、参考にしてください」

「いやいや……悪いよ。そもそもあんた主演でしょう、負担増えて大丈夫なの?」

 返ってきたのは、ニッと不敵な笑み。

 未来を、明日を信じて疑わない表情を前に、わたしの中で少し心が定まった気がした。

「……受験対策を聞くためにも、できるだけ長くお役目頑張らないと。だね」

 響く鈴の音。

 初めての連日のお役目を前に、気力だけは万全で挑んだつもりだった。

 

 その日の敵は、2体。

 撃退は成功したものの、無理の代償は軽くなく──左腕を砕かれた勇者が1人、入院を余儀なくされた。

 

 

「……まあ、わたしで良かったかなぁ」

 見知らぬ天井に独白する。

 油断はなかった。遠距離攻撃する個体と長い尾を持つ個体相手に、飛び道具を防ぐ空間を作った判断は間違っていなかった、はずだ。

 尾の攻撃を、遠心力の生み出す威力を知らなかったせいだ。受けた盾ごと吹き飛ばされて、砕けた盾の下で左腕は原型がなくなっていた。それでも退けられたのは、わたしが脱落するまでに敵を1体撃退できていたことと、わたしが吹き飛ばされた隙に友奈が攻撃をまとめて叩き込んでくれたからだ。

 とはいえ、その代償は軽くなかった訳だけど。

「入るぞ……具合はどうだ、山辺」

 ノックの音と同時に入室したのは医者、ではなく白衣を着た烏丸さんだった。

 正直、初めて会ってから数ヶ月経っても、烏丸さんの印象はあまり良くない。ただ居るだけの大人で、大赦の連絡や襲来時期の予想を伝えてくれる人……その予想の精度が全然良くないことは彼女の責任ではないのだろうけど、間違いがあろうとなかろうと変わらずただ伝えるだけの大人に良い印象を持てというのは、無茶な話だと思う。

「記録を確認した。大型バーテックスが2体、うち1体──長い尾の個体は過去に出現したとされていたものと特徴が一致する。大赦は万が一のリスクを考え、君の精密検査を行うことを決定した」

 検査──何を検査するのだろう。

 他の2人も検査を受けるのか、それともわたしだけなのか。

「検査は、いつ……ですか?」

「明日以降になる。学校のことは心配しなくて良い、大赦から連絡をしておく」

 はぐらかされている、ように感じるのは、わたしがこの人を好きではないからなのだろうか。

 演劇部の発表は二週間後、それまでには退院できるといいんだけれど。

「今は休むべきだ。君も、巽も鬼灯も、勇者のお役目を負った君たちは十分以上に果たしている」

 しばらくは襲撃の予測もない、安心して休めと言って、烏丸さんは部屋を出て行った。

 一週間後、ようやく退院することのできたわたしの前に広がっていたのは、

「……………………嘘つき」

 見渡す限りの静寂だった。

 

 

 その日の襲撃は大苦戦だった。

 スピードに特化した個体と、地中をすり抜けて通る個体。スピードタイプの方を追いかけ回している間に、地中タイプに神樹様の目前まで進行されてしまった。何とか追い返すことができたけれど、これまでで一番時間のかかったお役目になってしまった。

 その結果が今、目の前にある。

「…………、」

「……ボクらは、頑張った。3人だけでやれるだけはやったよ」

 突然の突風で野火が煽られ延焼した、らしい。

 それが偶然の事故で無いことは分かっていた。あのバーテックスが樹海の木々をへし折り、暴れ回った跡と重なる場所で事故が起きているのだから。

 これまで避けられていたのが如何に幸運だったのかを思い知らされる。

 そして、今回の失敗はわたしのせいだった。

 前線で戦う2人と違って、わたしは端末のレーダーで確認する余裕があったはずだった。それをしなかった結果が目の前に広がる【住宅24棟の全焼】だ。

 亡くなった人がいないのは神樹様が守って下さったのだろうか。

 ふがいないわたしのせいで多くの人に迷惑をかけて、神樹様の迷惑にもなってしまった。

 こんなわたしが、勇者のお役目を負ったせいで。

 

 それから一週間、お役目は一度もなかった。

 演劇部は演者班にアクシデントもなく、舞台道具の不備も起こらなかった。わたしもできる限りの手伝いをした。片腕の人間が手伝いになっていたかは分からないけれど。

 そして、発表当日。

 リハーサルがトラブル無く終わったことを確認して、わたしは学校を早退した。

 理由は、自分の問題だ。最後まで関わりたいわがままと、責任を果たさないといけない意識の折り合いを付けるためだけに、わたしは部活に行き続けたのだから。

 その日の夜、部の後輩から連絡があった。

 誘いに乗ってしまったのは、たぶん、気の迷いだったのだと思う。

 

 

 

 公園のベンチで他愛のない話をした。

 心配する後輩の質問をはぐらかし続けて、わたし自身も嫌な先輩だなと思う。受験の話も、わたし自身が全くやっていないから、実感の伴わない又聞きの話でお茶を濁してる。

 彼は最後まで、わたしが演劇の本番を欠席した理由を聞かなかった。

 わたしも聞かれたくなかったから、丁度良かった。

「先輩は、将来って考えますか?」

 会って30分ほど経った頃、そんな話題になった。

「俺はもう何となく高校とか決めてるんですよ。偉いでしょ? けど、来年になったら揺らぐのかなって思って、1年先輩の経験でアドバイスが欲しいです」

「将来、か、」

 文字通り、わたしたち勇者の頑張り次第で、この四国の人間の未来は長くも短くもなる。

 他人の未来ばかり考えて──わたし自身の将来は最近まるで考えてなかったことに気づいた。

 受験生なのだ、本当は自分の将来のことで頭がいっぱいのはずなのに、それどころではなかった。

「わたしは、そうだね──ゆっくり落ち着いて生きていたい、かな」

 静寂に怯えず、ほどほどの責任を負って生きられたら、それは多分幸せなのだと思う。

「奇遇ですね。俺もですよ」

 他意は、多分無かったと思う。

 本人はただの相づちで、わたしの言葉の裏の想いなんてつゆほども知らない。それでもわたしは、その一言にグッときてしまった。

 今ここで、抱えているものを吐き出してしまいたい。

 吐き出して、楽になって──少しでも想いが共有できたら、どれだけ救いだろうか。

 そんな出来もしないことを夢想しながら、わたしは小さな胸の高鳴りをゆっくりと抑えていった。

 

 

 時間はせいぜい一時間にも満たなかったと思う。

 その間、わたしは何も違和感を覚えた記憶はない。一瞬の静寂もなかったし、鈴の音も聞こえなかった。

 それは、一通のメッセージだった。送り主は烏丸さん。

 

『さきほど、大赦のシステムが勇者システムの起動を検知した』わたしは起動させていない。なら、わたし以外の2人のどちらかか、あるいは両方『起動時間とレーダーの検知記録から、バーテックスの襲来があったものと断定、ただそちらの端末は記録自体が残っていなかったため、システム不備が疑われる。明朝、検査を行う』勇者の戦いに関われるのは勇者のみ。勇者システムを有していなくても、勇者であれば感知することはできる『また、この戦いで過去の記録にない巨大バーテックスが出現し、2名の勇者が交戦、』

 つまり、樹海化を認識できなかったわたしは勇者の力を喪失していて、

『巽友奈が重傷を負った状態で発見。搬送先の病院で、死亡が確認された』

 ──仲間を喪ったことにさえ、気づくこともできなくなった。

 

 

 

 勇者の力を喪って1年以上が過ぎて、また夏が来ようとしている。

 わたしは讃州中学を卒業し、地元の高校に進学した。受験は大赦が推薦枠を用意していたため、そもそも受けてすらいない。労には全く見合っていないが──正直、助かった、という気持ちが強い。

 結局、何が原因で力を喪失したのかは分からないままだった。

 少なくとも今のわたしには勇者システムを使用することはできず、次の日には端末からアプリの存在自体がきれいさっぱりなくなっていた。まるで、あの日々が夢か幻だったかのように。

 お役目は【満了】扱いだったが、変わらずその内容については口外してはいけないと釘を刺されている。

 正直、大赦に思う所がないわけではないけれど、わたしが公表したからと言って何かが好転するわけではないことを理解できる程度には、わたしも大人になっていた。

 こういう部分が、もしかしたら勇者に相応しくないと神樹様に思われてしまったのかもしれない。

 

 ポコン、と気の抜けた音がなる。

 着信だ。相手は鬼灯詩──わたしと同じ、元勇者。

 実は勇者でなくなってから会うのは二度目だ。

 あの日、何が起きたのか、互いに大赦の職員を通して聞いているものの──直接話そうと決めたのはつい最近のこと。こうして待っている間も、焦りと不安で緊張が高まっていくのを感じる。

「須美! 園子! 早く早く!」

 静かだったフードコートに響く元気な声。

 目を向けると、小学生だろうか、同じ背丈の3人の少女が仲良くジェラートのお店に並んでいる。

「ミノさんミノさん、この味新作だって。どれにしようか迷っちゃうね~」

「そのっちったら、自分の食べきれる量にしなきゃだめよ? この間みたいに5種盛りなんて無謀なことはしないようにね?」

「あはは! あれは大変だったもんなー!」

 無邪気に笑う少女達。

 その姿を見て、少しだけ報われた気持ちになるのは勝手だろうか。

 あの外敵の脅威はもうなくなったのか。勇者は自分たちの代で最後だったのか。あの敵は何のために、神樹様を襲ってきていたのか。

 分からないことだらけで終わってしまったが、ひとつだけ確かなことがある。

 

 ──わたしたちのあの日の頑張りが、今日までの未来に繋がっているのだ、と。

 

 

 

【議事録】        本記録は検閲後、厳重に処理されるものとする。

 

 

「──精霊の調整はどうだったでしょうか?」

「失敗だったようです。組み込まれた勇者システムを使用した勇者様はお二人とも心身の消耗が激しく、お一人は勇者の資格を喪い、もうお一人は精霊の力が暴走し……」

「赤嶺の家の者はうまく活用できていたと記録にあったのだが、やはり適性の高い者ほど強い影響を受けやすい、ということなのでしょうか……」

「仕方ないでしょう、以前のシステムではバーテックスの撃退すら不可能な代物だったのですから」

「しかし、勇者の資格を喪うとは、神樹様のお考えあってのことなのだろうか」

「そうであろう。でなければ酷というものだ。我々は巫女の導きに従い、勇者様と神樹様に尽くすのみ。皆で、この暗い人類の未来に光明を見出してゆこう……」

 

【記録終わり】




 
C103 土曜東地区"L" 02bで勇者であるシリーズの短編集を頒布する予定です。
この話を含めて4話が集録された本になります。

感想をいただけると、生きる活力になるくらいとても嬉しいです。よろしくお願いします。
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