この時の鈴仙はまだ腕と眼を欠損していません。
9月中旬。
この日は日曜日であり予定は一切入れていない鈴仙。
それには訳がある、中秋の名月たる十五夜……この日は毎年、鈴仙がお月見団子を手作りしているのだ。
4日程前に通話で行った会話からお月見の話しとなりその事を一佳にそう告げた鈴仙、一佳は一緒に作りたいと告げられた為にこうして鈴仙の自室で団子を捏ねている。
朝から寮の自室でマスクに手袋、エプロンに髪を結えてヘアキャップを装着した鈴仙と一佳は中秋の名月のお月見である為にお団子作りを一佳と一緒に行っていた。
鈴仙は一佳との雑談を楽しみながら団子を捏ねている。
「意外と難しいんだな……コレ……ねぇ鈴仙、私が1個捏ねている間に10個捏ねているの? 早くない? それにしても……最近の天気を見ていると今夜も雨になると思うんだけど?」
鈴仙の見様見真似でお団子を捏ねながらそう語る一佳。
窓から外をチラリと見ると雨粒が激しく音を立てて窓ガラスを叩き始めておりもはや止みそうにはなく……また仮に止んだとしても月は雲に隠れて見える事はないであろうと言うことは容易に想像できた。
「なんだかんだ言って私は10年間、暇があれば作り続けてますからね……慣れというのもあります、ま……雨はしょうがないですね……だいたい中秋の名月って言うけどこの時期って昔から天気が悪いのが普通なんですよ、10年のうち9年は雨が降って見られないと言われるほどなんです、……つまり 実際は殆ど見られないのも名月たる所以……と言った所なんです」
団子を捏ねながらチラリと窓の外を見るとポツポツと降っていた雨がいつの間にか土砂降りになり始めている空模様をみて顔を引き攣らせながらそう語る鈴仙。
「じゃあ今私は何のためにお団子を捏ねているのでしょう?」
今日、お団子を捏ねている訳だがその量は多い……お月見の飾りの為の団子に始まり……1串に6個刺している……それがA組とB組41人分。
それに壊理ちゃんと教師陣全員分……ざっくり見積もっても300個以上作るのだ、捏ねた後にも色々とやる事がある為にこの日は朝から忙しい……余裕を持って準備をしていたがかなり忙しい。
しかし、忙しいがもはや慣れているのか団子を捏ねながら鈴仙は一佳の疑問にお団子を捏ねる手を止める事なくそのままあっけらかんと答える。
「お団子食べるため以外に用途はあるのかしら? ま……今日みたいな天気の場合はもう一つの用途がありますよ」
なんだかんだ言って飾り付け用の団子も今捏ねているお団子も結局は食べる為に作っているのだ。
そう言って鈴仙は1つ、小さい団子を作り一佳に味見をお願いする。
「美味しい……なんで私と鈴仙のお団子こんなに味が違うの? 材料も作り方も寸分違わず一緒だよね? まあそうだけど……ただ食べるだけなら今日でなくてもいいじゃない?」
もぐもぐと咀嚼しながら団子を飲み込むと鈴仙作のお団子の美味なる味わいに幸せに包まれる一佳。
一佳はマスクを装着しなおして手袋を新しい物に付け替えるとお団子を捏ねる。
鈴仙も、お団子を捏ねながら先程の一佳の疑問に答える。
「この日にお団子を捏ねる理由はね……他にもあるわよ? お月見をするためよ10年のうち9年は行ってきた方法で」
お団子を捏ねながら鈴仙はゆっくりと口を開く。
「雨月と言ってね特に雨が長引きやすい中秋の名月は雨が降って月が隠れても雲の上の名月を想像してお月見を楽しんだのよ」
もはや雷雨へと変わった空模様……滝のように降り注ぐ雨の音とそれに混ざって時折降る雷の音をを聴きながらそう語る鈴仙。
実際、鈴仙がお団子を作った10年の内まともに月が見れたのはいまだに1度もない。
それを聞いて一佳はなんだかなぁと言う表情を浮かべて呟く。
「それだけ聞くとだいぶ苦し紛れの楽しみ方に感じるんだけど?」
「いやいや……そのほうが風流なのよ? 昔から名月そのものを見るより丸い物を見て名月を想像することが風流とされたの……昔の人は実物より想像の方が何倍も大きく何倍も美しいことを経験から知っていたのね……月見と目された料理には色々あるけど、お団子1つ、それがついてるだけで名月を想像できているのだから簡単でいいでしょう? そしてその究極の形が──其処にあるはずの名月を想像する雨月というわけ」
鈴仙のその言葉に納得した様な、納得していない様なふわふわとした感じで相槌を打つ一佳。
「なるほど……そういうことなのかなぁ」
そうして、そこから3時間後……ようやく全員分を作り終えた為に今度は梱包を施して為に桐箱に入れてラッピングを行うとA組、B組、教師用、壊理ちゃん用と仕分けしていく。
そうして……鈴仙と一佳は2時間かけて仕分け終えてお団子を配り終えると時刻は17時……。
お団子をずっと捏ねていた為に何も食べていない2人……鈴仙は一佳を自室に誘うと一佳に串に刺したお団子を差し出した。
「はいこれ、一佳にプレゼント……一佳の分もさっきの桐の箱にも入れてあるけど、追加で1本あげる、作ってる人の特権だよね……ある程度は余分に食べれる」
そう語りながらえへへっと笑う鈴仙。
そんな鈴仙に対して一佳は笑みを浮かべてお礼を言い、ところどころ小声になりながら語る。
「なぁ鈴仙……月見でもしないか? まだ飾ってあるだろ? 月見団子……それを見ながらゆっくりと話さないか? 色々とさ」
その問いかけに対して鈴仙は溢れんばかりの笑顔を浮かべて一佳の手を引いて自室に誘い込む。
そうして、畳に座って2人で隣り合わせに座りながら抹茶を啜りながら互いの作ったお団子を食べて……色々な話しをする。
文化祭に向けてだったり……授業だったり……好きな人は居ないのかという女子高生にとってありふれた話であったり。
鈴仙と一佳は入学試験で出逢って以来、無二の友人であり親友であり、知友であり心友である。
色々な悩み事を話したり……上手くいかない事を相談したりと色々だ。
未だに降り頻る雷雨の中、天に昇っている月を想像しながら語り合い、談笑し合う2人であった。
「ねぇ鈴仙……いつまでもこんな普通の日常が続くと良いな」
その言葉に対して……鈴仙は笑顔を浮かべて一佳に返事を返す。
「えぇ……ずっとずっとこんな日常が続いたら嬉しいですね……」