時は12月28日。
八意永琳は調べ物の為に永遠亭の書斎に居た。
永遠亭の書斎には医療系の論文や書物が1万冊以上収納されており、また500TBもの容量を持ったタブレット端末も置かれており、そのタブレット端末にも医療関係の論文などが数万冊ダウンロードされていた。
タブレット端末で論文を読みながら書斎に置かれているテレビから流れるネットニュースを聞き八意永琳は考える。
娯楽には一定の距離が必要だ。
お化け屋敷も戦争映画も他人の不幸も、ヒーローと
自分達が絶対に傷付かない安全な場所から、観戦者としての地位にいるからこそ楽しく愉快に映るものだが……肝心の娯楽が自身に害を為すと分かった瞬間に人は誰も笑わなくなる。
こんな歪な社会システムが崩壊した時……一体どうなるのだろう。
そんな事を思いながら八意永琳は欠損した眼球の再生医療に関する書物をいくつも読み漁り、PCに表示された再生医療や細胞技術に関する世界中の論文を読み解きながら鈴仙の左眼の手術をどうするか悩みあぐねていた。
そんな悩みを持った最中……紅茶の差し入れが為される。
「八意さん、紅茶になります…… ディンブラです、ミルクでもレモンでもストレートでも」
「あら、ありがとう相葉愛美さん……どう? 永遠亭の仕事は慣れたかしら?」
「……まぁまぁと言ったところです、慣れない業務ですが精一杯やらせてもらっています……それにしても前科者を雇い入れるなんて、随分と酔狂だとは思っていますが」
11月初旬、ジェントルクリミナルが警察に自首したあの日から八意永琳が永遠亭の事務員兼会計処理兼ホワイトハッカーとして雇い入れたのはラブラバもとい相葉愛美。
八意永琳は相葉愛美を雇い入れた、相葉愛美にも前科は着いたものの執行猶予が付いた為に収監はされずにいた。
しかしながら現実問題……執行猶予中の身といえども金を稼がなければならない。
人間社会で生きる以上、何を為すにも金は絶対に必要となる。
金とは、人間社会に生きる全ての人間が必要とする物なのだから。
執行猶予、しかもヒーローによる常時監視が条件ともなれば基本的にそんな人間を雇い入れる場所はこの社会には無い。
しかし、それを雇ったのが八意永琳である。
八意永琳程の人物であれば社会的信用も社会的貢献度も非常に高い故に1日程度で許可が降りた。
相葉が入れた紅茶を飲みながら八意永琳は語る。
「……給与も休日も、待遇面ではおおよそ文句の無いものと思っているのだけど……」
紅茶をストレートで味わった後で1切れのレモンを搾りその後にミルクを足して風味と味わいを変化させるとそれを啜る八意永琳。
八意永琳の言葉を聞いて相葉愛美は紅茶を飲みながら語る。
「確かに、完全週休2日制に加えて有給休暇もある……年間休日130日って聞いた時はびっくりしたし……給与もこの前見た時びっくりして通帳落としたわ……180万ってなに? 雇い主にこんな事言うのも何だけど金銭感覚大丈夫?」
八意永琳は自室に設置してある机の上でPCのキーボードをカタカタと動かしながら語る。
「貴女に払える給与の0をもう一つか二つ増やせる位には資産はあるわ……私は突出した技術を持つ者に払う金は惜しまないわよ? まぁ特許料や色々な発明で金には困ってないからね……金以上に欲しいのは技術よ、あの子の眼を治す、いや……元に戻す技術……今は共同開発した義眼を使用しているけれど、生来の眼球には遠く及ばない」
そう語る八意永琳。
そんな最中……相葉愛美は問いかける。
「大事なのね……その鈴仙って子が……」
「えぇ、亡き親友に託されたからね……そんな事よりも貴女にして欲しい仕事があるの、お願いできるかしら?」
八意永琳がそう告げながらスタンドアローンのPCの画面上に記載された文字を見せながら語る。
それを見た相葉は手に持った茶器を落としかけ……直前で拾う。
「……私のスキルを知ってソレを依頼してるのかしら? 確かに出来なくはないけれど……ソレは犯罪じゃなくて?」
相葉愛美はそう告げるが八意永琳はそんな相葉愛美の言葉を無視して語る。
「この子は刑務官の子供ね……3ヶ月前から行方不明なの、こっちの刑務官は弟が……他にもこの2人の他に10人の刑務官の身内がこの3ヶ月の間に行方不明になっている……共通しているのは攫われた全員がタルタロスの刑務官の身内と言う事、
……相葉愛美は底しれない恐怖を感じた。
なんせ誰にも知られていない筈の秘密を知られているのだから。
元々はジェントルの為に警察やヒーローの追跡を振り切るサブプログラムとして使用していた。
「……特別ボーナスを弾んでくれるなら、それともう一つ……この件に関しては一切の責任は私ではなく貴女にあると言うのなら……やるわ」
そう語る相葉愛美。
それを聞いた八意永琳は薄く笑みを浮かべて告げる。
「交渉成立ね……私の名前を出せばこの国最大のスパコン程度は簡単に借りれるからもしもそのPCでもスペックが不足するならここに行きなさい……私は別の仕事があるからそっちを手掛けるわ、よろしくね」
そう告げて八意永琳は車のキーを握り締めて外に出掛ける。
ブガッティシロンのエンジンを掛けて仕事場へと向かう八意永琳。
その様子を見ながら相葉愛美は仕事に取り掛かった。
「……さて、とやりますか」
専用のパソコンを開き指をポムポムと鳴らす。
インターネットの世界は相葉愛美の独壇場、どんな相手だろうと振り切ってきた。
そして、相手がインターネットに接続しているならばどんな者でも突き止めてきた。
数分後……相葉愛美は八意永琳の指示を完遂する。
「ふふん、私にかかればこの程度……ファイアウォールなんて無いも同然なのよ? さて……と肝心のファイルの中身を見せて貰おうかしら?」
ポムポムと音を立ててキーボードを叩く相葉愛美。
しかし……知ってはならない情報というものもこの世にはある。
永遠亭の窓の外から相葉愛美の事を睨む1人の女性が居た事に相葉が気づく事はなかった。