群訝山荘及び蛇腔総合病院から死柄木弔らが逃走した……同日夜。
タルタロスにて。
「アラート発生⁉︎ 何が起きている‼︎ ブリアレオス‼︎ ギュゲス‼︎」
敵意を持つ者が接近した際に発令されるアラートが鳴り響き監視塔から無線機越しにそう叫ぶタルタロス刑務官。
青銅の門を警護しているブリアレオスとギュゲスからの応答はなくノイズが走るのみ。
何度か呼びかけると声が聞こえてきた。
「……こちらギュゲス……ブリアレオスが、兄貴がやられた‼︎ セキュリティレッドを発令しろ‼︎ セキュリティレッドだ‼︎ 今すぐに‼︎」
既に胸から下が吹き飛ばされて死んているギュゲスとブリアレオスの遺体の眼を閉じてからギュゲスの声を波長操作で真似てそう叫ぶ鈴仙。
ギュゲスから拝借した無線機を装着した鈴仙は監視塔に叫び終えると無線機を外して眼前に迫る死柄木弔と
鈴仙を視認した
「やぁ鈴仙……君も僕に賛同してくれたのかな?」
そう問われるも無言でルナティックガンを引き抜いて脳無の頭部を撃ち抜く鈴仙。
それを見て敵対の意思を感じ取ったのか
「……残念だ、良い話し相手になると思ったのに……ま、君は今やタルタロスの脱獄囚だ、ヒーロー免許だって剥奪されたろう?」
それを聞いた鈴仙は敵対の意思を示し、紅玉と蒼玉に煌めく2つの眼で睨みつけてルナティックガンを連射しながら、タルタロスを守護する周囲の戦闘用ドローンをハックして操作する。
自身の性格を改変して半狂乱になりつつ叫ぶ。
「寝言は寝て言え‼︎ ヒーロー免許? ハッ‼︎ んなモンどーでも良い‼︎ テメェらのせいで何人死んだと思ってやがる‼︎ 手術中だった重病患者が何人死んだと思ってやがる‼︎ 何人の医療従事者が‼︎掛け替えのない命が失われたと思ってやがる‼︎ 普通に生きてた子供達が‼︎ アァァ‼︎ クソが‼︎ 私みたいになっちまった‼︎ 突如として親を失って‼︎ 絶望に苛まれて‼︎ アァァァァァァ‼︎ クソ野郎どもが‼︎ 絶対に許さねぇ‼︎」
怒りに我を忘れて……ただただ怒りのままにドローンを囮にして突っ込む鈴仙。
その姿を爆豪や一佳が見れば殴ってでも停めるであろう事は想像に難くない。
なんせ怒りを抑えて冷静に立ち回れと告げた鈴仙が1番激怒しているのだ。
それを見た
「脳無」
……脳無は砲撃や物理的な障壁を展開して鈴仙を殺そうとしてくるが鈴仙には僅かながらのダメージも見られない。
鈴仙の身体は……まるで幽霊の様に半透明になっている。
ゆらゆらと揺らいでおりまるで実体が無いかの様に揺らいでいる。
位相差障壁。
鈴仙の波長操作を位相差の操作に使った技である。
鈴仙の肉体を波長操作で波と同義にする事により存在比率を操作、自身に向けられる通常物理法則下にあるエネルギー全てを鈴仙の意思一つで限りなく100%に近い減衰率及び完全無効化させる能力である。
自身の存在比率をより通常の3次元世界に寄せることで物理的に相手に干渉可能にし逆に回避するタイミングでは存在比率を3次元世界から殆ど又は全てを切り離す事により相手からの物理的干渉及び物理法則全てを無効化していることを示している。
この鈴仙の特性を端的に数値化すると
ダメージを500与える攻撃に対してこちらの世界に100%存在する、位相差障壁を貼っていない鈴仙は500のダメージを受けるが、半分の50%しか3次元的な世界に存在しない鈴仙は250のダメージしか受けず存在比率を限りなく0に近づけた状態の鈴仙には殆ど効果がない、又は完全なる無効化が為されている事が伺える。
位相差障壁状態の鈴仙を超越し鈴仙本体にダメージを与えるには方法は2つ。
1つは減衰する物理エネルギーを遥かに凌駕するだけのエネルギーを鈴仙へとぶつける事での殲滅。
もう1つは物理法則下から解き放たれた位相差障壁を纏っている鈴仙の身体を特定周波数を発する音による『調律』を行い自分達の物理法則が通用する3次元世界へと引き摺り戻したタイミングで攻撃を叩き込む事。
前者は鈴仙よりも周囲に被害を齎してしまう為に実質不可能であり……後者も鈴仙自身の個性すらも上回る威力と正確さで音響を放たなければならない
その2つの解答を
故に苦戦を強いられるが……
自身の本体をタルタロスから解放し……また他の
鈴仙の攻撃を捌きつつ時折反撃して
(ふむ……存在が虚ろだな……こちらの攻撃がほぼ効かない、今の手持ちの脳無と個性では太刀打ちが出来ないか……しかし鈴仙も決定打が足りない、強奪する為に無理矢理な身体改造を施こしたこの身体には波長操作が効きづらいと見える……ならば)
本当はラグドールの個性『サーチ』が欲しかったのだがしょうがない。
あの時は鈴仙の個性を奪う事を最優先にしていた。
ラグドールの個性も奪えれば良かったのだが二兎を追うものは一兎も得る事が出来ない。
欲張ってどちらも取れないのはゴメンだ……尤も未だに鈴仙の個性は奪えていないのだが……しかし鈴仙の個性ならば、あと2手か3手で奪える。
計画が上手くいっていれば……そう、あと2手か3手だ。
あとは状況次第と言った所。
故に
(最深部…… 超深海帯である水深10911mか……本体を避けて建物を崩壊させても流石に超深海帯域の水圧では跡形も無く潰されるな……それに加えてこの未完成の身体が持たない、あと1ヶ月あれば完成していたのだが……全く、タルタロスとは、仮に鈴仙を相手にしていなくても……マキアを連れて来れたとしても……この物量で先手を取られていたであろう、仮に身体が完成し切ったとしても外からの攻略は厳しかったであろう)
それに気を取られ助けに入ろうとした鈴仙の一瞬の隙を突いてタルタロスの中にいるオール・フォー・ワン本体は個性を行使する。
刹那……中から桁違いの電流サージが発生、全居房の監視システムや扉の電子錠が完全に損壊してタルタロス内の全ての
それを波長で感じ取り歯噛みする鈴仙。
とは言え……眼前の
それを理解し鈴仙は決断を下す。
即ち……自身の能力である波長操作、それの究極的な使用法である位相差障壁を他者へと適用させる。
既に死んでしまった者を救出するのは不可能であるが……まだ生きている者達は何があっても救出しなければ。
鈴仙自身もタルタロスに収監された身であれども……何があろうとも……見捨てていい理由にはならない。
タルタロスの刑務官を防護する様に位相差障壁を展開するが何人かの刑務官は展開が間に合わない。
オール・フォー・ワンに生きたまま拉致される。
それを見た鈴仙は拉致された刑務官を救おうとしたが位相差障壁の最大の弱点……攻撃の一瞬だけは絶対に位相差障壁による物理法則減衰を解除しなければならないという弱点を突かれ脳無に殴り飛ばされる。
刑務官の生体IDでのみ起動するC-130Hを強制起動させてタルタロス内のほぼ全ての囚人を搭乗させ離陸していくC-130H……ヘリポートには鈴仙の相手をさせる為に残された脳無……先にそちらを対処せざるを得ない。
超再生が厄介すぎるが空間断裂で頭部を細切れにしてようやく動かなくなる。
しかし、その代償としてタルタロスの囚人が全員解放された。
脳無の人外の膂力で殴り飛ばされ地面に叩きつけられた鈴仙、立ちあがろうとするが先程の脳無の一撃で脳を揺らされた為に視界が揺らいで脚に力が入らず俯せに倒れ込んだ鈴仙へ銃を向ける刑務官の1人。
その手にはアサルトライフルであるShAK-12が握られており、それを鈴仙に向けながら刑務官の1人が叫ぶ。
「C-47・984732‼︎ 脱獄囚には射殺の許可が降りている‼︎」
そう叫び
凄まじい激痛が身体中を走り、地面に激突した際に建材の破片で脇腹を抉ったのか右脇腹からは夥しい程の血が流れ続けており酷く寒気を感じる。
ぼんやりと定まる事がない視界、低下していく体温……遠のく意識にもはや波長操作すら満足に行えない。
銃を向けている刑務官が
恐る恐る、ゆっくりと眼を開けると刑務官の1人が、鈴仙に銃を向け撃とうとしていた刑務官から銃を奪い取り組み伏せていた。
「状況を見ろ馬鹿者‼︎ 荼毘の告発映像を見たろう‼︎ 彼女は冤罪だ‼︎ そして……我々を救おうと奮起していた‼︎ 彼女の頑張りがなければ私達は全員死んでいた‼︎ 今やるべき事を考えろ‼︎」
そう叫ぶのは鈴仙の冤罪を信じていた数少ない刑務官の1人。
それを聞いて……他のタルタロス刑務官達も鈴仙を救う為に全力を尽くす。
タルタロスの刑務官に配属されるには医師免許を求められる。
タルタロス配属に伴い資格を取得する事を前提になる資格はいくつかある。
その内の1つが医師の国家資格。
本土から2000km離れているこのタルタロスでは囚人の不測の事態に対して医師はすぐに呼べる者じゃない、故に対応する為に刑務官を務める者に医師免許の取得を絶対とした。
故にタルタロスの看守達は全員、看守であると同時に医師でもある。
囚人が全員居なくなり脳無に破壊され倒壊した建物と火災により炎が立ち昇るタルタロス。
幸いなのは医療棟に損壊が見られず無事であり、医療棟のみ有事の際に備えて別稼働の電力源を有していた為に応急処置と手術が可能な点。
看守達は……冤罪で収監されていた鈴仙という無罪の人間を生かすべく行動を開始した。
……セントラル病院。
蛇腔総合病院及び群訝山荘殲滅作戦から7日後の17時丁度。
其処では荼毘の焔により気道熱傷と軽度の内臓損傷を負った轟焦凍、死柄木弔により片肺と大腿骨を潰されたエンデヴァー、死柄木弔により四肢を圧し折られ複雑骨折した緑谷、鋲突により肝臓と脾臓、膵臓、そして大腿骨を損傷した爆豪が入院していた。
クラスメイトの見舞いとして八百万、芦戸……葉隠、常闇が轟の病室へ。
爆豪の部屋には砂藤、峰田、切島が。
爆豪が目覚め……人工呼吸器を外して起き上がるとズキンッと痛む脇腹。
その痛みを確認していると叫び声が聞こえた。
「あー‼︎ ようやく起きたぁ‼︎」
峰田がそう叫び状況を確認する爆豪。
何度か心臓が停止して危険な状態であったと語られる爆豪。
自身が入院しているのはセントラル病院、最先端最高峰の医療設備と人員を有した病院である。
白衣を纏った酷く疲れ切った八意永琳だがその様子を患者に見せることは無い。
「爆豪君ね? ちょっと検査するわよ……眼を開いてこっち向いて」
ペンライトを当てて瞳孔散大を確認、その他受傷部位の状態を確認してカルテに記入していく。
そのやり取りを受けながら爆豪は八意永琳に質問する。
「おい……あのウサギ女……鈴仙は今どこで何してやがる‼︎ アンタの娘だろう⁉︎」
永琳の白衣を掴みながら怒鳴る爆豪であるが八意永琳は気にも留めないで語る。
「……それだけ叫んだり出来たら大事ないわね、あの子の行方は私にも分からないし……あの子の行方を今知って……やれることはないでしょ? 今、貴方がやるべき事はとっとと怪我を治して退院する事よ、それに……此処に居る以上貴方は患者の1人……私が医師である以上、患者である貴方に色々と話すのは個人情報の漏洩になってしまうわ」
爆豪のカルテを記入して素っ気なく告げる八意永琳。
爆豪は怒鳴っていたが……その怒鳴り声を聞く事なく八意永琳は病室を後にする。
そして、向かうは別の病室。
ノックして入室すると其処にはミッドナイト、マイク、相澤が揃っていた。
「……元気そう……ではなさそうね、香山」
大腿骨を骨折した香山は八意永琳製の薬を投与されてほぼ完治しているが様子見として未だ2〜3日は入院する事になっている。
「……大丈夫かと言われれば大丈夫ですが……今、外は地獄ですよ八意先輩、タルタロス襲撃、タルタロスから囚人が全員脱獄してその後全国各地の刑務所が襲撃を受けた……165箇所の内164箇所から囚人が全員脱獄、10万9413人の脱獄囚が解き放たれている……世間から批判の的にされてヨロイムシャを筆頭に名のあるヒーローやNo.入りしているヒーローもどんどんと辞職……今エンデヴァー、ホークス、ベストジーニスト、そしてヒーロー公安委員会代理で目良さんが会見を行っています……何よりも鈴仙の足取りが一切掴めない」
香山がテレビの電源を付けると其処には正装に身を包んだエンデヴァー、ホークス、ベストジーニストらが映された。