俯瞰する様にふわふわと浮きながら
ずっとずっと昔の夢だ。
忘れもしない、決して忘れる事が出来ないからこそ……記憶の壁を構築して10年間もの長きに渡り隔離していた悍ましい過去の記憶。
12月の寒空の下、鈴仙を虐待をしていた遠い親戚の家から逃げ出した鈴仙。
母が死んでからというもの……親戚中をたらい回しにされて全ての場所で虐待やネグレクトを受けて来た。
受けた数は10や20なんてものでないし、性的な虐待もされかけた……そしてあまりにも多くのネグレクトや虐待を受け過ぎて、鈴仙は心が冷え切って……心が死んでいた。
しかし、その姿は12月下旬の服装にはふさわしい物とは言えない。
そして現在時刻は午前2時だというのにも関わらず……羽織る物は無く防寒など一切期待できないほぼ破れて服というよりは布と言ったほうが正しい半袖のみ、そしてズボンは夏用の薄い生地でありそれも酷くほつれて成人男性の握り拳が通る程の穴が空いている。
もはやズボンではなくただの生地を纏っている状態に等しい。
そして、バールや金属バットで躊躇いなく殴打された痣がはっきりと残る四肢……痛む四肢を必死に動かしていた。
あの家には鈴仙の居場所など無かった。
鈴仙には部屋は無く常にベランダに放置され水を飲むのは雨が降った時で……食事も1週間か2週間に1度有るか無いか、家の中には殴る蹴るの暴行を行う際以外は絶対に入れて貰えず眠る場所は常にベランダであり……あのまま、あの家に居たのでは鈴仙は常日頃から晒されていた虐待で死ぬか、真冬の気温で凍え死ぬか……どちらも大差ない。
しかし、鈴仙は地獄の檻から逃げ出した……あそこに居るよりかは数億倍マシだと凍え死ぬ方を選択した。
暗闇の中で小さな私が必死に涙を堪えて、必死に泣くのを堪えて足を動かすか何処に行く当ても無い……。
泣けば煩いと怒鳴り声と共にバールや金属バットで殴打された、痛みを必死に耐えて泣くのを堪えていれば反応が無くつまらないと腹部を思い切り蹴られたり殴打された。
暫し眼を閉じて思い返す。
この忌まわしい夢を見るという事は現実世界の私は……恐らく心肺停止状態になって死にかけているのだと理解した。
鈴仙が服毒してから5時間後の14.50分。
医務室は慌ただしく、緊迫した空気が走っていた。
「鈴仙‼︎ 戻って来なさい‼︎ 鈴仙‼︎」
5秒前に8回目の心室細動を確認し……即座に心臓マッサージとAED及びカウンターショックを装着して電気ショックが行われた。
心室細動*1は収まったが心臓の拍動が確認できない。
通算10回目の心停止である、戻る見込みの方が少ない。
周囲の看護師や医者達に指示を出しつつ鈴仙への心臓マッサージを繰り返しながらそう叫ぶ八意永琳。
心電図モニターからは耳を劈く程のアラームが鳴り響いておりモニタに表示されている心臓やSPO2の波形は直線のままピクリとも動かない。
リカバリーガールが3分置きに鈴仙にエピネフリン*2を1mℓを静注するも状態は変わらない。
AEDによる電気刺激が行われ合成音声の指示の下……即座に避難民の看護師や医師らと交代で心臓マッサージが再開される。
2分後、心電図モニターの波形が波打ち……心臓の拍動が確認出来た為に心肺蘇生を止めて状態を確認し安定したのを確認すると椅子に座ってゼェハァと荒い呼吸を繰り返している八意永琳。
心臓マッサージには多大なる負荷がかかる。
心臓マッサージをする側も、される側もだ。
しかし、ようやく解毒剤と国士無双の薬が服毒した毒物の効力を上回りつつある。
15分後、ようやく鈴仙の容態が安定してきた……しかしまだ予断を許さない状況である事に変わりはない。
楽観視が出来るようになったのはそれから20分後。
薄らと眼を開けて酸素マスクを弱々しい動きで取り外した鈴仙はか細い声で……掠れた声で寄り添っていた物間寧人と一佳に対して告げる。
「あれ……いつか? ものま? 2人とも……」
そう語るが鈴仙の声は非常に弱々しく消え入りそうな声……。
その様な声音で呟かれたその言葉を聞いて……一佳は大粒の涙を流して鈴仙の頬を平手でペチペチと力無く叩きながら告げる。
「この……馬鹿ぁ……大馬鹿だよ、鈴仙は……どんだけ心配したと思っていやがる……馬鹿ぁ、馬鹿……謝ったって絶対許さない……絶対に……」
号泣しながら鈴仙の胸に顔を埋めている一佳から力無くペチペチと頬を叩かれる鈴仙。
弱々しく叩いてくる平手打ちは痛くないが……今まで受けた何よりも、何よりも響く程痛かった。
「ごめん……一佳、ごめんなさい……」