暗い一室で生命維持装置に繋がれた男がビデオ通話でやや落胆し残念そうに、しかし何故か嬉しそうな声音で語る。
「ははは、それは良かった……それでドクター、結果はどうだい? 結局僕は彼女に触れられなかったからね、奪えてないんだ、あの魅力的な『波長を操り支配する個性』をね……それで、もう一つの手段の方はどうかな?」
ドクターと呼ばれた者は、やや残念そうな声色で、まるで実験が悉く失敗してる様な、そんな声音で告げる。
「まさか『先生』がそもそも近づけんとはのう……誤算も誤算じゃった……もう一つの手段……あぁ産むだけの機械にするほうか……現状そちらも芳しくないわい」
拉致した直後……とある事情にて即座に鈴仙を電波暗室へとワープさせて気絶している間にオール・フォー・ワンが鈴仙に触れて個性を奪おうとしたが……奪う事ができなかった。
オール・フォー・ワンも……と言うより鈴仙が気絶してから3分という時間差で組み込まれていた個性の能力により
最初こそ隠れ家の一つであるBARで鈴仙を拘束していた。
そして定刻になったらドクターの息のかかった者が鈴仙を回収してオール・フォー・ワンの元へと運び個性を奪い取る。
そして、以降は永遠に『子を孕ませて産ませるだけの動物』としてドクターが研究材料にする。
そういう算段であったのだ……しかし、BARで待っている間に危うく仲間が1人死にかけた。
偶然たまたま、鈴仙の近くの、2m程離れた場所に椅子を置いて座った仲間が悶え苦しんだのだ。
口をパクパクと開閉し、床に倒れ伏してのたうち回る様子を見て
倒れ込んだ仲間が助かったのは倒れ込んだ方向が鈴仙の方向ではなく
何度か『対象物を増やす』個性の持ち主が個性で仲間のコピーを作りそのコピーに近づかせた結果分かった事であった。
鈴仙の2m以内に近づく者は、脳波や心拍、神経伝達、そういった生命維持に必要不可欠の電気信号などを軒並み狂わされる。
鈴仙が気絶する前に自身の個性で防御策を案じたのだろう。
怪しまれない様に時間差で発動する置き土産。
となると話しが変わる。
死柄木弔は『おいおいマジかよ』そう呟きながらドクターと先生に報告を入れ黒霧の座標移動で『先生』の下へとワープさせたのだがそもそも生命維持装置が波長の影響を受けて機能しなくなった為に『先生』は即座に鈴仙を送り返しドクターの発案でドクターが有する山の中にある広大な敷地を有する『別荘』の1つにワープさせる事となった。
そこには地下部屋を電波暗室に改造した実験室がある為に鈴仙をそこへとワープさせ監禁する事となった。
そうして、鈴仙を裸で監禁してモニターで監視している訳であるが鈴仙自身の警戒心が凄まじく強い。
鈴仙は食事にナニカを混入されている可能性を考慮して拉致監禁から1日と18時間経った今も食事を摂っていない。
確かに食事には排卵誘発剤や法で規制されるほど強力な催淫剤、そして各種違法薬物などを混入させている。
電波暗室に通っている水道管や水源としている給水タンクにも液体状に変化させた法規制される程に強力な催淫剤を混入している為にお湯による粘膜、皮膜、経口、どれでも良いから摂取さえすれば一定の効果が出る筈なのだが最初の確認以降、一向に浴槽やシャワーを使うそぶりがない。
それを聞いて『先生』は残念そうに言葉を紡ぐ。
「それは残念だな……しかし慌てる事はないよドクター、人が人であるが故に……水を飲まなければ人は3日と生きてはいられない、あそこの部屋にある唯一の水源はシャワーや浴槽に設置されているのみさ……食事もさ、そろそろ空腹に苛まれ飢餓感や脱水による喉の渇きが訪れる頃だ、このまま経過を見ようじゃないか、何……ヒーローや警察達は居場所どころか何一つ情報を掴めていない、このまま檻の中に閉じ込め続けていれば耐えきれずに食事か水分、どちらか……または両方を欲するさ、気長に待てば良い、幸い……こちらには有り余るほどの時間がある、雄英高校の記者会見でも見ながらのんびりとしようじゃないか、生徒を成す術なく無様に拉致されたという最悪の失態を犯した最高峰の教育機関である雄英高校がどう釈明を述べるかを酒でも飲みながらね」
そうして、オール・フォー・ワンは手元のグラスに45年もののワインを注いで優雅に現在の状況を楽しんでいた。
一方その頃、ヒーロー科1年A組とB組の面々は自宅のTVの前に悲痛な面持ちで座っていた。
雄英生徒1年生達は……生徒達はそれぞれの自宅で、TVの前にいた……見ずにはいられなかった。
雄英高校の記者会見が開始されてそこには正装に身を包んだ根津校長、相澤先生、ブラドキングがいた。
記者会見がスタートして開口一番、謝罪の言葉が根津校長より告げられる。
「この度……我々の不備からヒーロー科1年生の林間合宿中に
そう告げてたっぷり30秒程であろうか、お辞儀をして頭を下げる3人。
そして、質疑応答となる
NHAの記者が挙手をして質問を行う。
「雄英高校は今年に入ってから4回も生徒が
それを受けて根津校長がマイクを取り口を開く。
「周辺地域の警備強化・校内の防犯システム見直し・そして『強い姿勢』で生徒の安全を保証する、と説明を行なっておりました」
そうして……質問は続いていき生徒に出した戦闘許可命令の必要性を問われる。
「生徒の安全……と仰りましたが……イレイザーヘッドさん、貴方は事件の最中に生徒に戦う様に許可を出したそうですね? その意図をお聞かせください」
その問いかけに対してイレイザーヘッドがマイクを手に取り答える。
「私共が状況の把握が遅れて
イレイザーヘッドのその答えに記者は更に言葉を続ける。
「『最悪』とは? 重軽傷者こそ無く幸運にも0名で済んでいますが……鈴仙さんの拉致は『最悪』の結果ではないと?」
そう語る記者に対してイレイザーヘッドは再度マイクを取り語る。
「私があの場で想定した『最悪』とは
それに対して記者は変わらず告げる。
「不幸中の幸いだ、とでも言うおつもりですか?」
それに対して根津校長が言葉を語る。
「未来を侵される事が『最悪』だと考えております、我々もただ手を拱いている訳ではありません……警察やプロヒーロー達と共に調査を進めております、我が校の生徒は必ず取り戻します」
そうして、会見は終了した。
一方その頃、鈴仙はというと。
力無くウサミミを項垂れて……電波暗室の壁にもたれかかって力無く呟いた。
「さ……流石にお腹減ってきましたね……喉もカラカラですし……何よりも情報が足りません」
拉致監禁から何日経った? あの後クラスメイト達は皆無事に助かっただろうか? 外の状況を把握できないのがここまでもどかしく歯痒いと感じたのはいつぶりだろうか……。
定刻で提供される食事もナニカが混ぜられている様な『嫌な予感』から一切手を付けていない、浴槽やシャワーも水源や水道管にナニカを仕込まれている様な『嫌な予感』から最初の確認以降は一切使用していいない。
大概こういう時の『嫌な予感』や『直感』は馬鹿にならない。
何も信じられないこの状況下であるが自身だけは信じないと心が保たない。
電波暗室故に通信や交信が完封されておりできる事と言えば『壁』の生成と熱赤外線を操り自身の周囲を適温に保つくらいであろうか。
やる事もない為に電波暗室となっているだだっ広い部屋を見回して目に入った物を順番に呟いていく鈴仙。
何かないか? この最悪な状況を打破する何か……そんな縋る様な気持ちになりつつ呟いていく鈴仙。
「鉄の扉……食事の山……壁……浴槽……シャワー……」
そう呟いていき何かに気づいたかの様に意識を集中させる鈴仙。
「水……浴槽、そして……」
ぶつぶつと呟きながらハッと何かに気づいた鈴仙。
自身が波長操作で出来るのは交信やテレパシー、だがそれらは封じられている。
しかし『壁』の生成と熱赤外線は封じられていない。
あくまでも交信やテレパシーを封じる事に主眼が置かれたこの電波暗室……。
しかし、チャンスは1度きりであり失敗したら『次』の機会もチャンスも永遠に失われる。
綿密に計算しなければならない。
予想される電波暗室の壁の厚さや強度を。
そうして、行動に移る。
ここから脱出するには自身の個性を封じている電波暗室の壁の何処かに穴をぶちあけるだけで良い。
それだけで電波暗室は効力を失う、しかし1mm程度の穴じゃ当然ダメだ。
最低でも6cmは必要。
浴槽に手を掛けて材質を確認する。
燃える様な材質ではない。
そして、柔らかい材質でもない……風呂の、浴槽の形をした横に長い長方形をした金属の塊と表現した方が正しいだろう。
「……これならいける‼︎」
それを見て、鈴仙は脱出する手順を定め行動に移し始めた。