ごめんなさい
物間寧人は深く深く潜った鈴仙の深層心理の世界を見ていた。
物間寧人も鈴仙本人から過去にネグレクトを受けたとは聞いていたが……鈴仙の記憶に、鈴仙の心の奥底に沈んだ絶望は……ネグレクトなんてものじゃあ無かった。
肉体的にも精神的にも凄まじい程の虐待……よく生きていたと思う程に……精神的な傷と現実と見紛う程の幻影は物間寧人に重くのしかかる。
深く深く潜り続ける内に物間寧人に纏わり付く鉛の塊の様に重く……ドス黒い思い。
しかしながら……物間寧人は驚愕する、この深さですら……鈴仙の意識の上澄みであるのだと。
鈴仙の記憶が……幼少期の頃の絶望に染まった黒い記憶が……精神的な傷として物間寧人に襲いかかる。
だがしかし、精神の強さは誰にも負けないと自負している物間寧人。
物間は不適な笑みを浮かべながら更に奥底へと潜り続ける。
「これが……上澄み? だとしたらこの更に奥底に潜ったら……考えたくもないな、だけれど……、君はどれだけの感情を押し殺してきたんだい?」
精神世界でそう語る物間寧人。
分かりやすく例えるならば……深さ15mのプールの水面に顔だけ着けている感じだろうか。
全然、底には程遠い。
底に近づくにつれて息苦しさが増してきて、ドス黒い思いが物間寧人を包む。
精神を蝕む様に強制的に見せられる鈴仙の心が創り出している映像も陰鬱で悲痛な、精神に極度に負荷がかかるモノであった。
だが……それで諦めたら恐らく鈴仙は目醒めないだろう。
鈴仙には言い表せない程に世話になった、その借りを今返さずにいつ返すんだと、物間寧人は自分を鼓舞して奮い立たせる。
陰鬱で悲痛な思い出の膜を抜けると……そこには見慣れた雄英の景色が広がっていた。
現実かと見紛う程に精緻で精巧な……通りすがるクラスメイト達やA組の面々もしっかりと性格まで反映されており挨拶や立ち話すら出来る程に精巧で精緻に作られた記憶の中の者達。
驚いた事に会話も流暢に行える。
拳藤一佳がおり物間寧人に気さくに話しかけてきた。
「よっ、物間……どこ行くんだ? あっ……もしかして……まぁたA組の所に何かしようと企んでるなぁ……今はテスト期間中だろ? 鈴仙もピリピリしてるからちょっかいかけるのは辞めた方がいいぞ?」
物間寧人は相変わらず変わる事のないやり取りをしつつ会話を切って奥へと進む。
A組の寮へと入ると其処には当然ながらA組の面々が揃っており突然の来訪者にびっくりした様な表情を浮かべる者やテストの勉強で分からない所を聞きに来たんだろ? と茶化してくる者、その他色々反応があったがそのどれもに皮肉を交えた返しをしつつ女子寮の纏め役である八百万百の許可を取り鈴仙の部屋へと向かう。
其処には……甚平の様なラフな着物を着て髪を後ろで編み男性的な恰好をして書き物をしている鈴仙がいた。
男装の麗人……iアイランドの時のスーツ姿やヒーローコスチュームの時も思ったがかなり男性的な格好をする事が多い鈴仙……。
八意永琳さんより教えられた言葉を告げようとした刹那……部屋に居た鈴仙は物間寧人に気付いたのか甘い声音で物間寧人へと告げてきた。
「あら……ここまで来たのね? 精神世界の少し深い所まで来てご苦労様……と言いたい所だけど、私は本物じゃないわ……本物の私はずっとずっと奥の底の底……眠り姫を起こしてあげてね」
そう告げた鈴仙はまるで最初から居なかったかの様に、霧の様に消え失せる。
そして……雄英寮から鈴仙の精神世界に引き戻される、いや……引き戻されるという表現は正しくない。
ここから動いてなかったと言うべきだろう。
「これだけ精緻な幻……何処かに奥へと繋がる通路的なのがある筈だ……この記憶の奔流……段々と強くなってきている……あまり時間を掛ける訳には行かないな」
そう呟いて意識を集中して深く深くへと潜る物間寧人。
鈴仙の色々な記憶が垣間見えた。
しかしそれらは……悲痛な記憶の塊……。
精神的な傷となって物間寧人へと襲いかかるが物間寧人は記憶の濁流を……記憶の奔流に飲み込まれつつ力強く呟く。
「こんな……こんな記憶の濁流を……こんな記憶の奔流で折れる訳ないだろう……記憶の追体験……本当の体験と見紛う程に精緻で精巧な幻覚だ、だけど……僕の個性を『良い個性』だと……そう言ってくれたんだよ……鈴仙は……だから……ここで折れていいわけがないんだよ‼︎」
物間寧人はそう語ると更に奥底へと潜り続ける。
奥へと進む度にドス黒い思い出が物間寧人の身体を貫き激痛を与える。
泣き叫びそうになる程の激痛、ドス黒い感情が物間寧人を貫く。
しかし、物間寧人の眼には諦めの色も迷いも絶望も浮かんではいなかった。
時折……幻影としての鈴仙が出てきて告げられる。
「どうして? どうして貴方はこんな女の為に精神世界に潜ったの? 貴方からしたらクラスも違う、関わりもそれなりにあるけど所詮はそれなり……恋慕の情でも抱いたの? この穢れた女に……血に塗れた手で、触れるといつも何かを壊すこの私に……ならば……」
耳元で囁かれるソレを物間寧人は高笑いして反論する。
「どうして? 随分と分かり切った事を聞いてくれるな……キミにしては珍しい、何故も何も最初から言っているだろう? 彼女には返しきれない程の恩がある、僕にしか出来ないと言われたのなら……一も二もなく了承するさ、それに……クラスも違うのは鈴仙も一緒さ……彼女は僕達に分け隔てなく色々と教えてくれていた……恋慕の情? ハッ、それこそわかってないな君は……血に塗れた? 穢れた? それがどうした? そんなのを気にするわけがないだろう? 鈴仙の手は何かを壊す手じゃない、誰かを助ける為の手だ……精神世界の幻影とはいえ……自己分析が甘いんじゃあないかい?」
物間寧人がそう告げると鈴仙の幻影は物悲しそうな笑みを浮かべて消えていく。
そうして……物間寧人は鈴仙の精神世界の最奥へと潜り辿り着いた。
其処には……長方形のガラスのケースに入った鈴仙が居た。
物間寧人は周囲を見回すが今までの様に幻影やドス黒い感情が湧き出る事はなかった。
物間寧人はゆっくりと腰を下ろして鈴仙の意識が実体化したモノに触ろうとするがガラスケースに阻まれる。
「最後の心の壁って事かい……」
さてと、どうするか……物間寧人は思案する。