芦戸三奈の言葉に左手で頬を掻いて鈴仙は、たははっと笑みを浮かべて語る。
「ギャングオルカさんのインターンシップで出掛けると前々から言っていたでしょう? それで……ちょっと
和かな笑みを浮かべてそう語る鈴仙。
左半分の視界が失われたとて、右腕を丸ごと失ったとて鈴仙の個性には、ほぼほぼ影響はない。今回の欠損で鈴仙の個性に影響があると言えるのは相手に鈴仙の紅い眼を見せるか相手がこの眼を覗き込む事で更に強力な波長操作を行う事だがまだ片眼が残っている。
そう、鈴仙の眼は確かに失われたがまだ片方の眼は残っている。
そう語ると爆豪勝己が幽鬼の様な表情で鈴仙に詰め寄り胸元を掴む。
「おいウサギ女‼︎ テメェ……テメェ俺と約束したよな? 俺はテメェを倒して更に上にいくって……テメェ……弱くなったテメェを倒しても何の意味が……」
飯田天哉が爆豪勝己の事を諌めるが波長が見える鈴仙にはソレが爆豪勝己の不器用な励ましであると察せられた。
鈴仙は胸元を掴まれたまま爆豪勝己に笑顔で語りかける。
「飯田さん……これは爆豪さんからの不器用な励ましですよ、気にしてません……そうそう、素晴らしい至言をプレゼントしましょう、爆豪さん……とある漫画のセリフをそのまま引用しますね……『別に私が弱くなった所で貴方が強くなった訳じゃない』ですよ、四肢を失おうとも眼を失おうとも私の強さは揺るがない……」
確かに鈴仙は、左眼を失って右腕も喪失した事で格闘術や諸々に関して多大な制限や制約が入る事が余儀なくされる。
しかし……今まで積み重ねた努力や修練が無になったかと言われたらそれは違う。
確かに右腕の喪失と左眼の喪失で凄まじく制約が掛かる。
しかし、そんな制約が掛かろうとも……鈴仙の強さは揺るがない。
にっこりとそう語ると鈴仙は何かを察知したのかゆっくりと立ち上がり扉の前に向かう。
扉を開けると其処には13号先生と壊理ちゃんがいた。
何でも緊急の会議の為に教師全員が集まる為に一時的に壊理ちゃんをA組の寮に預かってもらうだとか。
久々に壊理ちゃんと会えた事で鈴仙の表情は歓喜に染まる。
「えりちゃん久しぶりー」
壊理ちゃんを抱き上げてくるくると回る鈴仙。
壊理ちゃんもすごい楽しそうに表情を浮かべており鈴仙の顔を見つめていた。
しかし、その表情には傷の事など一切見えてないかのようであった。
鈴仙の無い筈の右腕で撫でられて嬉しそうに破顔する壊理ちゃん、それを見て更に笑顔になる鈴仙。
ほんわかした空気が形成されるがクラスメイト達は感じ取っていた。
波長操作で何かやった、と。
40分ほど壊理ちゃんとのお喋りなどを楽しくしていたが職員会議も終わった為に13号先生が壊理ちゃんの事を引き取りに来た。
鈴仙は壊理ちゃんの事をギュッと抱きしめて、またね〜と手を振りつつ扉を閉める。
そうして完全に見えなくなった事を波長で確認すると壊理ちゃんに掛けていた波長操作を切る鈴仙。
それと同時に八百万百が問いかけて来た。
「鈴仙さん……まさか」
それに対して鈴仙は肯定の意を示す。
「八百万さんや皆さんの考えている通りです……壊理ちゃんには私が5体満足である様に見せました……あの子にはこんな姿を見せられる筈もない……壊理ちゃんには見せるべきものじゃない、……壊理ちゃんの笑顔を守れるなら私はなんだってしますよ、幼童に不安や心配を掛けるべきじゃない」
せっかくほぼほぼ消えかけているトラウマが再発しかねないですし、そう付け加える鈴仙。
そうして……クラスの皆に笑顔を見せながら告げる。
「では、ちょっとお風呂入ってきますので……」
鈴仙はそう告げてお風呂場へと向かう。
その刹那……凄まじい絶望の波長が青山優雅より確認できた。
波長を全身で感じ取れる鈴仙には隠し事の一切は通用しない、嘘も瞬時に看破出来る。
しかし、罪悪感や絶望感と言った主観が余りにも大きい感情のモノとなると感じ取ることはあってもスルーしていた。
罪悪感や絶望感なんてものは多感な時期の高校生には大なり小なり見られる。
軽い物ではテストの結果や授業での瑣末事。
大きいものでは将来に対する不安や社会に出てからの色々。
そのような物にいちいち反応していては鈴仙の気が休まらない為に罪悪感や絶望感と言った波長に関しては極力反応しない様にしていた。
無限とも言える罪悪感や絶望感、その全てを気にしていたら又あの時と、自身の幼少期と同じ様に心が押し潰されかねない……。
お風呂に入りながら鼻歌混じりで身体と髪を洗う。
「長すぎる1日だった……」
湯船に浸かりながらそう呟く鈴仙。
鈴仙は湯船に浸かりながら壊理ちゃんの事について思案する。
今は波長操作で5体満足に見せているが遅かれ早かれ確実にバレるだろう……さてどうするべきか……どのタイミングで……湯船に浸かりそんな事を思案する鈴仙であった。
長く考え込んで……諸々の疲労が溜まっていたのか船を漕ぎ始めた鈴仙。
5秒と持たずにそのままストンっと眠るように気絶してしまう。
そして……次に鈴仙が目を覚ますと脱衣所であり、裸を隠す様にバスタオルで覆われており、ここが何処かと波長で感じとると八百万百の膝の上であった。
薄っすらと朧げな鈴仙の眼を見て八百万百は涙を浮かべながら告げる。
「やっと起きた……鈴仙さん……湯船に長い事浸かっておられましたので脱水症状が……」
聞けば……あの後、鈴仙が風呂に入った後も色々な話し合いが為されていたが……鈴仙が風呂へと入って2時間経つも一向に出てこないのを心配したクラスメイト達。
同性である八百万百が浴場を覗くと湯船に浸かったまま意識を失っている鈴仙の姿が見えた為に湯船から引き上げて脱水症状の応急処置をしたらしい。
奇しくも鈴仙と八百万百とで合宿の時とは互いに逆の立場となった。
首、わきの下、足のつけ根を氷嚢でクーリングされており鈴仙が起きあがろうとすると八百万百から待ったが掛かる。
「鈴仙さん‼︎ のぼせていたんですのよ? あと5分でいいので安静になさってください……それと、こちら水分補給にどうぞ」
「……ふふふっあの時とは立場が逆ですね」
鈴仙はそう呟いてコップに入れられた冷たいスポドリをストローを使用して飲み込む鈴仙。
しばしして体調もよくなって来たのかゆっくりと立ち上がり服を着る鈴仙。
甚平の様な服を着込む鈴仙。
しかし、左半分の視界を喪失している為に少し手間取っていた、それを少しだけ手伝う八百万百。
八百万百は表情を暗くする。
鈴仙が着ている甚平の右腕部分は何も無い、そしてほんの少しだけ服を着るのに手間取るのを見て……分かりきっていた事だが八百万百は鈴仙が右腕と左眼を本当に失ってしまったのだと……理解せざるを得なかった。