ティーパーティーに銃剣を添えて   作:Agrissa

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戦闘回です。
といっても後半だけなのですが…!
戦闘BGMのイメージは『寄生獣』より『HYPNOTIK』です。


16. 執行官

 トリニティ自治区の繁華街に存在するビル街。

 大通りから一本路地に入ったその場所には、レンガ造りのシックな外壁とステンドグラスの窓が特徴的な、アンティーク調の喫茶店がひっそりと店を構えていた。

 

 普段であればそこは、落ち着いたクラシック音楽と自家焙煎の珈琲の香りが漂う、優雅なティータイムを求める生徒たちの憩いの場であるはずだった。

 しかし現在、その店内に立ち込めているのは、焙煎の香りなどではなく、むせ返るような安物の香水の匂いと、ひりつくような暴力の気配だった。

 

 

「あ〜、マジだるいわ……。どこもかしこも正実の犬どもがウロついてやがる」

 

 

 革張りのソファにふんぞり返り、土足のままテーブルに足を乗せているのは、派手な刺繍の入った特攻服やセーラー服に身を包んだ、十数人の不良生徒──いわゆるスケバンたちだ。

 

 彼女たちの粗暴な振る舞いと、隠しもしない銃器の威圧感に耐えきれず、元々いた一般の客たちは逃げるように店を後にしていた。

 カウンターの奥では、身の危険を感じた店員が厨房のドアに鍵をかけ、息を潜めて震えている。

 店内に残っているのは、我が物顔で居座るスケバンたちだけ。

 まるで裏社会の構成員のアジトのような、極めて治安の悪い異様な空間が出来上がっていた。

 

 彼女たちは、現在トリニティ学区内で問題になっている、未認可薬物の密輸事件における、末端の運び屋を担うグループの一つだ。

 ここ数日、正義実現委員会が血眼になって追っているその薬物。

 彼女たちは、先日押収した少量を成分分析にかけたのだが、詳細は一切分からず、実験用マウスに投与しても何も変化が見られないため、正体が一切掴めていない。

 そんな明らかにヤバそうな物品の密輸に、彼女たちはアルバイト感覚で加担しているのである。

 

 そして今日も、彼女たちは正実の監視網を掻い潜って、依頼人が指定した場所へとブツを運び込んでいた。

 

 

「とにかく、これで仕事は終わりだな。ったく、手間かけさせやがって」

 

 

 リーダー格のスケバンが、忌々しげに舌打ちをしながら、傍らのアタッシュケースをテーブルの中央へと乱暴に放り投げた。

 ガンッ、と重い音が響く。

 

 

「にしても……あの依頼人の大人は、指定の時間にこの席へブツを置いたら、サッサとズラかれとか言ってたけどよぉ……。な〜んかムカつかね?」

「それな。いくら報酬がいいっつっても、ウチらをただのパシリ扱いとか、ナメてんじゃねーぞって話だわ」

 

 

 取り巻きのスケバンたちが、リーダーに同調して不満を口にする。

 トリニティの外縁部を縄張りとする彼女たちにとって、依頼人に顎で使われている現状は、無駄に高いプライドをひどく傷つけるものだったらしい。

 

 

「なぁ。どうせならこれの中身、ちょっと見てやろうぜ。金目のモンなら、迷惑料としていくらかちょろまかしてやる」

「ヒューッ! さすが姉御、冴えてるねぇ!」

 

 

 囃し立てる取り巻きの声に気分を良くしたリーダー格が、アタッシュケースのロックに手をかけた。

 ガチリ、という金属音と共に、分厚いケースの蓋が開け放たれる。

 

 

「おらよっと……って、なんだこりゃ?」

 

 

 中を覗き込んだスケバンたちの顔から、下品な笑いがスッと消え去った。

 黒いウレタンの緩衝材に厳重に保護されて収まっていたのは、札束でも宝石でもなかった。

 

 数個のガラス製のアンプルと、注射器。

 そして何より彼女たちの目を釘付けにしたのは、アンプルに密閉された液体の異様さだった。

 それは、毒々しいまでに深く、そして脈動するように蒼く発光していたのだ。

 まるで、液体そのものが意思を持って呼吸しているかのような、不気味な輝き。

 

 

「……な、なんだよこれ。光ってんぞ……」

 

 

 一人のスケバンが、引き攣った声で呟く。

 単なる違法な麻薬や脱法ドラッグの類ではない。

 その蒼い輝きを見た瞬間、彼女たちの生存本能が『これ以上関わってはいけない』と強烈な警鐘を鳴らした。

 

 

「おい、姉御……。これ、ヤバい取引なんじゃ……」

「そういや、依頼人の大人もなんか変だったよな。葬式みたいに真っ黒なスーツで、顔色もヤバくて……まるで死神みたいな……」

「アタシら、とんでもねぇヤマに足突っ込んじまったんじゃねーか……? なぁ、もう手ェ引いた方がよくねぇか?」

 

 

 未知の薬物が放つ禍々しい気配に当てられ、先ほどまでの強気はどこへやら、スケバンたちの間に急速に弱気な空気が伝染していく。

 

 

「チッ、ビビってんじゃねぇよ!」

 

 

 リーダー格が虚勢を張って声を荒らげる。

 

 

「イモ引いたんなら、テメェらはとっとと帰りな! その代わり、後でもらえる報酬は全部アタシのモンだからな!」

 

 

 強気に凄んでみせたものの、彼女の額からはツーッと冷や汗が伝い落ちていた。

 ケースを閉めようとする手も、微かに震えている。

 本能的な恐怖を金への執着で無理やりねじ伏せているだけの、薄氷の上のような強がりだった。

 

 ──カランカラン。

 

 その時、店の入り口に取り付けられたアンティーク調のドアベルが、軽やかな音を立てた。

 ビクリと肩を跳ねさせ、スケバンたちの視線が一斉に出入り口へと突き刺さる。

 リーダー格は慌ててアタッシュケースの蓋を閉じ、中身を隠した。

 

 現れたのは、依頼人の大人でも、踏み込んできた正義実現委員会でもなかった。

 

 

「いらっしゃいませ〜☆」

「なんで自分で言ってるんですか……?」

 

 

 桃色の長髪を揺らす純白の制服の少女と、漆黒のシスター服に身を包んだ白銀の長髪の小柄な生徒。

 このむせ返るような暴力の空間にはおよそ似つかわしくない、二人の来訪者だった。

 

 スケバンたちが一斉に殺気立ったガンを飛ばす。

 普通なら、この異様な空気と十数個の銃口を向けられた時点で、悲鳴を上げて逃げ出すだろう。

 しかし、二人は向けられた殺気などまるでそよ風程度にしか感じていないかのように、涼しい顔をして店内へと足を踏み入れた。

 

 

「うっわぁ。なにこのお店? ひっどい客層だねぇ」

 

 

 桃色の髪の少女──聖園ミカが、スケバンたちを眺めながら、心底呆れたように軽口を叩く。

 その傍らで、シスター服の生徒──白鍵リルは、ミカを護衛するかのように半歩下がった位置に控えていた。

 

 自分たちの威圧を完全に無視され、あまつさえ『酷い客層』と見下されたことで、リーダー格のスケバンの額に青筋が浮かんだ。

 ただでさえ得体の知れない薬物のせいで神経が逆立っていたのだ。

 彼女は手にしたアサルトライフルをガチャリと鳴らし、オラつきながら二人へと詰め寄った。

 

 

「あァん!? なんだテメェら! ここは今日、アタシらの貸し切りなんだよ!」

 

 

 どうやら彼女は、リルの見下ろすような小柄な背丈と、ミカのいかにもお嬢様といった風貌を見て、ただの世間知らずの温室育ちだと判断したらしい。

 

 

「優雅なティータイムなら、他所でやんな。トリニティの『お嬢ちゃん方』よぉ!」

 

 

 ドスの効いた声で凄むスケバン。

 その言葉を聞いた瞬間、ミカが『ぷっ』と吹き出した。

 

 

「あはははっ! ねぇ聞いたリルくん!? お嬢ちゃん方だって! リルくん、女の子だと思われてるよ?」

 

 

 腹を抱えて笑い出すミカに対し、リルのアクアマリンの瞳が非常に不服そうに細められる。

 しかしその声は、先ほどの車中で震えていた少年のものとは思えぬほどに凪いでいた。

 

 

「うるっさいですね。任務中くらい真面目に出来ないんですか、ミカ様は」

「あははっ! だって面白いんだもん☆」

 

 

 心底楽しげに笑うミカと、むすっとした顔で苦言を呈するリル。

 しかし、その何気ないやり取りの中に混じった単語に、スケバンたちの動きがピタリと凍りついた。

 

 

「おい、今コイツ……『ミカ様』って……」

「トリニティでピンクの髪で、ミカって……まさか」

 

 

 スケバンたちの顔色が、見る見るうちに土気色に変わっていく。

 トリニティ自治区を根城にする不良であれば、その名前を知らないはずがない。

 トリニティの頂点に君臨する最高機関"ティーパーティー"の一角にして、本気で怒らせれば正義実現委員会よりもタチが悪いとされる、理不尽の権化。

 

 

「ティーパーティーの"聖園ミカ"……ッ!?」

「なんで、こんなとこに雲の上のヤツが……!」

 

 

 パニックに陥ったリーダー格が、血相を変えて叫ぶ。

 

 

「か、構えろ! 全員、銃を構えろッ!!」

 

 

 金属音が店内に連鎖し、十数個の銃口が一斉にミカとリルへと向けられた。

 ボルトハンドルが引かれ、薬室に弾丸が装填される無慈悲な機械音が、空間を塗り潰していく。

 張り詰めた空気が限界まで膨張し、今にも弾け飛びそうな極限の緊張状態。

 

 ──だが。

 

 十三の銃口が集中する嵐の中心にあって、リルの身体からは一滴の汗も流れなかった。

 銃声が鳴り響く前のこの数秒間こそが、戦場において最も濃密な時間だということを、リルは言語化できぬ本能の領域で理解していた。

 

 アクアマリンの瞳が、一切のまばたきを排して店内を走査する。

 カウンターの奥。厨房へ続く扉。窓際のテーブル席。

 トイレ横の死角。天井の配管。床に散乱する食器と椅子。

 それら全ての情報が、コンマ数秒のうちに脳内に焼き付けられ、三次元の戦場マップとして構築されていく。

 

 

「店内はクリアです。一般客、それと従業員の姿も確認できません」

 

 

 リルは淡々と、業務報告のようにミカへと言葉を投げた。

 それを聞いたミカは、ニッコリと満面の笑みを浮かべる。

 

 

「へぇ〜! 私たちが来る前に、わざわざ戦いやすい環境を整えてくれてたなんて! もしかして君たち、実はすっごくいい人たちなのかな? ……それとも、ただおバカさんなだけ?」

 

 

 煽り度100パーセントのミカの言葉に、スケバンたちが怒りで顔を引き攣らせる。

 ミカはそんな彼女たちを小馬鹿にするように一瞥すると、隣に控える小さな護衛の横顔をちらりと盗み見た。

 

 

(もう、大丈夫そうだね)

 

 

 車中であれほど怯えていた瞳には、もう恐怖の色はない。

 代わりに灯っているのは、静かな覚悟と、それを超えた先にある冷たい研ぎ澄まされた何か。

 ミカは確信し、その唇を三日月の形に歪ませた。

 

 

「やっちゃえ、リルくん☆」

「──はい。ミカ様」

 

 

 その言葉が引き金だった。

 

 短く応えたリルのアクアマリンの瞳から、人間としての感情の色彩が、夕陽が水平線に沈むように静かに、そして完全に抜け落ちていく。

 代わりにその奥底で灯ったのは、絶対零度の、機械的な殺意だけがギラギラと燃える、人ならざる光。

 

 冷たく、硬質な金属音が鳴った。

 リルの両腕、その漆黒のシスター服のだぼりとした袖口から、それぞれ一本ずつの鋭利な鋼鉄の刃──銃剣(バイヨネット)が、まるで牙を剥く獣のように展開される。

 磨き上げられた刀身が、蒼白い神秘の燐光を纏い、薄暗い店内に冷たい銀色の線を引いた。

 

 執行官としての初陣。

 嵐の前の静寂が破られ、アンティークな喫茶店は、蹂躙の舞台へと姿を変えた。

 

 

 

 

 

◆   ◇   ◆

 

 

 

 

 

 ボクの両袖から滑り出た二振りの銃剣が、喫茶店の薄暗い照明を反射して冷たい銀光を放つ。

 殺意に満ちた空気が充満する空間で、その原始的すぎる武器の登場は、スケバンたちの目にひどく滑稽なものとして映ったらしい。

 

 

「……は? 剣? いや、銃剣か?」

「おいおい、どこの時代からタイムスリップしてきたんだよ、おチビちゃん! 銃相手に刃物なんかで立ち向かおうってのか!?」

「傑作だね! お嬢様学校に引きこもってると、脳みそまでお花畑になっちまうのかよ!」

 

 

 下品な嘲笑と、侮蔑の言葉が店内に響き渡る。

 だが、彼女たちのその声は、もうボクの脳には『意味のある言語』としては届いていなかった。

 

 ──カチリ。

 

 脳の奥底で、冷たいスイッチが切り替わる。

 網膜に映る景色から色彩が急速に剥落し、世界が冷ややかな青単色に沈んでいく。

 喜怒哀楽──人間としての感情の一切が、絶対零度の冷気によって急速に凍結されていく。

 代わりに脳内を浸食していくのは、『いかに効率的に敵対者を排除するか』という、機械的で合理的な、あの思考ルーチン。

 

 ノートルダムの受難で、ボクから全ての日常を奪い去ったおぞましい『怪物』の思考。

 人格が塗り潰される感覚に、悪寒が走る。

 だが──

 

 

(……大丈夫。今のボクは、あの時のボクじゃない)

 

 

 押し寄せる冷たい殺意の奔流の中で、ボクは歯を食いしばり、理性の楔を打ち込んだ。

 

 あの日から三年。

 ボクはただ部屋の隅で膝を抱えて過ごしていたわけじゃない。

 人目のつかない深夜の廃墟や、トリニティ外縁の森の奥深くで、誰にも知られぬまま、血の滲むような鍛錬を積み重ねてきた。

 

 暗闘の中で銃剣を握り、意図的に意識を戦闘状態へと移行し、感情が死滅していく中で必死に自我を繋ぎ止める訓練。

 膨大すぎる神秘の出力を、相手を殺さないギリギリのラインまで絞り込む、途方もなく繊細な出力調整。

 幾度も幾度も失敗を繰り返し、そのたびに精神をすり減らしながら、理性の手綱を手放さないための制御術を、手探りで身体に叩き込んできたのだ。

 

 

(……あんなにがんばったんだ。きっと大丈夫。今度は絶対に、失敗しない)

 

 

 それに、今のボクにはもう一つ、あの日にはなかったものがある。

 

 ──背後に、ミカ様の気配を感じる。

 温かくて、強くて、少し迷惑で、でも絶対に裏切らないと信じられる、ボクの安全装置。

 万が一、理性の楔が外れて怪物が暴れ出したとしても、彼女が止めてくれる。

 その確信が、凍りついていく思考の底で、小さな焚き火のように理性を照らし続けていた。

 

 ボクは切り替わった無機質な思考の海の中、かろうじて保った理性の光を頼りに、両手の銃剣を静かに握り直した。

 

 状況を俯瞰する。

 視界を覆う蒼い世界の中に、十三の脅威が浮かび上がる。

 全員がアサルトライフルやサブマシンガンで武装。銃口はこちらに集中。

 

 外は人通りの多い市街地。

 店の周囲は、ティーパーティーの先輩方が規制線を張って一般人の立ち入りを制限しているが、場所が場所だけに流れ弾が被害を及ぼす可能性がある。

 

 ならば、最適解は一つだ。

 『敵に一発も撃たせることなく、全員を制圧する』──それだけ。

 

 冷徹なシステムが、瞬時に敵の心理と状況を計算し、一つの戦術を導き出す。

 今の彼女たちが最も恐れ、最も執着し、守りたいと思っているもの。

 それは──報酬に直結する、あのアタッシュケースだ。

 

 ボクは一切の予備動作を排し、右手に握っていた銃剣を投擲した。

 

 空気を両断する鋭い風切り音。

 放たれた銀の閃光が、十三の銃口の間を縫うように飛翔し、テーブルの上に置かれたアタッシュケースの、わずか数ミリ横の天板に、重い音を立てて深々と突き刺さった。

 衝撃で跳ね上がったティーカップが宙を舞い、陶器の破片が散る。

 

 

「なっ……!? アブねぇッ!!」

「ばっ、てめぇ! そのブツに何かあったら報酬がパーになんだろうが!!」

 

 

 狙い通りだ。

 高額な報酬が掛かっているであろう密輸品に危険が及んだことで、スケバンたちは心底慌てふためき、本能的に視線をテーブルへと吸い寄せられた。

 

 その瞬間──十三の銃口が、ボクたちから完全に外れる。

 生まれた隙は、僅かコンマ数秒。

 しかし。

 

 ──ボクにとっては、充分すぎる時間だった。

 

 右手の袖口から新たな銃剣を引き抜くのと、爪先でフローリングの床板を蹴砕くのは、完全に同時。

 踏み込みの衝撃で足元のフローリングが蜘蛛の巣状に罅割れ、その破砕音すら置き去りにして、漆黒のシスター服が一条の影と化す。

 

 

「は……?」

 

 

 最前列にいたスケバンが顔を上げた時には──もう遅かった。

 ボクはすでに彼女の懐、ゼロ距離にまで肉薄していた。

 一瞬前までドアの傍に立っていたはずの小さな影が、瞬きの間に目と鼻の先へ瞬間移動してきたかのような光景。

 彼女が本能的に銃口を向けようとした時には、すでにその眼前に、蒼白い神秘の燐光を纏った刃が到達していた。

 

 ──閃刃。

 

 神秘を纏い、薄く蒼白い輝きを放つ鋼鉄の牙が、弧月を描いて特攻服ごと彼女の胴体を薙ぎ払った。

 ヘイローによる防護があるため、鮮血は舞わない。

 しかし、骨格と神経を一撃で灼く衝撃が、ヘイローの防護を突き抜けてその体内を駆け巡る。

 

 

「ガ──ァ、ッ!?」

 

 

 声にならない悲鳴と共に、最前列のスケバンが白目を剥いてその場に崩れ落ちた。

 膝が砕けるようにして折れ、アサルトライフルが手から零れ落ちる。

 その銃身が床に当たる金属音が鳴るよりも早く、ボクの身体はすでに次の標的へと向けて動き出していた。

 

 

「──Un(アン)

 

 

 感情の消えた声が、静かにカウントを刻んだ。

 

 ようやく事態を把握した別のスケバンが、引き攣った悲鳴を上げながらアサルトライフルの銃口をこちらに向けようとする。

 

 ──遅い。

 ボクは左手の銃剣を投擲した。

 音速を超えて飛翔する銀の矢は、彼女のライフルの機関部を正確に打ち据え、彼女の指ごと銃を弾き飛ばす。

 

 

「いッッッてぇ!! 指が、指があぁ!!」

 

 

 武器を落として蹲る彼女の顔面に、慈悲のかけらもない回し蹴りを振り抜く。

 コンバットブーツの踵が顎先を掠め上げるように抉り、脳が揺さぶられた彼女は声すら出せずに崩れ落ちた。

 

 

「──Duex(ドゥ)

 

 

 休む間もなく、ボクの指先が次々と袖口の暗がりから銃剣を引き抜いていく。

 右手の指の間に四本の銃剣を挟み込み、扇のように広げて構えた。

 蒼白い神秘の燐光が四条の軌跡を引き、薄暗い喫茶店の空間を冷たく切り裂いていく。

 

 

「な、なんなんだよコイツはぁ!!」

「距離を取れ! 近くにいたらやられんぞ!!」

 

 

 後退りしながらサブマシンガンの安全装置を外す四人組──彼女たちの恐怖に歪んだ顔が、ボクの蒼い視界の中で浮かび上がる。

 すでに引き金にかかっている指が震えている。あと零コンマ数秒で、弾丸が吐き出される。

 

 ──させない。

 

 ボクは手首を返した。

 四本の銃剣が、指の間から同時に放たれた。

 手首のスナップが生み出す遠心力と、刃に込められた神秘の推進力が重なり合い、四条の銀光が放射状に拡散する。

 

 音速を突き破る衝撃波と共に、四つの刃は寸分の狂いもなく、四人それぞれのみぞおちへ同時に着弾。

 貫通こそしないものの、大質量のハンマーを叩き込まれたような凄まじい衝撃が、四人の内臓へと伝達する。

 

 

「──が……ッ!」

 

 

 声なき絶叫。

 四人は悲鳴を上げる間もなく同時に後方へと吹き飛ばされ、それぞれが壁やテーブル、椅子に激突して崩れ落ちた。

 壁に亀裂が走り、テーブルが木端微塵に砕け散る音が、連鎖的に店内を震わせた。

 

 

「──Six(スィス)

 

 

 脈拍ひとつ分の静寂。

 そして、ボクは次の標的群へと身体を向ける。

 

 

「ヒィィッ……! ば、バケモノ……!」

 

 

 かつてノートルダムで、ボクの前に立ちはだかったテロリストたちが浮かべたのと同じ、理解不能な怪物を前にした恐怖の表情。

 その言葉が、凍った思考の底を微かに揺らす。

 

 ──バケモノ。

 そうだ。知ってるとも。ボクは怪物だ。

 

 しかし、今のボクの心は、あの時のような虚無には飲まれていなかった。

 

 

(……できてる。ボクは今、理性の力で、怪物を制御できてる)

 

 

 次々と敵を無力化していく中で、ボクの胸の内に、確かな手応えが灯っている。

 思考は冷徹に冷え切っているが、そこには確かに『ボク自身の意思』が、折れずに、消えずに存在していた。

 

 敵を必要以上に痛めつけない。

 店の構造を不必要に破壊しない。

 そして何よりも──外の一般市民に、一発の弾丸も届かせない。

 

 やれている。

 全てを、コントロールできている。

 

 血の滲むような鍛錬は、決して無駄じゃなかった。

 暗闇の中で独り、刃を振り続けた夜は──無駄じゃなかったんだ。

 

 

Sept(セッテ) ──残り、なな」

 

 

 感情の抜け落ちた声で呟きながら、ボクは新たな銃剣を両の袖口から引き抜いた。

 逆手に構え直し、蒼白い燐光の尾を二条引いて、残る敵へと、冷たい銀の牙を突き立てるべく床を蹴った。




主人公の戦闘スタイルは、まぁ言わずもがな某神父様スタイルですね。
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