ティーパーティーに銃剣を添えて   作:Agrissa

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時系列は、おおよそ対策委員会編の第一章あたりを想定しています。


ティーパーティー編
01. 夜明け前のソナタ


 ボクだ。ボクだ。ボクだ。

 全部、ボクがやったんだ。 

 

 脳裏にこびりついて離れないその言葉が、壊れたレコードのように繰り返される。

 

 視界を覆うのは、あの日見た光景。

 瓦礫の山と化した学び舎。

 砕け散ったステンドグラスが、夕陽を浴びて血のように赤く輝いている。

 

 その中心に、ボクは立っていた。

 

 周囲には、数分前まで談笑していたはずの同級生たちが倒れている。

 意識を失ってピクリとも動かない者、うめき声を上げて痛みと流血に耐える者。

 その誰もが、恐怖に染まった瞳でボクを見上げていた。

 

 

「……ひっ、ぁ……」

 

 

 自分の口から漏れたのかどうかも分からない、弱々しい呼吸音。

 ボクは、震えていた。

 怖かった。自分が。まわりが。

 

 だらりと、幽鬼のように力なく垂れさがる、ボクの右手。

 その手が、何かを掴んでいた。

 引き寄せると、それは無骨な鉄塊だった。

 真っ白な回転式拳銃──その銃口からは、火薬の匂いと硝煙が、淡く立ち上っている。

 

 ボクはただ、みんなを守りたかっただけなのに。

 襲ってきた悪い人たちを追い払って、この場所を守りたかっただけなのに。

 

 それなのに、どうして。

 こんなはずじゃなかった。

 こんなつもりじゃなかった。

 

 

「化け物……」

 

 

 誰かの呟きが、静寂を切り裂いた。

 

 

「あっちへ行って……!」

「近寄らないでよ、この怪物!」

 

 

 罵声。悲鳴。拒絶。

 投げつけられた石礫が、爆薬で裂けた頬をかすめる。

 けれど、痛みなんて感じなかった。

 それよりも遥かに鋭く、深く、心が抉られていく感覚だけがあった。

 

 みんなを守るために振るった力が、制御できない奔流となって溢れ出し、すべてを壊してしまったのだという絶望的な事実。

 

 

「ちがう、ボクは……ボクはただ……っ」

 

 

 震える喉から何とか絞り出したその声は、誰の耳にも届かない。

 昏い空の下、漂う硝煙が虚しく宙を舞い、やがて空気に溶けていく。

 

 ──この日ボクは、青春を喪失した。

 

 

 

 

 

◆   ◇   ◆

 

 

 

 

 

 Beep beep beep!

 

 無機質な電子音が、悪夢の底からボク──“白鍵リル”の意識を強引に引き上げる。

 重たい瞼を持ち上げると、そこはいつもの天井。

 硝煙の匂いは消え、代わりにふかふかなベッドの感触と、朝の気配がそこにあった。

 

 

「……んぅ……」

 

 

 枕元のスマートフォンを手探りで掴み、画面も見ずにアラームを止める。

 

 Beep beep be──

 

 

「ふわぁ……またあの夢、かあ……。もういい加減慣れたけど……」

 

 

 あくびを漏らしながら、のろのろと上半身を起こす。

 そして、ニュースサイトでも見ようかと、手にしたスマートフォンの画面を見る。

 するとそこには、あまりにも無慈悲な数字が表示されていた。

 

 7:45。

 

 

「……え?」

 

 

 思考が停止する。

 確か、アラームは7時にセットしたはずだ。

 スヌーズ機能だって、5分おきに設定していたはずなのに。

 

 記憶を辿る。

 そういえば昨日は休日、惰眠を貪るためにアラームの設定を弄った気が……。

 

 

「うわあああぁぁっ!! やっちゃった! 設定戻すの忘れちゃってるぅ!」

 

 

 絶叫とともにベッドから飛び起きる。

 ボクが通うトリニティ総合学園の始業時間は8時00分。

 ここから学園までは、普通に歩いて20分はかかる。

 身支度の時間を考えれば、もはや一刻の猶予もない絶体絶命の状況だ。

 

 

「やばいやばいやばいぃっ!」

 

 

 パジャマ代わりのスウェットを脱ぎ捨て、クローゼットを開け放つ。

 中から漆黒の制服を引っ張り出すと、亜光速の手つきで着替えていく。

 

 袖口やスカートにフリルがあしらわれた、ゴシック調のシスター服。

 かつて所属していた部活の先輩から贈られたものだ。

 そのスカートの下に、動きやすさを重視した黒のキュロットを穿き込む。

 

 鏡の前に立ち歯磨きをしながら、膝まである白銀のロングヘアをブラシで梳かす。

 ト音記号を模したような空色のヘイローが、頭上で淡く明滅する。

 アクアマリンの瞳に映るのは、雪のように白い肌を持つ、華奢で小柄な自分自身の姿。

 

 ──我ながら、いつ見ても男には見えない。

 

 145センチという平均以下の身長も相まって、初対面の相手には十中八九、女の子だと間違えられる。

 もっと身体を鍛えるとかして、男らしさを磨いた方がいいのかもしれない。

 

 長いシスターベールを被り、身支度を整える。

 キッチンから食パンを一枚ひっつかみ、鞄を片手に玄関へと走る。

 

 

「行ってきます!」

 

 

 誰にともなく声を上げ、ドアを開ける。

 マンションの廊下を駆け抜け、階段……など使っている暇はない。

 手すりに手をかけ、そのまま3階から身を躍らせる。

 

 

 ──ふわり。

 

 

 背中の翼が風を捉え、落下速度を殺す。

 漆黒のロングスカートを花のように広げながら、地面に着地した。

 通りかかった犬面のサラリーマンが目を丸くしているが、気にしている余裕はない。

 

 

「間に合えっ!」

 

 

 アスファルトを蹴り、風のように駆け出しながら、手にした食パンを口にくわえて咀嚼する。

 すると、なんだか、びみょうに、すっぱい。

 

 奇妙に思い、走りながらパンを確認すると、所々がよもぎパンのように緑がかっていた。

 なぜ、よもぎ?

 たしか、普通の食パンを買ったはずなのに。

 首をかしげつつ、改めてパンを観察すると、それはよもぎではなくカビだった。

 

 

「かっ、かかかか、カビてんじゃんっ!」

 

 

 立ち止まり、食パンを地面に叩き付ける。

 すると、どこからともなく飛んできたカラスが、それを器用にくわえて飛び去っていった。

 

 

「うぅ……最悪の朝だよ」

 

 

 なんだか今日は、とても良くないことが起こるような気がする。

 あの悪夢を見た日は、大体そうなのだ。

 

 だけど、そんな理由で学園を休むわけにもいかない。

 思わず特大のため息が漏れるも、ボクは再び学園に向けて駆け出した。

 

 

 

 

 

◆   ◇   ◆

 

 

 

 

 

 “トリニティ総合学園”。

 キヴォトスでも有数のミッション系お嬢様学校として知られるこの学園は、広大な敷地内に優雅なゴシック様式の校舎が立ち並んでいる。

 手入れの行き届いた庭園には色とりどりの花が咲き誇り、どこからともなくパイプオルガンの音色が聞こえてくる。

 

 正門をくぐると、登校中の生徒たちの姿が増えてくる。

 白を基調とした制服に身を包み、楽しそうに談笑する彼女たちの姿は、平和そのものだ。

 

 

「ねぇ見て、あの子」

「うわ、来たよ……」

「“ノートルダムの怪物”……」

 

 

 しかし、ボクが通りかかると、その空気は一変する。

 まるで怪物でも見るかのような視線。

 ささやかれる陰口。

 露骨に距離を取り、避けようとする動作。

 

 ──いつものことだ。

 

 ボクは視線を足元に落とし、気づかないふりをして歩を進める。

 中等部の時にボクが起こした『ある事件』。

 あれ以来、ボクは学園内で腫れ物扱いされている。

 危険人物。狂犬。あるいは、人の皮を被った怪物。

 

 どれも否定はしない。

 事実、ボクは多くの同級生を傷つけたのだから。

 その罪は、一生消えることはない。

 

 だから、こうして疎まれるのは当然の報いだ。

 むしろ、まだこの学園に置いてもらえていること自体が、奇跡に近い。

 そんなことを思いながら歩を進めていると──

 

 

「……うん?」

 

 

 ふと、視界の端に違和感を覚えた。

 

 生徒たちの流れに逆らうように、正門付近をうろつく数人の影。

 トリニティの制服ではない。

 派手な刺繍の入ったセーラー服、あるいは特攻服に身を包み、マスクで顔を隠した集団。

 

 ──“スケバン”だ。

 

 他学区からやってきた不良生徒だろうか。

 それとも、トリニティ外縁を根城にするチンピラか。

 いずれにせよ、ロクな連中ではないことは確かだ。

 

 彼女たちは周囲を警戒するようにキョロキョロと見回しながら、何かをヒソヒソと話し合っている。

 その手には、明らかに不審物といった見た目のアタッシュケースが握られていた。

 

 ……怪しい。

 

 直感的にそう思った。

 だが、次の瞬間には、ボクはその思考を打ち消した。

 

 関わってはいけない。

 もし彼女たちが何か悪事を働こうとしているのだとしても、ボクが首を突っ込めば、また事態を悪化させるだけだ。

 見て見ぬふりをしよう。

 そう決めて、視線を逸らし、足早に通り過ぎようとした時だった。

 

 

「──ちょっと! そこのアンタ!」

 

 

 鋭い声が、背中に突き刺さった。

 

 ビクリと肩が跳ねる。

 まさか、スケバンたちに因縁でも吹っかけられたか?

 いや、今の声はもっと近くから──

 

 

「無視すんじゃないわよ! 聞こえてんでしょ、白鍵リル!」

 

 

 振り返ると、そこには桃色のツインテールを揺らす、小柄な少女の姿があった。

 黒い翼に、特徴的な円形のヘイロー。

 そして“正義実現委員会”のアイコンである黒い制服。

 

 “下江コハル”さん。

 トリニティの治安維持組織、正義実現委員会の一年生だ。

 

 

「おはよ、コハルさん」

「おはよ、じゃないわよ! 遅刻ギリギリじゃない!」

 

 

 コハルさんは腰に手を当て、プンプンと怒っている。

 

 

「ちょっと寝坊しちゃって。見逃してくれない?」

「ダメに決まってるでしょ! 私は風紀を取り締まる正義実現委員会なんだから!」

「はいはい。じゃあ、遅刻の切符でも切る?」

「そ、それは……まだチャイム鳴ってないからセーフだけど……」

 

 

 コハルさんは口ごもりながら、じろりとボクを見上げる。

 その瞳には、警戒心と、ほんの少しの好奇心が混じっているように見えた。

 

 

「それより、あんた! また何か企んでるんじゃないでしょうね?」

「企むって……何を?」

「決まってるでしょ! 学園の平和を乱すようなことよ! あんた、要注意人物リストに入ってるんだからね!」

 

 

 ビシッと指を突きつけられる。

 どうやら彼女の中で、ボクは相当な悪党に分類されているらしい。

 まあ、否定する材料もないから別にいいけれど。

 

 

「リスト入りかぁ。それは光栄……なのかな?」

「茶化さないでよ! 私は本気で言ってるんだから!」

「ふぅん? でも残念ながら、今のボクはただの善良な一般生徒だよ。平和を愛し、暴力を憎む、ね」

「嘘ばっかり! 適当なこと言って煙に巻こうったってそうは──」

「そんなことよりコハルさん、寝ぐせ立ってるよ?」

「……え? ほんと?」

 

 

 段々と相手をするのが面倒になってきたボクは、コハルさんの言葉を遮り、彼女の頭頂部を指差す。

 すると途端に様子が変わり、ポーチから取り出した手鏡を凝視しだすコハルさん。

 その隙に、ボクはそっとその場を離れる。

 しかし──

 

 

「ちょっとぉ! 寝ぐせなんてどこにもないじゃない!」

 

 

 すぐに嘘だとバレて、あっさり追いつかれてしまった。

 

 

「ちっ」

「舌打ち!? ……アンタって、ほんっといい性格してるわよね。この間だって──」

「あ、ちょうちょ」

「いい加減聞きなさいよッ! 人の話をッ!」

 

 

 ぶつくさと文句を垂れながら、ボクの隣を当然のように歩き出すコハルさん。

 付いてくるのは百歩譲っていいとしても、隣に並ぶのはやめてほしい。

 小柄な彼女にすら身長で負けているという、できれば直視したくない現実を突きつけられて、ボクの繊細なハートが傷ついてしまう。

 

 そんな不満を抱きつつ、教室へ向かって歩いていると、周囲の生徒たちがざわつきながら、道を譲るようにしてボクたちを避けていく。

 これも、いつものことだ。

 

 

「コハルさん、一体何やらかしたの? 朝からすっごい嫌われっぷりだけど……」

「はあぁっ!? どの口が言ってんの!? どう考えてもあんたが原因でしょ!」

「心当たり、ないんだけどなぁ」

「……ならアレ見なさいよ。あの子、あんたの顔見ただけで泡吹いて倒れたわよ」

 

 

 コハルさんの指先を目で追う。

 するとそこには、まるで浜辺に打ち上げられたカニのように、泡を吹いてひっくり返る生徒の姿があった。

 とても人の顔を見て出てくるようなリアクションではない。

 失礼極まりない話だ。

 

 

「今更だけど……あんたって、どこにいても浮いてるのね」

「ええっ?」

「……なんで足元を見るのよ」

「だって、浮いてるって言うから」

「そういう意味じゃないわよ! バカじゃないの!? ねぇ、バカじゃないの!?」

 

 

 ツインテールをぶんぶんと振り乱し、顔を真っ赤にして怒るコハルさん。

 そのうちファ◯ネルみたいに分離して飛んでいくんじゃなかろうか。

 

 

「ジョークだよ、トリニティジョーク。毎日同じような光景を見せられてるんだもん。そういう気分にもなっちゃうって」

「あのさ……あんたって一体なんなの? 何をしでかしたら、こんな風になっちゃうわけ?」

 

 

 コハルさんが、訝し気な視線をこちらに向けてくる。

 どうやら彼女は、ボクが起こした事件については噂程度のことしか知らないらしい。

 中等部の、しかも分校で起きた事件ということもあり、彼女のように詳細を知らない生徒も一定数存在しているようだ。

 

 

「そっか。コハルさんは知らないんだね」

「えっ?」

「一つだけ忠告しておいてあげる」

「なによ?」

「平穏な学園生活を送りたいなら、あんまりボクには関わらない方がいいよ」

「ど、どういう意味よ……それ」

 

 

 目をぱちぱちさせて、思考が追いついていない様子のコハルさん。

 その反応が少し可笑しくて、思わず口元が緩む。

 

 

「そのままの意味。ところで、いつまでもこんなとこで悠長におしゃべりしてていいの? すぐそばに不良生徒がいるのに」

「こ、これは監視の一環だからいいの! あんたが怪しい動きを見せた時に、すぐ捕まえられるように備えてるんだから!」

 

 

 息巻くコハルさんの姿は、小動物が威嚇しているようで、少し微笑ましくもある。

 ただ、本人はいたって真剣なようで、鼻息荒くこちらを睨んでいる。

 

 

「そうじゃなくて、正門のあたりをスケバンがうろついてるのに、正実のコハルさんはボクに構ってて大丈夫なのかなって」

「…………え?」

「ていうか、不良生徒ってボクのことだと思ったの? やめてよね。頭スカスカなヤンキーなんかと一緒にされちゃたまらないよ。ボクは健康優良不良少年なんだから」

「優良なのか不良なのかどっちなのよそれ……って違う! リル、あんた今なんて言った?」

「頭スカスカ」

「もっと前!」

「スケバン」

「それっ! 正門でうろついてるってホントなの!?」

 

 

 コハルさんの表情が、瞬時に切り変わる。

 瞳の奥に灯る焦燥と、揺るぎない正義感。

 そのまっすぐな輝きが、やけに眩しく感じられる。

 

 少々抜けているところもある彼女だけど、立派な正義実現委員会の一員ということか。

 こういう責任感の強いところは、素直に尊敬できるかもしれない。

 

 

「トリニティ生の集団に紛れてたけど、間違いないと思う。あんな昭和感丸出しのファッションしてるやつ、他にいるわけないし」

「そういうことは、もっと早く言いなさいよっ! ていうか気付いてたんなら、あんたが対処してくれたっていいじゃない!」

「え、ヤだよ」

「なんでよ! 噂が本当なら、あんた結構強いんでしょ!?」

 

 

 声を荒げる彼女に対し、ボクはさらりと肩をすくめてみせる。

 

 

「一身上の都合でね。荒事には首を突っ込まないことにしてるの」

「あ、あんたね……。放っておいたら、他の生徒が危険な目に遭っちゃうかもしれないのよ?」

「その時は、運が無かったということで」

 

 

 その一言で、静かに、しかし確実に空気が変わった。

 ボクの言葉に、彼女はしばし沈黙する。

 その瞳には、淡い期待を裏切られたような、そんな苦い色が浮かんでいる。

 

 

「…………私、行ってくる」

 

 

 ぽつりと呟いたコハルさんは、唇を固く結んだままくるりと踵を返す。

 パタパタと足音が遠ざかっていく。

 振り返ると、彼女の背中は、既に生徒たちの波間へと消えていた。

 

 

「だから、関わらない方がいいって言ったのに」

 

 

 ──ボクの手は、壊すことは出来ても、守ることはできないのだ。

 

 そっと視線を逸らし、金色の陽光に照らされたトリニティの校舎を見上げる。

 その白壁の上に、血と瓦礫で埋め尽くされた『あの日』の光景が、ぼんやりと重なって見えた。




本作の主人公くんですが、所謂男の娘です。
外見だけで、中身はちゃんと男の子してますが。
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