そよぎ先輩はサイコパスを全力で楽しんでいます!   作:オカノヒカル

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◆灯点し頃の解答(3)

 私は考えに集中するために、モブ子さんから視線を外す。そして、ある予測を導き出す。なるほど、そういう状況もありえるのか。

 

「え? ちょっと待って刑事さん」

 

 山城杏が、不安そうな顔で中年刑事を呼び止めた。

 

「あ、そうでしたね。あなたたちはお帰りになってもよろしいですよ。ただ、部室に置いてある荷物を取りに行きたいのでしたら、もう少しお待ちいただけますか? 第二部室棟は、現在立ち入り禁止になっておりますので」

 

 中年刑事はにこやかにそう告げ、そのままモブ子さんを連れて扉の外に出た。いちおう生徒に気を遣って、話を逸らしたのだろう。

 

「なんで、もりっちが?」

 

 山城杏は、納得のいかない顔でわたくしに尋ねる。

 

「わかりませんか? 見つかったんだと思いますよ」

 

 若い刑事が、ここにいる生徒たちのロッカーを調べたのだろう。容疑者として調べられたといってもいい。

 

「何が?」

「血まみれの雨具とナイフが」

 

 現場にそれがなかったのだから、犯人はどこかに隠したと考えるべきだ。ナイフは凶器で、雨具は返り血を制服に付けないためのものだろう。

 

「どこから?」

「モブ子さんのロッカーに決まってるじゃありませんか」

 

 わたくしがそう答えると、山城杏は呆然とした顔になり、力なくこう呟いた。

 

「……やっぱり」

 

 彼女は、モブ子さんが犯人と疑われていることに気付いていたのかもしれない。

 

「10時過ぎに部室の前を通ったのは、やっぱりモブ子さんだったのですか?」

「……」

 

 今さら黙秘しても仕方が無い。というか、わたくしは刑事じゃないのだから。

 

「黙っていたのは、疑いがかからないようにしたかったのかしら?」

「……だって、もりっちはわたしの唯一の友達だし……わたし自身も疑いたくなかったの」

「なるほど、自分が疑われるより友情を取ったのね」

 

 わたくしには縁の無い話だ。

 

「……先輩は冷たいです」

「なにが?」

「コマが殺されているところでも、眉一つ動かさなかった。さらに、あなたを慕う後輩が、容疑者として捕まったのにまったく動揺しない」

「捕まったというのとは違うのでは?」

 

 モブ子さんに逮捕状はまだ出ていないのだから。

 

「そういうことじゃない! もりっちが、あんなことをしでかしたのは先輩のせいなんだから!」

「……」

 

 わたくしは首を傾げる。どうしたら、そういう考えに至るのだろう?

 

「もりっちは、先輩のそのサイコパス的な思考に憧れていたの。だから人殺しなんかしたの」

「わたくしは、人を殺したいと思った事なんてありませんわ。自分が楽しく生きたいのに、犯罪を犯して行動を制限されるなど悪手です。それこそ頭の悪い人間の行いですわ」

「そんなの知らない。もりっちは、ずっと苦しんでいたんだと思う。どうやったら心が鈍感になれるか悩んでいた。いっそ、心なんて無ければいいと思ってたに違いない」

 

 だからサイコパスになりたかった。そう言いたいのだろう。

 

「ずいぶんな決めつけですね」

「違うんですか?」

 

 山城杏が、わたくしを睨み付ける。

 

「わたくしに傾倒しているのなら、他人なんて『殺す価値もない』という結論に達していたと思われますわ。それに、わたくしは動物愛護の精神がありますので、むやみに生き物を殺すことはしません」

「動物愛護って……まさか、先輩は他人を動物としか思ってないの?」

「同じ生き物ではありませんか?」

「やっぱりもりっちは、冷酷な先輩のマネをしようとして、あんなことをしでかしたんだ」

「あなた、人の話を聞いておりました?」

 

 まあ、相談者でも彼女のような感じの子はそれなりにいる。いつものことだ。

 

 というか、酷いのは山城杏、彼女の方だと思う。

 

 モブ子さんが犯人ということで納得して、わたくしのせいにして責め立てる。

 

 たしかにわたくしも、そういう状況もありえるなと、一考した。

 

 けれど、冷静に考えればモブ子さんは、そこまで頭が悪いわけではない。

 

 基本的なスペックならこの子たちより上。そもそも、雨具を自分のロッカーに隠す真似なんてしないわね。

 

 もし、あの子が犯人なら、雨具は別の子のロッカーに押し込む。つまり、なすりつけるのだ。

 

「……となると、真犯人を見つければいいのかしら?」

 

 わたくしは大きくため息をついて、自らの愚かな考えをリセットした。そして、これまでの情報を整理する。

 

 しばらく考え込んで、なんとなく事件の概要が見えてきた気がする。となると、もう少し視野を広げれば、見落としていた情報も見つかるかもしれない。

 

 そもそも、古地目由真を殺害する目的は?

 

 彼女を恨むのは、モブ子さんも山城杏も同じ。

 

 あのグループに怨みがあるのなら、なぜリーダー格の彼女だけ狙われたのか?

 

 そういえば、午前中に相談者が来て電車が止まったと言っていた件。調べてみたら、9時半くらいに踏切事故があって復旧に3時間かかっていた。

 

 ここで、証言に矛盾が出てくるかもしれない人物は3名。

 

 山城杏も中村修司も橋元莉々も、電車が止まった9時半以降に学校に来ている。

 

 しかし、山城杏と中村修司は、徒歩で通学しているので影響は受けない。もし影響があるとしたら橋元莉々だろう。彼女は電車通学だったはず。

 

 とはいえ、親や知り合いに車で送ってもらったということであれば、電車が止まっていたことには影響はしなくなる。

 

 それに橋元莉々は、ライブ配信をしていたという確かな証拠があるのだ。

 

 彼女のアーカイブ動画をさらっと見てみたが、コメントのタイミングと、それにリアルタイムで答えるさまには疑いようはない。

 

 やはり現時点で犯行を行えるのは、工藤明と山城杏とモブ子さんとわたくしになってしまう。

 

 そうなると、工藤明か山城杏が、モブ子さんのロッカーに血まみれの雨具とナイフを入れて、犯人に仕立てたのか?

 

 なんだか、しっくりこない。

 

 工藤は馬鹿そうなので、衝動的に殺したなら雨具なんかを使うはずもないし、そのまま現場から逃げ出すだろう。

 

 自分が疑われる可能性があるのに、隣の部屋に居続ける理由もわからない。モブ子さんに罪をなすりつけたから安心して?

 

 いや、彼はあの部屋からずっと出ていない。

 

 もし、ナイフや雨具を隠すためにロッカーへと行ったのなら、文芸部の前を通るはずだ。山城杏にも気付かれる。そういう意味では、犯人である可能性は低い。

 

 もしくは、証拠の品を隠すなら、山城杏が共犯という可能性もあるだろうか? けれど、彼女の性格から工藤明と組むとは思えない。

 

 では、山城杏が犯人の場合はどうだろう?

 

 動画部の部室に行くには、映研の前を通らなければならない。あの部屋もエアコンは付いていないので、扉は開いたままのはず。

 

 山城杏自身でさえ、扉の前を誰かが通ったことに気付いたのだ。工藤だって気付く可能性はあると思うのが普通だろう。そもそも、ヘッドホンをして映画に集中してたことなど、山城杏は知らないのだから。

 

 モブ子さんのロッカーに、犯行に使った凶器を入れるくらいだ。それくらい計画的なものだったであろう。ゆえに、わざわざ山城杏が映研の前を通るリスクを犯すとも思えない。

 

 そうなると、時間的にもモブ子さんにしか犯行を行えなくなってしまう。

 

 いや、第三者が動画部の窓から侵入し、そして古地目由真を殺害した可能性もあるか?

 

 花壇は、文芸部の窓の外から映研の窓あたりまで続いている。

 

 つまり、動画部以外は、窓から出入りすれば花壇に生い茂ったルリマツリを踏んでしまうことになる。ところが、動画部であれば花壇に邪魔されないので、窓からの侵入は容易だ。

 

 ……少し考えるが、それはないという結論に達する。

 

 窓から侵入すれば、あんな狭い部屋なのだから被害者だって気付くだろうし、不審に思い叫び声をあげるはずだ。

 

 そう、被害者は殺害時に声をあげなかった。

 

 ふいをつかれたのだ。だとすると、顔見知りの犯行というのが常識的に考えられることだろう。

 

 何かが足りない。

 

 わたくしは、もう一度情報を整理する。

 

 それは、事件の当日の出来事ではなく、夏休み前の状況からだ。

 

 わたくしが、モブ子さんと出会ったのは5月くらいだった。

 

 山城杏と古地目由真たちが教室で揉めているのを、他人ごとのように眺めていたあの子。一目で『モブ』が似合うような子だと思った。我ながら酷い感覚だと思う。

 

 けれどその後、あの子は『モブ』から脱却しようとあがいていた。山城杏のスマホの件では、あの子は仮初めの居場所からの離脱を決意する。

 

 部室に連れて帰ってきて『モブ子さん』と名付けたのも、あれが最初だった。まるで、飼い犬に名前を付けるように、わたくしの心もわずかに躍っていた。

 

 それから、携帯ジャマー、映画監督代行、山城杏の公園での事件と、いろいろなことがあった。

 

 さらに古地目由真からも、きな臭い噂が流れてくる。

 

 結局、早紀先輩の情報では、反社との濃厚な繋がりは見られなかった。けれど、確実に周りに悪影響は与えていたことは確かである。

 

 その一人はモブ子さんだ。あの子は、自分が山城杏とは正反対だと卑下している。自分には正義感なんかなくて、過激な防衛システムを持っているだけだと思い込んでいる。

 

 でも、本当は誰よりも『正しくありたい』と願っていた。だからこそ、古地目由真に反発し、反撃すら辞さないと断言したのだ。

 

 モブ子さんの家庭環境は知っている。両親が不仲で、それでずっとあの子は傷ついていた。

 

 わたくしのように『心が鈍感になりたい』と思っていたとしても、おかしくはない。でもそれは買いかぶりすぎだ。

 

 わたくしは、自分で言うのもなんだが頭は良い。けれど心は弱いのだ。常に自分が傷つかないように、自身の思考をも誘導しているだけ。

 

 わたくしは『わたくし自身』という癖の強い機体を、苦労して操縦しているのだけなのだ。

 

 そういう意味では、モブ子さんは、わたくしなんかより心の強い人間なのだろう。自分の欲望を抑えて、物事を客観視することができる。

 

 そんな彼女が殺人など犯すだろうか?

 

 たしかに、状況証拠だけなら彼女が犯人だろう。

 

 他に犯行を行えるような人物はいない。

 

 ならば、やはり確定なのか?

 

 何か、見落としはないか?

 

 そもそも、他人がモブ子さんのロッカーを簡単に開けられるのだろうか?

 

 なぜ、モブ子さんに、罪をなすりつけなければならなかったのか?

 

 順当に考えれば『自分が犯人だと疑われたくないから』だが……そうではない。モブ子さんこそが『殺人を犯してもおかしくない』と思わせたかったのだ。

 

 そうやって、モブ子さんの思考を誘導していた?

 

 考えれば考えるほど、モブ子さんを『サイコパス化させて殺人を犯させた』のは自分ではないかと疑ってしまう。

 

 けれど、わたくしは誰よりもモブ子さんのことを知っている。

 

 誘導? そうか、誘導は失敗している。だから、古地目由真はモブ子さんの制裁を受けなかった。あの子は、専守防衛に徹している。

 

 なるほど、しびれを切らしたのか。だから、直接自分で動いたのか。

 

 わたくしは、ある結論に達する。

 

「……それが殺害動機であれば納得がいく。あの子は緩やかに壊れていったのか」

 

 でも、それだけでは犯行を証明するには乏しすぎた。

 

 引っかかる点は二つほどある。それさえ崩せれば『モブ子さん以外にも犯行が可能』ということを示す証拠にもなるだろう。

 

 あとは、物理的な証拠が残っているかだ。本来なら、わたくしが探す必要などないのだけど、自らが動かなければたぶん、今日中にそれは隠蔽される。

 

「わたくし、ちょっとお花を摘みにいって参りますわ」

 

 保健室にいる皆にそう伝えて部屋を出る。

 

 そう、花という名の証拠を。

 

 




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