そよぎ先輩はサイコパスを全力で楽しんでいます!   作:オカノヒカル

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■私の居場所は夕刻に(1)

 これは、私がそよぎ先輩に出会う前の話だ。

 

 中学時代の私は、特に行きたいと思う高校がなかった。そこで、家から近く、自分の偏差値に合った学校である美南高校を受験し、当然のようにそこに進学することになった。

 

 だから、入学時には中学時代の知り合いもいくらかいた。

 

「守地さん」

 

 入学してまもなく、私は教室で声をかけられる。まだ桜も散りきっていない4月初頭の出来事だ。

 

 声をかけた彼女は、ロングヘアのはっきりした顔立ちの子。古地目《こじめ》由真《ゆま》といったっけ。同じ中学出身だったので、名前は覚えていた。

 

 彼女とは、それほど交流があったわけではない。とはいえ、芸能人並の美少女的な容姿ゆえに、中学ではわりと目立つ子だったと思う。

 

「あなたも、あたしのグループ入らない?」

 

 そんな古地目さんからのお誘いだ。

 

「いいよ」

 

 私はわりと流されるタイプだ。自分というものがない。だから、友達を選ぶなんてどうでも良かった。

 

「あ、あと、あの子も『西中』だったよね」

 

 彼女の隣にいたセンターパート分けの髪型で、やや切れ長の目の女生徒が、クラスの一人の子を指差して古地目さんにそう告げる。

 

 この子は、たしか剣持《けんもち》景香《けいか》という名前だと思う。こちらの子とも交流はそれほどなかったが、中学3年の時に同じクラスだった。

 

 彼女はいつも古地目《こじめ》由真《ゆま》のそばに付いていた金魚の糞……いや、忠犬のような存在だという印象がある。

 

「そうね。クラスに女子だけで4人も『同じ中学出身』がいるなんてラッキーだわ」

「うん、だから誘ってみよ」

 

 剣持景香が指差す先にいるのは、三つ編みのお下げ髪にオンザ眉毛で快活そうな顔立ちの女生徒だ。

 

 古地目由真が派手な美人系の美少女であるなら、それに並び立つような可愛い系の美少女である。

 

 そういえば、中学の時に見かけたことがある顔だった。たしか山城《やましろ》杏《あん》といったっけ。

 

 古地目さんは、彼女にも話しかける。

 

「山城さん。クラスに馴染むまで、あたしらでつるまない?」

 

 振り返った彼女の顔が明るく笑う。

 

「あ……うん、よろしくね」

 

 振り返る前までの彼女の横顔には、不安そうな色が表れていた。私と違って、彼女らの誘いは心強いと思っているのだろう。

 

 高校に入学して、環境も一新されたのだ。少しでも、馴染みのある者と関わりたいだろう。

 

 

 

**

 

 

 放課後、私たちは駅前のカラオケで、他の子が歌う曲をBGM代わりに話に花を咲かせていた。

 

 それは、恋バナも含まれている。

 

「由真《ゆま》ってさ、昔から篠宮くんのこと好きだったんだよねぇ」

 

 剣持さんが古地目さんに、そんな話を振る。

 

「なによぉ、知ってるくせに」

 

 照れたように彼女は答えた。

 

 篠宮くんは同じ中学出身で、しかも今の私たちと同じクラスの男の子だ。

 芸能人の誰かに似ていると言っていたが、私はそういうのに疎いので、あまりピンとこない。

 

「中学の時は、結局仲良くなれなかったでしょ?」

「そうだけど……」

 

 わりと女王様気質の彼女が、恋の話となると途端に可愛く見えてくる。

 

「篠宮君も、わたしたちのグループに誘っちゃおうよ」

「えー!? 無理無理無理!」

「わたし、由真のこと応援するからさ」

 

 剣持さんは、もともと古地目さんの忠実なるしもべ……親友だ。ならば、私も同意すべきなんだろうね。

 

「私も応援するよ」

 

 このグループに所属するなら、それが最適解であろう。

 

「ねぇねぇ、古地目さんって、篠宮くんのどこが好きなの?」

 

 歌い終わった山城杏が、好奇心旺盛な顔で訊いてくる。

 

「んとね……篠宮くん優しいし」

「イケメンだからじゃないの?」

 

 剣持さんが茶化すように言う。

 

「モテモテだもんね」

 

 私はあまり男の子に興味はないから、彼の良さはよくわからない。だから、そんな言葉で濁してごまかした。実際、クラスの子からは、よく話しかけられているのを見る。

 

「大変そうだねぇ」

 

 山城さんが人ごとのように、そう溢す。その時は、大して気にはしていなかった。

 

 ただ、彼女とグループの間には、何かズレのようなものを感じる。

 

 それは日に日に大きくなっていった。

 

 

 

**

 

 

 5月を過ぎると、クラス内のカーストも決定されつつある。

 

 私らのグループは、あれからクラスメイトの女子2名と、篠宮誠二を含む男子2名を取りこんだ。

 

 もちろん、グループの中心は古地目さんである。人数的にもクラス最大になり、見事カースト上位を勝ち取ったのだ。

 

 とはいえ、私にはそんなものに興味はない。安定した自分の居場所は、面倒ごとに巻き込まれないで済むのが目的。その人間関係に、大して価値を感じなかった。

 

「もりっち、今日レイクラウン行かない?」

 

 放課後、コマから声をかけられる。『コマ』というのは古地目由真のことで、彼女の愛称だ。

 

「隣駅の?」

「そう。あたし、そろそろ夏物欲しいんだよね」

 

 レイクラウンとは、隣駅にあるショッピングモールの名称だ。県内どころか、国内最大のモールとも言われている。

 

 そして、いつの間にか私は『もりっち』というあだ名を戴いていた。

 

「いいよ。あと、その『もりっち』って呼ばれ方、あんまりピンとこないんだよね」

「そう? ニックネームなんて、そのうち慣れるよ。あたしのこと『コマ』って呼ぶのも違和感ある?」

「それはないけどさ」

「『ケンケン』も『ヤン』も『カザミィ』も『ハリー』も、わりと気に入ってるって言ってたじゃん。とりま、時間が解決してくれるって」

 

 ちなみに『ケンケン』はコマの中学時代からの親友であり、私の偏見的なフィルターには忠犬のように映る剣持景香のことだ。

 

 『ヤン』は私の次にコマのグループに入った、同じ中学出身の山城《やましろ》杏《あん》のことである。皆には天然系の性格と思われている。

 

 『カザミィ』と『ハリー』はその後から加わった子たちで、それぞれ風海《かざみ》泉乃《いずの》、橋元《はしもと》莉々《りり》という。

 

「『もりっち』じゃなくて、別の候補もあったんだけどね」

「別の候補?」

「苗字の一文字目と、名前の最後の文字を繋げる方式」

「それだと私『モブ』になっちゃうじゃん」

 

 苦笑いをする。

 

 守地《もりち》忍《しのぶ》が私の名前なので、その方式は屈辱的な呼び方になるのだ。

 

「そんな酷いニックネームよりいいでしょ?」

 

 コマも、身内に対してはそこまで酷いことをする人間ではないのだろう。だから、思いとどまってくれたのだ。

 

「まあ、あだ名は本人が決めるもんじゃないから、呼びたいようにすればいいけどさ」

 

 あまりしっくり来ていないのは変わらなかった。別に、そう呼ばれるのが嫌いなわけではなく、なんとなく抱いた違和感だ。

 

 でもそれは『ヤン』こと山城杏と同様に、私自身もグループに対してズレを感じていくことになる。

 

 

 

 **

 

 

 それから何日か経った放課後の教室。グループ内の女子だけで居たときの会話だ。

 

「篠宮くんって、顔だけじゃなくて性格もイケメンだよねぇ」

 

 『ハリー』こと橋元《はしもと》莉々《りり》が、そんな言葉をもらす。

 

 髪型は重めのバングに内巻きボブで、まだ幼さが残る顔立ちが特長。ちょっと気の弱さも見え隠れする危うい子でもある。そのわりには、趣味で動画配信をやっていたりする『承認欲求が高め』のアンバランスさも持っていた。

 

「でしょでしょ」

 

 『コマ』こと古地目さんが嬉しそうに同意する。しかし、次の『ハリー』の言葉で、グループ内の空気が凍り付いた。

 

「私も好きになっちゃうかもね」

 

 『コマ』が篠宮くんのことを好きなのは、女子グループ内では周知の事実であり、不可侵領域でもあるのだ。

 

 『ハリー』は後から入ってきた子なので、コマの事情には疎い。当たり前だが、中学の時から片思いしていたということは知らなかったのだ。

 

「ダメだよ。ハリー」

 

 ケンケンがやんわりと注意する。コマの一番の親友の立場ゆえに、反応は早い。さすが忠犬……親友だ。

 

 さらに『カザミィ』がそれに追随する。

 

「そうだよ。先に好きになったのはコマなんだから」

 

 『カザミィ』は、ベリーショートヘアの子だ。わりとボーイッシュな容姿だが、性格としてはコマたちと変わらないくらい女子女子してる。

 

 それゆえなのだろうか、わりと風見鶏的に空気を読み、コマが醸し出す空気を絶対にかき乱さない性格だった。

 

「あはは……ごめん、そうだよね」

 

 顔を真っ青にしながら、ハリーは失言したことに焦っていた。だから、すぐに身をひいたのだろう。

 

 だが、事態はそれで収拾しなかった。『ヤン』こと山城さんがこう呟いたのだ。

 

「あとから好きになっちゃいけないの?」

 

 さらに空気が張り詰める。

 

「あんた、篠宮くんのこと好きなの?!」

 

 コマが焦った口調でヤンに問う。

 

「ううん、興味ない」

 

 あっけらかんとしたヤンの態度に、皆脱力した。この時、彼女が『天然系』の性格ということで納得したのだろう。

 

 けど、私は知っている。ヤンは正義感が強く、美しくてロマンチックなものが好き。そう、まるで赤毛のアンのような女の子だということを。

 

 だが、それは現代の高校生の事情ではあまり受け入れられない。

 

 私はこの時点で気付いていた。彼女がこのグループとうまくいかないことに。

 

 

 

**

 

 

「ねぇねぇ、これ超エモくない?」

 

 ケンケンがスマホの画面に撮影したものを表示させながら、カザミィに同意を求める。

 

 何か『かわいいもの』や『惹かれるもの』があったら、スマホのカメラを起動して撮影する。そのキモチはわからなくはない。

 

 ケンケンに対抗するように、コマが自分のスマホの画面をカザミィに向ける。

 

「あたしの買ったドーナッツの方が、映《ば》えるんじゃね?」

 

 放課後、ドーナッツ専門店に寄って期間限定の商品をそれぞれ買う。食べる前に、みんなでわいわい言いながら撮影会が始まった。

 

「やっぱデコってからが本番だよ」

「そうそう」

「あ、このアプリいいじゃん」

 

 そのあと、どうやって写真を加工するかの会議だ。

 

 まあ、会議というほど仰々しいわけでもなく、好き勝手にああだこうだと言っているだけ。

 

 会話に中身なんかない。それが楽しいのだろうというのは理解できる。

 

 理解できるけど、イコール自分も楽しめるわけではなかった。

 

 私は自分の居場所を提供してもらう代わりに、彼女たちの娯楽に付き合うだけだ。Win Winじゃないか。

 

 散々騒いで皆が満足する頃には、もう17時を過ぎていた。

 

 店を出ると、外はセピア色。一直線に西へと走る道路の先には、日が沈みかけている。

 鮮やかな血の色を想起させる、朱色に染め上がった空。

 

「――」

 

 なんともいえない感覚。この美しさを独り占めしたい。

 

 思わずスマホを取りだして、夕焼けを画面に収める。そして、シャッターを切るために、ボリュームコントロール用の+ボタンを――。

 

「なんかいい感じだね。ここでみんなで撮ろうよ」

 

 コマのその一言に皆が同意する。

 

「イイネイイネ!」

「オッケー撮ろう撮ろう!」

「うんうん」

 

 美しい夕焼けを遮るように、コマとケンケンとカザミィとハリーが画面に入ってくる。

 

 個人的には、この美しい風景に人物など入れたくなかった。だけど、それを拒んだら私の居場所はなくなるだろう。だから、その感情をデリートする。

 

「ほら、ヤンも来なよ」

 

 コマが笑いながらヤンを誘う。

 

 ヤンは、私の気持ちに気付いたようだ。

 

 遠慮がちにこちらを見て、何か言いかける。でも、彼女に言葉を発させてはダメだ。グループ内に亀裂が走ってしまう。

 

 私は作り笑いだとバレないように、柔らかな表情をヤンに向け「撮るから早く入って」と呼びかけた。

 

 茶番だというのは、わかっている。でも、彼女たちのとって、これは正しい世界の日常だ。それを壊してはいけない。

 

 

 そんな私の努力は次の日、水泡に帰した。

 

 

 

**

 

 

「ヤン。なんであたしの投稿に『いいね』してくれなかったの」

 

 朝、教室に入ろうとすると、そんな声が聞こえてきた。

 

「わたしの感覚では、美しくないって思ったから」

「なにそれ?」

 

 コマが不満げな顔をしていた。たぶん、彼女がいつも自慢している写真系のSNSのことだろう。

 

「どしたの?」

 

 カザミィが話の輪に加わる。

 

「聞いてよぉ。ヤンったら酷いんだよぉ。イイネ押してくれないの」

「あはは。まあ、ヤンは天然だからねぇ。我が道を行くというか」

 

 ヤンの性格を把握しているカザミィは、苦笑しながらそう呟く。

 

「でも、ちょっと言い方があるんじゃない?」

 

 ケンケンがそれに加わる。さすが忠犬、忠実にご主人さまを擁護するか。

 

「そーだよねぇ、あたし傷ついちゃった」

 

 そんな彼女らの姿を私は、教室に入る一歩前で傍観している。今は、あの輪には加わりたくない。

 

「わたしは、自分が感性に従っただけ。強制されてまで、自分に嘘を吐きたくない」

 

 ヤンのその言葉は、余計に空気をピリつかせた。

 

「おいっす!」

「おはよう!」

 

 元気の良い男子の声が、教室内に響く。一瞬で空気が和らいだ。

 

 それは篠宮誠二と中村修司だった。彼らのおかげか、コマはそれまでの感情なんて、どうでも良くなったかのように篠宮くんに笑いかける。

 

「おはよう篠宮くん」

「どうした? おまえら喧嘩でもしたのか?」

 

 彼は、ヤンと他の女の子たちの険悪な状況を見て、そう思ったのかもしれない。

 

「してないよぉ。ちょっと、ヤンに意地悪されちゃっただけで」

 

 そう答えたのはコマ。篠宮くんには、悪者と思われたくないのだろう。ならば、相手を悪者にすればいい。そんな考えが透けて見える。

 

「意地悪?」

「あたしの投稿に、イイネしてくれなかったんだよ」

「くだらねーな。どうでもいいじゃん、そんなこと」

「篠宮くんは、イイネしてくれたじゃない」

「ほとんど条件反射だよ。内容ちゃんと見てないのも多いよ」

 

 篠宮くんに対して、中村くんがツッコミを入れる。

 

「おまえもひでーな」

「だろ? SNSなんて雑でいいんだよ」

 

 中村くんもヤン寄りなのだろうか、優しくこんな質問をする。

 

「ヤンはさ、どうしてコマの投稿に、イイネ押さなかったの?」

「まあ、押し忘れだろ。よくあるよそんなの」

 

 あくまで篠宮くんは、ヤンの肩を持つような付け加えた。この優しさは危険すぎる。

 

「押し忘れたわけじゃないよ。コマの写真を美しいと思わなかっただけ」

 

 ヤンが独善的にそうはっきり答える。すぐさま、コマは猫なで声で反応した。

 

「ほら、ひどいでしょ。ヤンは」

 

 コマはあくまで被害者っぽく、篠宮君にすがろうとする。

 

「感受性なんて、ひとそれぞれなんだからさ。しかたないじゃん。オレは、山城さんの意見は正しいと思うよ」

 

 ダメだ。それは悪手だよ篠宮くん。

 

 誰かを庇うことが、必ずしも『正しい』とは限らない。無責任にも、心の中で言葉にしてしまう。

 

 でも、本当にそう思うなら、あの中に入っていけばいいのに……私は卑怯者だ。

 

『モブは、傍観者でいるのが似合ってますわね』

 

 ふいに耳元に、そんな言葉が聞こえてくる。

 

 とっさに振り返ると、そこにはニンマリと笑った知らない女生徒が立っていた。上履きを見ると、緑のライン。つまり2年生の先輩だ。

 

「……」

 

 相手は見ず知らずの先輩だ。ゆえに私は何も言い返せない。

 

「では、ごきげんよう」

 

 彼女は、何事もなかったかのように去って行った。

 

 それが陰で『サイコパス』と呼ばれる2年の先輩『戦技《そよぎ》彩子《アヤコ》』であることを知ったのは、まだ少し先のことである。

 

 廊下の静けさとは反対に、教室内は騒然としていた。

 

 コマはいつの間にか泣き出していて、カザミィやハリーが彼女を慰めるように両側に立ち、ケンケンがコマの気持ちを代弁するようにヤンに食ってかかっていた。

 

 それを篠宮くんと中村くんが止めている。

 

 もう、この場所に平穏は訪れない。

 

 私も、そろそろ身の置き方を考えなければいけなかった。

 

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