そよぎ先輩はサイコパスを全力で楽しんでいます!   作:オカノヒカル

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■夕間暮の気まぐれ(1)

「ねぇ、杏《あん》。夕焼けって、なんで美しいと感じるのかな?」

 

 休日、山城《やましろ》杏《あん》と遊びに出かけた帰り道。日が沈みそうな西の空をぼんやり眺めながら、私はそう呟く。

 

 今日は6月6日。梅雨の合間の貴重な晴天だった。

 

「美しいと思う心は、間違ってないと思うよ。この時間、この空間はなんか日常から切り離されたように見えるもん。たいていの人は、ぼんやりと横目で眺めるだけじゃない?」

「やっぱ、あんまり意識して見る人はいないよね」

「ほとんどの人は、気付かないだけだよ。この美しさに」

「そっかなぁ」

「もりっちも、わたしも、少数派なんだと思うよ」

 

 何か、意味のある会話なわけではない。お互いに、自分の心のままに語りかける。

 

 この心地良い関係は、コマたちのグループと決別した私が、次に見つけた居場所だ。

 

 杏と私は、お互いにあのグループの被害者であり、違和感を持っていた者同士だからこそ波長が合うのだろう。

 

 もともと同じ『西中』出身で、お互いに美南高に徒歩通学できる範囲という家の近さ。ゆえに、友だち付き合いも気軽にできるというのもあった。

 

 コマたちから離れた私は、山城杏をヤンとは呼ばずに赤毛のアンを意識して杏《アン》と呼ぶことにした。その方が、彼女らしいと思ったからかもしれない。

 

 一瞬強い風が吹き、杏の髪が揺れる。三つ編みにした髪は、夕陽の赤い波長で染め上げられていた。

 

 本当に赤毛のアンのようだと、私は心の中で思う。

 

 彼女は正義感が強く、不正や不公平なことに反抗する。

 

 対する私は、事なかれ主義であった。

 

 争いごとはなるべく避け、もし避けられないようなら、強制的にそれを排除するという過激な本性も持っている。これは、杏の持つ正義感とは違う。

 

 自分という『個』を守るための安全機構だ。だから、正しさなんか意識しない。

 

 ただし、私の心はまだ未完成。不具合も簡単に起きてしまう。

 

 それがどんな悲劇を生むかは、私にはわからない。

 

 

 

**

 

 

「先輩は、なんで夕焼けを撮影するんですか?」

 

 占い研究部に入った私は、そよぎ先輩のその行動を不思議に思う。夕方になると手を止めて夕景を撮影するのだ。

 

「趣味であり、コレクションみたいなものですわ。同じような色合いや風景であっても、まったく同じ写真はありませんからね」

「なるほどコレクターですか。だから、先輩はSNSに投稿とかしないのかぁ。でも、アカウントは持ってますよね? フォロワーに自慢したいとか、ないんですか?」

「フォロワー? わたくしがSNSを使っているのは、情報収集のためよ。早紀先輩のデータベースに頼り切り、というのもよくないですからね」

 

 先輩が、スマホの短文投稿型のSNSアプリを立ち上げて画面を見せる。そこにはアイコンも設定していないシンプルなプロフィール画面に、フォロー1536人という数字が窺える。けして多くはないだろう。それに比べてフォロワーは121人と少ない。

 

「先輩のツイートって、当たり障りのない事ばかりですね。なんか手抜きな感じがします」

 

 そよぎ先輩なのだから、もうちょっと世の中を皮肉った呟きをしていると思ったが、ほとんんどは毒にも薬にもならない呟きや引用だ。

 

「気合いを入れて呟いている暇があるなら、流れてくる情報の分析をするわ。あと、リスト分けも行っているから、この学校の生徒のアカウントは漏れなくフォローしているもの」

「鍵アカとか、どうしてるんですか?」

「そこは同じ趣味とか、そういうことを装って相互フォローにしてもらうわ。情報を得るための偽装に手は抜かないわよ」

「偽装ですか……」

 

 同じ趣味で嬉しいと思ったら、実はただの『のぞき魔』だったというオチ。イヤすぎる……。

 

「実は、あなたのアカウントもフォローしているわ」

「え? いつの間に」

「あなたどころか、あなたの元お仲間だって漏れなくね。しかも裏垢だって、きちんとトレースしているわ。例えばそうね……あなたの知り合いだと、古地目由真と橋元莉々と中村修司かしら」

 

 裏垢は『表に出していない秘密のアカウント』という意味だが、誰にだって知られたくないものはある。裏垢くらいは見逃して欲しいものだが……。

 

「先輩、ストーカーじゃないですか」

「特定の誰かを追うことはないわ。必要があった時に、必要な情報を追うための準備でしかないの」

 

 あれ? 私、なんの話してたんだっけ? 話逸れすぎてない?

 

 そうそう、夕焼けの話だ。

 

「話が戻りますけど、先輩が撮影した夕景に『点数』とか付けるのはなぜですか?」

「点数を付けることで、より印象強く記憶に焼き付けるためよ。それに撮影は『ルーティン』みたいな効果もあるのよ」

「ルーティンですか?」

「撮影の前後でオンオフを分けるというのかしら、昼と夜の境界で気持ちを切り替えるスイッチングみたいな役割ですわ」

「はぁ、なるほど」

 

 と感心したものの。昼と夜で気持ちを切り替えなければならないって、どういう状況なんだ? もしかして、家でのそよぎ先輩は、学校とはまったく違う雰囲気になるのだろうか?

 

 謎が多いのも、先輩らしいところでもある。

 

 

 

**

 

 

 夕暮れ時は逢魔時《おうまがとき》。

 

 大昔は、魔物に遭遇したり、大きな災いを蒙《こうむ》ると信じられていた。だから『魔に出逢う時』と書いて、逢魔時と呼ばれていた。

 

 夕暮れは人の顔が曖昧に見えるから、逢魔時にかけたりするのだろうか?

 

 私がそんな話をしたら、杏がこんな風に返してくる。

 

「夕暮れ時は薄暗くて、人の輪郭は見えても、顔が見えにくくなるのは当然。他人が誰だかわからずに曖昧にみえるから、昔の人は『そこにいるのは誰ですか?』という意味で『誰そ彼』と書いて『たそがれ』と尋ねたって話もあるよ。だから『黄昏《こうこん》と書いて『たそがれ』と呼ばれることになったっていう説」

 

 たしか『誰そ彼』を使った詩があったなぁ。

 

「誰そ彼と われをな問ひそ 九月の露に濡れつつ 君待つわれそ……だっけ?」

 

 意味はたしか「そこに居るのは誰なの? と、私に聞かないでください。九月の露に濡れながらあなたを待っている私のことを」てな感じだったと思う。

 

「万葉集だね」

「でもさ、そこにいることはわかっていても、誰が誰だか判別できない世界って、なんか惹かれない?」

 

 全員がその他大勢。つまりモブでいられる。

 

「そう? わたしは誰が誰だかわかっていないと不安だよ」

「なんで?」

「だって、誰が敵だかわからないじゃない。もりっちは不安じゃないの?」

 

 正しさを拠り所にする、彼女らしい答えだ。

 

「現実世界においては、私は曖昧な方がいい。敵か味方かわからない方がいいし、善意か悪意か伝わらない方がいいな」

「なんで?」

 

 今度は逆に、杏に問われてしまう。

 

「だって、私はモブでいることの気楽さを知ってしまったから。誰かが主役の物語を観ている方がいいもの」

「もりっちの人生だよ。主役じゃん」

 

 杏の不安げな視線が心地悪い。わかりやすく説明するのは、苦手なんだけどなぁ。

 

「杏はマンガとか小説が好きでしょ? でも、その物語の主人公は杏じゃない。それでも楽しめるじゃない?」

「そりゃそうだけど……でも、物語は物語、人生は人生だよ。空想とリアルは分けて考えないの?」

「私にとっては同じかな。自分の居場所、つまり観覧席さえ確保できればそれでいいの。だって、私は凡人だもの。下手に足掻いても主役になれない。誰かの行動に影響は与えても、誰かの心に残るようなことはできない」

 

 そう、だから私はモブなのだ。

 

「じゃあ、なんでもりっちはわたしを助けてくれたの? わたしに関わらなければ今もコマたちといられたでしょ? それこそ彼女たちに守られた『その他大勢』の世界が」

「誰かの物語を観たいって言ったけど、誰でもいいってわけじゃないの。それが杏であり、そよぎ先輩なの」

 

 別に私は、卑屈になっているわけじゃない。これは趣味の問題なのだ。

 

 それに、誰かの物語に心の中で悪態を吐く分には、主役の邪魔をしない。

 

 お約束の行動をして、それで主役がどう動くのかも見てみたい。

 

「もりっち……なんか変だよ」

 

 でも、それが私の今の生き方だ。

 

 

 

**

 

 

「うわ、やられた」

 

 杏と一緒に登校して、昇降口で上履きに履き替えていると、隣にいた彼女が小さく声を上げる。

 

 杏の方を見ると、上履きにラクガキがされていた。古典的ないじめである。

 

「ひどいね」

「コマたちだよ。こういうことするの」

 

 杏も犯人の予想はついているのか。というか、彼女たち以外に、こんなことをするような人物はいないだろう。

 

「まあ、やりそうだよね」

「ムカツク! ほんと子どもっぽいんだからコマは」

「でも証拠はない」

 

 私は冷静にそう告げる。

 

 法律に照らし合わせれば、器物損壊あたりになるのだろうか? とはいえ、これくらいのことでは警察は動かないだろうし、教師に言ったところで相手にされない。

 

 そもそも、コマたちがやったという証拠がないのだから。

 

「そうね」

 

 杏は、諦めたようにため息を吐いた。

 

「事務室でスリッパ借りれるよ」

 

 学校の備品関係で困った時は、職員室ではなく事務室に話を通すのが早い。前にロッカーの暗証番号をど忘れしたさいに、事務の人にマスターキーで開けてもらったこともあった。

 

「うん、そうする」

 

 ここしばらくは、目立つような嫌がらせは行われていなかった。やがてこのイジメは、エスカレートしていくだろう。

 

 これが続くようであれば、何か対策を考えなければならない。

 

 

 

**

 

 

 放課後の部室で、私はそよぎ先輩に杏のことを打ち明ける。

 

「そよぎ先輩、実はちょっと相談があるんですが」

「あら、どうしたのかしら?」

「実は、その……いじめっぽいことをされていまして」

 

 散々迷ったあげく、直球的に相談してしまう。

 

「まあ、どんなことかしら?」

「今はその、上履きにラクガキをされたとか、そんな些細なことなんですけど」

「モブ子さんの上履きは綺麗ですが、すぐ消えるようなラクガキだったんですか?」

 

 ボケではないと思う。先輩らしい事実の確認だろう。

 

「いえ、嫌がらせを受けたのは友達の杏なんですけど」

 

 先輩に何かを伝えるときは、なるべく正確にというのが原則だ。だから、杏がコマたちのグループを抜けた経緯、そして私も抜けて杏の側についたことを説明した。

 

 もちろん、その現場に先輩自身が関わっていたのだから、まるきり無関係でもないだろう。

 

「それは大変でしたわね。けれど、あまり興味はありませんね」

 

 やっぱり……。

 

 ここで『私もいじめられています』と言えば、多少は先輩も相談には乗ってくれるかもしれない。けど、私自身は先輩という『コマたちにトラウマを与えた人物』のおかげで、あからさまな『いじめ』は避けられている。

 

 ゆえに、私にはあまり危害は及ばない。そのことを先輩も知っていた。

 

 だから、杏を助けるためには、ひたすら頭を下げるしかないだろう。

 

「そこをなんとかお願いしますよ。先輩は占い相談室での問題解決を行っているじゃないですか」

「あれは相談室だからですわ。わたくし、スイッチが入らないと犬……いえ、赤の他人の悩み事を考えられないんですわ」

 

 今、犬って……。そういえば先輩は、他人のことを見下しすぎて『犬』としか思っていないという話を聞いたことがあった。

 

 杏のことまで犬扱いするのは、先輩らしすぎて何も言えなくなる。それに対して、怒りが沸いてこないのは不思議な感覚だ。

 

「だったら、相談室に来てもらいますけど、いいですね?」

「それはご勝手にすればよろしいですわ」

 

 

 

**

 

 

「わたし、なんかあの先輩怖いんだよね」

 

 杏が、相談室の件を伝えるとそんな反応を見せる。

 

「そうかなぁ、近くにいるけど無害だよ。言葉使いも丁寧で優しいし」

 

 まあ、あの喋りは高校になってかららしいので、エセお嬢様感が強いけど。

 

「でも、何を考えているかわからなそうで、ちょっと」

 

 私は先輩に相談に乗ってもらおうと、杏を相談室へと誘うのだが、彼女は何かを躊躇して首を縦にふらない。

 

「杏も、先輩のことをサイコパスだと思う?」

「それはわからない。なんというか、感覚的な問題かなぁ。よくあるでしょ、合わない人間ってのはトコトン合わないって」

 

 そよぎ先輩のアンチがいることは知っているし、毛嫌いする理由もわからないでもない。

 

「けど杏は、コマたちみたいな『あんな酷い人間』でも、しばらくは仲良くできたじゃん。会ったこともない、そよぎ先輩を拒否る理由がわからないんだよね」

 

 人間性で言うなら、コマたちよりそよぎ先輩の方がマシだ。いや……『いい人』じゃなくて『○○よりマシ』と思ってしまう時点で、人間的に欠陥があるのは承知の上である。

 

「うん、それはゴメンって謝るしかない。もりっちの大切な先輩なのに、陰口言うみたいになっちゃって」

「いや、それは私は気にしない……というか、先輩もそういうの気にしないから別にいいんだけど」

「怖いっていうのは、たぶん、理解できない正しさを見せられた時、わたしの中の正しさが壊れてしまいそうで怖いのかな」

「大げさだなぁ、先輩は正義なんか振りかざさないし、無駄に他人を攻撃しないって」

「だから怖いのよ」

 

 たぶん、杏と先輩では見えている世界が違う。

 

 杏の世界は理想であって、心が傷つかないような絶対的な盾が存在する。ただし、その盾は真実すらも跳ね返してしまうのが欠点だ。

 

 一方、先輩の世界はリアルで、心を守る盾すらない。だからこそ、心が傷ついても平気なような戦略をとっている。そんなリスクがあるからこそ、真実……いや深淵に触れることができるのだ。

 

 そして、私がどちらに憧れているのかは、考えるまでもない。

 

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