ハロウィンで賑わう渋谷にて。
ゆかりは特にコスプレやイベントに興じることなく、呑気に騒ぐ人々を見渡す。
ここに居たら死ぬぞ。
馬鹿正直にそう言えたなら、どれだけよかったか。
そんな諦めと共にため息を吐き、携帯を開いた。
「……あ、もしもし。配置着きました。
私はどうすりゃ…、は?どうせ嫌がらせに暴れるであろう宿儺を抑えろって…?
全盛期ほどではないとはいえ、半径200メートルの領域展開とかやるようなバケモン相手にソロ攻略ですか…。
ま、天満大自在天神様より生み出された者として、死なない程度に頑張ります」
彼女は道真が現代に生み出した傑作の1人。
飛梅同様、二郎系ラーメンのトッピングもびっくりな量の加護を受けている。
宿儺相手に「勝てない」と断言しないというだけで、現代においては強者に位置する。
彼女はそこらのコーヒーショップで買った、カロリー計算ガン無視で甘さを追求したのかと叫びたくなるカロリー爆弾を啜り、問いかけた。
「…五条悟の封印は止められます?
…あらかじめ知っててもまず無理…か。
まあ、『青春に全てを置いてきたみたいな人』って聞きますからね。
その思い出を利用されるわけですから、そりゃ抗えませんか」
五条悟の時は、美しい青春で止まってる。
それは悪いことではない。
むしろ、五条悟という男の経歴を考えるならば、自然なことである。
だが、今回の作戦において、その思い出が致命的な隙となってしまっていた。
あっさりと獄門疆に封じられる五条悟を夢想し、彼女はふと、声を漏らす。
「あれっ?獄門疆ってヒメちゃんとミコトちゃんに効くんです?
……あー。たしかに、本体が複数な上に隙作ること自体が無理だからやらないんですね」
木を封印しても、精霊が別個の存在としている以上、使う意味がないのか。
そんなことを思っていると、暗闇に紛れるように、ゆっくりと帳が降りるのが見えた。
「……っと、始まりましたね。
渋谷駅の方は誰担当ですっけ?
……なるほどなるほど…。
つまるところ、私とヒメちゃん、ミコトちゃん以外のほぼ全員が地下にいると。
ったく、なーんで私が地上なんだか。
……わかってます、わかってますって。宿儺はインテリインドアに見えた超アウトドア派。
いつだって、新しい挑戦に飢えている。
それに…。どうせ暴れるなら、狭苦しい地下よりも地上の方が気持ちいいですからね」
そう会話を交わし、降りる帳に困惑する人々の間を潜り抜ける。
これから起きる混沌を想像し、ゆかりは頭を掻きむしった。
「…私らは数がないですし、後手に回らざるを得ない、多少の犠牲は覚悟ってのが歯痒いですね」
五条悟現着まで、あと1時間31分。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……うん。…うん。了解した」
「……窓の人はなんて?」
少し後、青山霊園にて。
状況確認に窓の人間が奔走する最中、待機を言い渡された悠仁は、携帯を耳に当て、気だるげな声を吐き出す冥冥に問いかける。
と。冥冥はそれに不思議そうに首を傾げた。
「おや、窓と勘違いしていたのかい?
さっき話していたのは、別口で契約してる客からの電話さ」
「別口…?」
この状況で優先することか?
悠仁が訝しんだ瞳を向けるも、冥冥は臆することなく続ける。
「別口と言っても、飛梅様の縁者さ」
「ヒメちゃんたちの?
五条先生と…あと、乙骨先輩って人以外にいんの?」
「直接的な血のつながりはないけど、飛梅様と同じく、天満大自在天神のご加護を宿すと聞くね」
「てんま……?」
「道真公の神としての名さ。
学業成就のご利益が主だけど、今は信仰が集まりすぎて、なんでもありみたいになってるらしいね」
「ああ…。受験生がひっきりなしに来るから…」
塵も積もれば山となるとはよく言ったものだ。
悠仁が高校受験の際に太宰府天満宮を訪れたことを想起していると、冥冥が「話を戻そう」と続けた。
「飛梅様の縁者は、私のように『黙る条件が明確な人間』のみに接触し、手足として使う。
通称は『声』。
君も以前、そのうちの1人と共に寿司を食べたと聞くよ」
「………ああ!ゆ…んんっ、あの人か」
ゆかりの名前を出そうとしたが、彼女が高専から雲隠れしていることを思い出し、言葉を濁す悠仁。
冥冥はそんな彼の様子に、「だから選ばれたんだろうね」と薄く笑みを浮かべた。
「この業界は君のように純朴というか、真っ直ぐな人間は稀有だ。
必然的に、飛梅様の周りにいるのは強い畏怖か、下心…、とにかく、あまり好ましくない感情を持つ人間のみが集まる。
彼女たちは君や道真公のように、フラットな目で見てくれる存在を好ましく思ってるんだろうね」
「五条先生とかはどう思われてんの?」
「少なくとも、君より強く肩入れしてる…なんてことはないよ。
ただ少し、関わりが多いだけの人間扱いだ。
そこの線引きが不確定すぎて、1000年も扱いに困っているんだけどね」
むやみやたらと暴れないぶん、宿儺よりかはマシだが。
彼女らは道真公が設けた縛りにより、長年かけて人間が手に入れた尊厳を底の底まで理解し、できる限りそれに寄り添っている。
故に、どの時代の術師たちも扱いの難しさに頭を悩ませているのだが、本人たちはそれを知らない。
冥冥は飛梅に対する認識を再確認すると、控えさせた弟…憂憂に向け、「行くよ」と声をかけた。
「いや、まだ調査中じゃ…」
「そろそろ改造人間が出始める。
被害を抑えるために、できる限り戦力を投入してほしい…だと」
改造人間。
その言葉に殺意がみなぎる。
それと同時に、「どうして把握しているのか」という疑問が浮かび、悠仁は顔を歪めながらも冥冥に問うた。
「信じていいんだな?」
「『声』は飛梅様が気に入った者の味方だ。
そのメッセンジャー役の私が、君に対して嘘をつくことはないさ」
「っし…!」
拳を鳴らし、気合いを入れる悠仁。
それを一瞥した冥冥は、獲物を憂憂に持たせたまま、霊園の出口へと足を踏み出した。
『声』…道真公が生み出した推したちで構成された第三勢力。現代社会が機能しなくなるレベルの大事件にのみ動くため、その存在は呪術界でも限られた者しか知らない。
冥冥…皆様ご存知、金の味方。接触してる『声』の人間とはしょっちゅうランチに行く仲。
脳みそ野郎…チャート崩壊の危機を前に、原作よりも改造人間を多めに作り、対応策を考えてる。