「……予想より早いな。
夏油も焦っていたのか、それとも真人の成長が思ったより早かったのか…」
五条悟の封印。
それは東北のクソ田舎に匿われている与幸吉も、端末越しに感知していた。
無為転変を受け、天与呪縛を取り払ったことにより操作範囲は狭まっているが、仲介する装置を挟めば、ある程度は伸ばせる。
ただ、ほとんどの呪力を秘密兵器に注ぎ込んでしまったがために、遠距離だと手のひらサイズの傀儡しか扱えなくなってしまったのは痛手だが。
そんなことを思っていると、隣で宿題をしていた少女が問いかける。
「幸吉さん、本当に京都の皆さんに『死んでませんでしたおっぱっぴー!』しなくていいんですか?」
「……俺は五条悟ほど倒錯してない。
…あとは……、その…、保険に遺した端末に死んだこと前提の情報しか入れてなかったから気まずい」
「草」
表情が動いてないぞ。
そう指摘しようとして、やめる。
今、端末を所持しているのは『声』の1人。
その目立ちたがらない性分から、必然的に五条悟封印の伝達がスムーズにいかない。
だからこそ、早めに内通者の確率が最も低い虎杖悠仁を呼び込んだというのに。
思うがままにならない現状に、幸吉は軽く舌打ちする。
「呪詛師側の情報伝達が早い…!
このままではあいつらの思惑通り…」
「にはならないと思いますけどねぇ」
「……いや、まあ、飛梅様が介入した時点であいつらの理想の結末が来るとは全くもって思えないけども…!
それでも、渋谷の被害がより広まるのは確実だろ…!」
一度は自分勝手な願いで暴走したものの、今は違う。
十二分に恥は晒した。
どう転んでも、自分は最低だ。
ならば、あとは呪術師として、やれることをやるだけ。
幸吉は思考を巡らせ、情報を整理する。
獄門疆は五条悟の情報を瞬時に処理できるほど優れたものではない。
地下五階の人間の生存はまず諦める。
こちらの勝利条件は、五条悟の解放か、飛梅を本気で怒らせること。
相手は飛梅の逆鱗でタップダンスを踊るような真似ばかりする。
煮湯を飲まされたと言っていたわりに一切懲りてないあたり、怒りの波を把握してるのだろう。
が。ここまでの事を起こせば、流石の飛梅も黙ってはいない。
一押しすれば、本気で怒るやもしれない。
しかし。そう推察する幸吉は知らないが、飛梅を怒らせるという案は大きな爆弾となる。
実は過去に一度だけ、飛梅が本気で怒った事例が存在する。
それは数百年前に行われた、五条家と禪院家の御前試合。
無下限と六眼の抱き合わせであった五条家当主と、十種影法術を発現させた禪院家当主。
この2人が争った結果、周囲に甚大な被害をもたらすこととなった。
その被害が、遠く離れた太宰府にも及んでしまったのである。
太宰天満宮の半分が吹き飛んだ。
その被害は飛梅が…いや。『天満大自在天神』が激昂するには十分だった。
当時の五条家当主と禪院家当主は相打ちになったと言われたが、実際には違う。
まとめて殺されたのだ。天神となった菅原道真に。
当時の呪術界はこれを秘匿。
他の三大怨霊も道真同様に祀られている以上、同じようなことが起きかねないと、その地域での大規模な破壊行動を禁じた。
飛梅の怒りは天満大自在天神の怒り。
本気で怒れば確実に、天満大自在天神が地上への不干渉を解いて出張ってくる。
そうなれば最後、どうなるかわからない。
だからこそ、目的を達するまでは彼女たちが本気で怒ることがないであろうプランに踏み切ったのだろう。
彼女らが現代のサブカルチャーに完全に毒されている事など気づかずに。
そこに隙がある。
彼女らはこの時代…、否。今の「呪いの認知が薄れた社会」に強く肩入れしている。
呪いの世を目指す夏油と、呪い無き世を愛する飛梅。
その思想の対立にこそ、勝機はある。
幸吉が気を引き締めていると、少女が口を開いた。
「ヒメちゃんたちを本気で怒らせることをプランに入れてます?」
驚いた。
まさか勘付かれていたとは。
幸吉は軽く目を見開くも、すぐに意識を戻し、言葉を返す。
「飛梅様の抑止力は太宰府のみにしかない。
それが東京でも飛んでくると認知されたら、呪詛師たちを大きく牽制できるだろう?」
「やめといた方がいいですよ。
下手すりゃ、このまま行くよりもはるかに酷い大惨事になります」
「……これ以外にマシな方法があるとでも?」
「そのマシな方法を今やってんでしょうが。
この状況をなんとかしたいって思ってるのは、あなただけじゃないんですよ」
小学生に諭された。
幸吉は気恥ずかしさと情けなさに襲われながら、「すまん」とこぼす。
それに対し、彼女はため息をついた。
「…頑張って、三輪さんに危険が及ばないようにしましょうか」
「………なんでここで三輪の名前を出す?」
「態度が露骨すぎるんで」
「マセガキめ…」
「マセガキでーす」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「やぁ、脳みそ野郎。
高い壁を一つ取り払った気分はどうだ?
ハンターランクが解禁されたばかりの時みたいな気持ちに近いと思うけど」
なんとも俗っぽい例えが、死屍累々と化した渋谷駅地下五階に響く。
夏油…、否。古より生きる呪詛師、羂索はそれを前に、冷や汗を流した。
「意外だね、飛梅。
五条悟に対し、あまり関心がないように見えたけど」
「失敬な。道真公の子というだけで、私にとっては孫みたいなものだよ」
「よく言うよ。横から口出すだけの放任主義のくせして」
「私は過去の遺物でなければならない。
それが道真公の意向だと言うのに…、お前がいつまで経っても生きて、いらんことばっかするから、こうやって現役を続けざるを得ないんだよ」
「じゃあ、引導を渡してあげようか?」
「こっちのセリフだ、亡霊。
そろそろ死ねよ。永遠を生きて何の進歩もない老害が、いつまでもガキみたいな駄々を捏ねるな」
歳でいえば、羂索の方が上。
しかし、存在としての格で言えば、天満大自在天神の眷属たる飛梅は、人の身である羂索をはるかに凌駕する。
爛々と光る目が、縫い目を捉える。
ミコトは足元に沈む獄門疆を気にすることなく、羂索へと歩み寄った。
「さあ、最後の壁を越えてみるといい。
越えられないよう、叩き落とすけどね」
「ああ、越えさせてもらうよ。
そのための作戦なんだから」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「このバッタ、果てしなくアホな上に、要を守る呪霊にしては随分と弱かったのが気になりますね。
……あ、食べます?」
「いや、呪霊だったずんだ餅はちょっと…。
……ん?ちょっ…と、待って?中学、高校と俺らが食べてたずんだ餅って…!?」
「あれは普通に作りましたけど」
「ほっ…。よかっ……や、よくねぇよ!?
どっちでも怖いんだけど!?」
「一緒に住めば嫌でも慣れるのだ」
「目が死んでるよ」
「僕はずん子ほどイカれたずんだジャンキーじゃないのだ」
バッタの呪い…ナレ死。ずんだ餅になる恐怖を味わいながら死んだ。
与幸吉…全員から死んだって思われてるけどガッツリ生きてる。虎杖に渡す端末は幼稚園児くらいの女の子が持ち歩いてる。三輪の泣き顔に死にたくなるほどの罪悪感を覚えた。