「ふぅ…。まあまあ強かったけど…、いい経験にはなったね」
崩れる『あんてなさま』を前に、満足そうに頷く真人。
その姿は既に異形となっており、顔は見えなくなり、腕からは黒の剣が伸びている。
遍殺即霊体。真人は『あんてなさま』との戦いで、二度の黒閃を決めていた。
「あーあ。できれば、虎杖悠仁の前でお披露目したかったんだけどなぁ」
口惜しそうに言うと、真人はそこらの壁を目掛け、軽く剣を振るう。
刹那。轟音と共に、綺麗な裂け目が出来た。
「この気分のまま、虎杖悠仁に会えるかな?」
あの双子には感謝しなければ。
あんてなさまとの戦いがなければ、この形態に至れたのは相当な深傷を負った後だったかもしれない。
双方に決定打がなかったからこそ、黒閃を決めるまで殴打を繰り返すことができた。
願わくば、この状態のまま虎杖悠仁とエンカウントしたいものだが。
そんな事を思いつつ、真人はふらふらとそこらを歩く。
彼が虎杖悠仁と遭遇するまで、あと少し。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「久しぶりだね、氷のガキ」
「飛梅…!!」
帳内のある一角にて。
白い髪を切り揃えた術師…裏梅を前に、ヒメが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
一方の裏梅は忌々しげに彼女を睨め付け、術式に呪力を流し始めた。
「お前が羂索に代わる指示役なんでしょ?
目ん玉四つ男のこと以外はどうでもいいとか思ってるお前のことだ。
常に動き回る仕事をすると思ってた」
「…おい。そのふざけた名前は、宿儺様のことか?」
「他に誰がいるんだよ。
人を喰うだけ喰って、世になんの益ももたらさず、挙句は神に成り損ねた救いようのない莫迦の呼び方なんて、これで十分でしょ」
「貴様…っ!!」
ぱき、と音を立てて、大気の気温が下がる。
氷凝呪法。文字通り、氷を操る術式。
樹木である飛梅からすれば、嫌なことこの上ない術式であるが、今ここにいるのはそこから生まれた精霊。
ヒメは涼しい顔で印を作り、呟いた。
「お前の術式は広範囲で面倒だからね。
だから、いい場所を用意してあげる」
生み出されるのは、結界。
領域展開ほどの高等技術ではない。
ただ単に、太宰府天満宮に近い生得領域を広げ、現世と隔離しただけの空間。
裏梅は領域に術式が付与されていないことに気づくと、こめかみに青筋を浮かべ、叫んだ。
「貴様!どこまで侮れば気が済む!!」
「違うよ。私らは2人揃ってないと、自分と道真公の領域展開が使えないんだ」
弱点の開示。これにより、ヒメの展開した領域の強度が底上げされる。
裏梅はそれに激昂をあらわにし、領域内に氷を走らせた。
「沸点の低さは主人に似てるね。
程度が知れるよ」
「……殺す」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「やぁ、将門公。元気?」
その頃、千代田区に存在する「隔絶された天上」にて。
文官朝服を纏った白髪の男が、目つきの悪い荘厳な男性へと声をかける。
男性はそれを一瞥すると、深いため息をついた。
「元気も何も、とうに死んでるじゃん」
「一応はお互い人間だったわけだし、こういうのも形式上必要かなって。
ほら、お客として来てるわけだし」
「神としての自覚ある?
あまり動かないでよ、ビビるし」
邪険に扱う男…平将門に対し、白髪の男はからからと笑みを浮かべた。
「いやぁ、ははっ。将門公なら私がやらかしても止められるじゃん」
「やだよ、お前の相手めんどくさいし。
無限に術式作ってくるとかバグもいいとこ」
「そっちも同レベルのバグじゃん」
「術式ないやつに負けたけどね」
「あの人、ドラゴンボールの悟空みたいな格闘センスに加えて『黒閃しか出せない』とかいうアホだから…」
「宿儺の器も似たようなもんだよね。
…いや、あれを参考に作ったのかな?」
言って、床…否。地上を見下ろす将門。
その視線の先には、改造人間を前に悔しさを滲ませながら、拳を振るう悠仁がいた。
「100パーそうだよ。去年、彼が太宰府にお参りしに来た時、びっくりしたもん。
『え?あのアホの子孫?』とか思ったもん。
どっちかというと蘆屋の血筋だったみたいだけど」
「えー?でも、遠縁でしょ?」
「うん。もうほぼっほぼ関わりない」
「…それで呪物取り込んでも自我の確立ができるって、すごくね?」
「羂索もすごい頑張ったなぁとは思うんだよ。ほら、モンスターズで対戦用のモンスター作る感じで。
頑張る方向が斜め下向きすぎてるけど」
「いや、頑張りは認めるけどさぁ…。
………なんかキモくね?」
「それはそう」
俗世に染まり切った会話である。
本当に神なのだろうか。
聞いている人間がいれば、間違いなくそう思うであろうやり取りを交わし、互いに茶を顕現する2人。
2人は湯気がたちのぼるそれを啜ると、話を続けた。
「んで、本題入るんだけどさ。
将門公は今回の件、どうすんの?
千代田区って渋谷のお隣じゃん。それなり…いや、デカい影響は出るでしょ?」
「んー…。こっちはシェアハウスみたいなもんじゃん?
勝手やったら叱られそうなのがヤなんだよ。
こうやってだらける空間くれてるだけ、だいぶ良くしてもらってるし」
「いや、流石に東京壊滅とかになったら、お二方も黙ってないでしょ」
「それはそうだけど…、先んじて動いて被害を変に抑えたら、『あまり下と関わるな』って怒られんのが目に見えてんだよね。
基本的に人の世に関わらない神様って変に頑固って言うか、融通利かないじゃん?」
「わかるわー」
休憩室で駄弁る社会人のような姿である。
それでいいのか、日本三大怨霊。
2人は再び茶を啜ると、今度は何処からか現れた羊羹に爪楊枝を突き刺し、口の中に放った。
「道真公はいいよなー。
横から何も言われないしさ?
しかも、信仰があるのをいいことに、好き勝手に干渉してるじゃん。
あの…、『声』って子たち。あれ、趣味?
ファッションセンスの穿りパないよね」
「前世の推し」
「出た!道真公の実りない前世トーク!」
「いや、あるでしょ。こうやって渋谷の被害抑えてんだから」
「それなら飛梅ちゃんだけでよくない?
なんでわざわざ何人も作るのよ?」
「趣味。あの子らがわちゃわちゃして協力してるのが最高に可愛くて」
「趣味に生きるのは別にいいけど、ちょっとは自重しなよ。
崇徳天皇が『性癖の開示』とか言ってたよ」
「恥ずべき性癖はしてないつもりなんだけど」
神の自覚を持て、と言おうとした将門は、呆れとともに言葉を飲み込んだ。
今更言っても聞かないだろうし。
そんな事を思いつつ、将門は「話戻すわ」と言い、口に残った羊羹を飲み込んだ。
「んで、道真公はどうすんの?
飛梅ちゃんは宿儺の器と一緒に、ガッツリ阻止に動いてるみたいだけど」
「ヤバくなったら出張るよ。
だからここに来たんだし」
「おうおう、頑張っておくれ。
あのクソゲー開始を阻止してくれ」
「言われなくてもするよ。
なんの当てつけか知らないけど、太宰府も範囲内みたいだし」
「……いやぁ、ほんっとにロクなことしないよな、あのクソ野郎」
「なー」
藤原秀郷…全攻撃黒閃マン。正確に言うと狙って出してたわけじゃなく、「あらゆる攻撃において黒閃しか出せなかった」だけ。規格外すぎて参考にならないため、黒閃の連発記録は残されてない。肉体スペックは虎杖と同レベル。
平将門…死後、だんだんフランクになったタイプの人。羂索のことは普通に嫌い。生理的に無理らしい。
菅原道真…フットワークの軽い神様。将門が見てもわりとイレギュラーな存在らしい。これで信仰とご利益あるんだから困る。