「楽しそうな話をしておるな!
拙者も交ぜてくれんか!!」
「げっ」
隔絶した天上にて。
突如として来訪した男に、地上の観察に勤しんでいた将門が、露骨に顔を顰める。
道真はそれを見ると、将門に耳打ちした。
「来ちゃったね、秀郷公」
「よく来るんだよ…。『あの死合いは楽しかった!もっかいやろう!』ってさ…」
「やってるの?」
「やらんやらん」
あんな規格外、二度と相手にしたくない。
将門はそんなことを思いつつ、男…藤原秀郷に声を張り上げる。
「何しに来たの?今、めっちゃ大変なことになってんだけど?」
「わかってる!というか、見ていた!!」
「あっ…」
見られたらまずいやつに見られた。
そう悟った道真は天を仰ぎ、将門はがっくりと肩を落とす。
そんな彼らの心境など知らんと言わんばかりに、秀郷はよく響く声で2人に詰め寄った。
「その中に虎杖悠仁がいるだろう!?
アレに拙者の米を食わせたい!!」
「理由は?」
「惚れた!是非とも食わせたい!!」
「いや、あの米って適性ないと食ったら死ぬよね?
体がパァンってなって」
「拙者が惚れたのだ!!
そんな問題、あってないようなものだ!!」
「……飛梅ちゃんといい、押しの強い子に好かれるよね、彼」
こんなイロモノにばかり好かれて迷惑してないだろうか。
そんなことを思いつつ、道真は秀郷に問いかけた。
「食わせるのはいいけどさ、それ今じゃなきゃダメ?」
「ダメだ!!彼はこの死地を切り抜けられるほどの実力はなさそうだからな!!」
「はぁー…。これだから武士は…」
「な?面倒くさいだろ?」
武士兼呪術師は決まって頑固だ。
そこに自分勝手が付け足された時の面倒臭さと来たら、などと自分を棚に上げたことを考えていると。
秀郷の筋がくっきり浮き出た手が、道真の両肩を掴んだ。
「そこで道真公に頼みがある!!」
「もう嫌な予感するけど、言ってみ?」
「飛梅に神託を与えてくれ!!」
黒の火花に最も愛された男が、これからの運命を大きく変える。
そのことを悟った道真と将門は、互いに顔を見合わせ、深いため息をついた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
駆ける。倒す。駆ける。
いつもならものの数分で出れる距離なのに、その繰り返しがもどかしい。
悠仁は呪霊と改造人間の血を払いながら、続く純子に目を向ける。
「ずんだ餅先輩、大丈夫ですか!?」
「できればずん子と呼んで欲しいんですが…、今のところは無傷で済んでますよ。
……虎杖くん、少し右に寄って下さい」
純子の指示に従い、少し体を右に寄らせる。
と。その髪を、赤の一閃が撫でた。
「……避けたか、虎杖悠仁」
暗闇の中から黒と白の法衣を纏う男が姿を現し、忌々しげにこちらを睨む。
鼻の付け根あたりに走る一本の線。
恐らくは、純然たる人間ではないのだろう。
男は線から血液を放ち、凝縮させる。
純子はそれを見た途端、弓を構え、目にも止まらぬ早撃ちを決めた。
射抜かれたのは、凝縮された血液。
ぽんっ、と音を立ててずんだ餅に変わったそれを思いっきり手で潰した男は、その不快感に眉を顰めた。
「……なんだ、これは…?餅…?」
「赤血操術…。加茂家の人…いや。
加茂家に関わりがある何かですね。
見た感じ、呪霊と人間のハイブリッドです」
「呪霊と人間…って…」
脳裏によぎるのは、かつて殺した2人。
見た目こそ呪霊であったが、肉体は確かに人間のものだった。
その関係者なのだろうか。
悠仁がそんな予測を立てる横で、男は手についた餅を落とし、再び血液を広げた。
「女、退け。弟の仇である虎杖悠仁以外に用はない」
「こっちも用はないんですよ。
餅にされたくなかったら退いて下さい」
「嘘だな。お前、俺を餅にできないんだろ?」
「……やっぱバレてますよねー!」
明るい笑顔を見せたのち、真顔になって悠仁に「どうしよ」と漏らす純子。
つまり、相手は特級クラスの実力者。
悠仁はそれに気を引き締め、耳にあてたメカ丸を彼女に投げ渡す。
「わっ…と」
「ずん子先輩、スーツでグラサンの『七海』って人にメカ丸渡して下さい」
「あ、はい。わかりました」
淡白に言い捨て、そのまま階段を駆け上がっていくずん子。
悠仁は「淡白…」と複雑な表情でこぼし、その背を見送った。
「……さ、やろうぜ。殺し合い」
「いいだろう…!
死んで、弟たちに謝れ…!!」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「死後もこうやって呪術師として動くなんて、人生何があるかわかんないね!」
「あら。10年くらい前に終わってるじゃないですか、あなたの人生」
「そうだった!!」
その頃、地上の一角にて。
倒れた老婆の呪詛師に腰掛け、茶を啜る少女に向けて、快活な声が響く。
老婆は顔を上げ、忌々しげに吐き捨てる。
「貴様っ…、狐が受肉した小娘か…!?
どうして自我を保っている…!?」
「溶かしましたわ。残ってるのは術式だけで、魂は残滓すら残ってないかと」
言って、ぴょこぴょこと頭頂部に生えた狐の耳を遊ばせる女性。
「これ隠すの面倒なんですのよね」と辟易していると、老婆が愕然とした様子で声を張り上げた。
「莫迦な…!呪物に宿る意思を溶かし、力のみを抽出するなど、そんな芸当が…」
「現にできてますし。
イタコたるもの、魂の性質についてはよく知っておくべきではありませんか?
……ああ。イタコとして中途半端だからわからないんですか。
あなたの母から『70年ほど前、修行の途中で逃げ出した』とお聞きしましたよ?」
「ぬ、ぐぐぅ…!!」
知られたくない恥まで知られている。
老婆…オガミ婆は憤死しそうな勢いで唸り、既に弱まり切った視力でこちらを見下ろす彼女を見ようと視線を動かす。
しかし、体勢的にそれは叶わず、オガミ婆は力尽き、顔を下に向けた。
と。その視界の隅に、小さなサイズの瓶が転がるのが見える。
「にしても、こんな爆弾を用意してたとは…。
羂索とやらはとことん、場を乱すつもりだったんですのね。
……ま、触媒がなければ降ろせないってのは僥倖でしたわ」
その瓶が、下駄に砕かれる。
床に飛び散る血液を前に、オガミ婆は悔しげに声を上げた。
「ぐぎ、ぎぎぎぃ…!!」
「さーて、あとはあなたの始末ですね。
…が。残念なことに、私は術式の関係で人を殺せないんです。
私が降ろした死者にはこの縛りが適用されないのですが…、彼は少し優しすぎるきらいがありまして。
あまり人殺しをさせたくないんですの」
「ごめんね!僕、そういうの割り切れてない年齢で死んだからさ!」
申し訳なさをかけらも感じさせない声をあげ、サムズアップする少年。
死したものは、その時点で成長を止める。
中には菅原道真や平将門のような例外もいるが、彼はそこに当てはまらない。
即ち、彼女らは今、オガミ婆を殺す気はないということ。
オガミ婆は見えてきた希望に、バレないように笑みを浮かべる。
やりようはいくらでもある。
適当な術師を下ろせば、ある程度は意表を突くことができるだろう。
オガミ婆が術式に呪力を回した、その時だった。
「婆さん。何してんの?」
その顔を、金髪の少女が覗き込んだのは。
「お婆さん、ようやくお母さんにごめんなさいする時が来ましたわよ」
「すっごく怒ってたからね!
覚悟はしといた方がいいよ!」
今、自分は死刑を言い渡されたのか?
子供を叱るような口調で聞かせられたそれに、いまいち実感が持てないでいると。
背に乗っていた女性が立ち上がり、その場から離れる。
少年も女性に続くようにその場を離れ、隣のビルへと飛び移った。
残されたのは、オガミ婆と金髪の少女のみ。
少女はマジマジとオガミ婆を見つめたのち、女性に向けて声を張り上げた。
「あーっと…、イタコさーん!
この婆さん、どのくらい悪いー!?」
「死んだ方が世のためですわー!!」
「……20件以上の殺人歴あり、救いようのないドクズと」
なんて曖昧な線引きだ。
裁判でもここまでざっくりはしてないだろ、と思っていると。
金髪の少女がどこからかギターを取り出し、呪力を漲らせた。
「じゃ、遠慮はいらないね。
派手な葬式やってあげるよ」
彼女がギターを少し鳴らした瞬間。
オガミ婆の体が灰となり、その場に霧散した。
「……まだ前奏すら始まってないんだけど」
結月ゆかりに並ぶ菅原道真の最高傑作…弦巻マキは、どこか残念そうに呟いた。
降霊された少年…改造人間をベースに降ろされた呪術師の霊。出来れば友達に会いたいと思ってるが、持ち場が結構離れてるのでしょんぼりしてる。そのせいで声にいつもより元気がない。でもうるさい。
死んだ方が世のため…隠語。20件以上の殺人及び、どう足掻いても改善できない人間を指す言葉。
弦巻マキ…ゆかりと違い、宿儺ガンメタ性能ではなく「雑に強い存在」として生み出された。父の店が思いっきり死滅回游範囲内なので、メロンパンに対する殺意が高い。オガミ婆の孫もあべこべジジイもきっちり焼き殺した。
藤原秀郷…待ちきれん!早よ虎杖に拙者のおにぎりを食わせろ!
菅原道真&平将門…↑何こいつ。怖っ。