「脳みそ野郎の相手してた途中でごめんね?
この山菜おにぎり、虎杖くんに食べさせてくんない?」
「道真公。私も怒る時は怒るんだよ?」
「ごめんて!!」
問題。好きな人に急ぎで来てと言われて来たら、「気にかけてる子におにぎり食わせろ」と頼まれた時の心情を答えよ。
正解は、「ふざけんなこの野郎皮剥ぐぞ」である。
これでもかと青筋を浮かべるヒメとミコトを前に、素早く土下座をかます菅原道真。
彼の前世で実在した菅原道真ならば違ったのだろうが、ここにいるのは前世からのオタク気質を拗らせに拗らせた呪術師菅原道真。
学問の神としてのプライドなど、とっくの昔にトイレに流していた。
「…で、なにこのおにぎり?」
「藤原秀郷公の米と山菜で作ったおにぎり」
「虎杖くん、爆発四散して死ぬよ?」
「わー」と情けない悲鳴をあげながら爆発する姿がありありと目に浮かぶ。
呆れた2人の視線に弁明するように、道真はなんとか言葉を絞り出した。
「いや、秀郷公は『拙者が惚れたから心配ない』って言ってたし…」
「そう言って大丈夫だった試しある?」
「……何代か前の五条家の子は平気だった」
「その子、六眼だったじゃん。
何百年かに一回のレアケースじゃん」
「秀郷公、悟坊やと同じくらい適当だからね。
私らは正直反対だけど…、道真公はどう見てるの?」
「…羂索が宿儺の器として誂えた子だし、そこまで心配要らないと思うよ。
遠慮なくぐいっと。爆発するって思ったら、巻き戻せばいいし。ね?」
巻き戻すのはこちらなのだが。
それも数秒の巻き戻しなど、どれだけ調整が難しいかわかってるのだろうか。
…いや、わかって言ってる。彼はそういう神だ。
問題をどう解けばいいかわからない生徒に対し、素で「え?公式あるじゃん?楽勝じゃん?」と言ってしまうタイプだ。
ヒメとミコトはなんとも言えない顔で、ラップに包まれたそれを受け取った。
「わかった。…このロスタイムで死滅回游始まっても文句言わないでよ?」
「それに関しては心配ないよ。
手の内が天から丸見えっていつ知るかなー」
「………知っても諦めなさそうなのが嫌なんだよなぁ」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「遊ばれているな…。速度、硬度、威力!
特級の中でも間違いなく上澄み!!」
「私たちで最低レベル。
この場に虎杖くんが居ないのが悔やまれます」
「ンな悠長に話しとる場合ちゃうでしょ!!
逃げに徹してますけど、全然引き剥がせてませんよ!?」
その頃、渋谷にて。
ビル群を切りつけながら迫る真人を背に、東堂、七海、新田新の3人が駆け抜ける。
領域展開を発動されたら負け。
それは向こうもわかっているはずなのに、一向に使うそぶりを見せない。
考えられる可能性としては、あの姿になって領域展開を縛っているのか。
それとも、ただ単に遊んでいるのか。
あの飄々とした態度からはわからないが、確率が高いのは前者だろう。
「ほらほら、いつまで逃げてるつもり?
早く俺を祓えよ、呪術師!!」
「うぉおわぁっ!?
ちょっ、今髪チッて言いましたよ!?ほら、ここチッて!!」
「その程度で騒がないでください。
首を持っていかれなかっただけマシです」
瀕死である伏黒恵を抱えて、いつまでも逃げていられない。
かといって交戦に応じようとしても、あの速度による無為転変で殺されるだけ。
足止めにすらなれない自分を七海が歯痒く思っていると。
がくんっ、と駆けていた足がバランスを崩した。
「っ、足が…」
「逃げるのに必死で、ブレードの変形に気づかなかった?」
真人が言うと共に、手のひらで触れようと七海に迫る。
もはやコレまでか。
走馬灯のように思い描いていた展望が駆け巡る中、覚悟を決めたその時だった。
────七海っ!!
二度と聞けないはずの声が響いたのは。
「………は?」
目の前の光景が信じられない。
真人の手を受け止め、立ちはだかるその背中には、嫌と言うほど見覚えがある。
たまに夢に見た、消えない心の傷。
「呪術師なんて碌なもんじゃない」と思うきっかけとなった友人の背。
七海は震える声で、その名を呼んだ。
「灰原………?」
「久しぶり!!ちょっと老けた!?」
そりゃ老けるだろう。もう20代後半だぞ。
どこか遠い思考でそんな文句を浮かべながら、七海は呆然と真人の体を押さえ込む灰原の姿を見つめる。
「っ、お前っ…、なんで無為転変が…」
「もう死んでるからね!
魂は自分の体みたいなもんさ!!」
このデリカシーのなさ。間違いなく自分と学生時代を共にした灰原である。
七海が湧き上がってくる感情に何を言おうかと迷っていると。
灰原は顎で向こうを差し、口を開いた。
「コイツは止めとくから!
早く、その子を家入先輩に!!」
「灰原…っ」
また置いていくつもりか。
それがどれだけ残酷な選択なのか、わかっているのか。
そう怒鳴ろうとして、やめる。
七海の視線の先には、生前と同じように朗らかな笑みを見せる灰原がいた。
「久しぶりに会えて嬉しかった!!」
願わくば、こんな残酷な形で奇跡を起こしたやつを殴りたかった。
七海は悔しさに歪みそうになる顔を隠し、2人に「行きましょう」と促した。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……時間か。なかなかに楽しめたぞ、結月ゆかり」
その頃、渋谷の一角にて。
反転術式で傷を癒した宿儺がほくそ笑む。
その手は軽く震えており、悠仁の意識の覚醒を予感させた。
ゆかりはそれを前に息を吐き、その場に尻餅をついた。
「こちとらしんどいだけでしたけどね。
もーやだ。もう二度と表出てこないでください。死人のくせに現世で好き勝手しようとか、烏滸がましいにも程があります」
「その生意気な口を閉じることが出来なかったのは残念だ」
「指があと五本残ってるのが腹立ちます。
揃ってたら分断して殺せたのに…」
はぁーっ、とゆかりが息を吐くと共に、悠仁の体から宿儺の紋様が消える。
と。意識の戻った悠仁は、酷く取り乱した様子でゆかりに詰め寄った。
「な、なぁっ…!俺、殺してないよな…?」
「そうさせないために体張ったんですよアホタレ。あー、疲れた…」
「………」
一歩間違えれば、渋谷が終わっていた。
その事実が重くのしかかり、悠仁の足から力が抜ける。
既にゆかりの『仮想世界』は解けている。
まだ形の残るタイルの感触に安堵を覚えるも、即座に溢れる不安が襲い掛かり、悠仁はその場にうずくまった。
「ぉえ゛っ…」
「うっわ汚っ。ちょっと、乙女のすぐそばで吐かないでくださいよ」
「あ、あの、気、遣ってくんない…?」
「誰も殺してないやつをどう気遣えってんですか。
アンタが殺したの、現時点で改造人間とか受肉体とか、そういう人間カテゴリに含まれるかどうか微妙なのくらいでしょうが。
気遣うポイント皆無。あなた何もしてない。だから悪くない。以上」
「そのくらい簡単に割り切れたら楽だったんだろうけどさ…」
あの暴威を思い返して気に病むなと言う方が無理な話である。
思い悩む悠仁を前に、ゆかりはぐしぐしと髪をかきむしり、その背を叩いた。
「やってもないことうじうじと引きずってんじゃないの、見苦しい。
今度焼肉行くんですから、その辛気臭いツラ、大手柄の一つでも取って払拭なさい」
「…ゆかりん、励まし方下手だよな」
「シバき回しますよ」
割り切ることはできない。
自分は死ぬべき人間だ。
悠仁は改めて思い知った事実を飲み込み、その場から立ちあがろうとする。
と、その時だった。
その額に、ぺちっ、と何かが当たったのは。
「あてっ。……おにぎり?なんで?」
額に当たったそれを拾い上げ、首を傾げる悠仁。
どうしてこんなところにラップされたおにぎりが落ちてきたのだろうか。
悠仁が疑問に思っていると、そのラップに付箋が貼ってあることに気づく。
「『虎杖くんへ。すぐに食べて。ヒメちゃんより』…?」
もう少し説明してくれてもいいのではなかろうか。
そんなことを思いつつ、悠仁は付箋の指示通りにラップを剥がす。
ふわっ、と出汁の香りが漂う。
まだほんのりと温かいことから、作ってからそんなに時間は経ってないらしい。
「…吐いたばっかで食う気になんねーけど…」
悠仁は空っぽになった胃の中に押し込むように、おにぎりを頬張った。
瞬間。悠仁の周囲を黒の火花が駆け巡った。
「…蘆屋の血怖っ」
「アイツも大概悪食だったもんねぇ」
???…死滅回游阻止の要。既にスタンバイ済み。天元様も頭が上がらない超お偉い様。最近、スマホゲーに四万課金して爆死した。
七海建人…生存してるけど精神面が地獄すぎる人。こうして彼の呪いは深まっていくのである。
我慢できず駆けつけちゃった灰原…「七海に会えて嬉しい!元気そうでよかった!」と思ってるが、その笑顔が呪いになってることに気づいてない。この後、イタコさんから「あの人鬱にするつもりですか?」と叱られた。
虎杖悠仁…全攻撃黒閃マンのおにぎりを摂取して覚醒。ただ呪力を纏うだけで全身を黒の火花が駆け巡っている。尚、全攻撃黒閃マンの方が強かった模様。