虎杖悠仁は目の前の光景に愕然としていた。
仁王立ちする幼い双子。
それを前に正座し、布で隠した目を伏せる最強の呪術師たる五条悟。
ダラダラと冷や汗をかく悟に、2人の少女が口を開いた。
「悟坊や。現代というぬるま湯でお山の大将気取ってる鼻っ柱はまだ折れてないのかい?
そんなんだから行動の要所要所に詰めの甘さが露呈するんだよ」
「そもそもクソ自己中をその子が抑え込めている現状が奇跡という認識はないのかな?
相手、あのクソ自己中なんだよ?
この子が認識できないような適当な縛りを設けていて、最悪のタイミングで意識入れ替えるとかはあり得ると思う」
「………はい。はい…。すんません…」
大の大人が子供に説教されていた。
実年齢を言えば全くの逆なのだが、側から見れば子供に怒られる大人にしか見えない。
布越しでもわかるほどに視線を右往左往させる悟を逃さぬよう、2人は彼に詰め寄った。
「謝罪を聞きたいんじゃなくて、これからの展望を聞きたいの。どうするつもりなの?」
「まさか行き当たりばったりでなんとかなるとか考えてないよね?
あり得ないとは思うけど、まだ『俺最強だから大丈夫』とか考えてないよね?
学生時代、あんだけ最強の矜持がへし折れる出来事に直面してまだ反省してないの?」
「いや、えっと…。まあ、実際になんとかなりそうっていうか…」
意見を返そうとした悟だったが、「なってないから明確な敵の正体も掴めてないんだろ」とミコトに封殺される。
感情的に捲し立てられるより心に来る。
思わず半泣きになる悟に容赦なく、2人の理詰め説教が放たれた。
「多角的に物を見ろって言ってんの。
お前1人で何とかなってるんなら誰も死んでないんだよ」
「前から言ってるけど浅い考えで動きすぎ。
相手の立場に立つってことができてない。
本当に道真公の血筋なんかって思うくらいには人の上に立つ才能がない。皆無。
前の無下限六眼持ちの方がまだマシ」
「…………はい」
「五条先生がきっちり叱られてる…」
天上天下唯我独尊を地でいく悟も、この2人には頭が上がらないらしい。
世にも珍しい光景に悠仁が言葉を失っていると、その目元の線が裂け、口と目が出た。
「小僧、とっとと帰れ。不愉快だ」
「帰れっつっても…、ここ福岡だぞ?」
「知らん。帰れ」
不機嫌そうに言い放つのは、虎杖悠仁の体に住まう呪いの王…両面宿儺。
距離の問題も無視して帰宅を促す宿儺に、2人の視線が移った。
「おやおやおやぁ?
まーた逃げるのか、クソ自己中」
「呪いの王(笑)ともあろうものがぁ?
まぁさかこーんな梅の精霊如きにぃー?
ビぃビり散らしておられるぅー???」
「ダメじゃないか、ヒメ。
本当のことを言ったらかわいそうだよ」
「殺すぞ貴様ら!!」
その煽りは、両面宿儺の窒素もびっくりな沸点の低さを振り切るには十分すぎた。
呪術師であれば誰しもが恐れる両面宿儺の怒号に、2人は臆することなく煽り散らす。
「指揃ってないんだから殺されんのお前じゃんざーこ」
「ざーこざーこ。
全盛期でも私らに勝てなかったざーこ」
「興味が湧いたから逃してやっただけだ!!
調子に乗るなよ小娘!!」
「逃してやったって割には体半分吹き飛んでめちゃくちゃ動揺してましたよねー?」
「あれあれあれぇ???
寝すぎによる記憶障害かな???」
「殺す!!」
「小学生の口喧嘩かよ」
やりとりはしょうもないことこの上ないが、3人の正体と恐ろしさを知る人間からすれば肝を冷やすどころの騒ぎではない。
片や、己の快、不快のみを指針として傍若無人に振る舞うことを許された程の実力者たる呪いの王。
片や、一途に主人を想うがために、都から太宰府にかけての大地を均した精霊。
どちらもこの上ない厄ネタである。
肝の小さい補佐官…伊地知潔高がこの光景を見たならば、ゴジラとゴジラが向かい合う「世界壊れちゃう!」と叫びたくなる光景を幻視したことだろう。
「ちっ…。もういい。知らん」
今は2人の煽りに勝てないと悟り、拗ねた両面宿儺が悠仁の中へと引っ込んでいく。
その様は口喧嘩に勝てないことを悟ったガキンチョそのものである。
「ガキとの口喧嘩にすら勝てないの恥ずかしくないの?」とヒメが追い打ちをかけるが、宿儺は返事をしない。
大人な対応をしてるのか、それとも相手にするのが嫌なだけか。
なんにせよ、その威厳はかけらも感じられない。
初めて見た宿儺の姿に悠仁が目を丸くしていると、彼女らの視線がいまだにこちらに向いているのに気がついた。
「んでんで、君が噂の器くんね。
たしかお名前が…、虎杖悠仁くん」
「不思議な体をしているねー」
不思議な体である自覚はあるが、今は置いておこう。
悠仁は熱い好奇の視線に晒される中、困り果てた表情を悟に向ける。
「……宿儺と違って、真っ当に人間寄りの神様と話してるみたいな感じする。
どう接していいのかわかんない」
「実際そんなもんだからね。
呪霊のカテゴリにも、式神のカテゴリにも、人間のカテゴリにも分類できない。
唯一わかることといえば、呪霊と違って人間に友好的と言う点だけ。
だから『精霊』と呼んでるんだよ」
「へぇー…」
そもそもの話、呪術界において「純粋な精霊」というカテゴライズは存在しない。
アニミズムからくる後ろめたさより生まれた呪霊は近しい存在として扱われるが、その根幹は呪霊。
他の呪霊と変わることなく、人に仇を為す不倶戴天の敵である。
しかし、彼女らは別。
彼女らには呪霊にはない「正の命」がある。
そもそもの話、彼女らの存在の根幹は菅原道真が飛梅に与えた魂と飛梅そのもの。
つまるところ、彼女らは純粋な呪いとしてではなく、「呪いに近い特性を持った生物」として生きているのである。
呪術師になって日が浅い悠仁には理解できないと判断したのか、悟はその説明を省き、悠仁を観察する2人に声をかけた。
「はいはい、観察はそこまでにして。
ウチの悠仁はどう?」
「どうって…、こいつの品定めをさせるためにわざわざ飛んできたのかい?」
「それしか理由ないっしょー。
野薔薇と恵はもう済ませてんのに、悠仁だけ仲間外れってのもかわいそうだし。
で、どうなの?僕の贔屓目抜きにしても結構な逸材だと思うんだけど」
先ほどまで説教されて半泣きになっていたとは思えないほどに軽薄な笑みを浮かべ、2人に詰め寄る悟。
2人はそれに対し、あっけらかんと口を開いた。
「お前の六眼以外に取り柄がないクッソガバガバな目ん玉で見ても逸材ではあるだろうさ。
呪術的な目的で作られた子なんだから」
「『百点満点のクソ自己中の器』として産み落とされた感あるよね」
「え???」
「は???」
その口からはクラスター弾が投下された。
五条悟…見た目10歳程度の少女に理詰めで説教される現代最強の呪術師。このあと、腹いせに2人の土産として買ってきていた梅ヶ枝餅を1人で全部食べた。
虎杖悠仁…じいちゃんの話きちんと聞いときゃよかったと遅すぎる後悔に苛まれる。出生の秘密に関しては特に気にしてない。