「夏油さん…、いや、頭に縫い目…ってことはお前が…!」
突如として現れた夏油を前に、灰原が驚愕と警戒を露わにする。
なにか、まずい。
自分では間に合わないと判断した悠仁は、ゆかりに向けて叫んだ。
「ゆかりん!!」
「ごめん無理です」
「なんで!?」
「私の術式、パソコン知ってるやつにネタバレしちゃってると無力なんで。
勝てる見込みがなきゃ、宿儺とドンパチやって無傷の私の前に出たりしないでしょうよ」
「その通りだ、宿儺への最適解。
君の術式では私に勝てないよ」
「ぐうの音も出ない事実なので噛みついたりはしませんけど、シンプルにムカつきますねコイツ」
ツラがいいだけあって余計に。
ゆかりがこめかみに青筋を浮かべ吐き捨てるも、夏油…否。羂索は特に気にすることなく真人へと向き直る。
自分が行くしかない。
悠仁が一歩を踏みしめると同時に、ふっ、と全身に走っていた激痛が消える。
「嘘だろ…!?時間切れ…!?」
「藤原秀郷の米の力は15分しかもたない。
ざまあみろ、菅原道真。私が知らないとでも思っていたのか?」
くっくっ、と喉を鳴らす羂索。
だが、それがどうした。
黒の火花を纏わない悠仁が羂索に駆けようとすると、その腕がゆかりに掴まれる。
「ゆかりん、離してくれ!!」
「ダメです」
「でも!!」
「王手をかけたのはこちらです」
その言葉に、羂索と悠仁が弾かれたように視線を空へ向けた。
「ただいま。野暮用済ませてきたよ」
「よーぉ、脳みそ野郎。道真公がお前より低脳みたいなこと言ってたなぁ?
覚悟できてんだろうな、あ゛ぁ???」
絶望とはまさにこのことか。
余裕をかまして出てきた羂索の頭上から、今最も聞きたくない声が聞こえる。
まずい。さっさと済ませなければ。
羂索は即座に術式に呪力を流し、真人に手をかざす。
無論、何もかもをへし折られた真人が抵抗できるわけもなく、彼はあっさりと玉と化した。
「ここに来て詰むわけにはいかないんでね。
前置き抜きで、早めに終わらせるよ」
玉を飲み込み、呪霊を一つにまとめる。
極ノ番「うずまき」。
本来ならば少しは残しておくつもりだったが、飛梅が来た以上出し惜しみできない。
羂索は手持ちの呪霊全てを真人へと集結させ、呪力の塊を作り出した。
「……なるほど、術式の抽出か。
ヒメ、受けられそ?」
「やぁー…、ちょーっちキツイかなぁ。
特級が結構入ってるし」
「悟坊やだったら?」
「無傷っしょ」
「十分」
────魂魄創術・『術式構築』
魂魄創術。菅原道真が有していた、無限に術式を作り出す術式。
ミコトは記憶にある術式を練り上げ、己の体に刻む。
1000年も面倒を見てきた家の相伝だ。
その仕組みは知り尽くしている。
ミコトは中指を親指で押さえると、放たれた「うずまき」に向けた。
「『無下限術式』、虚式『茈』」
ぱぁんっ、と『うずまき』が弾け飛ぶ。
羂索は間一髪のところでソレを避け、焦りを顔に滲ませた。
「おいおい…。それ、アリ?」
「アリだからやってんでしょうが。
悟坊やの方が威力あるけどね」
「六眼ないとキツいかんねー、コレ」
それで虚式まで撃てるのか、化け物め。
羂索はそう吐き捨てようとするも、即座に地面に手を当てる。
既にチェックメイトをかけている。
こんな化け物をまともに相手する気など、さらさらない。
ヒメとミコトが更なる術式を展開しようとすると、その意識を逸らすように、周囲に氷が駆け巡った。
「おっ…と。」
「ひっこめ、化け物。
これ以上私を待たせるな」
「私らが化け物なら、お前らは亡霊だろうが」
氷を防ぎ、ドスの利いた声で威嚇するも、既に遅く。
発動した無為転変が、羂索が長年積み重ねてきたパスを通って駆け巡る。
コレで目的は果たせた。
あとはこれから起きる混沌に刺激を与えるだけ。
羂索が勝ち誇ろうとすると、ふと、違和感に気づく。
「………結界が、作動しない…?
いや、受肉体も…?」
そんな馬鹿な。
確かに仕込みは終わっていたはず。
羂索が困惑していると、2人の少女が笑い声を上げた。
「あはっ、あははっ、ははははっ!!
ばぁーーーーかっ!!道真公は天から全てを見ていると言ったのを忘れてたのか!?」
「ふひっ、は、あはははっ!!
お前の手の内はね、1000年も前からぜーんぶ道真公にバレてて泳がされてたんだよ!!」
「秀郷公ってイレギュラーはあったけど、それも問題なし!
お前が真人を取り込んでも死滅回游っていうクソゲーが起きないよう、徹底的に手を潰させてもらったのさ!!」
「………は???」
何を言ってるんだ、コイツらは。
放心する羂索を前に、ゆかりが指を鳴らす。
と。その足元に見覚えがある呪物が散らばった。
「受肉体から回収しときました。
私、対宿儺用として生まれてきたので、受肉体から魂を引き剥がして呪物化することもできるんですよね。
高専預かりの患者に近づくのは苦労しましたけど」
「は???」
ここ数年の苦労が無に帰した。
羂索があまりのことに思考をぶん投げた、まさにその時。
『崇徳天皇の名をもって、死滅回游の規則を変更する』
荘厳な声が世界に響いたのは。
羂索が目を見開き、ぱくぱくと口を開ける。
が。声はそれを気にすることなく、淡々と台本を読み上げるように告げた。
『規則その1。呪術に目覚めた者は自衛のためか、呪術師として戦う覚悟がない限り、その使用を禁ず。
規則その2。呪術の使用を禁じられた者は、今後一切呪術に関する事象を認識できない。
規則その3。規則2に該当する者は、呪術に関する記憶が消去される。
規則その4。悪意をもって人間を呪殺した場合、その場で殺した本人も死ぬものとする。
規則その5。戦う覚悟を決めた者には、呪術に関する最低限の知識が与えられる』
羂索が定めていたものとは真逆の規則。
声…崇徳天皇が言い終えると、静謐があたりを包み込む。
何もかもが無駄になった。
羂索は奥歯を噛み締め、天へと吠える。
「………お前は何なんだっ!!菅原道真ぇえええええっ!!!」
「神託があったよ。『デケェ声出さなくても聞こえてるよ、羂索。
お前が余計なことばっかすると、こっちが迷惑するんだよ』だって」
「崇徳天皇は『やってるソシャゲの運営が死滅回游の範囲に入ってるのが気に食わんかった』だって」
「そんなっ、そんなふざけた理由で…!!
それでも日本を滅ぼすと宣告した怨霊か!?」
「そりゃ憤死したばっかの頃はバチギレしてただろうけどさ。普通に考えて1000年もキレてるわけないじゃん」
崇徳天皇。自身より下の立場と思う存在を支配し、自由に使役する術式を持つ、三大怨霊の一角。
その術式をもってして、死滅回游の支配者に君臨し、規則を好き勝手に書き換える。
これこそが、菅原道真が打った最善の一手。
『声』を出動させたのも、羂索を焦らせることで悟らせないためであった。
どう足掻いても勝ちはない。
羂索が悔しげに表情を歪めるのを前に、飛梅の冷ややかな視線が飛ぶ。
「さぁーて、と。存分に馬鹿にしたことだし、そろそろ1000年を終わらせようか」
「いい加減にしろよな、1000歳児。
お前の駄々は世界規模の大迷惑なんだよ」
「……目的の一つを果たしたことに変わりはない。私を殺したところで、跡を継ぐ者が…」
羂索が吐き捨てようとした、その時だった。
────獄門疆、封印解除。
羂索と全く同じ声が響いたのは。
懐に入れていた獄門疆が展開し、拘束されていた五条悟の封印が解ける。
羂索、裏梅、悠仁、悟の4人が困惑を露わにする中で、ビルから1人の人影が降りる。
「これでお前が得た物はゼロになったね。
あとは、好き勝手に使ってる私の体を解放してくれたら万々歳なんだけど」
「え!?え!?なんで2人!?」
同じ姿形の人間が、2人。
悠仁が困惑するより先に、羂索が声を漏らす。
「オガミ婆と同じ術式か…!!」
「正解だよ、盗人。私は根っからの日本人だからね。自分の死体はきっちり焼いてもらいたいんだよ」
「は…?傑…!?」
「久しぶり、悟。死後の世界から渋々駆り出されてきたよ。
…このためだけに呼ばれたよね、絶対」
何の戦果もなし。
それどころか、致命的に詰んだ。
これが渋谷事変の末路。羂索の野望は、たった1人のオタクによって崩れ去ったのだ。
「………次だ。次こそは…」
「あると思うか?」
「…………ちくしょう」
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────報告。1000年の時を生きし呪詛師『羂索』の獄門疆による封印を確認。
────総監部に同人との繋がりが発覚。現組織を解体し、天満大自在天神の神託を受けた飛梅様監修のもと、夜蛾正道を中心とした新たな総監部を設立する。
────渋谷事変にて目覚めた呪術師保護のため、窓口を設立。希望する者は年齢問わず呪術高専に入学できるものとする。
────虎杖悠仁の秘匿死刑を撤回。同時に、同人を飛梅直属実働部隊『声』の所属とする。
崇徳天皇…要するにマキマさん。平安時代の皇家出身なので上に立つ存在がいないという点が術式の凶悪さに拍車をかけてる。ソシャゲ課金は二ヶ月に五万までと決めてる。
夏油傑(モノホン)…この後、親友と話してあの世に帰った。学生時代に戻ったみたいで嬉しかったとのこと。体は戻ってきたのできちんと火葬してもらえた。
羂索…脳みそを飛梅が作った体にぶちこみ、獄門疆に投獄。菅原道真パワーでガッチガチに固めたので絶対に開けられない。死なないなら殺さなきゃいいじゃない。
裏梅含む受肉勢…呪物を摘出された。ナレ死ですらない退場。
お兄ちゃん…この後、悠仁に「お兄ちゃんだぞ!」って押しかけた兄を名乗る不審者。元になった人間があの世をエンジョイしてて帰る気がないので、肉体はそのまま。半ば無理やり高専に入学した。
五条悟…無下限術式に関しては飛梅より上手く使える。この作品ではあんまりいいところ見せられてないが、次々回から番外編で懐玉・玉折編なのでそこで活躍する…かも。
菅原道真…メロンパンを封印して一安心。あとは宿儺の処理だけと準備を進めてる。
両面宿儺…悪寒がする。具体的に言うと三大怨霊全員に「次、お前な?」と目をつけられたみたいな悪寒がする。