「……いいのかな、これで」
渋谷事変から数日、太宰府天満宮にて。
神職に扮した悠仁が、竹箒を片手に飛梅に問いかける。
渋谷で起きた呪術テロは、怪しい宗教団体が行ったテロと報道された。
正直、誤魔化し方に無理があるだろと思ったが、そこは秘匿が得意な呪術界。
なんとかその荒唐無稽な内容に現実味を持たせ、渋谷で起きた事件は終わったものとして人の記憶に刻まれた。
復旧にどれだけ予算がかかるかが未知数、と政府の泣き言が連日連夜テレビから聞こえる日々に安堵を覚えるとともに、本当にこれで良いのかと疑問が湧き起こる。
自分は死ぬべき人間だ。
心の底からそう思っている悠仁に向け、飛梅に腰掛けた2人が笑いかける。
「いいんだよ、これで。
というか、これが3番目にマシだった」
「3番目…?」
「1番は何も起きないこと。
私らがあの脳みそを早めに始末できてたらよかったんだけど…。ごめんね」
「2番は秀郷公の介入がなかった場合。
秀郷公の介入がある直前、僕は羂索を追い詰めていたんだ。
僕らは道真公はもちろん、他の神にも逆らえない立場だからね。今すぐ来いって言われたら、たとえ風呂に入ってても行くしかない。
自分の立場がこれほど恨めしいと思ったことはないよ」
あくまで飛梅は天満大自在天神の眷属。
主人である菅原道真はもちろん、他の神々にも逆らうことを許されていない。
自由に生きていると思っていたが、案外そうでもないらしい。
神様の世界も大変なんだな、と思いつつ、悠仁は箒で木の葉を集める。
「…宿儺は対処しなくていいのか?」
「ああ、それは大丈夫。仏界と高天原がブチギレてるから」
「仏界と…、高天原…?」
「仏界は仏様の世界で、高天原は天照様が頂点に座す、神の世界でもトップクラスにやべーのが揃った組織だよ。
崇徳天皇も逆らえないくらいの超お偉いさん」
「なんで怒ってんの?」
「祀られるばっかで全ッッッ然ご利益もたらさないから」
「………え?宿儺って神様なの!?!?」
「どっちかというと仏様かな。
でもまあ、ご利益をもたらさないのに暴れ回るってのは高天原としてもブチギレポイントだしねぇ」
「ほら、飛騨にお寺あるよ」とスマホの画面を見せつけるヒメ。
悠仁はそれを見て、「マジかコイツ」と言いたげな目を目元の裂けた部分に向けた。
「その、こういうのもなんだけど、大丈夫なのか?そんな神様たち怒らせて…」
「大丈夫なわけないでしょ。
天変地異起きてないだけ、まだ我慢してくれてる方だよ」
「僕らがやった虐殺行進が可愛く見えてくるレベルのことを遊び感覚でやるって言ったら、ヤバさ伝わる?」
「なにそれ。ヤバっ」
悪寒の原因はそれか。
宿儺は生得領域の中で冷や汗を流し、思考を巡らせる。
このまま大人しくするべきか。
いや。しかしながら、この溢れ出る欲望を抑えることなどできるわけもない。
それに、まだ楽しめそうなのが2人も残ってるのだ。
それをしゃぶり尽くすまでは、神の世界になんぞ行ってたまるか。
宿儺は葛藤の末、打破する手立てが見つかるまでの沈黙を選んだ。
問題は、その手立てがこの世に一切ないことだが。
「ご利益ってなんなの?」
「仏教徒の守護だね。救世観音の化身って信仰もあるし、飛騨だとヒーローとして持て囃されてるね」
「飛騨ってどこ?」
「岐阜」
「へぇー…。岐阜には変な奴もいたんだなぁ」
「どういう意味だ小僧」
「いや、お前を仏様として信仰するとか頭おかしいって」
ここが生得領域なら叩き切っていた。
宿儺が不愉快そうに瞳を歪めていると、ヒメがからからと笑い声を上げた。
「こいつ、日本書紀にも載る程度には悪さもしてるけど、同時にヒーローとして信仰されるくらいには人助けもしてたんだけどねぇ」
「…………えマジ?」
「結果として、だけどね。
コイツからすれば、邪魔者を追い払ったらなんか信仰されたくらいにしか思ってないよ」
「へぇー…。日本史のテストに出たりする?」
「ない。100パー。ない。ググってようやく知れるレベルのクソマイナー神話だもん」
「殺すぞ!!」
「あ?お前いいの?そんな口利いて?
仏界からお偉いさん呼んでこようかなー?」
「…………チッ」
ここまで大人しくなるとは。
仏様というのはどれほどに恐ろしいのだろうか、と思っていると、ふっ、と風が吹く。
悠仁がそちらを見ると、見慣れた白髪と黒の目隠しが目に入った。
「や、悠仁。世話役、頑張ってるかい?」
「五条先生、そこ掃いたばっかなんだけど…」
「んぁ?あー、ごめんごめん。
ちょっと、ミコトとヒメに話があってさ」
「んぉー?なんだー?」
「もうご隠居させてくれよー。
私らは1000年にわたる大仕事を終えてお疲れの身なんだぞー」
「そうしたいんだけどねぇ…。
飛梅様の手も借りたいくらい、こっちとしてもてんてこまいなんだ」
呪術界は変わった。
飛梅がこれまで積極的に介入してこなかったのは、羂索が常に裏側に存在していたからである。
それが無くなった今、腐り切った呪術界を飛梅が見過ごさないわけもなく。
結果として、彼女らによる急激な変革によるしわよせが、一新された上層部へと襲いかかったのだ。
情けない声をあげる悟に、ヒメとミコトは笑い声を上げる。
「その苦労は君が求めていたものだろう?
いつまでもこんなお婆ちゃんに尻を拭いてもらってるんじゃないよ、悟坊や」
「1000年の因縁が消えた今、私たちはもう過去の遺物だ。
これからを作る礎はプレゼントしてやった。あとは君たちでなんとかするんだね」
「……かっこいいこと言ってるけど、要は仕事したくないんじゃない?」
「そうとも言う」
「………せめて人不足くらいはなんとかしてくんない?
教師1人に対して生徒数多すぎて、手ェ回んないんだけど」
渋谷事変以来、呪術師を志望する人間が増えた。
特に悟が受け持つ一年は、現役高校生から弁護士のおっさんまで、幅広い年齢層が満遍なく集まっている。
それすなわち、呪術高専の人材不足が浮き彫りになってくるわけで。
悟は人不足による多忙さのあまり、すっかりやつれてしまったのである。
悠仁がそれに同情を向けていると、2人が飛梅から降りてくる。
「んじゃ、羂索が溜め込んでた過去の術師を教師として転用しようか。
縛りでガチガチに固めとくから、ある程度は良くなると思うよ」
「価値観の違いとかで腹は立つだろうけど、そこは我慢してねー。
叩き直すもよし、懐柔するもよし。好きに調教しといてよー」
「助かるぅ…」
悟は深いため息を吐き、天を仰ぎ見た。
「……これからどうなってくんだろうね」
「確実に呪いは廃れていくよ。
道真公のような埒外はもう金輪際現れないし、六眼も君で最後だろうね。
いつしか遠い未来、呪いで人が死ぬことのない世界がやってくるさ。
…少なくとも、君たちはそれまで生きてはいないだろうけど」
「…じゃ、それまで最強として頑張りますかぁー。ありがとね、婆ちゃん」
言って、悟の姿が消える。
掃いたばかりの木の葉が舞い散る中、悠仁はなんとも言えない表情を浮かべた。
「…………掃き直しじゃん」
「がんば。みっふぃー行ってくるけど、何か欲しい?」
「どらやき…」
菅原道真…コイツから全てが始まった。呪術の世界をオタクパワーでハッピーエンドに導いたMVP。
虎杖悠仁…太宰府天満宮に飛梅の世話役として暮らしてる。トイレが最新式で驚いた。たまに高専に戻って、伏黒たちと寿司を食いに行ってる。
両面宿儺…下手に動けなくなった呪いの王。「お前、仏の仕事ほっぽり出して千年もなにやってたの?」と仏界全てを敵に回した。飛騨にご当地キャラがいる(マジ)
飛梅…両面宿儺のストッパー。これからの世界は任せたぞ、若人!私たちはみんなでスイーツ巡り行ってくるからー!!
これで本編は終了です。番外編をちょくちょく出してくつもりなので、これからも読んでいただけると幸いです。