五条悟が青い春の末に理解したこと
「婆ちゃーん。『トバリ』のやつ、どこか知らない?」
「ふんっ!!」
「あぶっ!?」
十二月前。
それなりに呪術界が変化に慣れてきた今日この頃、太宰府天満宮の下で最強が顔面にドロップキックを受ける。
ヒメは地面に転がる悟に向け、こめかみに青筋を浮かべながら叫んだ。
「テメェーーーっ!!私が取っといたカノザのケーキ食ったろ!?
あれ取り寄せんのにいくら使ったと思ってんだゴラァアアア!!!」
「お、美味しかったです…」
「感想聞いてねぇんだよボケッ!!死ね!!」
「おぶっ」
最強、小学生にケツを蹴られる。
呪術界に激震が走るニュースだろうなぁ、と思いつつ、悠仁は怒り狂うヒメを抑える。
菅原道真の縁者がスイーツに懸ける情熱はなんなのだろうか。
学問の神も特別、甘いものが好きだったりしたのだろうか。
そんなしょうもないことを考えていると、寝巻き姿のミコトが姿を現した。
「くぁ…。うるさいよ、ヒメ…。
まだ数切れは余ってるじゃないか…」
「私は丸々食うつもりだったんだよ!!
おらっ、買ってこい!今すぐ出雲行って買ってこい、こンのクソボーズ!!」
「わ、わかった、買う!買うから!
買うからまずはこっちの話聞いて!!」
げしっ、げしっ、と蹴りをかますヒメに、無下限で抵抗する悟。
だがしかし、悲しきかな。
彼女らは無下限を突破する術式をも有しているため、まるで意味がなかった。
結局。12分にわたる蹴りを浴びせられた悟は、その黒い装束に靴跡を付けながら、本題に入る。
「……本題なんだけどさ。トバリのやつ、どこに雲隠れしてるか知らない?
ちょーっと話したいことがあってさ」
「五条先生、トバリって誰?」
「僕の同級生。通ってたのは京都の方だけど」
「ちなみに、『声』の1人でもあるよ」
「へぇー…」
現在の悠仁も所属は『声』だが、その全容はまるで知らない。
把握しているメンバーも、渋谷事変で暗躍していた数人くらいなもの。
まだ見ぬ同僚に想像を膨らませつつ、悠仁は悟に問いかける。
「なんで先生はその人探してんの?」
「少し思い出話をしたいなーって。
で、どこに居んの?婆ちゃんたちは知ってるよね?」
「んー…。ちょい待ち」
ミコトは言うと、懐から携帯を取り出し、通話ボタンを押す。
少しばかりの沈黙が続く。
コール音が五回ほど鳴り響くと、スピーカーモードにした携帯から気だるげな声が響いた。
『……あ゛ぁ?』
「あ、もしもし、トバリちゃん?
ちょっと私らんとこ来てくんない?」
『や、今、ホテル…。寝起き…』
「…あー、わかったわかった。何分くらいかかりそ?」
『わかんない…。寝癖、ヤバい…』
「……だってさ」
相当に寝起きが悪いらしい。
通話を切り、携帯をしまうミコト。
どのくらい待つ必要があるのかはわからないが、少なくとも10分や20分程度では済まないだろう。
悟は「そっか」と返すと、興味津々にコチラを見る悠仁へと目を向ける。
「……気になる?僕の思い出話?」
「まあ、わりと」
「そんじゃ、話しちゃおっかなー。
…そろそろ踏ん切りつけとかないとね」
悟が語り出そうとしたその時。
ヒメの蹴りがその股に炸裂した。
「おぅふっ!?」
「後にしろ。はよ買ってこい」
「はっ、はっ…、はひっ…」
「うっわ痛そ…」
♦︎♦︎♦︎♦︎
遡ること、十数年前。
夏油傑が高専から離反する、ほんの少し前。
後輩である灰原雄が死んだと言う事実が、ようやく腹に落ちた頃。
その日は確か、任務で遅くなって、1人で飯を済ませなければならなかった。
いつもは傑に美味い店を選んでもらっていたが、ここに傑はいない。
明日は早いと言っていたから、今頃は寝ていることだろうし、電話をしても無駄だろう。
どこか適当な店に入ろう、と慣れない土地をぷらぷらしていた。
「あれ?五条くん?
こんなとこで何してるんだい?」
髪が夜に溶けている。
艶やかな髪を伸ばした気だるげな少女を前に、悟はサングラスの奥にある目を不快そうに細めた。
「……誰お前?」
「京都校の夜語 トバリ。交流会でコテンパンにされた少女Bさ」
「……ああ、居たな、そういえば」
傑の呪霊に負けた1人だったっけか。
他はそれなりに抵抗するそぶりを見せたのに、コイツだけはやけにあっさりと負けたのを覚えてる。
故に、強さに貪欲な悟は彼女のことを好きになれなかった。
というより、理解できなかった。
呪術師にとって強さとは、生存戦略である。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。
ただそれだけのシンプルな世界。
そんな世界に身を置いておきながら、強さを見せるそぶりを見せない少女のことが不思議でならなかった。
そんな悟の内情を汲み取る様子もなく、少女はちらほらと電飾が光る街並みに指を向ける。
「ここいらはたまに来るからね。美味い店を知っているんだ。
ここで会ったのも何かの縁だろうし、一緒にどうだい?」
「……不味かったらマジビンタな」
「手厳しいねぇ」
その日。夜語トバリがビンタを喰らうことはなかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
それからほぼ毎回、受ける任務の先々で彼女と出くわすようになった。
任務が終わるのはいつも夜遅く。
慣れない土地での食事でハズレを引きたくない、と思うようなタイミングで彼女は現れ、悟の肥えた舌を満足させる店へと誘う。
数回も繰り返すと、悟は多少なり彼女に気を許し、親友のこと、自分のことについて語るようになった。
「でさ、傑のやつが選んだ店が軒並み移転してるか潰れててさ!
あんまりにおかしいからなんでだろうなーって思ってたら、傑のやつ五年前の観光雑誌でプラン組んでたんだよ!」
「しっかりしてるようで抜けてるんだね、彼」
「そうそう!アイツ、案外マヌケな方でさ…」
夜語トバリとの会話は楽しかった。
今思えば、一方的にこちらが話すことのほうが多かった気がする。
しかし、そんなことすら気にならない程に、好きなだけ喋ることができた。
しかし、そんな楽しい日々も長くは続かなかった。
夏油傑の離反。
無二の親友と袂を分かった五条悟は荒れた。
青い春の思い出が、共に過ごした寮が、彼の全てを責め立てた。
どうして気づかなかった。どうして止められなかった。
そんな後悔を吐き出すことなく、悟は任務に打ち込んだ。
祓う、祓う、祓う、祓う。
後悔すら置き去りにするために、ひたすらに最強であり続けた。
この後悔をどこかで捨てなければ、次に進めなかった。
だからこそ、呪いを祓った。
傑のかけた呪いは解けないのに。そんなことを思いながら。
そんなある日。悟はトバリと再会した。
「……や。荒れてるね、悟くん」
「…トバリ」
「……取り敢えず、飯を食おうか。
ここらには天ぷらが美味い店があるんだ。久しぶりに相席しようか」
「…………」
断ろうとした。だが、断れなかった。
結局、悟はトバリに引き摺られるように、天ぷら屋へと向かった。
その日の食事は、確かに美味だった。
しかしながら、味が抜け落ちたような、そんな気もした。
「……トバリ。傑のこと、聞かないのか?」
「おや。聞いて欲しかったのかい?」
「…………いや。あんまり」
「…そう言うと思ったんだよ。
君は些か、夏油傑という存在を頼りにし過ぎているきらいがあった。
夏油くんのことをほとんど知らない私が、夏油くんのことをよく知っている君にあれこれ言うのは違う気がしてね」
「……知らなかったんだよ、アイツのこと。
知った気になってただけだ」
心地よい言葉だった。
だが、それは今、求めてるものじゃない。
悟はまっすぐに彼女に鋭い視線を向ける。
トバリはそれに負けたように、口を開いた。
「今から私は、君を傷つける。
だが、わかってほしい。これは君に必要な傷だと。これは君が求めた言葉だと」
「…わかってるよ」
「じゃあ、言わせてもらおうか。
君には『人の心』というものが理解できないんだろ?
だから、夏油傑に寄り添うことができなかった。その選択をしなかった。
知ってるかい?呪霊操術で取り込む玉は、ゲボを染み込ませた雑巾の味がするんだよ」
「…………は?」
そんなの、聞いたことがない。
そんなものを食べていたのか、アイツは。
愕然とする悟に畳み掛けるように、トバリは言葉を続ける。
「力だけが取り柄のバケモノが、人を傷つけずに抱きしめられると思うかい?」
「…………」
もっと早く、そう言って欲しかった。
青い春はもうじき終わるというのに。
夜語トバリが行方をくらませたと聞いたのは、その翌日だった。
夜語 トバリ…公式で28歳設定。作者に番外編を書かせた女。タバコも吸うし酒も飲むダウナー系お姉さん。
五条悟…自分を客観的に見て、周囲に視線を向けるようになるのが遅すぎた男。人を傷つけてしまうくらいに抱きしめてしまうなら、抱きついても壊れない人間を育てればいいじゃない。