「明日、ウチに監査が来ます」
「…………監査?」
12月に入り、寒さが増した頃。
食事を終えたばかりで口いっぱいにケチャップを付けたヒメの一言に、悠仁が首を捻る。
悠仁が手に控えた布巾で乱暴に顔を拭くと、ヒメは神妙な面持ちで告げた。
「不動明王の代理が来るの。
仏界の超お偉いさん。私らをそこらのアリンコと同じ扱いできるくらいのね」
「来るのはついなちゃんだけど、いつもみたいに軽い感じで話しかけちゃダメだよ。
代理で来たって体だから、賓客としておもてなししないと」
「何見られんの?」
「虎杖くん。君、なんの器だっけ?」
「あー………」
その一言で全てを悟った。
要するに、自分が宿儺を抑え込めているかどうかを見に来るのだろう。
「見られるの実質俺だけか」などと思っていると、ミコトが半目を彼の目元に向けた。
「正直なところ、今すぐに切り離して突き出してもいいんだけどねぇ。
向こうも君の処遇にめちゃくちゃ困ってるっぽくて、しばらく管理できる形で留置しとけって言われちゃったの」
「困ってるって、具体的に?」
「妥当な罰が思い浮かばないんだって」
「あー…。悪過ぎて?」
「いや違う。こっちがやり過ぎて地上に半端ない影響出しそうってだけ」
「そっち!?」
「そりゃあそうでしょ。
ウチの国だけ未だに呪いがあんの、あの人らのやらかしが原因よ?」
「そうなの!?!?」
初耳である。
恐らくは呪術界も把握してない事実なのだろう。全容が凄まじく気になるが、あまり聞きたくない気もする。
悠仁が悩んでいると、ヒメがため息をついた。
「はぁー…。九十九ちゃんといい君といい、きちんと古事記読んでないの?
アレ、呪いのルーツとか書かれてるんだけどなぁ…」
「不祥事のオンパレードだから隠匿されまくって、私らが読んでた頃と内容全然違うよ?
伊邪那美様あたりのくだりはほぼまんまだけど、アレが呪いの始まりとは思えない内容になってるね。
実際もっと酷かったらしいのに」
「あ、そうなんだ。九十九ちゃんに教えてあげたの、それ?」
「教えたんだけどねぇ…。
黄泉に人の身で行けるわけないから、証明のしようがなくって。
伊邪那美様が『こっち来て説明しようか』とか言ったこともあったけど…、あの人こっち来るとまずいからなぁ…」
「何年か前にどっかの田舎に夫婦共々降りてきてえらいことなったよね…」
「えらいことなったねぇ…」
何も聞いてない。自分は何も聞いてない。
改革が始まったばかりの呪術界が揺れ動くような情報をポンポン出さないでほしい。
心臓に悪い。そのうち心不全とかで倒れそうなくらいには情報量が多すぎる。
五条先生の性格があんな悲惨なことになった理由が垣間見えるな、などと思っていると、ミコトが声を張り上げた。
「とにかく!ただでさえお前のサボりが原因でキレてる不動明王がさらにキレるような真似だけはしないでよ!?
宥めるのホンット大変なんだから!!」
「知ったことか」
「崇徳天皇に頼んでコイツ下僕にしようか。
そっちのが管理楽な気がする」
「今ソシャゲのイベント周回で忙しいって」
ソシャゲのイベントよりも軽視される呪いの王とは一体なんなのだろうか。
宿儺が露骨に不機嫌になるのを感じながら、悠仁は話を切った。
「取り敢えず、明日は大事なお客さんが来るってことね。オッケー。
…寒いしピザまん買ってくるけど、2人もいる?」
「私カレーまんで」
「普通の肉まん」
「あいよー」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「不動明王の代理、役ついなや。
知っとる仲やけど、今日はよろしゅうな」
「はいっ!よろしくお願いします!!」
監査の日がやってきた。
一応は顔合わせを済ませていた少女…役ついなを前に、悠仁は声を張り上げる。
監査とは言っても、特に何か特別なことをするわけではない。
少しばかり言葉を交わして終了だと聞いていた悠仁は、ある程度は気を張りながらも口を開く。
「んで…、監査って具体的にはなにすんの?」
「んー…。もう8割目的達しとるからなぁ。簡単な質疑応答やな」
「え?もう?」
まだ顔を合わせただけなのだが。
拍子抜けした悠仁が目を丸めると、ついなはからからと笑った。
「ウチの目は今、不動明王様と繋がっとる。
見ててわかるよ。アンタは宿儺をちゃんと抑え込めとるって。
…都合のいい牢屋扱いしてごめんな。体ん中にそないな爆弾抱えんの、しんどいやろ」
「んー…。ぶっちゃけると超不安。
でもまぁ、コイツが好き勝手しないようにいろんなお偉いさんが手ェ回してくれてるって聞いてるし、心配はしてない。
それに、こうしてた方がまだマシなんだろ?なら抑えとくよ。ちょっとうるさいくらいは我慢するし」
「そらよかったわ」
指を全て取り込んだ今、あの時のように一時的な覚醒は二度と起きないと太鼓判を押されてはいるものの、未だに己の中に宿儺が住み着いていると思うと気分は悪い。
しかし、結月ゆかりをはじめとした宿儺に対する抑止力がいるというだけで、その不安はかなり薄れている。
それこそ、そこらに出て食べ歩きができる程度には。
悠仁の言葉を聞いたついなは満足そうに頷くと、続けて問いかけた。
「ほな、次な。宿儺が何を企んどるかについて、予想はついとるか?」
「伏黒でなんか企んでる…ってくらい?」
「……十中八九、虎杖くんから乗り換えるつもりやろ、それ」
「え?出来んの、そんなこと?」
「出来るんちゃう?知らんけど」
「…それマジなら、俺、1人で伏黒に会いに行っちゃダメってことじゃ…?」
「やからヒメちゃんらが会うたびに同行しとるんちゃう?」
「ああー…。なんか東京行くたびについてくるからなんでだろーって思ってたけど…、なるほどなぁ…」
確実に取れる手が潰されている。
おのれ、菅原道真。おのれ、飛梅。
宿儺が苛立ちを込めて舌打ちするのを感じながら、悠仁は話を続けた。
「こっちからも質問いい?」
「ええよ。もう聞きたいことは聞けたし」
「もしも、あのままゆかりさんが間に合わなくて、宿儺が暴れてたらどうなってた?」
「まず間違いなく渋谷は壊滅やろなぁ。
道真公との戦闘でも太宰府が更地になったって聞くし…」
「そういうことじゃなくて。
最小限の被害で宿儺を殺すことができたかが気になる」
もしもあの時、ゆかりが何かしら手が離せない状況に陥って、宿儺を抑え込めなかったとしたら。
今でもたまに脳裏に過ぎる不安をぶつけるように、悠仁が視線を送る。
ついなは「そんな気にせんでもなぁ…」と呆れを吐き出し、あっけらかんと答えた。
「殺せたで。道真公は全てが最悪な方向に転がった時のために、第二陣を用意しとった。
…んー…、でも二陣ってよりか、本命の戦力っちゅうべきか…、いやぁ、なんて言おうなぁ…」
「………やり過ぎ系?」
「やなぁ。道真公が地上に降りて羂索と宿儺を東京諸共殺す気やった」
「………渋谷じゃなくて、東京?」
「周辺都市も丸ごとやな。今頃は神奈川、埼玉あたりも海の底やったと思う」
「何する気だったの!?!?」
渋谷壊滅どころの騒ぎじゃない。
日本という国が立ちいかなくなるんじゃ、などと更なる不安を浮かべていると、目元の裂け目から口が浮き出た。
「ケヒッ。いくら神としてふんぞりかえっていても、在り方はそう俺と変わらんなぁ」
「こんな強硬手段に出るの、自分のケツも拭かんアンタらのせいなんやけど」
「知ったことか」
「呪いの王は言葉が理解できる年頃のお子ちゃまもわかるようなことがわからないと。へーぇ?随分間抜けな王様も居たもんやなぁ?いくら実力があっても脳みそ子供以下って恥ずかしなぁーい?」
「生意気な口だ。菅原道真の縁者は皆こうも品がないのか?」
「お前に品がどうこう言われたくないわ、本能で動くだけのケダモノが。
教室でセッ○スごっこしとる猿ヅラ男子中学生のがまだ理性的やわ」
「あ゛ぁ???」
「お゛ぉ???」
口喧嘩の間に挟まれた自分の気持ちを少しは汲んでほしい。
互いの精神をすり減らすだけの罵り合いは、ヒメたちが「飯の時間だ」と2人を呼ぶ時まで続いた。
不動明王…生真面目なので千年のおサボりはガチギレ案件。どのくらいキレてるかというと、宿儺の所在がわかった途端、祀られてる地域の天気がめちゃくちゃ荒れるくらい激おこ。機嫌損ねただけでコレなので、敵に回したら言わずもがな。全盛期菅原道真をデコピンで殺せる。
ついなちゃん…不動明王の代理。公式で不動明王の弟子とかいうやべーやつ。
菅原道真…都市なくなっても建て直せるくらいの力はあるやろ!最悪の場合あいつらごと消し飛ばしたろ!!(生前前科3犯)