「そういえば、ナナミンもヒメちゃんたちと会ったことあんの?」
時は少し進み。
己が出生にとんでもない秘密が隠されていると知らされた以外は、特に何の変哲もなく修行の日々を過ごしていた悠仁。
そんな折に舞い込んできた「キツめの依頼」の現場に向かう車の中、監視役として同行することになった一級呪術師たる「七海建人」に悠仁が問いかける。
一方の七海は「ヒメ」という名前を聞いて露骨に顔を顰め、心底嫌そうに頷いた。
「ありますよ、ええ。
学生時代に一度だけ、五条さんに連れられて太宰府天満宮に行った時に」
「なんでそんな嫌そうな顔すんの?」
「あの2人が個人的に好きではないだけです」
「え、なんで?」
「価値観の違いが大きすぎるんですよ。
私みたいに普通寄りの感性の呪術師は、アレと仲良くしようなどと思いません」
言って、七海はそこらで買った紙コップのコーヒーに口をつける。
悠仁がそれに訝しげな表情を浮かべていると、車の運転手である伊地知が口を開いた。
「彼女たちは基本的に人間寄りの存在ではあるんですが、完全に人間の味方ではないですからね」
「そうなの?」
「飛梅伝説という話は知ってるでしょう?」
「あれでしょ?左遷された菅原道真を梅が追っかけてった話」
「世間一般的にはそういう認識ですね。
ですが、呪術師からすればこれ以上に肝が冷える話はありません」
「え、なんで?普通にいい話だと思うけど」
少なくとも、国語や歴史の教師は飛梅の忠誠心に感動を露わにしていた。
梅が飛んでいく光景は確かに度肝を抜かれるだろうが、肝が冷えるようなことはないと思うのだが。
悠仁が訝しげな表情を浮かべていると、七海がため息混じりに答えた。
「道中に存在するすべてを薙ぎ倒しながら行進したとしても?」
「何それ!?!?」
悲報。飛梅伝説、虐殺神話だった。
現代社会に毒された悠仁の脳裏にそんなアナウンスが流れる中、七海が淡々と語る。
「道真公を祀るのに不都合な部分は上層部が隠匿していますからね。
知らないのも無理ありません」
「ナナミンは何で知ってんの?」
「五条さんに聞かされました」
「あー…」
あの28歳問題児なら確実に言う。
納得の声を上げる悠仁に対し、伊地知が七海に続いた。
「現代における彼女らが無害な理由は…、さまざまな要因がひっ絡まっていますが、根本は菅原道真公と結んだ『縛り』にあります」
「人間の味方をしろ的な?」
「ざっくり言うとそんな感じです。
…緩い縛りなので、人間に大きく肩入れすることはありませんが」
菅原道真が死に際に課した縛りの中で重要なのは、「可能な限りは殺人を禁ずる」と言う点。
よほど我慢ならないことがなければ、彼女たちは人を殺すことができない状態にある。
では、完全に人類の味方かと言われるとそうでもなく。
気まぐれに散歩に出かけ、目についた人を助けるくらいで、基本的には主人が祀られている太宰府天満宮から出てまで人に与することはない。
要するに、居ても居なくても変わらない存在として認識されているのである。
それを聞いた悠仁が「無害なら別に怖がる必要なくない?」などと思っていると。
その目元から宿儺の口が現れ、呆れた声を放った。
「阿呆め。無害な状態がいつまで続くかもわからん上、菅原道真の力が丸ごと譲渡されている以上、直接的な処理もできんのだぞ。
極めつけに、享楽主義で好き勝手に動きまわるから、1000年も処遇に困っておるんだろうが」
「……両面宿儺の言う通りです。
呪術界はいつ爆発するかもわからない爆弾を膝で抱えてるんですよ」
「……それ、今もじゃない?」
「むしろ増えてますからね」
「うぐっ」
おもむろに自身を見た七海の鋭い攻撃に、悠仁は軽く呻き声をあげた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「飛梅の精霊はこちら側に引き込まないのですか?」
「キミ何言ってんの?」
眼腔から枝が伸びた呪霊…花御に向け、頭部に縫い目がある青年が低い声を漏らす。
それは、彼が花御を含む徒党を組んだ呪霊たちと接触して初めてのガチギレであった。
顔じゅうどころか、拳にまで青筋を浮かべ、形相を般若のように歪めるその様を前に、花御は首を傾げる。
「もう一度言おうか。
君は、何を、言ってんの???」
「飛梅の精霊は呪いに近い存在だと聞き及んでいます。
こちら側に引き込めば、五条悟に対応できる戦力を確保できるのでは…」
「呆れるほどに馬鹿だな。
そんなことが可能だったらとっくにやってるんだよ」
存在としての格が違う。
人間や呪いという次元にいない。
ただそこにあるだけで強い抑止力になるが、扱い方を一歩間違えれば甚大な被害をもたらす、まさしく核のような存在。
青年…夏油傑は過去の経験により、嫌というほどそのことを理解していた。
────貴様、今何と言った?道真公がもういないだと?莫迦め。道真公は神として今も存在し、俗世を見下ろしている。それを亡き者として扱うなど言語道断。死んでも詫びきれん大罪だ。
────だぁが、道真公は寛大だ。あのクソ共を許してしまいそうになるくらいには聖人君子だ。お前すら許すだろう。だが、私らは許さんからな。
要するにトラウマだった。
反転術式、領域展開、極ノ番。
呪術の極致に至る技術をさも当然のように連発し、全力で殺しにくるのだ。
そんな無理ゲーを潜り抜けた過去の自分を三日三晩は褒め称えたい。
消えないトラウマに震えそうになる膝を強く叩き、なんとか正気を保つ夏油。
恐怖する夏油の姿を前に、花御もこれ以上問うことなく踵を返す。
「……やはり、人間はアテにできませんね」
その腹に、特大の爆弾を抱えながら。
♦︎♦︎♦︎♦︎
その頃、当の本人たちはというと。
「ちょっと!!
それヒメが育ててたカルビ!!」
「焼き過ぎてたから食べてあげただけですー」
「人の好みでしょうがこの大飯食らい!!
エロ同人の如く無駄にでかい乳房から唐突に母乳が吹き出るようにしてやろうか!?」
「ヒメちゃんがいうと本当に出来そうだよね。
そこんとこどうなのかな、ミコトくん」
「出来るけどやらないよ。
道真公の術式を汚すことになる」
「すみませーん。ここってずんだシェイクとかずんだのカクテルとかはないんですか?」
「ないに決まってんだろここ福岡だぞ!?
飲みたいんなら東北に帰れ!!」
「ヒメちゃん、二次会はカラオケでいい?」
「いいよー!!」
「よそ見厳禁!!」
「あーーーーっ!?私の霜降りぃーーー!?」
仲間内で集まり、焼肉にいそしんでいた。
鳴花ヒメ・鳴花ミコト…実は友達が多い。尚、呪術界は彼女らの交友関係を把握してない模様。
花御…見え透いた地雷を自ら踏みに行きそうになってる。原作でも迂闊さで死んだからね、仕方ないね。
七海建人…ヒメ、ミコトのことは嫌い寄りの無関心。都合のいい神様のように、困った人を助けてくれたらどれほど良かっただろうと何度も思っては、その考えを捨てている。彼女らの気まぐれに引っかかることなく救われなかった人間を知っているからこその嫌悪。