「……あの東堂とかいう変態、こと戦闘においては欠点が見当たらないよね。
致命的な変態って点がネック過ぎるだけで」
「んぶふっ」
団体戦開始後、モニターが並ぶ部屋にて。
一通り甘味を摂取し終えたミコトが、悠仁と交戦するちょんまげの半裸ゴリラ…東堂を見ながら、心底嫌そうに呟く。
「致命的な変態」という、彼をこれ以上なく表現した単語に、教師である女性…庵歌姫が軽く吹き出す。
よくよく見ると、楽巌寺の肩も震えている。
普段から好き勝手に振る舞う上に、気色悪い振る舞いを直そうともしない東堂に鬱憤が溜まっているのだろう。
歌姫たちはなんとか笑いを飲み込み、モニターに映る激戦を見守る。
と。同じくモニターを見つめていたヒメが、露骨に訝しげな表情を浮かべた。
「……ね、楽巌寺。
これ放たれてるの、ほんとに二級だけ?」
「……はて、どう言うことですかな?」
「二級にしては濃い匂いしてるやつがいるんだけど」
まずい。バレてはいけないヤツにバレてる。
楽巌寺の着物の背が汗で透ける。
この団体戦では、強くても二級レベルの呪霊が複数敷地内に放たれており、その退治数を競う。
が、しかし。楽巌寺は宿儺の器である虎杖を確実に抹殺すべく、調教済みの準一級呪霊を放っていたのである。
どう誤魔化すか、それとも正直に言うか。
楽巌寺が迷っていると、ヒメが口を開いた。
「あ、この匂い、あれか。
前に私らにちょっかいかけにきた特級か」
「「「「は!?!?」」」」
冥冥以外の全員が素っ頓狂な声をあげる。
特級呪霊。伊地知曰く、「クラスター爆弾とトントン」と評される規格外。
そんなもの、調教した覚えもなければ、敷地内に入れた覚えもない。
考えられる可能性としては、五条悟を襲撃した個体…漏瑚のように知性を持ち、なにか狙いを持って襲撃してきたか。
あり得ない話ではない。
全員に緊張が走る中、ヒメとミコトは訝しげに口を開いた。
「……あぁ。結界…、帳だっけ?
なんか下ろそうとしてるやつがいるね」
「さっさと行ったほうがいいんじゃない?
好き勝手される前に」
「…なっ…、んんっ。
その、飛梅様はどうなさるので…?」
「んー…。僕は子供達の回収に向かうよ。
ヒメはどうする?」
「隠れて忌庫に向かってるっぽいやつ居るから、そいつ殴ってくる」
一度は驚愕を飲み込んだが、再び言葉を失う夜蛾。
歌姫なぞ、あまりの情報量に頭痛がしたのか、頭を軽く抑えている。
知ってたなら予め教えてくれ。
そんな文句をできる限りオブラートに包み、夜蛾は縋るように声を絞り出す。
「飛梅様…!頼みますから、情報はいっぺんにまとめてお伝えください…!」
「今ので全部。あと、呪詛師が何人か。
詳しい位置は…、そこの守銭奴に探ってもらおうか。そっちのが確実だし。
追加報酬は悟坊やが言い値で出すから」
「任された」
「えっ」
勝手に財布として使われた。
古今東西どこを探しても、五条悟を相手にぞんざいな扱いをするのは彼女たちくらいなものだろう。
困惑を吐き出す悟をよそに、ヒメとミコトは鈍った体を持ち上げるよう、ゆっくりと立ち上がった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
その頃、忌庫に通ずる通路にて。
呪物の奪取を任された真人は、全力で廊下を駆けていた。
本来ならばもう少し余裕をかましてもよかったのだが、相手はあの五条悟と飛梅。
いつ展開した帳とその目的に勘付いてもおかしくない。
「おっ…、あれか…!」
2人の見張りが視界に入る。
目印として仕込んだ呪力も近くに感知できた。
あとはあの2人を殺し、宿儺の指と狙いの呪物を回収するのみ。
「楽な仕事だったな」とほくそ笑みながら、ようやくこちらに気づいたらしい見張りに手のひらを向ける。
「呪霊がなにしてんの?」
耳元で少女の声が響く。
真人が飛び退くと、ちっ、と長い髪を蹴りが撫でた。
「飛梅…の片割れか!!」
「片割れって言い方はおかしいなぁ。
伏黒くんのドードー呼ばわりといい、私らってどう認識されてんの?」
言って、不服そうに頬を膨らませるヒメ。
仕草、振る舞いはどう見たって小学生のそれだが、迸る呪力がその認識を否定する。
見張りも真人とヒメの存在に気付いたようで、それぞれ構えをとった。
「貴様、何者だ!?」
「飛梅様、お下がりくださ…」
「人の子、下がれ」
見張りの男たちを手で制し、下がらせる。
真人は生まれて間もない呪霊ではあるが、その実力は特級の中でも上位に位置する。
というより、真人が「手のひらで触れたものの魂を変質させる」という、魂を知覚していない人間に対して特攻とも呼べる術式を有しているのだ。
そして、この場にいる見張りは高専側の戦力全体で見れば、中の上程度。
真人に対して勝ち目は万分の1もないだろう。
見張りの2人は「ご武運を」とだけ言い残し、その場を去った。
「私はすこぶる機嫌が悪い。
わざわざ成熟前の呪術師を見にきたらガキにドードー呼ばわりされるし、警備がザルすぎてお前らみたいなおじゃま虫は来るし、もうはちゃめちゃにキレてるわけだ」
「イライラしすぎじゃない?
更年期障害でもあるのかい?」
小馬鹿にしたように真人が吐き捨てる。
それは人から生まれた呪いである真人にとって、ルーティンに等しい行為であった。
無自覚に煽りを吐き捨てたことに気づくも遅く、ヒメの形相から感情が消える。
「よーしブチキレポイント追加だ…っていいたいところだが、私も大人だ。
ガキの粗相ってことで、軽い折檻で許してやろうじゃないか」
「ぁごぶっ!?」
衝撃。真人の見る世界が揺れる。
何が起きた?何をされた?
その認識すらできないが、ヒメが伸ばしている一房の髪が視界の端に映る。
そこでようやく、真人は「ただ殴られただけ」という現実を知覚した。
ヒメは続け様に連撃を浴びせ、真人を殴り飛ばす。
(松の術式…!自分を加速させたのか!)
「人間が使うと寿命を削るんだけど、私らにはあってないようなもんだからね」
どんっ、と壁を突き破り、外へ出る。
真人は己に術式…「無為転変」を発動し、無理やりに受け身を取った。
体勢を立て直したところで追撃が来る。
真人はそれに備えようとして、止める。
「……………は???」
諦めたのだろうか。
…いや、違う。
人から生まれた呪いである真人は、見ている人間が自己嫌悪に陥るほどに往生際が悪い。
では何故、構えを解いてしまったのか。
その答えはただ一つ。
「あ、もしもし?
…うん、うん。こっち来てるよー。
なんでわかったの?
……え?私らのツイート見てた?
うん、うん。あ、じゃあ秋葉原の…、あのでっかいカドショの前で。
いつものうさちゃんパーカーね。わかった」
ヒメが電話に夢中になっていたからである。
恐らくは親しい友人なのだろう。
朗らかな笑顔を浮かべる彼女に、真人は困惑と怒りに顔を歪める。
通話を終え、こちらへと降りてきた彼女に、真人は低い声を漏らした。
「…俺のこと、ナメてたりする?」
「カルシウム不足?牛乳飲もうね、赤ちゃん」
心底バカにした笑みを浮かべ、手に呪力を纏わせるヒメ。
また加速の術式だろうか。
真人はそれに対応すべく、自身の体を無為転変により変化させようとする。
が。それを止めるように、ヒメの声が響いた。
「虚式って技術、知ってる?
今で言うと悟坊やだけが使う、めちゃくちゃ難しい技なんだけどさ。
ざっくり言うと、普通の術式効果と反転させた術式効果を混ぜ合わせる技術なんだ」
「………それが?」
まずい予感がする。ここから逃げねば。
警鐘を鳴らす本能とは違い、足は動くことを許さない。
冷や汗を流して焦る真人に構わず、ヒメは言葉を続ける。
「ここで問題でーす。
五条家の六眼持ち無下限術式使いはなんで、『反転した術式効果と通常の術式効果をぶつけよう』なんて発想に至ったと思う?」
「………前例があったから?」
真人が震える唇で答える。
頼む。外れてくれ。
何が起こるかわからないという恐怖に、体が震える。
ヒメはそれに対し、満面の笑みを浮かべた。
「どんどんぱふぱふ大正解!
正解したお前には特別サービス!
本家本元の『虚式』、見せてあげるね!!
………認識できればの話だけど」
────術式順転『加速』
────術式反転『遡行』
手のひらにゆらめく呪力が変質する。
逃げろ。本能がそう叫ぶ。
どこに?理性が問いかける。
体が震える。かち、かち、と歯が鳴る。
真人が叫び、去ろうとした直前。
ヒメの手が、ぱぁん、と音を立てた。
────虚式『停止』
瞬間。世界が停止した。
虚式「停止」…ざっくり言うと『世界』。止める時間が長い分、呪力消費が半端ないけど、ヒメミコにはあってないようなもの。
転生菅原道真…広く浅く、さまざまなジャンルを収めていたタイプのオタク。そのため虚式も「メドローアみたいなもん」と認識しており、頑張って3日で習得した。すごい。
真人…梅の木がトラウマになった。呪物の回収自体は手持ちの改造人間にさせたので、目的は果たしてる。この後、虚式を撃って満足したヒメに見逃された。