「ぅ、ゔぉえっ…」
数日後、高専内のグラウンドにて。
息が上手くできないのか、軽くえずき、その場に蹲る伏黒。
それに対し、隣に立っていたミコトが屈み、彼と目線を合わせた。
「領域展開のコツは掴めたかな?」
「もう二度と、無理やり呪力注ぎ込んで発動させるなんて真似しないでください…。
体破裂するかと思いましたよ…」
「コツは掴めたかって聞いてるんだよ?」
「……ある程度は。
でも、あの完成度で出来る気はしません」
じくじくと痛む体を庇うように立ち上がり、不機嫌そうに吐き捨てる伏黒。
それに対し、ミコトはからからと笑い声を上げた。
「あはははっ!そりゃあ無理に決まってる!
黒閃を経験してない半端な術師が『必中必殺の領域展開』を完成させた事例なんて、この1000年で見たことない!!」
「現代の領域展開」はまさに絶技。
黒閃を経験した術師に並ぶ呪力操作を会得しなければ、まず完成しない。
ミコトがおかしくてたまらないと言わんばかりに笑い声をあげていると、伏黒が口を開いた。
「…参考までに聞きたいんですが、道真公はどれくらいで習得されたんですか?」
「1日」
「…………は???」
「1日。領域展開に必中必殺の効果を付与したのも、道真公とクソ自己中が歴史上初だね」
規格外すぎる。
人が一生をかけてたどり着く境地に、ちょっと凝ったプラモデルを組み立てるみたいな感覚で到達しないでほしい。
既に死した人間にそんな文句を浮かべながらも、伏黒はミコトに問いかけた。
「……日本三大怨霊全員がそのレベルってことですか?」
「まあ、概ね。平将門も崇徳天皇も、同じくらいの才はあったよ」
「三大怨霊がとんでもない怪物ってことはよくわかりました」
無限に術式を作れる怪物とタメを張れるのが、少なくとも3人はいたのか。
過去に実在した怪物たちに畏怖を向けながら、伏黒は掌印を結ぶ。
「それに追いつけるって思い上がりはしませんが…、影くらいは踏んで見せます」
「いいね。へし折れて腐るより好感が持てる」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「チッ…!死して1000年経っても尚、私を阻むか…!菅原道真…!」
その頃、とある居酒屋にて。
自棄気味に酒を呷り、強く吐き捨てる夏油。
思えば、肝心の時に邪魔しにくるのは決まって菅原道真の縁者だった。
なにか、そういう呪いでもかけられているのだろうか。
そんなわけがないとわかってはいるものの、そうとしか考えられない遭遇頻度である。
──── 羂索。世に生まれ落ちてしまった探究心の権化よ。私とて学び、追究することを至上の喜びと捉える学者だが…、分別のつかぬ童の如き真似はせん。疾く失せよ。
あの路傍に転がる虫の死骸を見下ろすような瞳。
流刑に処され、余命いくばくもない死に体だったというのに、あっさりと自分を下した時のあの目がいまだに忘れられない。
既にいない存在にここまで振り回されるか、と愚痴を浮かべ、酒を呷る。
「花御が勝算を持って接触するのは目に見えていたが、まさか宿儺の器…いや、虎杖悠仁自身に興味を持つとは…。
流石は我が息子、とでも言うべきか…」
正直、想定外だった。
飛梅と両面宿儺は不倶戴天などという言葉では言い表せないほどの不仲。
その器たる悠仁のことを毛嫌いするものと思っていたが、現実は予測の真逆を行った。
「飛梅も1000年で丸くなった…。
……いや、菅原道真の『縛り』か…」
世の変化を楽しめ。
その縛りにより、彼女らは価値観の移り変わりに適応しているのだろう。
だからこそ、平安の世であれば即座に殺されるはずだった虎杖悠仁の存在を許容した。
どこまで先を見通しているんだ。
死後1000年の時を経て尚、自らの野望を阻む壁への苛立ちを飲み込むように、夏油は一升瓶ごと酒を呷った。
────願わくば、死んだ後もあのメロンパンに嫌がらせしときたいなぁ。倫理観吹っ飛びすぎててやることなすこと全部ろくでもないし。あいつのせいでソフトのヒメミコが世に出なくなるの腹立つし。
…本人にそのような深い考えは一切なかったのだが、夏油がそれを知る由もなく。
夏油は今、推しに脳を焼かれたアホに振り回されて真っ昼間からヤケ酒を呷る成人男性でしかなかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
その頃、とある山奥にて。
土汚れに塗れたゆかりが息を吐き、その場に転がった数々の物品を見下ろす。
ちょうど一口で食べられそうなくらいにコンパクトな品の数々。
そこに宿る呪力を前に、ゆかりは隣でデータの戻し作業に励むヒメに目を向けた。
「全部が名だたる呪術師の成れ果てですか?」
「ん。これでもまだ一部だけどね。
脳みそ野郎め、回収するのに手こずるくらい各地に溜め込みやがって」
「死滅回游…ですっけ?」
「そ。どんだけ脳みそ腐ってたらこんなん思いつくんだよってクソゲー。
何百年か前に生み出した式神通して盗み聞きしてたら、勝手に私らも組み込んでやがったんだよね」
話を持ちかけたところでにべもなく突っぱねられるのが目に見えていたから、勝手に組み込んだだけだ。
この場に夏油が居れば、いけしゃあしゃあとそう吐き捨てていたことだろう。
ヒメはこめかみに青筋を浮かべながらも、無理矢理に笑みを作り、続けた。
「ムカついたから、事前準備をとことん無駄にしてやろーって思ったんだよね」
「無駄にするって…、具体的には?」
「壊すのはなんかもったいないし、こっちで術式に適応した体を作って支配しようかなーって。
んで、あの脳みそ野郎に嫌がらせ」
「…なるほど。私らみたいにですか」
ゆかりの問いに、ヒメは深い笑みを返した。
「そうそう。『天神となられた道真公が、現代に作り出した君たち』みたいな感じ。
……ま、道真公より上手くはできないんだけどね」
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「………天から推しの動いてる姿見るのって、眼福ではあるけど暇なんだよなぁ」
菅原道真…現世に直接干渉しない縛りを設け、現代に推しを生み落としてる天神。それでいいのか、学問の神。
結月ゆかり…天神菅原道真が死産になりそうだった胎児に加護を宿した…もとい術式を使ったことにより産み落とされた存在。道真公のイメージから作られたので、姿もファッションセンスもまんま結月ゆかり。
脳みそ野郎…菅原道真にめちゃくちゃ嫌われたせいで苦労してる人。お前は泣いていい。それはそれとして諦めを覚えろ。