「やっ、与幸吉くんだね?
交流会の評価を伝えにきたよ」
「…………嘘だろ?」
京都校生徒、準一級呪術師「究極メカ丸」こと与幸吉は、目の前に現れたミコトにひどく困惑していた。
彼の立場は少々特殊である。
天与呪縛という生まれながらの縛りによる先天的な肉体の一部の欠損や体の不自由に、醜い容貌。
それを隠すようにして、己が術式である傀儡操術で任務をこなす呪術師。
その裏の顔は、天与呪縛の解除という条件と引き換えに夏油と通ずる内通者。
故に、彼の身柄は夏油のみが知る場所に移動させられていた。
「なんでここがわかった、って顔してるね?
答えはシンプル。僕たちが目として放っているこの子が見ただけの話さ」
言って、ちちち、と鳴くスズメを手で遊ばせるミコト。
終わった。何もかもが終わった。
幸吉はそんな諦めを浮かべ、首を垂れる。
「…俺に罰を下しに来たんですよね、飛梅様」
「罰?…罰だって?なんでさ?
長年悩む天与呪縛の解除を餌にいいように利用された挙句、縛りの穴を突いて約束を反故にされた可哀想な君をこれ以上いじめるなんて、僕には無理だよ」
「………十分にいじめてますが」
相変わらずいい性格をしている。
事実をこうもつらつらと並べられると心にクるが、反論する余地は全くない。
そんなことを思いつつ、幸吉はミコトに問いかける。
「…裏切り者の俺に何を求めるんですか?」
「何も。そもそも君に何か求めたところで、私らの期待に応えられる?」
「…無理ですね」
10月31日に実行される五条悟封印計画のざっくりとした概要以外、大した情報は得られていない。
彼女のことだ。自分より情報を有していることは確実。
幸吉は今、ミコトに対して切れるカードを何一つ持っていない。
それなのに、こうして危険を犯して接触してきた理由はなにか。
幸吉が思考を巡らせていると、ミコトは笑みを浮かべた。
「このままだと死ぬよ、君」
「…まぁ、だろうな、としか」
「あの…ヒメに見逃されたツギハギ…、真人ってやつ。まずアイツにも勝てないね」
「………そうですか」
ここに眠っている秘密兵器のことも知ってて言ってるのだろう。
対策を立てていても、相手はそれを超えてくるほどのポテンシャルがあるということか。
薄々は理解していた。
領域展開に至るまでの成長速度を考えると、自分が勝てないというのは事実なのだろう。
幸吉はため息を吐くと、痒みを抑えるための薬品が溜まる浴槽に体を沈めた。
「わざわざそれを伝えに…?」
「いや。あのメロンパンに嫌がらせしたくて、君と一つだけ縛りを結びにきた」
その言葉に、幸吉は訝しげに眉を顰める。
ミコトはそれに笑みを浮かべたまま、手を差し伸べた。
「これさえ結べば、君の生存は確定する。
その代わり、10月31日を過ぎるまでは生存を隠すことになるけど…、このまま死ぬよかマシでしょ」
幸吉はしばし考えたのち、その小さな手を握った。
♦︎♦︎♦︎♦︎
(ああ。これは死ぬな)
時は少し過ぎ、10月19日。
与幸吉は今、死に瀕していた。
今際の際。走馬灯とでも言うのだろうか。
真人の手と、「シン・陰流 簡易領域」の展開用器具を持つ手が交差する。
秘密兵器は満身創痍。残ったメカ丸も砕け散った。
もう負けは確定している。
(億が一、奇跡が起きて真人を倒したところで、残った夏油にはまず勝てない。
逃げることも、連絡を取ることも不可能だ)
完膚なきまでの敗北。
意味のない、まさに無駄死に。
悲願も遂げず、あとコンマ数秒で死ぬ。
(大丈夫。保険は既に遺した)
口惜しい。後悔だってたくさんある。
だが、死という現実は変わらない。
あとは遺したものが、10月31日に起きる惨事の被害を抑えてくれるのを祈るのみ。
そんな考えがよぎった一瞬のことだった。
「せぇい!!」
「ごぁっ!?」
芋虫のように変化していた真人の体が、天から降りてきた影に叩き落とされたのは。
器具を突き刺すために伸ばした腕が、中学生くらいの女子の手に握られる。
がくんっ、と体が揺れる。
数秒の風切り音と共に景色が目まぐるしく変わったかと思うと、ダムの上に放り投げられた。
「ぐぁっ!?」
「なんや、準一級やのに受け身下手やなぁ」
関西弁…、いや、似非だろうか。
なんにせよ、独特なイントネーションだ。
幸吉が視線を起こすと、髪を二つ結びにし、ドリルのように巻いた少女と目が合った。
「…飛梅様が派遣した呪術師…か?」
「ちゃうわ。方相氏。祓うの専門や」
三叉に別れた槍を構え、周囲に光弾を遊ばせる少女。
と。ダムの底から水を巻き上げるように飛び上がった真人が、その目の前に降り立った。
その瞳は怒りと困惑に満ちており、真っ直ぐに少女を睨む。
「……なに、お前?」
「現世に生まれ落ちた悪鬼羅刹よ。
ウチの名が知りたいっちゅうんやったら教えたろ。
役ついな。地獄にすら存在できへんように祓ったるから、覚悟せぇ」
彼女が名乗った途端、その姿がブレる。
衝撃が3回。加速の術式を使った飛梅と同等の速度を伴う連撃が、真人の体を大きく吹き飛ばす。
一方で、その様子を見守っていた夏油が表情を歪め、叫んだ。
「まさか、役小角か!?
馬鹿な!彼に子孫はいなかったはず…」
役小角。かつて二柱の鬼神を従え、蔓延る悪鬼羅刹を軒並み祓った、歴史に名を残した呪術師の1人。
彼は宗教上の理由で生涯独り身。弟子は存在すれど、子孫はいなかったはず。
夏油が思考を巡らせていると、ついなが小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「勉強不足やな。ウチは役小角の子孫やのうて、前鬼、後鬼の子孫や。
…まあ、死産予定やったのを道真公の術式で作り直されたさかい、ちぃっと先祖返りしとるけどな」
「…は?……まさか、まさか…!?
菅原道真はまだ、生きているのか!?」
その現実だけは許容できない。
そう言わんばかりに叫ぶ夏油に、ついなは心底不思議そうに首を傾げた。
「そない驚くことやあらへんやろ。
ちゃっちぃ土地神がそこらごろごろしてんのに、学問の神と謳われる道真公が存在しとらんって考えんのはおかしいちゃうんか?」
そんな馬鹿な話があるか。
そう叫びたかったが、否定できない。
幸吉もあまりの情報量を前に目を白黒させ、ついなを見やる。
と。場に漂った驚愕を切り払うように、真人が着弾した先から手のひらが伸びた。
「っと、流石にフッツーの打撃やと無理か」
(片手で全部いなしてる…!?
長物で、しかも真人相手に…!?)
伸びる手のひらの嵐を槍でいなしていく姿に、幸吉の表情が引き攣る。
練度が高い。術式の賜物であろう光弾を一切使わず、攻撃を弾いている。
どれだけの才に恵まれ、どれだけの研鑽を積み重ねれば到達できるのだろうか。
幸吉がそんな疑問を抱いていた、その時だった。
「誰だかわかんないけど…、つまるところ、あのいけすかない梅の木がけしかけた邪魔キャラってわけだ」
伸ばした腕でダムの塀をつかみ、ゴムが元の形に戻るように縮小させて真人が戻る。
その口の中では、生成された手が印を結んでいる。
「まずいっ!!領域展開だ!!」
「もう遅いよ」
────『自閉円頓裹』!!
真人の手のひらが幾重にも折り重なった領域が広がっていく。
魂の知覚が出来ていない人間にとっては、絶死の空間。
死の波がこちらへと迫るのに対し、幸吉は最後に残った器具を発動させようとする。
「領域展開の対処法はいろいろあるけど…、こんなんは知らんやろ?」
言って、ついなは手のひらに光弾を集め、集結させる。
何をする気だろうか。
シン・陰流の簡易領域ではない、全く別のアプローチ。
それを前に、夏油ですらも息を呑む。
「術式相殺!!」
展開するのは、『反転した呪力で構築された結界』。
その結界が真人の結界に触れた瞬間、手のひらが消え失せる。
「…………は???」
領域は発動している。
だが、術式が動いていない。
真人がそのことに驚くのを前に、ついなは自慢げに胸を張った。
「領域に付与された術式に流しとる呪力を、反転した呪力で相殺したんや。
反転した呪力は正のエネルギー。
負のエネルギーである呪力と同じだけ…、それか多く量をぶつけたれば、呪力を難なくかき消せるっちゅうわけや。
反転術式使える奴、『むず過ぎるわ』言うて誰も使っとらんけど」
(そりゃそうだろ!!
そんな神業、軽々とできるわけがない!!)
そもそもの話、反転した呪力のアウトプットなど、現代では家入硝子か乙骨憂太くらいしか成し得ていない。
それを結界に付与して展開し、相手の領域に付与された術式と被せるなど、もはや正気の沙汰ではない。
全員が愕然とする中で、ついなは真人に槍の鋒を向け、声を張り上げる。
「ついでやから教えたる。
ウチは天与呪縛持ちでなぁ。
『正の呪力』しか扱えん代わりに、普通の呪力と同じコストで練り上げ、操作できるんや」
負の存在である呪霊にとって、反転した呪力は核並みの危険物。
真人にとっては、魂の輪郭を無自覚に捉えて攻撃してくる虎杖悠仁以来、2人目の天敵である。
だからこそ、乗り越え甲斐がある。
真人がそんな笑みを浮かべた瞬間だった。
「そこまでだ。真人、帰るよ」
両者の間に、夏油が割って入ったのは。
「えぇー…?せっかく面白そうな相手が来たのに、お預けする気?」
「相手が悪すぎる。彼女に作戦の要を担う君が潰されるのは痛い」
「ちぇーっ」
言って領域を崩し、踵を返す夏油たち。
ついなはそれに「待ちぃ!」と叫び、光弾を放つ。
が。それを遮るように、真人によって改造された人間の群が現れ、彼らの背中を覆った。
「……あー、改造人間かぁ。
ウチやとちっと無理やなぁ。
『方相氏として動いてる間は人に力向けん』って縛り破ってまう」
「は!?!?」
夏油に攻撃しなかったのはそういうわけか。
呪術師としては致命的すぎる縛りを設けている彼女に、幸吉は素っ頓狂な声をあげる。
「確実に逃げられてもたなぁ」と呟く彼女に、叫ぼうとしたその時だった。
「『容赦ないカット』」
凛とした声と共に、改造人間すべての首が飛んだのは。
結月ゆかり…「容赦ないカット」は彼女の術式によるもの。このほかにもいくつかの技を持っているが、現時点で開示できるのはこのくらい。
役ついな…方相氏スペックがそのまま再現されているので、正の呪力しか使えない。人に手出しできない縛りで操作の精度を上げているため、呪詛師や受肉した術師相手には基本役立たず。要するに対呪霊専用ユニット。
メカ丸…気まぐれに引っかかって生き残れた人。この後、太宰府に連行された。
脳みそ野郎…チャートにおいて常に邪魔してくる歩く地雷みたいなやつがまだ生きてることに心が折れかけた。殺そうと思っても神になったから殺せないので詰んでる。でも、めげない。めげろ。
菅原道真…えっ?メロンパン、今まで気づいてなかったの?