劇場版リブロマンサー・ファイアスターター ~東の果ての儚き御巫~   作:火ノ鷹

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ハートオブファイア

 拳はぶつけずに炎だけを向ける。扇を薙ぐだけで放ったはずの炎が逆に押し寄せてくる。

 

 届かない。そんなことは分かり切ったことだった。

 

 エージェントとマジガールはいない。僕たちの行動は隠されたものだから。幻や裏工作を得意とする二人が大きな範囲で隠さないと動くことすらできないものだ。

 警備を崩すと言ってはいたが、時間も夜明けまでときついもの……。異国の地なのだ、無理を言ってるのは承知の上。

 

 だから、相対できるのは僕だけ。大国を堕とせる程の力の塊、オオヒメとフゥリに()()()伝えられるのは僕だけだ。

 

「炎で燃やそうと、吹き荒れる風には届かない。一度知れば分かるでしょうに」

「……着火した炎(スターター)を燃やしても、爆発(バースト)させても届かない。分かってるさ!」

 

 フゥリの声が混じっている。それだけで十分、心の炎に薪がくべられる。

 

 ただ拳は向けない。向ければ何が待っているのか分かっているから。

 先日向けられた力、あれはファイアバーストの力自体が跳ね返されたものだった。加えてアラヒメの力が加わったことで瀕死になる程の威力になったのだ。

 

 力を向ければ力を返される。拳は向けず、心と言葉を伝えることだけに集中する。

 

「だからって!立ち向かわない理由になんかならない!」

「……悲しいことよ。想い慕う者がいようと、伝わってはいけぬ言葉があるというのは」

 

 アラヒメが浮かせている剣が舞い、ファイアスターターを襲う。ファイアスターターが拳を向けなくてもアラヒメは向けられ……そして戦わずに防戦することすらG・ボーイにはできない。それだけの力の差があるのだ。

 

「ぐっ……!」

 

 が、死なないことはできる、致命傷を外す程度はできる。全神経を防御に振ることでギリギリで反応そのものはでき、身体もほんの少しだけは動かせる。

 

 死なないこと、それができれば十分だった。

 

「アラヒメというのは何も新しい姫という意味のみではない。むしろそれは埒外の使い方よ。

 

 本質は──荒魂。災いを引き起こす側面が起こされた者。新しい魂とも呼び新しい伝統をも作ろう神」

「ぐっ!」

 

 振るわれるのは扇が鏡になったもの。光は無く鏡の機能は果たさず……しかして扇の機能は果たされる。

 ただ弾いて飛ばす。横に振るえば須らく吹き飛ばす突風に、縦に振るえば地面に叩きつけられるほどの風の重し……重力となる。

 

「降霊の少年、外からの人、新しい風を吹き込むには確かに有用……。で、私に何を伝えたいって?」

「っ」

 

 重力に抗い顔を上げたG・ボーイの目の前に彼女はいた。今見える瞳にいるのはフゥリだ。けれど瞳に在ったのは、怒り。

 何故来たの、来てほしくなかった、諦めてほしい。そんな優しさが込められた、怒り。

 

「知っているから何?私が捧げてきた全てを知ってるつもり?

 

 慕ってきた想いも、縋ってきた踊りも、振り切ろうとした私も……私だというのに!

 

 私はアラヒメ!燃やし尽くす炎など歯牙にもかけぬオオヒメの姿と思い知れ!」

 

 御巫舞踊、迷わし鳥。フゥリが踊った神秘はアラヒメになったことで見た目だけは変わっていた。幻想の孔雀が如き9本の尾は、現実の狐の9本の尾に。二振りの扇は剣と鏡に。

 迷わし鳥(騙した狐)は今や幻想である必要が無い。神秘そのものだと『オオヒメ』が認めたのだから。さらにアラヒメは神秘を力そのものに変換することができた。

 

 しかしてフゥリが完全に再現した舞踊(神秘)だけは変わらないままに──G・ボーイを襲う。

 

 

 一筋の涙を残して。

 

 

 

「がはっ……!」

 

 

 

 涙が、見えた。飛ぶ意識を繋ぎ止めるだけの意味が、そこにある。

 

 けどガクリと全身から力が抜けて身体が動かない……意識はある。ならまだ問題になどならない。だってそこにフゥリがいるのだから。倒れ伏した今、物理的には見えていないけれど。

 

「さて、これで動けなくなったわけじゃが……捨て置くには力がありすぎよう。最後に言い残すことは?」

 

 動けなくなったなら声すら出せない。そう、そのはずだった。

 

 けれど、声は出た。きっとそれは……動けなくなり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、力をくれたんだとしか言えないものだった。

 

 

「ぼく、だけ、見てて……いいの……か?」

 

 

 何かに気づいたオオヒメの目線は一瞬だけ上に向く。倒れ伏したファイアスターターから顔を上げ、視線を前に向けるとそこには──目を惹く美しき舞があった。

 

 ■■■

 

「お、おお……!」

 

 御巫舞踊──太陽と月(ハレとニニ)の双舞。御巫一人では成し得ない新しき伝統を作るに値する御巫の舞踊。太陽のような神々しさも月のような神秘も兼ね備える、オオヒメでさえ……いや、オオヒメだからこそたどり着けない一つの極み。

 

 アラヒメ(オオヒメ)は目を背けられない。御巫神楽という伝統で伝わり続けてきている舞を知っているからこそ、手放しで褒める以外に選択肢が無い。伝承という枠に縛られている──初代のオオヒメの舞(フゥリ)を選んだ者であるからこそ見なくてはいけない舞がそこにあった。

 

 手が触れる程の位置にいるファイアスターター(ギーグ・ボーイ)から意識すら消える。すべてはこの時のための行動だった。

 

「こ、こ、だっ!」

「うっ!?」

 

 炎を薄く周囲に展開する。ハレとニニの邪魔をしないように、視線を動かさせないように。

 

「まだ動けて」

「僕の炎は、まだここにある!」

 

 フゥリの声。それだけで僕に力は十分に漲る。

 

 そして、こここそが全てを賭ける時!

 僕のできる全力を魅せる時だ!

 

 

 

「ファイアスターター──ハートオブファイア!」

 

 

 G・ボーイの声と共にファイアスターターの炎が周囲に溶け、消えていく。赤色の燃えるような炎は消え、ファイアスターターの姿をしたG・ボーイだけがそこに残る。

 

「炎が消えていく……!?いや、視えなくなって」

「これは僕の心の炎!視える人にだけ視えるんだ!」

 

 炎が象っていくのはG・ボーイ自身の姿。誰にも見えない、ただ見える者にだけ見える自分自身の情熱を込められた炎。

 

 炎は一人(フゥリ)以外には見えず、フゥリを胸に抱くように包んでいく。

 

「な、んで」

 

 炎は炎、ただ情熱だけが込められた炎だ。物理的に燃えることは無く、ただ一人のためだけに燃やしている。

 伝わらない訳が無い。何せフゥリがずっと求めてきたのは風のような舞……火種があれば、燃え広がるものなのだから。

 

「フゥリ!視えてるだろ!僕の炎が!」

「熱くは無い、だけど何……?この、胸から湧き上がる情熱は」

 

 『オオヒメ』の視線は目の前の男にはない。ハレとニニの舞だけに向けられている。だが視界には少しずつ舞台装置が働きつつあった。

 

 ファイアスターターが放った炎と、熱だ。煌びやかに見える太陽と月は、現実のそれと同じであるかのように陽炎に阻まれ手を伸ばしても届かない姿に変わりつつあった。

 

「燃やすのは目の前の現実なんかじゃない!伝えたい想いを燃やして心を燃やす!君に伝えたいことがあるんだって!」

「何、これ。顔が、熱く」

 

 フゥリの顔が赤くなっていく。炎だけではない、言葉も何もかも……G・ボーイの想い全てがフゥリに届く。

 

「君に見惚れた!君に笑顔でいて欲しい!君の踊りが好きになってた!ただそれだけの想いを!これは君に伝えるだけの拳だ!炎だ!」

 

 G・ボーイが尾へコツンと拳をぶつけ──同時、尻尾が一尾薄れて消えていく。二発目を放ち、さらに尾が一つ薄れて消えていく。

 

 しかし同時にG・ボーイの手甲やゴーグルも壊れていっていた。想いを燃やして伝えるなら、伝えきった時に炎は消えるものだから。

 

「君の心に炎を!炎を始める者(ファイアスターター)じゃない!遠くからでもエンジンに着火するスターターのように、心を着火する者(ファイアスターター)が今の僕だ!」

 

 9発目の拳が放たれる。9本目の尾が受け止め……そして、消える。

 

「お、おお……!」

 

 オオヒメの視界には相変わらずファイアスターター(ギーグ・ボーイ)の姿はない。ハレとニニの舞に囚われている。

 

 G・ボーイはオオヒメの目からすればハレとニニのための舞台装置でしかない。だがここにいるのはアラヒメ、『オオヒメ』とフゥリを合わせた存在だ。

 

 『オオヒメ』の目から見えるのは美しくも手は届かない二人の御巫。二人の想いが舞踊となり、オオヒメに突き刺さるように伝わっていく。視界が滲み、愛しい子(フゥリ)すら見えなくさせてしまう。

 フゥリの目から見えるのはたった一人の男の子。心を赤く燃やし、想いを伝え、情熱をたった一人……フゥリのためだけに向ける姿。視界は滲み、捧げる神様(オオヒメ)すら見えなくさせてしまう。

 

 いつの間にか背中合わせになっていた二人(オオヒメとフゥリ)。幻を魅せる陽炎の熱が、見ている向きを変えさせていた。

 

 

 

 ──ぶつけた拳から炎が消えた姿が、()()()の視界に入った。白無垢ではない、少女の姿がそこにあった。

 

 

「ねぇ、伝わったかな」

 

 

 リブロマンスが完全に解けた拳を、こつんとフゥリの胸にぶつける。傷だらけ、立つ力しか残っていない……ただのG(ギーグ)・ボーイが顔を上げるとそこには、一歩だけ踏み出した、狐の嫁入りが上がった後の天気のような顔をしたフゥリがいた。

 

「……ぅん」

 

 夜明けと同時……ほんの少しだけ、柔らかく微笑んだ顔をして。

 

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