劇場版リブロマンサー・ファイアスターター ~東の果ての儚き御巫~ 作:火ノ鷹
「夢……じゃないよね。痛っ……!」
日が上がった頃、G・ボーイは昨日まで宿泊していた宿で目を覚ました。傷跡は残っていないが幻肢痛が走る。この感覚には覚えがあった。
「目、覚ました?」
座ってお茶を飲んでいたマジガールが声をかける。マジガールはリブロマンスを相対していた時に使えなくさせられただけだったため、傷一つ負っていなかった。
「治してくれた、でいいよね?ありがとう」
「こんなところで使うことになるとは思ってなかったけどね」
ため息を一つつくマジガール。観光に来たつもりだったのだから当たり前の言葉だ。
ミスティガールの能力は霧がメインだがそれだけではない。心優しいマジガールは戦闘用の技能をほとんど持ち合わせていない……が、代わりにそれ以外の能力を兼ね備えている。
霧のように隠れる、周囲を霧で覆い見えなくさせる、霧で水やそれに類するものを代替させる、代替させたものに特性を付与する。なんでもござれの汎用性を誇る。
今回は治癒能力を高める霧をG・ボーイの身体に浸透させたのだ。口が開いていればそれだけで十分、治癒速度も以前に比べとんでもなく早くなっていた。
「動けるようになったら、これ読んでおいて」
マジガールが渡したのは一枚の紙。場所と、ここに行けばフゥリの話を聞けるはずだと示されていた。
……こんな書き方をする人は、一人しか知らない。
「……私はちょっと別行動とるわ」
「マジガール?」
エージェントのアドバイスの通りに動くと碌なことにならないのを知っているからか、マジガールはしかめっ面をしながらそう口にする。
ただ、それだけではないということもマジガールは言葉にしてきた。
「あんたの無鉄砲さに付き合うの、私だけだと困るし……それに」
「?」
G・ボーイは無鉄砲なギーグ。G・ボーイ自身それを否定する気はない。ここまで付き合ってくれていることに感謝こそすれど、責めるつもりもない。
ただマジガールが続けた言葉は、マジガールにもフゥリに思うことがあったことを示していた。
「事情は知らないけどさ、あんな顔見せられたら私も動きたくなるから。少しだけ時間を頂戴」
マジガールはそう口に出して部屋を出ていく。残されたのは、フゥリのことを遠回しに焚きつけられたG・ボーイだけだった。
■■■
エージェントから指定された場所。そこは余りにも深い森……樹海の奥と呼ぶしかない場所だった。
そこには祠が一つと、家が一軒立っていた。あちこちに隙間が空き、ボロ小屋と呼ぶしかない家だ。人が住むとは思えない場所だった。
もっとも、祠の前で禅を組む女性がいたため目的の人物はこの人なのだと一目で分かったのだが。
「あの」
「……お主は……、……降霊の少年か。アラヒメ様に拳を向けた」
「っ!」
老齢の女性は分かりやすくこちらを責めてきた。御巫の中でも高い地位にいる人なのだと、雰囲気だけで悟らせてくる。
今すぐに逃げ出したい、そんな気持ちを抑え込み目の前の女性を見据えて疑問を口にする。
「フゥリに何が起きたんですか?」
「その問いに答える必要はなかろう。ここは珠の派閥の長である我の居場所。そしてアラヒメ様は我らの派閥から出た御巫の『オオヒメ』じゃ。
のこのことやってきおって……余程の覚悟があってじゃろうの?」
高い地位どころか一番上だった。御巫側だから危害を加えようとした僕たちには容赦なんてない。ただ……フゥリを利用していた側でもあるのは今の言葉だけで分かった。
正直言えば怖い。でも、戦わなくてはいけない時がある──ファイアスターターのように。
「……そっちこそ、僕たちを敵に回して後悔しないのか?」
「ほぅ?」
会話したがっているなら情報という武器はある。初代御巫を召喚したという儀式……リブロマンスという技能は、近いものがある。
高い地位にいるのなら、逆に無視できないはずだ。
「これでも僕らの力は希少極まりないものだ。
別次元に存在する人を呼び出す。たった一つの共通点だけれど、無視できない能力だろう。
何せ僕らとは違い御巫が現界したのは──とんでもなく強力な御巫なのだから。
女性の動きがピタリと止まった。
「……ふむ、我らに使える可能性は?」
「ゼロじゃない」
これも嘘じゃない。ただ呼び出す先が協力してくれればという前提がつくだけだ。
「次に使える可能性があるなら、構わん。ついてこい」
リブロマンスという情報、一つの武器。なんとか貫けたみたいだった。
■■■
「しかしフゥリに何が起きたか……か。御巫かみ降ろしが起きただけじゃよ」
「御巫かみ降ろし?」
「うむ。御巫神楽の最終段階の儀式じゃ。日ノ神様が召喚され、最も優れた舞を踊った御巫を依り代となり現界される」
目が点になるG・ボーイ。そんな情報は知らなかったのだから当たり前だった。
「初代御巫が限界するって」
「それは観光客向けのものじゃな。真実はこちらよ……より神秘的であろう?」
からかいに成功したと悪戯っぽく笑う女性。まるでまともに答える気はないと言わんばかりの態度……しかしてG・ボーイは言葉の本質を掴み取っていた。
日ノ神、つまりはゴッドだ。恐ろしいだけの力を持っていたことにも理解ができたし、
「……でも、あれは……そんな感じじゃなかった」
「ほう?」
だから、疑問は感情のままに口に出せる。明確なすれ違いがどこかにあるって分かってるのだから。
「初代オオヒメって言われた姿は皆に見えてた。でもあの表情は……愛しい人を抱きしめるような感じ。気に入ったって感じじゃなくて」
「愛しいならばよかろうて」
それ以上口を出すな。女性の声は言外にそう言っていた。続いた言葉も、同じ意味にしか聞こえないものだった。
「フゥリもそれを求めて依り代となった。問題などどこにもあるまい」
威厳と圧力、フィクサーにはなかった絶対に壊されないと言い切れる程の確固たる信念。それらを完全に制御し向けられる重圧は、フゥリを想うG・ボーイですら口を噤むものだった。
けれどフィクサーと女性の共通点は分かりやすいものだった。それだけの重圧を示すのは隠している事実がある、という簡単なことだ。
「──冗談はそこまでにしてもらおう」
なら、解き明かすのは僕の役目じゃない。
フィクサーの時もそうだった。謎を突き止める最後の時に僕はいたけど、突きつけるのは──
「エージェント!」
──
「裏で調査させてもらっていた。すまないな
「秘密?」
エージェントが戦闘で協力してくれないのは割とよくあったことだから気にしてはいない。そんなことより大事なことが聞こえていた。
フゥリは珠の派閥の筆頭だった。なら秘密が何か関わっていてもおかしくはない。
「我々に隠すことなど……」
「御巫かみかくし」
たった一つのワード。女性の反応はこれ以上ない程に分かりやすく雰囲気に出ていた。
「──なぜ、それを」
明確な動揺。隠すつもりもない様子からして核心どころではないものを突いたようだった。
「かみかくし?」
「悍ましくはないが……聞いていて嫌になるものではあったよ」
エージェントが話すそれは、信じたくないものだった。
──御巫かみかくし。珠の派閥にのみ伝わる隠された秘事。
他の派閥では御巫かみ降ろしと称されるもの。ただかみかくしはかみ降ろしよりもメリットもデメリットも大きいもの。
メリットは日ノ神に物凄く気に入られること。二度と俗世に返さず、再び天に還る時に共に連れていくとされる程の寵愛だが、その分現界した時の力は増加する。
デメリットは日ノ神に気に入られ過ぎるため、フゥリ自身の意志が日ノ神に奪われること。二度と離さないほど重い愛は鳥籠を作り、フゥリの意志を閉じ込める。
ただ一つだけ御巫かみかくしには条件があった。代々の珠の御巫の筆頭にのみ口伝で伝えられる条件が。
その条件は、かつての珠の派閥の筆頭……長の女性の口から告げられた。G・ボーイにとっては、想い人の意志を知ってしまうという残酷な真実を。
「バレたなら仕方あるまい、いや、隠すほどのことでもない……隠しても直接聞くであろう。
最後の条件、それは──
──フゥリ本人が、かみかくしを望むこと」
フゥリ本人が望み、かみかくしは叶った。他人が口を出すことなど許さない真実。それを拒むのはエゴそのものであり、フゥリが築いてきた能力や性格を全て否定することに等しい。
「フゥリ……が…………!?」
言葉を失う。この国にはそういった表現があるとは聞いたことがあったが、まさしくそれだ。
ショック──と同時、胸の奥から熱いものが湧いてくる。この感情は覚えがある、経験がある。完膚なきまでに敗れ、立ち直れないとすら思えた時……覚えた悔しさ。それを跳ね除けようとするもの。
「フゥリがかみかくしを望まなければかみかくしは行われなかった。望んだから」
「ふざけるな!」
言葉を遮って怒りに声を荒げる。
「あの時の……!フゥリの顔を見てないからそんなことが言えるんだ!
あの時、フゥリは……諦めに微笑んだんだ」
思い返すのは二度と見たくないフゥリの微笑みと、
あの笑顔を守れない無力さなんて、自分に腹が立つ。同時に、そうさせた人達への怒りも。
「フゥリを見てたならあんな顔は絶対にさせないはずだ!お前達が、フゥリを……見てたなら……!」
「そこまでだ
エージェントが静止するよう腕を伸ばす。感情のままにいつの間にか一部だけリブロマンスしていたらしい、手甲が腕に装着され炎を纏っていた。
慌ててリブロマンスを解きエージェントの言葉を待つ。
「アラヒメを止めるにはどうすればいい。目覚めただけであれ程とは思ってなかった。どんどん力を増している事実……放っておけば本国すら呑み込みかねない力になる、無視出来ない」
二人共に同じ目の色をして女性へ視線を向ける。フゥリを止める、ただそれだけの意志。
帰ってきたのは……ため息と絶望の言葉。
「はぁ……あるわけがなかろう」
「「!!!」」
何を当たり前のことを言うのだと言わんばかりの態度。続けられた言葉も、既に終わった話だと告げていた。
「あれはフゥリの意志を限りなく薄弱化させた『オオヒメ』。『オオヒメ』を鎮めるには十年単位で時間がいるのは歴史が証明しておる。次代へ繋ぐという形での」
「十年あれば呑み込むだろう。ダメだな」
アラヒメは現在進行形で力を増している。かみかくしによってフゥリを依り代にした『
自分以外であっても誰でもよかった。そんなフゥリの苦悩が、限界したかのように。
だから、G・ボーイだけは分かる。
「──フゥリを、起こせばいい」
確かにフゥリが求めていたものだろう。
何故ならここにフゥリがいない。だというのに、あの時フゥリは誰かに魅せたいと舞を踊ったのだから。
誰もを魅了する舞が優れている舞とは限らない。それは、御巫が良く知っていることだった。
「は?」
「……」
かつて筆頭と呼ばれた御巫、だからこそ女性は何も答えない。
その感情を知っているから、知っていたからこそフゥリの感情を殺したのだから。『オオヒメ』にも成り、間違っていないことを証明したのだから。
「要するにフゥリは眠ってるんだろう?起こせば」
「無駄じゃよ」
……筆頭だったのだ。『オオヒメ』と成ることを争った御巫、すなわちかつての友・先輩・後輩が『オオヒメ』となった者なのだ。結末がどうなるかも、よく知っている。
それに悲願が叶ったと呼ぶほかないものなのだ。自らの思いを否定などできはしない。
「日ノ神が手放さん。起こしても日ノ神が繋ぎ止める」
会話から手詰まりとなる。目的は見えた、手段も希望自体は見つかった。しかし、希望に手が届かない。
悔しさに歯を食いしばりながら俯きかけたG・ボーイ。その顔を起こすのは……いつだってヒロインの役目だった。
「──『
「──『
G・ボーイの背後から聞こえたのは太陽のような明るい声と、流れる水のような冷静な声。しかしどこか熱く、怒りも込められているものだった。
「君達は」
振り返るとそこにあったのは──
「間に合ってよかった。ホント無鉄砲なんだから」
ハレとニニ……そしてマジガールがそこにいた。