学園都市【天地】、その中心にそびえる建物の一室にて。
学園中を見渡すことのできる高度から、彼女はニヤリと笑みを浮かべた。
「―――まずは、よくやったと言っておこうか」
悪い顔だ。この人はいつもそういう顔で笑う。
一般転生者である俺は、高級なソファに座りながら出された茶を啜っていた。
「はあ、どうも」
「おいおい、つれない反応じゃないか」
彼女がドカリと隣に腰掛け、しなだれかかる。
スーツを着こなす引き締まった肉体、艶やかな長髪、男女問わず惹きつける成熟した女性の色香に圧される。
「近ェ………」
「うれしいだろう?」
「
「思った数倍素直だよなキミ」
しまった。
心の声が漏れた。
だが仕方あるまい。
俺を今ヘッドロックしているこの女こそ学園都市の頂点だ。
名を雑賀マガネ。
【天地】におけるある種の最高位。この浮島を取り仕切る学園長である。
圧倒的権力者のヘッドロックを前には、一学生としてはどうしようもないのである。別に学園長の魅力に逆らえないとかでは断じてない。
「その、仲がよろしいのですね」
「む」
見れば声の主である御影がジーっとこちらを見ていた。
「おっと失礼、気に障ったかな?」
「いえ、そういうわけでは………」
「このひねくれ者に一通り戦い方を仕込んだのが私でね。まあ言ってしまえば師弟関係のようなものだよ」
事実である。
雑賀マガネは学園長になる前、興行として戦う者―――いわゆる
世界中の競技者を番つけするワールドランキングにも名を連ねる程の実力者であり、一昔前は英雄達と肩を並べて戦ったこともあるのだとか。
現在は一線を退き、後進の育成に励んでいるのが彼女である。
「あの『銃神』から指導を………流石です先輩」
「まあ、そうだな」
転生権能なんてものは学生の戦いでは大っぴらには使えない。
単純に効果が強力すぎたり、影響範囲がデカすぎたりするので、下手に使うと
『
魔力量が多いが、探せば似たような人材はそこそこいるので目立ちにくい。ステータスなんていう分析能力は見えるだけのものだ。
他にも使える能力は幾つかあるが、魔力だけが取柄の凡人が俺である。
そんな人間をある程度戦えるようにしてくれたのが、目の前の雑賀マガネ先生なのだ。
「素人同然だったが、愛ある指導で今では学園随一の害悪モンスターというわけさ」
「師弟とか言って、基本都合よく使われてるだけだけどな。先週は自宅の掃除とかさせられたぞ」
「はははははは」
なに笑ってんだ。
学園長が立ち上がり、向かい側に座る。
どうやら強引に話を切り換えるつもりらしい。
「では改めて、よくやったと言おう!」
「………何の話です?」
何をよくやったというのだろうか。
とくに心当たりがない。
「アレに決まっているだろう」
「アレ?」
「メテオラ・F・ドラゴニアとの試合だよ」
「あー………」
些細なことで起こった、真紅の龍姫との戦い。
学園上位の実力者であるメテオラを相手に、二人掛かりとはいえ渡り合い、ほぼ無傷で勝利したのだった。
確かに大事だ。
俺は盾を張っていただけなので、あまり自覚はなかったが。
「でも、それなら頑張ったのは御影ですよ。俺はオマケみたいなもんです」
「いえ、先輩が防御をしてくれなければ、近付くことすら困難でした。あれは紛れもなく私たちの勝利かと」
ほんとぉ?
でも普通に太陽も魔術斬りしてたしな。
たぶん、単騎でも普通に勝ててたんじゃないのとかは思わないでもない。
「うん、キミたちの戦いは良い戦いだった。特に御影君、一介の剣士が技術のみで龍を下したというのは驚異だよ」
「………ありがとうございます」
「レンジは―――そうだな。あの防御はユニークな発想だな。魔力が異常に多い君ならではのやり方だ」
「効率悪すぎって説教されましたけどね」
「確かに効率を求めるのも手だが、その方向性も悪くない。もっと好きに暴れてみるといい」
いや、暴れる気はないが。
欲しいのは強さではなく平穏である。
「っと、話がズレたな。本題に入ろう」
雑賀がニヤリと笑う。
「―――春蒼杯を知っているかね?」
春蒼杯。
学生の戦者における大会の一つだ。
国内で開催されるものとしては最大規模であり、日本で知らない人間はいないと言っていい。
形式はトーナメント、2名一組でチームを組んで戦う決闘制。
いわゆる『
学園都市【天地】を含む養成機関7校から各五組出場し、強者たちがその頂点を目指して競い合うのだ。鉛玉と魔法が飛び交い、刃と異能をぶつけ合う。闘争本能を剝き出しに、血で舞台を染め上げる様はまさに戦闘狂達の祭典といった具合だ。
「って感じですよね」
「やや認識に偏りがあるが概ねその通りだ。そこでキミ、出る気ないかね?」
「無いっスね」
普通に嫌だ。
「ふむ、理由を聞こうか」
「理由も何も、性に合わないとしか。………そもそも他に向いた奴がいるでしょ、この学園なら」
「そんなに嫌かね、出場が。結構名誉なことだぞ」
「正直、気が乗らないっスね」
「どうしても?」
「どうしても」
「………ふん、ペア組む相手がいないだけだろ。根暗め!」
「あはは、師匠が独身な理由と一緒ですね!」
「あ?」
「お?」
「「………………っ!」」
無言で師匠とメンチを切り合っていると、御影が割ってはいる。
「先生は、出場を希望する選手の不足に困っておられるのですか?」
そうだ。
そもそもの疑問はそこだ。
この学園には侍や忍者、魔術師に超能力者、なんなら魔剣の擬人化等いろいろな人材がいる。
そもそも出場できるのは五枠しかないのだ。適当にやる気のある人間から選べばすぐに埋まる気がするが。
「いや、選ぶ人間には困っていない。やる気のあるやつは勝手に候補者申請するからね」
「では問題ないのでは? 少なくとも先輩が出場する必要は見当たりません」
御影の言葉に雑賀マガネが頷く。
「その通りだね。だが実は近年、学園の大会成績が芳しくなくてね。学園を預かる手前、このまま無策で続けるわけにもいかんのだよ」
「学園の事情は理解できますが」
「そう、学園の事情だ。そして、ここからが本題だ」
雑賀マガネが悪い笑みを浮かべる。
「御影ユイと詠坂レンジ。非公式とは言え、龍を倒したペアはいい刺激になる」
この師匠が呼び出してくるときは大体悪巧みだ。
「春蒼杯へ出場する必要はない。だが、出場候補ペアとして他の候補者を潰していってくれたまえ」