単一で世界を壊し得る怪物がいる。
其れは詳細不明
どの年代に属するかも解らず。
生まれた根拠すらも不透明。
伝承、神話、あるいは歴史。
あらゆる過去の記録に属さない脅威が、明確なバックボーンを持たずに徘徊する。
考えるだけで最悪だ。
言葉が通じればいいが、下手したら大惨事だ。
連盟からすれば、野放しにはしたくないだろうなというのは想像がつく。
つまり御影ユイがやっているのはアレだ。
監視役というやつだ。
「何ライクザブラッドだよ………」
「なんの話ですか?」
「大好きな小説の話さ」
天下の電撃作品。
最強吸血鬼と巫女のラブロマンス、常夏が如き青春ハーレム。
あの小説世界よりは平和だと信じたい。
下手に行動すると本当に怖い英雄のオニーサンオネーサンが飛んでくるので、どっこいどっこいの可能性もあるが。
まあ、日々の平和を守る世界連盟様のご苦労は想像もできない。
見つかった以上、監視されるくらいで済むなら甘んじて受け入れよう。
「すみません、あまり小説は嗜まないもので.........」
「そんなもんだろ、本は興味があったら嗜むくらいでいいよ」
まあ監視はいいのだ。
監視はいいんだけどさ。
「一緒に登校する必要ある………?」
現在は、御影ユイと学園へ登校中だ。
少し離れたボロアパートに住んでいるのだが、ギリギリ歩ける距離なので徒歩で通っている。
「ダメですか?」
「ウッ、ダメでは、ないけど」
潤んだ目で見ないでほしい。
本人はそんなつもりはないのだろうが。
いや本音を言うと嬉しいんだけどね?
可愛い後輩と登校とか、男の理想の到達点の一つみたいなところあるよな。
だが、俺は理想より命を取る主義だ。
学園都市天地において、非モテ陰キャ男が異性と一緒に登校するリスクは常軌を逸している。
「お、おいアレ………?」
「いや、まさか………」
「だが………」
ぼそぼそと会話する男子生徒たちがこちらを見ている。
ハンドサインも含めた高度な情報交換をしているにも関わらず、視線がこっちを一切外していないのが怖い。
そろそろ不味いか?
いや、まだ時間はあるはずだ。
如何に奴らとて、なんの準備もなしに襲うことはない筈だ。
せめて登校するタイミングだけでもズラせれば問題ないのだ。
「すいません、ご迷惑ならすぐに辞めます」
「………気になるんだけどさ、そこまで一緒に登校したい理由ってある?」
正直、監視くらいなら遠巻きから眺めるだけで良さそうなものだが。
質問に彼女が少し思案する。
「先輩の事が気になるから、ではいけませんか?」
「おぉ………」
思わず変な声が出た。
何だテメェ、勘違いするぞ。
と、言いたいところだが俺レベルの陰キャにもなると一瞬だけ血迷う程度だ。実際は連盟的に転生者の生態が気になるとかそんなレベルの話だろう。
そんなことを考えている瞬間だった。
「っ!? 先輩!」
「うおっ」
気付いた御影ユイが叫ぶのと、俺が動くのは同時だった。
折り畳み式盾を瞬時に組み上げる。普段は登校用の鞄としても機能する優れものである。
即座にガード。
遠方から飛来したナニカを盾で受ける。
「んぐっ」
バギィンと重い音が響き、盾に弾かれた何かがアスファルトに食い込む。
遅れて銃声。
そこでやっと銃撃であることを察する。
「ライフルで狙撃!? そこまでやんの!?」
盾で弾いた部分がビキビキと黒いオーラに侵食されている所から見るに、魔弾加工した弾丸を使っているようである。
「「「秩序を乱す裏切り者には当然の報いよ」」」
無数の声が木霊する。
気が付けば、謎の覆面集団に囲まれていた。
なんのことはない。
漆黒のニットに目と口の穴を空けただけの代物を、周りの男子生徒達が着けただけだ。
だが、それはとある集団の出現を意味する。
――――――『秩序協会』
公式には存在せず、不特定多数の男子生徒が所属する風紀維持を目的とする組織だ。
学園内の秩序を守るため、彼らは人知れず活動し、悪へ正義の鉄槌を下している。
まあ実態は異性に縁のない男子生徒が集まる互助会だ。
普段は単位確保のための情報共有、集団戦闘でのメンバー募集等を行なうか、趣味の娯楽を嗜む程度の大人しい団体である。
しかし、協会メンバーの誰かに異性の気配が漂った瞬間に奴らは豹変する。
「半径1キロ内に戦闘員の配置完了しました」
「
男女の交わりは風紀の乱れそのもの。
それ即ち悪。
悪にもたらすものは容赦なき制裁のみである。
端的に言うと、こいつらは彼女ができた男子学生を襲撃し
血走った眼でリーダー格と思わしき覆面生徒がメガホンで大声で叫ぶ。
「詠坂レンジ! 先の攻撃は警告である!! 女生徒との登校は青春度が高すぎる!! 明確な協定違反だぞ!!」
「知ってるよォ!!」
「なに!? 許せん!! 殺す!!!」
「ちょ!?」
「「お待ちを!!」」
懐から出刃包丁を取り出して飛び掛からんとするリーダーを周りの覆面が押しとどめる。
「詠坂レンジは協会へかなりの貢献をしております。まずは身の潔白を確かめるべきかと」
「むうぅ! 詠坂レンジ! なにか申し開きはあるか!?」
どうやらチャンスをくれるようだ。
ありがたい。
上手い事誤魔化せれば俺の勝ちだ。
そう思っていると覆面の一人が声を上げる。
「いや待て、レンジは妙に口が上手い時がある。隣の女子生徒から聞く方が正確じゃないか?」
「それは一理あるな」
「確かに」
「てか、あの子かわいいな………」
なにやら良くない方向に話が転がりだしたぞ。
「む! たしかに! そこのお嬢さん、詠坂レンジには異性との登校の容疑が掛かっているのだが真実かね?」
いつの間にか抜き放っていた剣を構えつつ、御影ユイが答える。
「その前に、貴方たちは誰ですか?」
「これは失礼。我々は秩序協会という風紀を護る自警団みたいなものさ。詠坂レンジが邪な考えでお嬢さんに近づいた可能性があるのだが――――――心当たりはあるかね?」
御影に必死のアイコンタクトを送る。
頼む。
上手く誤魔化してくれ。
やる気になった協会員は異常にめんどくさいのだ。
執着とか制裁方法が、狂信者のアレである。怖い上に実力まであるのが余計に手に負えない。
俺の視線に気が付いたのか、彼女がこくんと頷く。
「心当たりはありません」
「………む、そうかね」
ほっと胸を撫でおろす。
ギリギリ助かったようだ。
空気が弛緩する。
覆面達も「まあそうだよな、コイツに限ってソレはないよな」みたいなことを話している。
さらに御影が続ける。
「私から先輩にお願いしたので」
空気が凍った。
「それは、どういうことかな?」
「先輩のことは以前から気になっていて、少しでも多くを知りたいと考えて近付きました。なので下心についてはどちらかと言えば私の方にあるかと」
なんでそこまで言っちゃうの。
覆面達の顔を見れば、全員表情が抜け落ちて能面みたいな顔になっている。
全てが失敗に終わったことを察して静かに盾を構える。
「これはもう死刑だろ」
「「「異議なし」」」
周囲から銃の安全装置が外れる音や武器を取り出す音が聞こえる。
詠唱やら使役する魔獣の叫び声も響いている。
完全に臨戦態勢だ。
リーダー覆面が出刃包丁を逆手ににこやかに話す。
「なにか言い残すことはあるかね?」
「落ち着け、まずは話し合お―――おァァアアアア嗚呼ぁ!?」
一斉に放たれた攻撃を盾で受け止めながら逃げる。
今日の天気は晴れのち銃弾の雨、ときおり斬撃と魔法の嵐。
騒々しい学園の日常が今日も始まるのだった。
□□□
学園内では、情報が行き渡るのがとても早い。
それが精度度外視の噂話であればなおさらだ。
「ごきげんよう弱小種族の皆様! 今日も良い天気ですわね! え? 大ニュース? 詠坂レンジに彼女ができた?」
古来より龍は宝物を蒐集する生き物であり、その性質は龍人種であっても変わることはない。
「ふーん、――――――面白い冗談ですわね?」
メテオラ・F・ドラゴニアがふわりと微笑む。
事実はどうあれ、宝と認識したものを奪われたと捉えた龍がどのような反応をするのかは、想像に難くない。