太陽が墜ちる。
あらゆるものを灰燼と化さんと、火の脅威がコロシアムに迫る。
戦場全てを焼き払う。
なるほど、攻撃を相手に当てるなら最適解だろう。
まともな発想では躱せるはずもない。できることと言えば、俺のように地中深くに潜り込むか、あるいは防御で凌ぎきるくらいだろか。
だが、今回は地面に潜らない以上、逃げ場はない。
このままいけば、生き残るのは術者本人であるメテオラくらいだろう。
では、どうするべきか。
「よし、『七つの円環 白亜の居城 守護なる焔牙 最後に笑うは孤高の勇盾』」
詠唱による効果補強。
あとは、ありったけの魔力を盾にぶち込む。
折り畳み式。
小振り。
合金製。
平常時はバッグとしても使用可。
携行性に優れること以外は普通のシールドが、大量の魔力で異常な輝きを放つ。
盾の形状を象ったまま魔力が溢れそうになるが、強引にそれを圧縮していく。
そうして濃密な魔力を湛えた盾を、静かに天へとかざす。
「なんだ?」
「初めて見るぞ」
「おい、まさか………」
いわゆる新技お披露目である。
まあ、やってることは魔力を盾状に開放するだけの魔力運用だが。
精度もクソもない。
魔力量だよりの単純防御。
だが、馬鹿げた量の魔力を使えば、それは馬鹿げた効果になる。
『
爆ぜるような勢いで魔力の防壁が展開される。
それはドーム状に拡大し、コロシアムを覆ってなお広がり、遥か頭上より飛来する陽光と―――
――――――激突した。
凄まじい衝撃に、両足が地面に沈む。
圧力に思わず膝を着きそうになる。
焔が魔力の壁を焼く。
太陽が盾を砕き始める
目に見えて押されている。
人と龍の残酷なまでの出力差、故に拮抗には至らない。
だが、確かに致死の紅蓮と防いでいる。
「素晴らしい」
メテオラが微笑む。
だが、所詮は時間稼ぎ。
放っておいてもいずれ崩れる。
故に警戒するべきはレンジではない。
見るべきは、こちらに向けて疾走する剣士をおいて他にない。
「第2ラウンド、というやつですわね?」
「………っ!」
メテオラの指が鳴り、展開した火球がユイに殺到する。
拳ほどの無数の火。
それら一つ一つが生き物のように独自の軌道を描き襲う。
規格外の魔力操作による全方位多重爆撃。
「白式・幻運」
「あら」
だが、当たらない。
独特な加減速を繰り返し、あるいは間隙に身を差し込み、死角から襲う魔弾すらも躱し切り、無才の剣士は火球群の包囲を突破する。
まるで全ての火球の動きを把握しているかのような動きの正体を、龍姫は容易く看破する。
「高精度の魔力感知、ですか」
「はい」
魔力を感じ取るだけの技術。
誰にでも可能なありふれたものを、御影ユイは極めて高精度に研ぎすませている。
「それなら、確かに逆鱗の位置もわかりますわね」
「ええ、確かに貴方の胸元に見えてます」
ユイがメテオラに肉薄する。
互いの喉元に手が届く距離。
それは、もはや魔術ではなく剣士の間合いだ。
逆鱗に向けて斬撃が放たれる。
「触れさせませんわよ」
「………っ!?」
メテオラの拳が斬撃を払い、カウンターで蹴りが放たれる。
ユイが咄嗟に剣で受けるが、身体ごと弾き飛ばされる。
再度構えるが、剣の間合いからは大きく外されてしまった。
「ふ、多少は見れるようになりましたわね?」
「今の、は」
メテオラは力任せの打撃から、打ってかわって舞うような一撃。
積み上げられた術理を感じさせる、合理の動きへと切り替わっている。
「格闘術くらい多少は嗜みましてよ。まあ、今までは使っていませんでしたが」
「………なるほど」
「技によって力を制されるなら、こちらも技を使うだけの事ですわ」
力押しは崩せても、技術があるなら話は変わる。
少なくとも数度の交錯で防御が崩れる程、目の前の相手は甘くない。
チェックメイトです、とメテオラが告げる。
上空を見る。
30秒が経過した。
天を支える巨盾が砕ける。
「ダメかぁ!」
少年が悲鳴を上げる。
防壁が崩れ、太陽が再度墜ちる。
次に阻めるものは何もない。
「貴方は念入りに焼いて差し上げますわ。まあ、ただのニンゲンにしては、なかなか――――――」
「―――
ユイが異様な前傾で脱力する。
夜に佇む柳を思わせる、緩み切った構え。
無才の剣士はまだ諦めていない。
「いいでしょう、来なさい」
火が墜ちきる前の、破れかぶれの玉砕狙いか。
だが、その程度ならば軽くいなしている間に決着する。コロシアムに立つのはメテオラのみだ。
盤面焼却による完全決着。
すでに、ただの人に打つ手はない。
故に、無才は究極へと踏み入った。
「――――――斬魔」
赤を割る銀閃。
極限の焔が霧散する。
「魔術を斬った!?」
「うせやろ」
「剣士ってあんなんできんの!?」
剣士より繰り出されたのは平凡極まる一太刀。
人外の膂力も速度もない、魔術も異能も介在しない、ましてや神の奇跡ですらありえない。
そこに種も仕掛けもなく、一人の人間が辿り着いた努力の結果。
人の最果て。
斯くして、龍は太陽の消失よりも、少女の一刀の輝きに目を奪われた。
その隙はあまりに大きい。
「白式・絶踏」
「――――――っ!?」
メテオラとユイの距離が一足で詰まる。
瞬間移動とすら思える、一瞬の踏み込み。
再度肉薄した剣士が剣を振るう。
メテオラが反射的に防ごうとするがあまりに遅い。
ただの刺突が両手のガードをすり抜ける。
剣が喉元に届く。
りぃん
薄硝子が鳴るような音。
静まり返ったコロシアムに、それは良く響いた。
逆鱗が砕ける。
龍と剣士に会話はない。
はらりと花弁が落ちるかのように、龍姫はただ静かに地に伏した。