みんなも小説書こうぜ!
万年筆を握る。筆を走らせる。私がカズマにしてあげられることは、これしかない。小説家として私ができるのは、小説を書くことだけだ。私は寝食を忘れ、執筆し続ける。
気づけば3日が経っていた。
「水……」
私は座りっぱなしで血流の悪くなった足を動かす。ずっと鍵を閉めたままだったドアを、ギギっと開けた。
「あるえ」
「……カズマ、そこにいたんだね」
ドアの前に腕を組んだカズマが立っている。
「いくら呼んでも部屋から出てこないから、心配したんだぞ。そんなに引きこもりニートになりたいのか?」
「いいや、もう充分だよ。すぐに出ていくから……っ!」
「だ、大丈夫か?」
「……ああ、気にしないでくれ。今は私の体調なんかどうでもいいんだ。カズマに見せたいものがある」
私はカズマに肩を預けたまま自分の部屋へ戻る。そこには、私が3日で書き上げた新しい原稿がある。私はそれを手に取ってカズマに渡した。
「これを……読んでくれ。まだプロットの段階だけど、何も言わずに、ただ読んで欲しい」
「あるえが書いたのか……?」
私はコクコクと頷く。
「…………」
カズマは部屋に置いてある椅子に座る。私が書いた小説を読み始めた───。
+
ある所に勇者がいました。勇者は強くて勇敢な男の子です。彼はとうとう魔王を倒し、世界に平和が訪れました。
それから1年後。勇者は大切な女の子を失いました。ずっと冒険を共にしてきた魔法使いの女の子です。勇者と女の子は恋人同士でした。
勇者は悲しみました。沢山泣きました。病気で永遠の眠りについた彼女を、今でも大切に看病しています。女の子のことをずっと忘れられません。
「…………」
ある日、勇者の元にあるえという子が現れます。あるえは恋人の幼なじみでした。あるえは、勇者に恋人の話を沢山してあげます。それは朝から晩まで続きました。
次第に勇者は笑顔が増えていきます。涙も自然と消えていきます。悲しさも後悔も次々に消え始めました。
それでも、勇者は女の子の看病を続けます。毎日、女の子に声をかけます。いつか彼女が目覚める日を待ち続けています。
「…………俺のことか」
「…………うん」
女神はそんな勇者の様子を見ていました。勇者の健気さと深い愛に感動した女神は、恋人を生き返らせることにします。
生き返らせる条件は、恋人に誓いのキスをすること。それだけでした。
「…………」
勇者は恋人に口付けをします。どうか目を覚まして欲しいと願いながら。唇を離すと、恋人と目が合いました。恋人は目を覚ましたのです。
恋人は照れたように笑い、感謝の言葉を述べた後、もう一度キスをしました。勇者もそれに応えます。
それから2人は幸せに過ごしました。
+
カズマが小説のプロットを読み終えても、私達は何も喋らなかった。カズマは小説の最後のページをじっと見ている。だが、暫くするとチラリと私の方を見て、
「小説を書くのは、やめるんじゃなかったのか?」
「やめるつもりだったよ。……でも、描きたくなったんだ」
この小説は、カズマの為だけに書いたものだ。小説家として私にできることは、これくらいしかない。
「私の小説はどうだい?」
「うーん、可もなく不可もなくって感じの話だな」
やはり私には小説の才能はないのだろう。
「でも、感動したよ」
カズマが目を伏せる。
「この前は小説を見られて号泣してたあるえが、俺の為に小説を書いてくれたんだろう? その気持ちだけで充分だ」
「…………」
カズマの言葉に救われた気がした。編集者の痛烈な批判よりも、ずっと芯に響く言葉だ。
「カズマ、まだ終わりじゃないよ。小説の中でめぐみんが目を覚ましても、現実は何も変わらない」
私にはまだカズマの為にするべきことが残っている。私は立ち上がり、ドアの入口で軽く足を伸ばした。
「あるえ? 何をするつもりだ?」
「エリス様に文句を言いに行くんだよ」
私は窓に向かって走り出す。こんな狭い部屋で走ったら危ないだろうが、今の私には関係ない。私は勢いそのままに窓に体当たりした。
ガッシャーンと窓が割れる音。私は空中に投げ出され、体が逆さまになる。ここは2階だから、落ちたら
だが、今の私には好都合だ。私は今から死んで、天界のエリス様に会いに行くのだから。
「カズマ、そこで待っててくれ! すぐに戻るから!」
私は頭から地面にぶつかる。強い衝撃と共に何も見えなくなった───。
+
「ようこそ、死後の世界へ。あるえさん、あなたの生は終わったのです」
決まり文句を述べるエリス様。無事に私は天界に来れたようだ。
「無駄な挨拶は必要ないよ。私が言いたいことはわかるだろう?」
私のエリス様への文句。それは、めぐみんが目を覚まさないことだ。私には、何でも実現する力が備わっていると言っていたのに。
「……あるえさんは、私の言うことをきちんと聞いていなかったようですね。私はこう言ったはずです。最初の信者の願いを実現する力、だと」
「最初の信者……?」
エリス様の言おうとしてることが、まだよくわからない。
「カズマさんは、まだあるえさんの信者になっていません。だから、めぐみんさんは目を覚まさなかったんです」
「…………」
それならめぐみんが目を覚ますことはないのだろうか。私は最悪の事態を想定して
「……ですが今ならカズマさんは、あるえさんの信者になってくれると思いますよ」
「どういうことだい?」
「あるえさんなら、分かるはずです。女神が勇者の健気さと深い愛に感動するように、勇者もあるえさんの健気さと深い愛に感動するのです」
まだエリス様の言うことがよくわからない。
「ほら、見てください。これが地上のカズマさんの様子です」
エリス様が示す水晶には、カズマが映っている。混乱しているのか、私の死体に向かって何度もヒールをかけている。
「少し声をかけてみましょうか。カズマさーん、聞こえますか?」
エリス様の声にカズマがビクッと反応する。
「え、エリス様! あるえが、あるえがっ!」
「大丈夫ですよ、あるえさんなら無事です。少ししたら元に戻りますから。あるえさんの声も聞かせてあげてください」
「……そうだよ。私が急に飛び降り自殺したくらいで、心配しないでくれ」
「心配というより、驚いたんだよ……」
今は私のことより、めぐみんのことだ。
「カズマ、私は今からあの時の約束を果たすよ。私のことを信じてくれるかい?」
「信じる……?」
「私なら君の願いを何でも実現できる。私をもう一度信じて欲しい」
「…………」
カズマは私の言葉を聞いて考える素振りを見せる。が、すぐに両手を合わせて祈りのポーズを取った。
「もう小説家になるという願いは叶えなくていいのですか?」
エリス様が聞いてくる。
「もう必要ないよ。私には読者が1人いるからね」
自分の身体の中に力が流れ込んでくるのを感じる。魔力が身体中に行き渡ったかのようだ。私は手を掲げて、めぐみんの顔を思い浮かべる。
「刮目せよ! 我が旧友の目覚めの時!」
私は、声高らかに宣言する。どこかで誰かが目覚める音が聞こえた気がした。
小説を書いてると、色んなことに気づかされますね。