半年ぶりに屋敷のドアをノックする。
「久しぶりだな、あるえ」
カズマが私を出迎える。以前見た時よりも少し体が太ったような。家で食べては寝る生活を送っているのだろう。
「久しぶりだね。我が同胞の顔を見に来たんだ」
「おう、まあ入れよ」
私はカズマの後をついていく。
「最近、調子はどうだ?」
「紅魔の里で冒険者として頑張ってるよ」
「小説は?」
「趣味で書く程度、かな」
私はあれから紅魔の里に戻った。小説家になれなかった自分を
やがて、居間のドアの前に着く。
「さて、あの子は元気にしてるかな?」
きっと彼女は目を覚ましてるだろう。私は逸る気持ちを抑えてドアを開ける。
「おや。久しぶりですね、あるえ」
「ああ、本当に久しぶりだね、めぐみん」
そこには、目を覚ましためぐみんの姿があった。
+
めぐみんは半年以上、寝たきりだった。寝ている間は体の筋肉を殆ど使わない。起きたばかりの頃は、口を開けて話すことさえ大変だったそうだ。
だが、カズマがこまめに関節を折ったり、体勢を変えて血流を改善したり、体を清潔に保ったおかげか、体の回復は早かった。数ヶ月のリハビリで日常生活を送れる程度になったらしい。
「カズマ。筋肉痛で手が使えないので、代わりにご飯を食べさせてください」
「はいよ。あーん」
「…………」
目の前で恋人同士がイチャイチャしてるのを、私は見ている。めぐみんも私に見せつけるために、わざとやっているのではないだろうか。筋肉痛くらい頑張れば食べられるだろう。
「どうかしましたか?」
「……別に。ダクネスやアクアはいないのかと思ってね」
「いませんね。できれば、2人にもこの光景を見せたかったのですが」
確信犯だ。一時はめぐみんの事で大騒ぎだったというのに。
「そういえば、カズマに渡したいものがあるんだ」
「俺に?」
私は今日のために
「ずっとカズマに見せたかったんだ。感想はなくてもいいから、読んでくれないか?」
カズマに原稿を渡す。こんな小説を書いてもプロの小説家になれる訳ではない。それでも、私を突き動かす何かは、この話を書け、としきりに私に訴えかけた。
「……ありがとう、大切にするよ」
カズマは私の原稿をすぐに読み始める。私が数ヶ月かけて書いた作品をどんどん読み進める。それだけで、私の心の一部が浄化されていくようにさえ思えた。
「……。カズマと何かあったのですか?」
めぐみんが私に目配せして尋ねてくる。
「カズマは私を信じてくれたんだよ」
私達の関係を語るには、これで充分だった。
+
数時間後。もう帰らなければいけない時間だ。めぐみんとカズマに別れの言葉を伝えて、私は屋敷を出る。
「そういえばあるえは女神になったのですか?」
めぐみんが私を見送るついでに聞いてくる。
「いや、私は人間のままだよ。女神になれば不老不死の体になるらしいからね。老いや死について考えないと、いい小説は書けないと思ったんだ」
「小説家らしいな」
小説家の道を諦めた訳ではない。今でも、いい小説は書きたいと思ってる。もし、書けなくても今ならその事実も受け入れられるだろう。
「じゃあ、私は行くよ。明日も冒険者としての仕事があるからね」
「あるえ!」
テレポートの魔法を詠唱しようとすると、カズマが私の名前を呼ぶ。
「あるえの話、感動したよ。また見せてくれ」
カズマの手元には、私が渡した原稿がある。私にはカズマという読者が1人いるのだ。もう私の小説家になるという願いは叶えられたのかもしれない。
「ふふっ」
くつくつと笑い声が漏れる。私はずっと小説に人生を捧げてきた。今なら胸を張って言える。
「当然だよ。私は小説家だからね」
私はそう言い残して二人に別れを告げた。
【天才小説家 あるえ・完】
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